第6話 「そっか、思っちゃったかー」
初心者狩りの正体を確かめるため、俺達は転移クリスタルを使用して移動した。
転移で向かった場所は始まりの街からアガルガルドまでのちょうど中間にある町《アレイスタ》。
何故ここを選んだかというと、相手の立場になって推測した結果だ。
理由を上げるとするなら、上級プレイヤーの中には初心者を支援することに喜びを感じる者も居る。それだけに始まりの街付近での初心者狩りは相手の立場で考えればリスクが高い。
またアガルガルドに近づけば、狩る対象は初心者から脱しつつある。狩れないことはないと思うが、狩るならば時間をかけずに効率良く行いたいはずだ。
以上のことから、少し力を付け始めた初心者が多く集うポイント。この町周辺を張るのが初心者狩りに会える可能性が最も高いと踏んだわけだ。
「何だか殺人鬼に会いに行くようでドキドキしてきました」
「私にはドキドキというよりウキウキしているように見えるけどね」
「もちろんウキウキもしてマスヨ。だってこのあと昼ドラよりもドロドロで、血で血を洗うような展開が待っているかもしれませんし!」
何で煌びやかな笑顔なのかな?
そうなる可能性はあるけど、それって俺と彼女がこの世界で殺し合うってことだよね。俺としては出来るだけ穏便に済ませたいんですが。
「ところで……今更なんだが何でシャルまで付いて来てるんだ?」
「おぉ~本当に今更デスネ。何でってワタシはシュウの幼馴染デスヨ。シュウが友達に戻りたいと願うのであれば、それを手伝うのは当然デス」
幼馴染みたいな発言してるよ。
いやシャルさんは幼馴染だけどね。でも幼馴染キャラとして見た場合、シャルさんが幼馴染らしい発言をしているかといえば、一般的な幼馴染とはずれているようにも思えるわけで。
つまり何が言いたいのかというと、真面目な顔で模範的な発言をされると本心が別にあるように思えてならない。
「その気持ちはありがたいが、店を空けていいのか?」
「大丈夫デス! 試し斬りに行ってマス、と看板出して出かけてましたから。何よりシュウの今後が今日決まるかもしれないんデスヨ。なら店で鍛冶仕事するよりもシュウの手伝いする方が面白そうじゃないデスカ!」
そんなことだと思いました。
本当シャルさんって自分の欲求に忠実だよね。時々その忠実さが羨ましく思うよ。やると決めたら誰から何を言われてもやっちゃうんだろうし。
でもあんまり他人に迷惑を掛けるようなことはやっちゃダメだよ。俺は慣れてるからいいけど……度が過ぎればオコだが。
「シュウくん、君はこれまで色々と苦労してきたんだろうね」
「まあそれなりに……最近はお前が居てくれるから頑張れる」
「えっ……そ、それって」
「お前が居るとシャルがお前にも絡むから俺の負担も減るし。それにお前はちゃんと俺の話を聞いてくれるから。愚痴を聞いてくれる人が居るってだけで心が軽くなる……その微妙な顔は何だ?」
「いやその……真友に対して口説くような発言はダメなんだぞ! みたいに言おうと思ってたんだけど。そのあとに真友に対して適切な言葉が来たからどう反応するのが正しいのかよく分からなくなって」
シリュウちゃんは真面目だね。
まあでも不真面目よりはずっと良い。だって不真面目担当はシャルさんだけで間に合ってるし。
「むぅ……」
「えっと、何でシャルさんはそんなに頬を膨らませてるのかな? 私、何かシャルさんの気に障るようなこと言っちゃった?」
「いえ、そういうわけでは。ただ今の会話はちょっと幼馴染のシャルさん的に許容しがたい内容だったので」
「俺もシリュウも大したことは言ってないと思うが?」
「いやいやいや、シリュウさんはともかくシュウはなかなかなことを言いましたよ。まるでワタシと一緒に居るよりシリュウさんと居る方が落ち着くみたいな発言してましたよ!」
あーそういうこと。
まあ確かに普通なら一緒に過ごした時間が長い幼馴染の方が、一緒に居て落ち着く存在ではあるよね。
でも……シャルさんは俺のこと振り回すじゃないですか。癒しよりも恐怖を与えることの方が多いじゃないですか。
それを考えるとさ、真友であるシリュウさんの方が落ち着く存在になっちゃうよね。力関係も同じくらいだし、可愛いところもあるし。
「まあまあシャルさん、落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられマスカ! ワタシの幼馴染というポジションが揺らごうしているんデスヨ。ポッと出の真友とか自称してる人の下位互換みたいな地位に落とされようとしているんデスヨ」
「ポ、ポッと出……」
シリュウさん、地味に傷ついてますね。
まあでもシャルさんと比べるとそう言われても仕方ない。だって真友になったの最近だし。これまでは店員と常連客だったわけだし。
何より俺達は互いに真友とか言ってるけど、現状じゃまだそのレベルに達してないからね。
「これが落ち着けようか、いや落ち着けまい! と、シャルは反語で自身の心境を訴えてみる」
どこぞのビリビリ姉妹みたいな言い回ししなくていいです。
あなたはふざけないと人と会話ができないんですか。ふざけても許されるキャラだから問題にならないことも多いけど、そんなんじゃ肝心な時に君の想いが一方通行になりかねないよ。
「シャルさん、俺そろそろ町の外に向かいたいんだけど」
「幼馴染の必死の訴えを完全にスルーする我が幼馴染ハンパねぇ。何て鬼畜な対応なんでしょう……でもそれが良い、これが良い! 何か久しぶりにご褒美もらった気分デス」
「そんなこと言ってると置いて行くよ?」
「あぁ~待ってください! シャルさん冷たくされるのは良いけど、放置プレイは嫌なんデス。構ってくれないと人知れず泣いちゃうんデス~」
シャルさんが小走りで追いかけてくる。
今のシャルさんはポニーテール。だから走るとその振動で髪が揺れる。
今のシャルさんは花魁スタイル。だから走るとその振動で胸が揺れる。
皆さんはどちらに意識が行きますか? 俺は断然に後者ですね。だって身体の前にあるものだし。グレートな大きさだし。上乳まで見えちゃう服装だし。
「なあリュんリュん」
「人を爆裂魔法LOVEな子が居る一族の名前みたいに呼ばないくれ」
今それを言いますか?
確かにリュんりゅんって爆裂魔法LOVEな子の自称ライバルの名前っぽいけど。でもそれならカザミンの段階で言うべきなのでは。だって爆裂魔法LOVEな子の名前っぽいわけだし。
「それでシュウちゃんは何が聞きたいんだい?」
「呼び方変えるならもっと大々的に変えていいんだよ。シュ~たんとかでもいいんだよ」
「そんな急に大々的に変えれるか! は、恥ずかしい……いいから本題に入ってくれ」
個人的にはもう少し恥ずかしがるシリュウさんの姿を見ていたい。
だがやりすぎると鉄拳や槍が飛んでくる可能性がある。仮想世界ではどんな暴力を振るおうがHPが減るだけだ。宙を舞って地面に落下するとなかなかの衝撃はあるのだが、やはりHPが減少するだけ。
マイさんのせいでそういうことには人より慣れている気がしないでもないが、俺は宙を舞いたい性癖があるわけではない。人をからかうときは限度をちゃんと見極めなければ。
故にここで踏み込み過ぎるのは避けるべき。本題に入るのが賢明だろう。
「分かった。心して聞いてくれ」
「ご、ごくり……」
「……あんなリアクションを取る幼馴染には出来ない相談なんだが」
「私がちゃんと聞く。真面目に聞くから元気出してくれ」
ありがとう。
やっぱお前が居てくれて良かった。持つべきものは幼馴染じゃなくて友達だな。
「それで相談とは?」
「それはだな……もしかすると俺は今日彼女に会うかもしれない。もし会ってしまった時、俺は何と話しかければ良いだろう?」
「……は?」
うわぁ、我が真友から「何言ってんだこいつ」みたいな冷たい目を向けられちゃったぞ。俺の予想では、このあと小言を言われる確率100%。
「君はそんなことも考えずに会おうとしていたのか?」
「いや、一応考えてはいたんですけど」
「あのなシュウくん、確かに私は君と彼女の関係が今どういう状況なのか知っている。だが君と彼女がどういう交流をしていたのか、どういう思い出があったのか知っているわけじゃない」
それはそうですね。
むしろ、知っていたら逆に怖いです。でも……そこで無邪気に笑っている幼馴染は何かしら知ってそうだよね。告白の件は知らなかったみたいだけど、アキラさんとは告白に至る前にデートのようなことはしていたわけだから。
「君が立場的に彼女と向き合うのが最も気まずいのは分かる。しかし、現状の彼女がどういう心境なのかを最も理解できるのもまた君なんだ。私は君の真友、故に相談してくれるのは構わないし嬉しいが……相談するにしても丸投げという形はよろしくない。それでは君があまり彼女を考えていないことになる」
「それは分かるんだけど……もしかすると今の彼女は初心者狩りをしているわけじゃん」
「そうだな」
「それを始めたきっかけが俺にあるのだとすると……予想していた以上に彼女の精神状態はよろしくない。なら俺が考えていたものは全て使えないのでは? と不意に思っちゃいまして」
「確かにそうかもしれない。だけど全て使えないなんてこと……そんなこと……そんなことは……そっか、思っちゃったかー。じゃあ仕方ないのかな」
さすが我が真友。あれこれ脳内で考えてみたけど、俺と同じ結論に至ったようですね。
でも俺から目を背けないで欲しかったな。まるで俺が全く勝ち目がない戦いに挑むみたいじゃん。
俺は恋人になりたいんじゃないの。
友達に戻りたいだけなの。
知り合い程度でもいいの。
会話があまりできないとしても、視界に入っただけで気まずさを覚える関係でなくなるならそれだけで十分なの。
高望みをしているわけじゃない。なら勝ち目がないわけじゃないはずだろ。それともこの考えでさえ高望みしているというのか……。
「でもほら、初心者狩りをしている理由があるかもしれないし。それを聞けばいいんじゃないかな。もしかするとあっちも君と話す口実として初心者狩りをしているのかもしれないし」
「シリュウさん、どう考えても話をする前に刃を交える可能性が高いデス。無理な励ましはかえってシュウを傷つけるだけ。期待の薄い希望を持たせるくらいなら最悪な状況を想定させる方が賢明デスヨ」
「確かにそうだけど……何かふざけてばかりいたシャルさんに言われると釈然としない。笑顔で言っちゃうあたり彼への優しさを感じない」
「シャルさんは意外と現実的な女なのデス。それに現実を突きつけてあげるのもひとつの優しさデスヨ」
そうなんだけど、ある意味これからRPGで言うところの最終決戦に挑むかもしれないんだから励ましてくれてもいいんじゃない?
もしかして幼馴染<真友みたいな発言が多かったから怒ってるのかな。幼馴染という属性に妙なこだわりを持っているシャルさんなら十分にありえそうだよね。
でもさ、それはシャルさんの言動が悪いのであって。他に理由があるにしても最も悪いのは、やはりシャルさんなのであって俺だけが悪いという話では……
「――っ」
そんなことを考えながら町から出た直後だった。
突然、悲鳴にも似た複数の声が耳に届く。聞こえた声から察するに、何かに襲われ逃げ惑っている。とすれば、この先に居るのはおそらく初心者狩り。
その事実は、俺達の緊張感を一気に高める。
もしも初心者狩りが彼女だった場合。
いったい何を話せばいいのか。何を話すべきなのか決まっているわけじゃない。ただそれでも行かなければ話す機会さえ得られない。顔を合わせなければ分からないことだってある。
なら進む以外に選択肢なんてない。
シャルとシリュウに視線を送ると、ふたりは力強く頷き返してきた。ふたりとも覚悟は決まっているようだ。ならば迷う必要はない。
俺達は一斉に地面を蹴り、悲鳴が聞こえた先へと足を進める。
「……なっ」
その声を漏らしたのは俺だったのか、それともシャル達のどちらかだったのかは分からない。
それほどまでに目の前に飛び込んできた光景は悲惨だった。
プレイヤーのHPがゼロになった場合、少し遅れてアバターを構成しているポリゴンが爆散する。その後、ソウルライトと呼ばれるプレイヤーの残滓が出現し、一定時間その場に留まる。このような仕組みになっているのは、アイテムや魔法での復活を可能にするためだ。
それ故に初心者狩りがほぼ同時に1パーティーを全滅させれば、場合によっては首や手足が破損した死体が無数に残り、数秒後にまとめて爆散。そんな光景を目の当たりすることも起こりえる。
「…………ふふふふ」
無数のプレイヤーの魂の中に佇むひとりのプレイヤー。
濡れ羽色の長い黒髪と共に炎のような紋様が描かれた羽織が風に揺れている。手には多くの命を刈り取った一振りの刀。漆黒の刀身に紅い刃を持つそれは禍々しい雰囲気を放っており、まるで歴史上の妖刀を具現化したかのようだ。
その立ち姿と種族ごとにソウルライトの色合いが異なることもあってか、まるで地獄に鬼が立っている光景である。
しかし、その鬼の顔は紛れもなく……
「……あら?」
瞳に宿っているのは冷たい光。
浮かべられている笑みはどこか狂気的で、どちらも俺の知っている彼女ものではない。
だが目の前に居るのは間違いなく……俺が想いを寄せていた少女だった。
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