第9話 「やだー鴻上さんのエッチぃ」

 アキラとの会合から一夜明けた午前10時頃。

 わたくし、鴻上秋介は非常に困惑しております。

 それは何故か?

 その答えはわたくしの手の中にあるスマホにあります。画面に表示されているのは『川澄玲』という文字列。

 はい、そうです。何とアキラさんから電話が掛かってきているわけですね。

 昨日のアキラさんとの会合は、皆さんもご存知のとおり仲直りするどころかより拗れる形で終わりました。

 そのため今後アキラと接する機会はあるのか、何を話すのが正解なのか。あれこれ悩んでいた身としましては、この電話は千載一遇のチャンスだと言えます。

 しかし……どう考えてもアキラさんの方から仲直りしたいと連絡してくるとは思えません。

 いったいこれは何の電話なの?

 内容がまったく想像できないだけにとても怖いんですけど。着信拒否とかされる方が嫌ではあるけど納得できるんですけど!


「……もしもし」


 だけど勇気を振り絞って電話に出ました。

 だって着信に気が付いたのに出ないのもどうかと思うし、余計に関係が拗れるにしても話をして拗れる方がマシだから。正直恐怖しかないけど、ここで逃げるほど俺は男を捨ててません。


『もしもし、鴻上秋介さんですかぁ?』


 ……誰?

 一度スマホを耳から離して画面を確認するが、そこには間違いなくアキラの名前が書いてある。

 登録をミスったかとも考えたが、過去にアキラをやりとりした覚えがあるので別人を登録している可能性はない。ないはずだ。俺には彼女にフラれた日でさえ、電話帳を弄った記憶はない。

 つまり、考えられるとすれば……誰かがアキラのスマホを使って俺に電話しているということくらい。だがいったい誰が俺に電話を……


「……そうですが、どちら様でしょうか?」

『あ、すみませーん。そう言えば、こうやって話すのは初めてでしたね。わたし、川澄玲の妹でアカネって言います。茜色の茜でアカネです』


 別に字面に関しては言わなくても。

 ただよく思い返してみると、前にアキラがひとつ下の妹がいると言っていた気がする。それにアキラの性格的によく知りもしない相手に自分のスマホを使わせるとは思えない。

 となると電話越しの相手はアキラの妹で間違いないだろう。

 しかし……アキラの妹にしてはずいぶんとユルい喋り方をする。基本的に凛としてはっきり言うアキラとは対照的な印象だ。


「えっと……妹さんが俺に何の御用でしょうか?」

『あの鴻上さん、わたし今自己紹介しましたよね? なのに妹さんとか……わたし、そういう呼び方されるの好きじゃないなぁ』

「あ、それはすいません」

『あと敬語も嫌。わたしの方が年下なんですから普通に話してくださいよぉ』


 年齢のことを話題に出すならそちらはもう少し敬語っぽく喋ってもいいのでは?


「分かった。ならそうさせてもらう。それで君は俺に何の用なんだ?」

『お~変わり身はやーい。同級生にされたらムカつきそうだけど、年上からそういう感じに話されるのは悪くないかも。というわけで、鴻上さんにはアカネちゃんポイントを進呈しよぉ』


 何かよく分からないポイントをもらってしまった。

 果たして何に使うポイントなのか。単純に好感度みたいなものなのか。正直この子に対する情報が少なすぎてさっぱり分からん。


「それはどうも……でご用件は?」

『あ、もう本題に入っちゃいます? でもちょ~と待ってくださいね。わたし今部屋の片付け中なんで』


 さっきから妙に聞こえていた物音はそういう理由か。

 でも何故に片付け中に電話? それもアキラのスマホで。分からん、この妹さんの考えていることはいっちょん分からん。


『……ま、こんなもんかな。もしもし鴻上さん、聞こえる?』

「聞こえてます。もう片づけはよろしいので?」

『うん、大丈夫。とりあえず一段落したから……というか、口調変わってない?』

「鴻上さんは状況に応じて割と口調が変わる。だから気にするな」


 初めて話す子に俺は何を言ってるんだろうね。

 でも個性豊かな奴らと絡むことが多いせいか、最近気が付いたら口調が変わってるんだよね。俺って前は女の子とどういう感じに話してたんだろう。

 まあ下手に高圧的な話し方になるくらいならヘコへコしてる感じの方が良いかもしれないけど。


『なるほどなるほど……お姉ちゃんからはクールな感じだって聞いてましたけど、意外とノリが良い人なんですね。わたし、そういう人嫌いじゃないですよ。というわけで、またまたアカネちゃんポイントを進呈。パフパフ~♪』


 ユルい声でパフパフ……やばいね。

 何かシャルさんの胸に飛び込みたくなる響きがあるよ。この場にシャルさんがいないのが非常に残念だ。居たら居たで非常に困るけどね。だって話が円滑に進みそうにないし。


「あのーひとつ質問があるんですが?」

『もしかして、わたしのスリーサイズとかですか? やだー鴻上さんのエッチぃ』

「勝手に話を進めないで。俺が聞きたいのは君の言うアカネちゃんポイントってのに意味はあるのか? ってことだから」

『あーそっち。そりゃあありますよ。アカネちゃんポイントが貯まるとわたしから色んな特典がもらえます。現状で言えば……鴻上さんって呼び方をお兄さんって変えることが出来たり』


 な……んだと。

 近所の子供からその手の呼ばれ方をすることはあったが、まさかアキラの妹からそういう呼び方をされる日が来ようとは。ユルい声でお兄さん……うん、悪くない。


『ちなみにお兄ちゃん、お兄様、にぃや、兄くんとかでも大丈夫ですよ。口調も少しくらいなら変えてあげます』

「ならぜひとも兄くん……と言いたいところだが、今はお兄さんでお願いします。友人に知られると面倒なことになりそうなんで。口調は話しやすいようにしてくださって結構です」

『あ、そうですか。じゃあ好きにさせてもらっちゃおっかな。一応お兄さんの方が年上だから生意気になり過ぎないように気を付けるけど、もしもの時は多少は大目に見てねー』

「お兄さんに任せなさい……にしても君も割とこっち側の人間なんだな」

『そんなの当たり前じゃないですか。だって姉が姉ですし……一部の分野では姉よりも詳しいですよ。それにはお兄さんが好きそうなものが含まれてるかも』


 俺が好きそうなもの……真っ先に浮かぶのはおっぱいだな。

 これまでは隠すような素振りを見せてきたが、最近俺もはっきりと自覚した。俺はおっぱいが好きだ。大好きだ。シャルやカザミンと顔を合わせたら、あのおっぱい達をつい見てしまうからな。

 無論、雨宮のおっぱいも好きだぞ。彼女は彼女でロリ巨乳みたいで背徳的なエロスがあるからな。じっと見ると恥ずかしがるからその姿も可愛いし。

 あまりここで語ってもあれなので終わりにするが、最後にこれだけは言わせてくれ。俺は別に変態ではない。ただ人並みに異性や性的なことに興味のある男子高校生だとな。


「その話は非常に興味があるが……今はとりあえず本題を聞くことにしよう。アカネくん、君は何故俺に電話を掛けてきたのかな?」

『あぁそれはですね、夏休みに入ってから姉の様子がおかしいなぁ。ここ最近さらにおかしくなったなぁ……と感じてたんで』

「な、なるほど……でも何故に俺に電話を?」


 アキラが素直に事情を説明しているなら俺に連絡が来るのも納得だ。

 だが今の言い方的にアキラが説明している気はしない。この子はどういった経緯で俺に電話を掛けたのだろう。俺、気になります!


『それはですねぇ……お姉ちゃんのスマホに入ってる連絡先が家族のものを除けば、お兄さんのくらいしかないからです。風見悠里さんって人のものもありますけど、この人はお姉ちゃんがよく利用している風見書店の人でしょうし』


 なるほど、なら俺に電話が掛かってくるのは当然ですね。

 というか、アキラさんってそんなに友達少なかったの?

 学校の様子を見る限り人付き合いはそれほど悪くないように思えたけど。ひとりの時間が欲しくて、わざと知り合い以上友達未満みたいな関係を作ってたのかな。


『それで、お兄さんはお姉ちゃんに何をしたんですか?』

「質問としては普通なんだけど、何でそんなに声が弾んでるの?」

『だってあの汚ネェちゃんに男性の知り合いだもん。妹としては汚ネェちゃんに恋愛フラグ!? みたいな感じで気になって当然じゃないですか』


 まあアキラさんのスマホの電話帳が電話帳なだけにそうなりますよね。

 にしても……今この子が口にした『お姉ちゃん』って言葉、何か違うように聞こえた。字面にすると別の字になってそうな感じのニュアンスだった。これは俺の気のせいだろうか?


『それでぇ、お兄さんとお姉ちゃんの間には何があったの? 別に怒らないから教えてよ。アカネちゃんはお兄さんの味方だから……多分』

「最後ので一気に信用できなくなったんですが……アカネちゃんを信用して話すことにしましょう。実はね」


 お兄さん、先日あなたのお姉ちゃんに告白したの。

 と切り出そうとした直前、ドアが開いたような音が聞こえた。誰かがアカネの居る部屋に入って来たのだろう。


『ふぅ、さっぱりした……あら、アカネ居たの』

『居たのって……誰がお姉ちゃんの部屋を片付けてたと思ってるの。いい加減部屋をゴミだらけにするのやめて欲しいんだけど』

『ひ、人の部屋をゴミ部屋みたいに言わないくれる。私にとっての理想の配置しているだけよ』

『ゲーム機や漫画が散乱しているくらいならそうだけど、お姉ちゃんの場合は服も出しっぱなしだし、ゴミだって持って下りればいいのに大量に放置するし。どう考えてもゴミ部屋じゃん』


 ……何か俺、聞いちゃいけないことを聞いているのでは?


『あとさ、何でタオル1枚なわけ?』

『シャワーを浴びた後なんだから別におかしくないでしょ』

『いやいやいや、普通は下着くらい履くでしょ。部屋までタオル1枚って……誰かに見られたい欲求でもあるの?』

『そんな欲求あるわけないでしょ。まあ別に見られても困りはしないけど』

『そこでタオル外す普通……』

『タオル外さないと着替えられないでしょ』

『はいはい、そうですね……ほんとお姉ちゃんって図太いというか、自分に自信持ってるよねぇ。ま、妹のわたしから見てもお姉ちゃんは結構美人だし、スタイルも良いと思うけど……おっぱいまた大きくなってない?』


 妹さーん、あなたは俺と通話してること分かってるはずだよね。なのに何でそういう話題を出しちゃうの!?

 俺だって人並みに性欲のある男子高校生ですよ。そんなこと言われたら聞き耳立てるの分かるよね!


『そう? サイズ的にはEのままだけど。服を着てると着痩せする方だからそう見えてるだけじゃない?』


 本日明らかになった驚愕の事実。

 アキラさんのバストサイズはE。シャルやカザミンには劣るけど、マイさんよりは上のEカップでございます。

 割とスレンダーに見えていたのに……まさかそんなエクセレントなお胸だったとは。今後アキラに向ける目が変わっちゃいそう。


『そうかもしれないけどぉ』

『何で膨れっ面なのよ。アカネだってそれなりにあるでしょ。前にもうすぐDだって言ってたし』

『Eのお姉ちゃんから言われるからムカつくの。お姉ちゃんはわたしと同じ頃にはEに近かったわけだし。身長だってお姉ちゃんは160くらいあるのにわたしは150前半しかないし』


 150前半でバストサイズはおよそDか……その情報だけだと、妹さんの外見のイメージが雨宮さんみたいになっちゃうぜ。だって雨宮さんも似たような感じだし。


『小さい方が周りから可愛いって思われていいじゃない。それにアカネはまだ中3でしょ。これから伸びるかもしれないわ』

『あいにく中学に入ってから2、3ミリしか伸びてませーん。今後伸びる可能性は極めて低いんですー……ち、マジでスタイル良いなこのクソ姉貴。胸の形も綺麗だし、ほんっとムカつく』


 妹さんがボソッと怖いこと言ってる。

 でもアキラの身体に関する情報が混じってるせいか、俺としては少し興奮しちゃうよね。


『ところでアカネはさっきから誰と電話してるの?』

『お姉ちゃんは誰だと思う?』

『誰って……同級生の女友達とかじゃなかったら困るんだけど。話してた内容が内容なだけに』

『ざんねーん♪ 正解は鴻上秋介さんでしたー』

『えっ、鴻上……ちょっ、それ私のスマホじゃない!? あんた何勝手に人のスマホを。というか、何で彼に通話した状態であんな話をするのよ!』


 わぁーお姉ちゃんが怒った、ヒャッフー!

 みたいなテンションで逃げ回るアカネの声が響いてくる。アキラも必死でアカネを捕まえようとしているようで、普段の彼女から想像できないほど冷静さを欠いたが聞こえてきた。


『アカネ、私のスマホ返しなさい』

『やだー』

『何でよ!』

『だって今お兄さんと電話中だもん』

『お、お兄さん?』

『別におかしくないでしょ。鴻上さんはわたしより年上だし、将来お姉ちゃんと結婚したらわたしのお兄さんになるわけだから』


 何だと……まさか妹さんは、そこまでの未来予想を想定してお兄さんという呼び方をしたいたというのか。この妹、只者じゃない。


『あ、お兄さん。今お姉ちゃん、パンツしか履いてないよ』

『ちょっ……!?』

『お~あのお姉ちゃんが今の言葉だけで胸を隠すとは。まだお姉ちゃんも女を捨ててなかったんだねぇ。いやー妹しては安心安心。昨日まで部屋はゴミだらけ、髪の毛はボサボサ、目には隈、体臭はひどい……って感じで女を捨ててたし。ほんとお姉ちゃんが汚ネェちゃんから脱却してくれて良かったよ』


 以前ジャージ姿のアキラに遭遇したことがあるのである程度予想していたことではあるが、現実はもっとひどかったようだ。うん、これは俺の我が侭だけどあまり聞きたくはなかったな。


『アァァァカァァァァネェェェェェッ!』

『やべ、火に油を注ぎ過ぎた。お兄さん助けて~、このままじゃわたしの貞操がお姉ちゃんに犯されちゃう。近親での百合展開に発展しちゃうよー』

『発展するわけないでしょ! あぁもう、いい加減スマホ返しなさい』

『だが断る!』


 この妹、イイ性格してるよね。

 下手したら俺の幼馴染よりも人間性アウトかも。現状だとここまでするのは実姉だけかもしれないけどさ。


『お兄さん、あとでうちに来れます?』

「え……まあ行けるけど」

『じゃあ昼過ぎにでも来ちゃってください』

『あんた、また勝手なことを……!』

『勝手ってこれもお姉ちゃんのためだから。一度ちゃんと話した方が良いって』

『だからって今日じゃなくてもいいでしょ』

『ダメでーす。お姉ちゃんはこの手のことにはヘタレなので、時間を空けると絶対また先延ばししようとします。だから話がまとまれば即決行!」


 この妹、姉に対して容赦がない。

 俺にとってシャルがある意味ラスボスなら、きっとアキラにとってはこの妹さんがラスボスなのだろう。きっと家庭内ヒエラルキーは姉<妹に違いない。


「そんなわけでお兄さん、またあとで。お姉ちゃんはわたしが責任を持って家に留めておきますんで。なので絶対来てくださいね……来なかったらアカネちゃんオコだから。それじゃ』


 そこで電話は切れた。

 昨日から比べると話が急展開すぎるけど、せっかくのチャンスなので妹さんの提案に乗ることにしましょう。

 別にあの子のことが怖いって思ったわけじゃないからね。来なかったオコって部分、凄まじく絶対零度の響きだったけど、それにビビったわけじゃないからね。あくまで俺はアキラと仲直りするために行くんだから。

 なのでそういうことにしといてください。昼までに心の準備もしないといけないしさ。



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