第8話 「結局あなたは私よりも」

 死合の始まりは風が止むのと同時だった。

 先に仕掛けたのはアキラ。禍々しい刀を上段に構え、勢い良く踏み込み振り下ろす。多くの命を吸って力を高めた妖刀の一撃は、地面を砕き砂塵を巻き散らす。直撃をもらっていれば瀕死に追い込まれてもおかしくはない。


「……やるわね」

「褒めても何も出ないデスヨ」


 妖刀の切っ先は地面に触れているが、シャルの身体にそれが触れた形跡はない。

 ただ何も変化がないわけではない。シャルは腰に差していた刀を鞘ごとに抜いて身体の前で構えている。そこから推測するに、おそらく迫り来る妖刀に自身の刀をぶつけて攻撃の軌道を逸らしたのだろう。


「ならその口から言葉も出さないで欲しいものね!」


 アキラは切っ先を返しながら妖刀を振り抜く。

 その太刀筋は実に鋭い。手首の返しや腕力だけであの速さを出せるということは、アキラは筋力寄りのスキル構成なのかもしれない。


「お~と」


 シャルは驚くような声を漏らすが、表情は至って冷静。軽やかな動きでアキラの一撃をかわす。

 攻撃をかわされたアキラは二の太刀、三の太刀……と連撃を放っていく。

 シャルは絶え間ない斬撃の雨に襲われるが、最小限の動きで紙一重でかわし、かわせないものは刀をぶつけて軌道を逸らす。

 その攻防はしばらく続き……アキラの攻撃がわずかに乱れた瞬間。

 シャルはその隙を見逃さず、大きく後ろに跳躍し、さらに短く数ステップ踏んで体勢を立て直した。


「危ない危ない。戦闘特化の人の攻撃は本当恐ろしいデスネ」


 その言葉の割にシャルの表情は穏やかだ。

 シャルのスキル構成をきちんと聞いたことはないが、鍛冶屋を営んでいるからには戦闘以外のスキルも育成しているはず。

 外に出る際はスキル構成を戦闘用に変えている可能性はあるが、熟練度の上昇速度を考えるとそれほど高い数値に到達しているとは思えない。

 にも関わらず、アキラと互角に渡り合っている。

 俺がシャルの立場だった場合、あそこまで立ち回ることが出来ただろうか。


「俺の師匠ほどじゃないんだろうが……あいつもなかなかに化け物だな」

「化け物って表現は女性相手にどうかと思うけど、シャルさんも決闘王国デュエルキングダムで結果を残してるからね。あれくらいは当然だと思うよ」


 そういやここに来る前にそんな話をしてましたね。

 正直信じられない話だったので忘れかけてたけど、目の前で見ちゃったからには俺も信じましょう。俺の幼馴染は強い。


「ところでシリュウさん」

「何かな?」

「あなたは何故俺の独り言を拾ったの?」


 この場の空気的にひとりでじっとしてられなくなったのかな。誰かと話さないと落ち着かないのかな。それだったら……我が真友、ちょいと可愛い。


「あなたのキャラ的にシャルさんの援護に行くところでは?」

「あのなシュウくん、君はバカなのか。仮に今戦っているのが君だったなら私が援護に入る展開も有りだろう。しかし、今戦っているのは君ではなくシャルさんだ。私が援護に入るのは筋違いというものさ」

「なるほど……本音は?」

「何故そんな質問が出てくる? 私は今ちゃんと理由を述べたじゃないか」


 確かにそうなんだけど、俺は最近あることに気が付いてしまったんだ。


「君は私が何か隠しているとでも言いたいのかい?」

「言いたいですね」

「その理由は?」

「だってシリュウさん、本心を前面に出してる時って女の子らしい喋り方になるじゃないですか。さっきのも本心ではあるんだろうけど、きっと他にも隠していることがあるんだろう。そうと思いまして」

「私は普段からこんな喋り方だよ。キャラ作ってるみたいなこと言わないでくれないかな!」


 いやいや、作ってるじゃないですか。今もちょっと女の子らしい口調に変わってるし。

 これはあれだね、シリュウさんはカッコいい系女子を演じてないと人と触れ合うのが恥ずかしいのかもしれないね。

 まったく、これだから我が真友は。

 ちょいちょい可愛い要素を出されるとこっちも困るんだぞ。エッチな目を向けるなと言うなら女の子として意識させるような要素を出さないで欲しいよ。


「言って欲しくないなら隠している本音もぶちまけるがいい」

「くっ、君という男は……分かったよ、言えばいいんだろ。私は……怖いというか苦手なんだ。ああいう女性同士の争いというか、青春じみたケンカじゃなくて敵意や悪意しかないようなケンカが」


 ここが仮想世界じゃなかったらケンカってレベルじゃないんだけどね。

 それにああいう空気が得意な人はいないと思います。誰だってピリっとした空気より穏やかな空気の方が好きでしょうから。


「……って、こんなこと話してる場合じゃないよ。今大切なのはあっちのふたり!」


 それはごもっとも。

 意識を戻すとちょうど距離を取って仕切り直しているところだた。ふたりの状態を見る限り、まだお互いにクリーンヒットはないように思える。きっとハイレベルな攻防が繰り広げられていたのだろう。


「鍛冶師のくせにちょこまかと」

「別に鍛冶師なのは関係ないと思いマス。というか、それで最強を目指してるんデスカ? ワタシ如きに一太刀も浴びせられないようじゃ最強なんて程遠いデスヨ」

「そういうのはまともに撃ち合ってから言いなさい」


 吐き捨てるようにそう言うと、アキラは地面を蹴り上段から斬りかかる。

 シャルはそれを寸前でかわすと、まるでアキラの挑発に乗るかのように左手で鯉口を切る。やや半身で構え、右手を柄に掛けた瞬間


「――っ!?」


 鞘からわずかばかり顔を覗かせていたシャルの刀が紫色の輝きを放ち始めた。それに気が付いたアキラはすぐさま回避行動を取る。

 直後、寸前までアキラの顔があった場所を紫電が駆け抜ける。

 武器のスキルアーツの中には、他のスキルを装備していないと使用できないものがある。そのひとつが今シャルが使用した刀スキル内の居合いの類だ。


「ありゃりゃ、まさか初見で避けられるとは」


 言葉と裏腹にシャルには気落ちした様子はなく、これまでと違って抜刀状態で構え直す。

 居合いのために再度納刀しても良いのだろうが、あの超高速の居合いはスキルアーツあってこそ。

 スキルアーツを使用すれば発動後に硬直時間が課せられてしまう。

 また初見で回避されてしまっては敵の警戒心も上がり、下手に使えば反撃のチャンスを与えてしまうだけだ。そういう意味でシャルの判断は正しいと言える。


「……鍛冶師が居合い? 武器スキルを持つだけならまだしも、スキルの装備枠が限られている中でわざわざ抜刀系のアーツのために居合いスキルを装備するですって。あなた、このゲームを舐めてるの?」

「いえいえ。ただワタシが鍛冶師をしているのは、自分のための最強の刀が作りたいからデス。居合いを装備しているのは……まあ単純に趣味デスガ。でも後悔はしてません。だって抜刀系の技って超絶カッコいいじゃないデスカ!」


 誰もそういうことまで聞いてません。気持ちは分かるけど、シリアスな空気が壊れるので我慢してください。


「というか、アキラさんにワタシのプレイスタイルについて文句を言われる謂われはないと思いマス」

「そうね。でも私はこの世界で最強を目指しているの。だからあなたみたいに適当にやってるのに結果を残すようなプレイヤーを見ると癪に障る」

「それ完全に逆恨みじゃないデスカ。大体ワタシ適当にはやってません」

「よくそんなことが言えるわね。鍛冶師のくせに居合いなんてスキルに手を出しているだけでも適当なのに、あなたの場合はそこに種族がエルフというのも加わるのよ。これを適当と言わずに何て言うの」


 これまで言ってなかった気がするが、今アキラが言ったようにシャルのアバターの種族はエルフだ。

 エルフという種族は、平均的な能力値である人間と比べると魔法に関する数値や敏捷性が高い。そのため多くのプレイヤーは魔法の威力に補正が掛かる杖や遠距離から攻撃できる弓といった武器を使用する。

 シャルのように近接武器を使う者も居ることには居るが、鍛冶スキルや居合いまで使う者となると、おそらくその数は極めて少なくなる。

 だからこそアキラの言うことは正論ではある。しかし


「確かにそうかもしれません。どんなゲームにもテンプレというものはありますから。デスガ、ゲームの楽しみ方は人それぞれ。ワタシがどういうプレイをしようとそれはワタシの自由なはずデス。先ほども言いましたが、あなたにとやかく言われる謂われはありません」


 そう、シャルのいうこともまた正論。

 故にこの世界のふたりは噛み合わず、互いの存在が気に入らないのかもしれない。


「アキラさん、ワタシはあなたとそれほど交流が深かったわけじゃないデスガ……今のあなたは正直言って嫌いデス。前のあなたの方がずっと魅力的でした」

「私はあなたのこと前から嫌いだったけど」

「それは自分を見ているようだからデスカ?」

「……どういう意味?」


 アキラの顔に一際大きな怒りが宿る。まるでシャルの真意に予想がついているかのような反応だ。


「分かっていそうなのにわざわざ聞くんデスカ。まあ聞かれたからには答えましょう。アキラさん、あなたはワタシと似ています。表面的なものではなく、根っこの部分がデスガ」


 根っこが似ている。

 正直俺にはピンと来ない言葉だ。シャルとアキラに共通点があるとすれば、それは二次元が好きだということ。そこを除けば見た目や性格も真逆に等しい。


「私があなたに似ているですって?」

「はい。とても似ていると思いマス。だってアキラさんがシュウからの告白を断ったのは怖かったからデスヨネ?」


 怖い?

 普通そう考えるのは告白される側ではなくする側。俺達の場合で言えば、その感情を抱くのは告白した俺であるはず。

 なのに告白された側のアキラが恐怖を抱いた? それはいったい何故……


「ワタシも今ではこんなデスガ、昔は内気で泣き虫でした。日本語も不自由だったので、シュウがいなければきっと他人を怖がってばかりで……今以上にすでに繋がりがある人との繋がりが切れることを恐れていたと思いマス」

「…………」

「だからこそ、あなたの立場になって考えるとこう思うんデス。シュウとは友達という関係で居られさえすれば良い。だってシュウの周りにはワタシやマイさんが居るから。もしシュウと先に進んでしまったら……自分以外の女の子と触れ合うのが許せなくなる」

「……れ」

「もしも恋人になったとして、シュウが自分から離れて行く日が来たとしたら……そう考えるだけで堪えられない。ならシュウからの告白は受け入れるべきじゃない。気まずくなってしまうかもしれないけど、また友達に戻れる可能性が高い方を選ぼう。だからあなたはシュウからの告白を」

「黙れ!」


 怒号と共に振り下ろされた刀によって地面が砕ける。さすがのシャルも言葉を紡ぐことは出来ず、わずかばかりの静寂が生まれる。


「……あなたが私の何を知っているって言うの? 勝手な想像で私を語らないで。私はあなたとは違う。あなたと違って欲しいと思うものは自分の力で手に入れる。手に入れてみせる。今は彼のことなんてどうだっていい。私が求めるのはこの世界での最強。他のことなんてどうだっていい」


 アキラの瞳に宿る輝きは、実に冷たくて狂気的だ。

 しかし、今となってはどこか自分を押し殺しているように見える。

 もしもシャルの語ったことが正しいのだとすれば、アキラはアキラなりに苦しんでいるのかもしれない。

 俺がアキラに告白してしまったことで、彼女を苦しませてしまう道に引きずり込んでしまったのかもしれない。

 なら俺がすべきことは……


「あなたの存在は本当に目障りだわ。だから……二度と私に関わりたくないって思えるくらい滅茶苦茶にしてあげる!」


 アキラの身体が禍々しいオーラに包まれたかと思うと、彼女の長い黒髪が銀色に変わった。瞳の色も炎のような紅色に変化しており、今の彼女はまるで銀髪灼眼の鬼そのもの。

 確かICOの限定版では《鬼人》という種族が選べたはず。

 この種族は魔法に関する能力値は低いが、そのぶん筋力や敏捷といった身体能力が高く設定されている。また専用スキルとして《灼眼羅刹》が使用可能だったはずだ。

 これはアーツなどに使用するSPを大量に消費する上、発動後はHPが徐々に減少していく諸刃の剣だが、そのぶん大幅に身体能力を向上させる鬼人の切り札。

 ここから繰り出されるアキラの攻撃は、先ほどよりも格段に鋭くて重い。互角だった戦況は間違いなくアキラへと傾くだろう。


「筋力値が高いとは思ってましたが、まさか鬼人とは。ICOの限定版は高校生がおいそれと変える値段でもないと思うんデスガ……アキラさんは衝動買いせず計画的にお金を使える方だったんデスネ。この勝負どうやらワタシの負けのようデス……」


 いやいや、諦めるにはまだ早いでしょ!

 確かに苦戦を強いられる展開ではあるが、勝負というものはHPがゼロになるまでは分からない。アキラのHPは《灼銀羅刹》を発動している間は減少し続けるのだから守りに徹すれば勝機だってあるはず。

 負けてもいないうちから諦めていてはうちの師匠に怒られますよ。あの人、少しでも決闘中に気を抜くと「ゴゴゴ……!」って圧を放つんだから。

 と考えていたらあることに気づきました。ここで何もしなかったら俺はあとで師匠から怒られるのではなかろうか、と。

 アキラのことだけでも大変なのに、マイさんまで機嫌を悪くしたら面倒なことこの上ない。ならば動くしかない!


「落ち着けアキラ、一度ゆっくり話そう。俺は」


 お前に甘えていた。お前が俺の交流関係を知っているから、シャルやマイとこれまでどおり付き合っても問題ないと思い込んでいた。その状態でお前に告白し、お前を苦しめてしまった。

 だから俺に言いたいことがあるなら全て言ってくれ。小言だろうと嫌味だろうと、説教だろうと何だって聞く。友達に戻るか戻らないかはそれから決めよう。

 そう言おうと思った。

 しかし、アキラは俺の言葉を遮るように


「――結局あなたは私よりも……」


 漆黒の刀を大きく振り回して最上段に掲げた。

 刀身には彼女の想いが具現化したかのような闇の炎が燃え上がる。刀スキル上位技《煉獄の太刀》。闇と炎、ふたつの属性を宿す重単発技だ。

 それが《灼銀羅刹》状態から放たれるとなれば、鎧や楯を装備していない俺達では一撃で葬られてもおかしくはない。

 何よりそう考えた時には、すでにアキラは眼前までに迫っていた。圧倒的な速度を誇るマイならともかく、現状の俺ではどう動こうとも遅い。

 獄炎を宿した一撃が振り下ろされる。

 まさにその瞬間だった。


「……え」


 一瞬何が起こったのか分からなかった。

 何故なら明確な意思を持って攻撃してきたアキラの身体が、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ち、俺に寄りかかってきたからだ。

 普通であれば発動したアーツは、大きく体勢を崩れない限り一連の動作を終えるまで止まらない。

 にも関わらず、アキラがこのような止まり方をしたということは……


「……アキラ?」


 確かめるように彼女の名前を呼んでも返事はない。

 彼女は……彼女のアバターは魂が抜けたように脱力しきっている。

 これが意味するのは、アキラがログアウトしたということ。

 ただ安全圏以外でのログアウトは専用のアイテムを使わない限り、このようにアバターだけその場に残ってしまう。

 このときアバターを倒されれば、所持アイテムのドロップなどのデスペナルティが発生する。それをアキラが知らないはずはない。


 なら何故アキラはログアウトを?


 そう思ったものの真相を知る本人は今この場にいない。

 だからといってアキラのアバターをこのままにしておくことも出来ず、俺達は近くの村まで彼女のアバターを運んだ。

 その間もアキラが戻ってくることはなく、結局何故彼女がログアウトとしたのか。それは分からないままその日は終わりを迎えた。




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