最終話 「私としたことが少々取り乱した」

 お前、私の男になれ。

 こんな男らしいイケメンなセリフを皆さんは言われたことあります?

 僕はありますよ。つい今しがた、数秒前に。

 これは告白なんですかね?

 でもそのセリフを言ってきた相手は今日顔を合わせたばかり。親からは友達になってこいと言われましたが、恋人になれとまでは言われてません。


「どうした鴻上? 迷うことなどあるまい。私は自分で言うのもなんだが、それなりに美人だ。胸も人並み以上のものは持っているし、尻だって張りがある。小振りなものが好きというのであれば……私のはマイナスポイントかもしれんが」


 この人は堂々と何を言ってるんだろうね。

 あなたは周囲は次々と結婚し始め、親から早く孫の顔が見たいと言われているアラサーですか? 結婚に飢えている狼なんですか?

 違いますよね。大学1年だってさっき言ってましたもんね。体調とかの問題で数年留年しているとしても20代前半のはずですよね!


「だが総合的に見ればかなりの上玉のはず。故にもう一度言おう。鴻上、私の男になれ」

「断る」

「何だと? そこでは『だが』を付けるところだろう」


 え、怒るところそこなんすか。

 というか、そういうツッコミ入れてくるってことは間違いなくこの人こっち側の人間だ。うちの親が俺をこの人に当てがったのが少し理解できた気がする。


「鴻上、お前は今自分が何をしたのか分かっているのか? 私の男になるということは、私をお前の女に出来るということだぞ。なのに何故断る?」

「えーそれはですね」

「まさか……年上がアウトなのか?」

「いや別にそういうわけでは」

「ならもっと胸が大きくないとダメとでも言うのか?」

「大きい胸は好きですけど、大きさだけでその人の全てを判断しません」


 今日会ったばかりの人に俺は何を言っているのだろう。

 いや、俺は悪くないはず。だってこの人が俺に喋らせてくれないのが悪いし。

 俺としては、お互いのことよく知りもしない内から付き合うのは良くないと思うんだ。スピーディーなお付き合いは破局するのも早そうだし。

 そんなんだからお前は未だに彼女いない歴=年齢の童貞だって?

 うるせぇ、こちとら初恋が微妙な感じで終わったんだよ!

 なら次の恋に慎重になるのは当然でしょ。一緒にデスゲームをクリアするなんて劇的な展開にでもならない限り、私のものになれって言われてすぐにオッケーなんて言えるか!

 

「ならば……私の身体が弱いのが問題なのか?」

「いやそういうことでもなく」

「確かに子供のことを考えると他の女性よりも心配になるかもしれない。それ以前に激しく求められるとそれに答えられるかどうか……お前は性欲強いのか?」


 お願いだから俺の話を聞いて。

 これがまだ冗談とかで言っているなら対応もしやすいんだけど、この人の顔を見る限り本気で言ってるんだよな。真面目に今後のことを考えているのかもしれないけど、それならそれで俺なんかと付き合おうとすることをやめるべきだよね。


「人並みにはありますけど、そういう話じゃないんです」

「ということは……お前ロリコンなのか? いやそうなんだろう。そうでなければあの女とイチャコラするはずがない。どう考えても一般的にあの女よりも私の方が女性としては魅力的なのだからな」


 うちの師匠と最強を巡って争ってるわけだし、何かしら因縁があってもおかしくない。でもこの人、ちょっとうちの師匠に対して偏見がないかな。自分に対して自信持ち過ぎじゃないかな。


「彼女は小柄ですけど別にロリコン扱いされる対象ではないと思うんですが。年齢は俺と同じですし」

「何故あの女の年齢を知っている? まさかお前……あの女をストーキングし、何かしらのネタで脅すことでイチャコラしていたのか」

「何でそんなに発想がぶっ飛ぶの? そんなことするわけないでしょ。中学の頃からの同級生ってだけです」

「そんな前からイチャコラしているのか。は、破廉恥な……それとも健全な学生が共学に通っているとこれが当たり前なのか? くっ、私には分からん」


 まともに学校に通っていたのなら、俺がここに来るような展開にはなってませんからね。


「あのね景虎さん、俺にはあなたの思考回路が分からないよ。何で初対面の男相手に自分の男になれとか言っちゃうの?」

「それは……お前はあの女の男なんだろう」

「それが恋仲という意味ならノーですが。現状はただの同級生……ゲーム内では師弟関係でもありますけど」

「……キスとかしていないのか?」

「してません」


 そんなことが出来る関係ならここに来たりしてません。親が何と言おうと雨宮さんとイチャコラするに決まってます。


「手を繋いだりは?」

「特定の条件下以外ではしませんが」


 俺の記憶が正しければ、雨宮さんと手を繋いだりするのは……

 人混みを歩く時。それに対人戦の訓練でボコボコにされ、起き上がる際に手を貸してもらう時くらいのはず。

 それ以外は……多分ないよね。日頃俺はあの子に男女の距離を考えてと言っているし。うん、そのはず。そういうことにしておこう。


「何だその妙な言い方は」

「友達でも手を繋いだりするじゃないですか。そういう意味合いです」

「なるほど、友達がいない私にはさっぱり分からん」

「……すいません」

「謝るな。謝るくらいなら別の例えを出せ。謝られたら何か悲しくなるだろ」


 悲しくはなるんだ。

 まあそうじゃないなら親御さんも友達を作るために動いたりしないか。景虎さんは一見ひとりでも問題ないように見えるけど、根っこは寂しがり屋なのかもしれない。

 そう思うとこの人ちょっと可愛いな。強がりな系年上巨乳美人……うん、あり!


「……で、結局何で景虎さんは突然あんなこと言ったんですか?」

「……誰にも言うなよ? 言ったら社会的に殺すからな」


 現実味がある脅迫しないでください。

 世界的なお嬢様ではないだろうから世の中の記録ごと抹消とかにはならないんだろう。けど、悪い噂を流して俺がまともな高校生活を送れなくなる。就職する時に不合格にするよう根回しする。それくらいはできそうなお嬢様だ。

 なので俺としてはまだ普通に殺すって言われた方がマシです。お金や権力がある方は発言に気を付けてください。


「お前も知っての通り、私には友人と呼べる存在はいない。それに身体も強くない。高校までは多少の無理を承知で共学の学校に通っていたが、大学から通信制に変えた。つまり今の私は基本的に家の中で過ごす生活をしている」


 でしょうね。

 空いた時間は道場に通っている、なんて言われてもこっちとしては困るし。


「故に空いた時間はアニメや漫画、ラノベ……今年はもっぱらゲームをしている。しているのはお前もやっているICOだ。あれはレベルがない分、プレイヤーとしての技術とスキルの熟練度を上げれば後発組でも上を目指せる」


 それはそうだろうけど、それが実現できるのはあなたに才能と時間があったからだと思います。

 正直あなたとうちの師匠は次元が違いますもん。あなた達が手を組めば、どんなデスゲームだってクリアできるんじゃないですかね。


「プレイするからには最強を目指したい。だから私は来る日も来る日も言い寄ってくるプレイヤーを一蹴し、己を磨くために剣を振るった。そして磨いた腕を試そうと決闘王国デュエルキングダムに出場し、あの女と出会ったのだ。出会った時に直感したよ、この女は私と同じ。強さを追い求める孤高のプレイヤーだと」


 俺が始める前の話でしょうね。

 それまでは雨宮さん、あっちの世界ではマイさんだけど基本的にソロでプレイしてたみたいだし。

 おかげで始めた頃は彼女のファンから嫉妬の眼差しを受けました。今では大分受け入れられたけど。

 いやはや、毎日のようにボロボロになった甲斐があったものだ……思い出すだけで今でも少し憂鬱になるけど。1勝どころか1ダメージも与えられない日々ってのは辛い、みんなが思ってる以上に超辛い。


「だからこそ私は、この女だけには絶対に負けたくないと思った。初めて剣を交えた日、ギリギリのところで勝利出来たものの……それは種族的に私の方が優れていたからだ。仮に同じ種族だった場合、私は圧倒的な敗北を味わっていただろう」


 まあ人間の動きじゃないからね。

 その人から俺ならもっと上に行けるとか言われてるけど、ぶっちゃけ行けるわけないよね。うちの師匠のあの無駄な厚い信頼は何なのかしら。弟子としては言われる度にプレッシャーに潰されそうになっちゃう。


「故に私は努力した。再度勝利を掴むため、種族による性能差が勝敗の決め手だと言わせないために。なのにあの女は先日の決闘王国の直前まで男とイチャコラしていたという……私が他人との繋がりを断ってまで強さを追い求めているというのにあの女は何様だ!」

「えっと……それに関しましては僕が悪いのですみません」

「にも関わらず、あの女の腕は鈍るどころか更なる高みへ到達していた。何より先日の決闘王国での終盤の動きは何だ? あのときは興奮のあまり気にしなかったが、どう考えても本来のスペックを超えていたぞ。それともあれがゲーム内での本当のスペックであり、頂に至ったプレイヤーにしか体現できないとでも言うのか」


 限界と思われる壁をぶち破って更なる限界へ。

 うん、これだけ聞くとまるでどこぞの主人公ですよね。いやはや、人の想いは時としてデータを超えるんですかね。

 もしかして……ICOのメンテナンスが長引いたのは、システム的に不可能に近い動きをしてしまったマイさんのせいなのかな? ……可能性は十分にありそう。

 運営さん。

 今後もきっとあの人は高みを目指し続け、時として理不尽な強さを発揮すると思います。なので時折振り回されるかもしれませんが、あの人はあくまで普通にプレイしているだけなので辛抱強くお付き合いください。


「お前が私の立場ならどう思う? 男とイチャコラしていただけの奴にあんなものを見せられたらどう思う?」

「別にイチャコラだけしていたわけではないと思いますが」

「苛立ちを覚えるだろう? 妬ましいと思うだろう?」


 うん、全然聞いてない。


「私だって本当は素敵なプレイヤーと結婚して、一緒にクエストをクリアしたり、家を買ってのんびりイチャコラしたいというのに」


 なるほど……あれこれ言ってるけど、要約するとマイさんが羨ましかったと。


「やっぱり男はああいう小さくて可愛いのが好きなのか? 好きなんだろうな、あの女はああ見えて胸だってそこそこある。私のように背が高くて可愛げがなくて目つきの鋭い女は願い下げなんだろう、そうなんだろう!」

「落ち着いて景虎さん。誰もそんなこと言ってないから」

「だったら何故私の男にならん! あの女だって青春を謳歌しているんだろう? なら私だって人並みに男性とイチャコラしても良いじゃないか」

「いやいや、イチャコラしたいだけならゲーム内で男性プレイヤーと仲良くなればいいじゃん」

「ああん? お前は私に逆ナンでもしろとでも? 半引きこもりみたいなこの私に? 万年ぼっちで親に友達候補を紹介されるこの私にそんなことが出来ると本気で思っているのか!」


 すいません、俺が悪かったです。

 だからもう口を閉じてください。同情で涙が出てきそうなので。


「普段は二次元や妄想で我慢できるけど、私だって人肌が恋しい時はあるんだ。本当はずっと人肌が恋しいんだ。でもそんなこと言うのは私のキャラじゃないだろう。大体の人間は私を凜としてて気高く、剣術道場で師範でもやっていそうだと言うからな」

「ま、まあ人間って最初は見た目で判断するしかないから。でもちゃんと話せば」

「ほとんどの連中は私と目さえ合わせないんだよ! 怒ってるわけでもないのに怒ってるんですか? って聞かれたりするし。視線が合っただけで子供に泣かれたことだってある! 子供好きなのにそれだけで泣かれる私の気持ちが分かるか!」


 いいえ、分かりません。

 でもあなたが辛いということだけはよく理解できます。


「だが何より! あの女だけ男とイチャコラできるという現実が気に食わん! お前を奪ってあの女にも私の苦しみを教えてやる!」

「俺が奪える前提なのがおかしいけど、とりあえず落ち着こう。景虎さんは身体弱いんでしょ? そんなに騒いだら体調崩しちゃうよ。だからいったん落ち着こう」


 このままハッスルしてるとシャツのボタンも飛びかねないし。

 その光景は男として見たいと思ってしまうけど、ここで景虎さんの下着なんて見ちゃったら責任取らされるよね。金と権力による脅しで問答無用の景虎ルートに直行だよね。

 俺はまだ景虎さんのこと何も知らないし、たとえ今後そうなるにしてももう少し景虎さんのことを知ってからにしたいな。まずは友達から始めましょう、そうしましょう。


「…………すまない。私としたことが少々取り乱した」


 少々?

 あれで少々だとすれば、本気で取り乱すとどうなるでしょうね。聞いたら体調を崩して寝込むとか言いそうだから聞かないでおくけど。


「それでお前は私の男になる気になったか?」

「今の流れで俺がそう思うと本気で思ってる? そんな要素どこにもなかったよね? そもそも、お互いのことよく知らないのにそういうこと言うのダメだと思います。せめて友達から始ましょう」

「友達だと?」


 そんな関係であの女に痛手を与えることができると思っているのか! そんな生温い関係を私は認めないぞ!

 とでも言われるんでしょうか。もしそうだったら色々とお手上げなんですけど。


「私はこの家からほぼ出れないんだぞ。必然的にお前がここに通うことになるんだぞ。それでも良いのか?」

「……別にそれくらい構いませんが」

「連絡先も交換してもらうし、週1くらいの頻度でうちに来てもらうぞ。それでも良いのか?」

「週1が守れるか分からないけど、ICO内も含めるのなら会える気はします。連絡先も別に良いですよ」

「そうか……ならお前、ICOで私の弟子になれ」

「それはちょっと無理かな」


 無断でそんなことしちゃったらマイさんの機嫌がやばいことになるし。下手したらICOではボコボコ、現実ではガン無視のコンボまで発動しそうだし。


「何でだ? やはりあの女が良いのか?」

「良いというか弟子入りしたいって言ったのは俺の方なんで……断りなく他人に弟子入りしるのは失礼かなと」

「……仕方ない。この話は保留にしといてやろう」


 出来ればなかったことにしていただきたいです。

 うちの師匠にそんな話が入ろうものならそれだけでも荒れそうなので……なんて言える空気じゃないんだよな。迂闊な発言は状況を悪化させるだけだし。

 何で俺の知り合う女性ってこう面倒なタイプばかりなんだろうね。そういう星の元に生まれちゃったのかな。俺としてはもっと気楽に生活を送りたいよ。


「よし、とりあえず話は一段落した。故に鴻上、まずは連絡先の交換だ。それが終わったら即行で帰れ」

「この流れで帰らされるんだ」

「私はこのあとICOに潜る。上位スキルの育成をしないといけないからな。安心しろ、お前にはあとで連絡する……べ、別にどういうメッセージを送ればいいか分からないからそれを考える時間が欲しいわけじゃないぞ」


 これはツンデレ的な解釈で良いのかな?

 それとも単純にゲームがしたい言い訳?

 まあどっちでもいっか。俺も何か疲れたし、家で帰った休みたいもん。

 というわけで、連絡先を交換した後は即行で帰りました。

 でも景虎さん、玄関先まで見送りしてくれたよ。照れくさそうにまた今度って言う姿は少し可愛かったです。

 にしても……今後俺の生活はどうなっていくんでしょうね。2学期が無事に終わるのか初日からとても不安です。



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