第7話 「たとえ自分勝手だろうと」

「……アキラ」


 気づいた時には彼女の名前を口にしていた。

 俺はこの世界での彼女の名前を知らない。

 直接教えてもらう、またはパーティーを組むなどしない限り他人の名前は知りようがないのだ。

 とはいえ、仮想世界では現実とは異なる名前でプレイしている者も多い。

 むしろ実名でプレイしている者の方が少ないだろう。故に俺の行動は一般的に考えて褒められることではない。それは分かっている。しかし、分かっていても今の彼女の姿に動揺が隠せなかったのだ。


「誰かと思えば……ふふ、こっちの世界では初めましてね」


 アキラは狂気を帯びた笑みを浮かべ、右手に持つ漆黒の刀を振るう。

 何気ない動作ではあるが、多くのプレイヤーを葬った後のせいか血のり振り払ったかのように思えた。


「微妙な顔してるわね……もしかして私の名前を口にしたことを気にしてるの? それなら心配しなくていいわ。私はこっちでもその名前を名乗っているから」


 アキラは負けず嫌いだ。

 それ故に誰かになりたいだの、別の自分になりたいとは考えない。あくまで自分で勝つことにこだわる。

 それがこの世界でもアキラと名乗っている理由だろう。アキラという名が男っぽいことで偽名にのように思われるかもしれない。そんな理由もありそうだが、やはり本命は前者のはずだ。


「な……な……何をやってるんデスカ!」


 シャルの突然の激昂。

 もしやアキラの行いに善良なプレイヤーとして思うところがあったのだろうか。

 このシリアスな空気で臆することなく口を開けるとは、俺の幼馴染はかなりの強心臓のようだ。


「何って……プレイヤーを殺してるだけよ」

「そんなことはどうでもいいんデスヨ!」


 まさかの発言に俺だけでなく、狂気じみているアキラでさえ疑問の表情を浮かべる。

 プレイヤーを殺すのがどうでもいい?

 なら俺の幼馴染はいったい何に対してこんなにキレているのだろうか。


「ワタシが文句を言いたいのはデスネ、アキラさんの持っている武器に対してデス!」


 武器?

 もしやあの漆黒の刀は普通の手段では入手できないチートアイテムだったりするのだろうか。


「あなたは何故そこまで怒っているの? あなたも知ってるでしょうけど、この刀はアガルガルドまでの道中で手に入るクエスト報酬。とやかく言われる代物じゃないわ」

「それはそのとおりデス……デスガ、この世界には多種多様な武器が存在しているのデスヨ。なのにシュウを基準に考えて物事を見た場合、メイン格の登場人物に刀使いがふたり居るってどういうことデスカ。普通武器が被るにしてももっと先の話でしょう!」


 言いたいことは分からなくもないが、怒りをぶつける理由としては間違っていると思う。

 何故ならここは二次元ではなく三次元。この世界に居るプレイヤーはキャラクターではなく人間なのだ。

 物語的にこの短期間に刀使いがもうひとりというのは避けるべき展開だろうが、俺達は物語の中ではなく今という時をそれぞれの考えや価値観に従って生きている。

 故にシャルとアキラの武器が被ったとしてもおかしいことではない。ここで怒鳴るのは間違っている。


「シャル、とりあえず黙ってくれ」

「黙れ? 黙れるわけないでしょう! いいデスカシュウ、アキラさんの持つ刀はただの刀ではないんデス。刀スキルを持つプレイヤーが単独でのみ受注できるクエストの報酬で、プレイヤーやモンスターを倒す度に成長する妖刀なんデス! 最終的な性能は伝説級の武器に迫るとか迫らないとか!」


 禍々しいとは思ってたけど、あれマジで妖刀だったんだ。

 というか、アガルガルドに着く前に受けられるクエストとか言ってたよね。このゲーム、そんな序盤で妖刀が手に入るの?

 RPGに敵を倒すと攻撃力が上がる武器ってつきものだけど、いくら何でも入手できるタイミングが早すぎないかな。


「しかし、そのクエストは受注すると装備が専用のものに代わり、また出現するボスもHPが高くクリアするには高いプレイヤースキルを求められマス。なのに入手した初期性能は始まりの街で手に入る武器よりも低く、攻撃力も耐久力も全武器の中でも最低クラス。それ故に始まりの街付近のモンスターでさえ倒すのは一苦労。1匹倒したら鍛冶屋に……なんてことは当然の代物なんデス」


 え、何その苦行。

 やり込み要素としては素晴らしいのかもしれないけど、俺なら絶対手を出さないよ。だってストレス溜まりまくりで楽しくなさそうだし。


「なので一般的に廃人と呼ばれているプレイヤー、縛りプレイ大好き勢ですらあの妖刀にはほとんど手を出さないと聞いてマス。にも関わらず、アキラさんの持っているものはかなりの業物……あの妖刀をあそこまで成長させるなんてアキラさんは人間をやめてマス!」


 アキラのやり込みがやばいということと、あの刀の性能が非常に高いということはよく分かった。

 ただ、これだけは言っておきたい。

 確かにアキラはあの刀のために人間をやめるというか、女を捨てる勢いでこのゲームをやりこんでいたかもしれない。

 しかし、それでも……シャルからは誰も人間をやめたとか言われたくないと思う。だって頭の中は二次元に染まっているし、趣味に費やす時間は似たようなものだろうから。


「シャルさん、そろそろ満足したかな? あれこれ言いたいのも分かるんだけど、この場の主役はシュウくんとアキラさんだからさ。彼らに話す時間を渡した方がいいんじゃないかな?」

「シリュウさんは本当に良い子さんデスネ。ワタシはあなたに幼馴染としての地位を脅かされ、アキラさんに刀使いという属性まで奪われようとしているんデスヨ。何物にも脅かされない人は良いデスネ」

「いや、別に私は」

「言い訳は結構デス。奪われヒロインはそのへんに黙って控えてマス。あとはどうぞご自由に」


 そう言うとシャルは数歩離れた位置にしゃがみ込み、ブツブツ言いながら地面を弄り始めた。シリュウさんはまさかの事態に狼狽えている。

 俺の推測では、シャルはなんだかんだ構って欲しいだけだ。しかし、本気で拗ねている可能性もないとは言えない。

 だが今はシャルよりもアキラが優先。シャルに対しては、今回のことが一段落したらフォローしておくことにしよう。


「……相変わらず騒がしい人ね」

「えっと……何かすいません」

「別にあなたが謝る必要はないわ。だって私にはあなたから謝ってもらう理由がないもの。私はあなたの幼馴染でもなければ、もう友人ですらないのだから」


 俺に向けられる視線と言葉には、尖った氷のような冷たさと鋭さが宿っていた。それに思わず逃げ出しそうになるが、ここで怖気づいたら次はないかもしれない。一度大きく息を吸って心を落ち着かせ、ゆっくりと自分の気持ちを口にする。


「アキラ……確かに今の俺達は友達じゃないのかもしれない。元はと言えば、俺がお前に告白したのが原因だ。だからまたお前に恋人になって欲しいなんて言うつもりもない」

「ふーん……じゃあ何を言いに来たの? 初心者狩りをやめろとでも言いに来たのかしら?」

「出来れば初心者狩りもやめて欲しい。だが何より俺が言いたいのは、お前と友達に戻りたいってことだ。いや友達と呼べないような関係でもいい。気まずさを感じることなく挨拶を交わせる程度の関係に戻りたいんだ」


 こちらの本心は伝えた。

 これにアキラがどう反応するか……明確に拒絶されるならば、大人しく身を引くしかないだろう。

 何故なら俺は善人ではない。

 ただ自分のために彼女に会いに来た。彼女が行っている行為は人としては人格を疑うものだが、ゲーム上では禁止されている行為ではない。なら完全に関係を断たれてしまえば、彼女の生き方をとやかく言う資格はない。


「……良いわよ、別にあなたの友達に戻ってあげても」

「本当……なのか?」

「意外そうな顔ね。まあ分からなくもないけど……ただし条件はあるわ」

「条件?」

「大丈夫、簡単なことよ。出来もしない条件を言うつもりはないわ。私が出す条件はただひとつ……私が満足するまであなたのことを殺させて」


 アキラは狂気じみた笑みを浮かべ、漆黒の妖刀の切っ先を俺に向けてきた。


「勘違いがないように言っておくけど、別に現実世界でどうこうって話じゃないわ。この世界でこの刀が育ちきるまで何度も何度も……延々にあなたを殺させて欲しいってだけ」


 俺に向けられた冷たい光を宿した目。血を浴びることに快感を覚える殺人鬼のような笑みは、その言葉が嘘ではないことを示している。


「アキラさん……君は自分が何を言っているのか分かってるのか?」

「ええ、私は至って正気よ。効率的に物事を考えているわ」


 口では正気だと言っているが、手にした漆黒の刀を愛でる彼女の姿は妖刀に取りつかれている人間そのもの。少なくともこの場に居る者にはそう見える。


「この刀、この段階まで来るとモンスターじゃろくに経験値が貯まらないのよ。だからプレイヤーを狩っていたわけだけど、いちいちプレイヤーを探すのも時間が掛かるし。そろそろ自分を正義の味方だとか勘違いしてる自己満プレイヤーが私を倒しに現れるかもしれない。だから手頃に斬れる対象が欲しいの」


 確かに刀を育てることを考えれば効率的だ。その点で考えれば、アキラは心の底から狂ってしまっているわけではないのだろう。

 だがそれはアキラが自分の意思で初心者狩りを、殺す相手が欲しいと口にしていることを意味する。アキラは本気で俺を殺したいと言っているのだ。ただ刀を育てる道具として。最強のプレイヤーになるための準備として。


「シュウくんにとっても別に悪い話じゃないでしょう? この条件を飲んでくれれば、私はあなたの友達に戻る。私はこの刀を育てられる。殺せる対象が常に居るから他のプレイヤーを襲う必要もない。つまり万事解決……ねぇシュウくん、私を友達だと思うのなら、友達として私の頼みを聞いてくれるわよね?」


 そんな関係を友達とは言わない。俺はそんな関係を友達とは認められない。

 だが俺が提案を受け入れれば、アキラは初心者狩りをやめるだろう。つまり俺以外の人間に迷惑を掛けることはなくなる。

 また刀を育てるための道具として求められているわけだが、一緒に居る時間は間違いなく増える。俺の心さえ折れなければ、アキラと話す機会もあるはずだ。

 それに刀が育ちきれば、次の決闘王国デュエルキングダムが終われば正気に戻るかもしれない。そう考えれば、アキラの提案は悪い話ではない。


「……分かっ」

「ちょぉぉぉと待ったぁぁぁぁぁッ!」


 言葉を遮るように俺とアキラの間に走り込んできたのは、言うまでもなくシャルである。

 先ほどまで拗ねたように落ち込んでいた気がするが、実に立ち直りが早い。ただそれ以上に……どこまで空気を読まない奴なんだろう。


「何かしら? 私は今彼と話しているんだけど」

「そんなことは百も承知デス」

「なら引っ込んでて」

「それもお断りしマス」


 シャルの言葉にアキラは苛立ちを覚えているのか、シャルに向けている瞳に鋭い光が宿る。

 このままではアキラと交渉することが難しくなる。

 そう思い口を挟もうとしたが、それよりも先にシャルが無邪気な笑みを消し、真面目な顔で口を開いた。


「ワタシはシュウの幼馴染デス」

「だから? まさかそれだけの理由で私と彼の話を遮ったの? 前から自分勝手な人だとは思ってたけど……あなたみたいな人が幼馴染なんて彼には同情するわ」

「自分勝手? それはあなたも同じじゃないデスカ」

「……どういう意味?」

「言わないと分からないんデスカ? なら言ってあげマス」


 シャルは睨みを利かせるアキラに対抗するように両腕を組んで胸を張る。

 その堂々たる姿は彼女の一部が実にグレートであることを主張していた。アキラの立ち位置に俺が居たならば、きっとその一部をガン見してしまっていたことだろう。


「友達に戻る条件がただただ殺される人形になること? よくもまあこんなバカな条件を出せませたね。あなたの言う友達というのは、あなたが一方的に利用できる道具のような人のことを指すんデスカ?」

「ずいぶん悪く言ってくれるわね。私はただこの刀を育てたいだけ。そして、この刀を育てるのに最も効率の良い手段がプレイヤーキル。私はこの世界で最強を目指しているの。なら可能な限り強力な武器を用意しようとするのは当然。友達にその準備の協力を願い出るのは別に間違ってないと思うんだけど」

「その言い方だと、まるで今のあなたとシュウが友達みたいデスネ」


 ふたりが言葉を発する度、周囲の空気が張りつめ、温度が下がっていく。

 個人的に次の瞬間、互いが身に付けている刃物を抜いて斬りかかっても不思議ではない。

 せめてものの救いは、この世界が現実ではなく仮想ということ。仮に殺傷沙汰に発展しても現実のふたりの命が消えることはない。


「ワタシの記憶が正しければ、シュウはあなたに友達に戻りたいと言ったはず。これからも分かるように現時点ではあなたとシュウは友達ではない。ならワタシがあなたを悪く言うのも当然では?」

「細かいことをネチネチと……それ以上何か言うつもりなら潰すわよ」


 アキラは漆黒の刀の切っ先をシャルへと向ける。

 そこには明確な敵意が宿っており、ただの脅しではないことを示している。


「潰す? 別に良いデスヨ。やれるならやってみてください……」


 シャルはメガネを外して収納する。

 仮想世界での視力はそのゲーム内の種族やスキルなどによって補正が入るため、現実世界とは異なることが多い。故にメガネを外したとしてもシャルの視力には問題ない。

 ただ、シャルはメガネに対してこだわりを持っている。

 それはもうひとりの自分や自身の存在意義と言ってもおかしくないほど強い。

 にも関わらず、メガネを外した。視界からメガネという存在をなくしてクリアにした。それが意味するのは本気で戦いに望むということ。


「たとえ自分勝手だろうと、ただのエゴだと罵られようと、今のあなたにワタシの大切な幼馴染を好きにはさせません!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る