第5話 「……私から握るよ」

 巫女からクエストを受注した俺達は、南西へと移動した。

 そこにあるのは小さな遺跡。通常は低層のダンジョンになっている場所だが、クエストを受けている場合は特殊な状態へ変化する。と言っても試練を与える黒衣を纏った老人が出現するくらいだが。

 しかし……


「……あの巫女なかなかに可愛かったな」


 NPCは人の手によってデザインされている。

 故に現実には存在していないわけだが、それでも二次元を愛する俺はこう言いたい。

 巫女の見た目は10代半ばといった感じで露出が少ない服装をしていた。

 だがあどけなさの残るが自分のすべき役目に責任を持った表情。強い意思を宿した瞳。金髪に手の平から少しこぼれそうな胸の膨らみ。

 などなど、実に男心を刺激する属性が散りばめられていた。そのバランスが実に素晴らしい。あの巫女を担当した人物はとても良いセンスをしている。

 まあこのへんは好みなので異論は認めるがな。

 ただ認めるからこそ俺の考えも認めてくれ。人はそれぞれ違った好みを持つ。それが常識的または人道的に反しない場合、自分と違うからといって否定してはならない。否定してしまっては争いの種になるだけだ。


「シュウくん、君の感性をどうこう言うつもりはない。あの子は私も素直に可愛いと思った。だが……ここ最近の君は少し女の子に飢え過ぎじゃないかい?」


 隣から若干冷ややかな視線が……。

 可愛いと思ったのなら共感してくれてもいいのにね。何で肯定的な言葉の後に否定的な言葉を口にするのか。上げてから落とされる気持ちを考えて欲しいものだ。


「人聞きの悪いことを言うな。お前だって兄貴系幼馴染が居るファンタジーとか見たら主人公×そいつであれこれ考えるだろ? それと同じで俺はあのNPC可愛かったなと思っただけだ」

「確かに考えるけど……果たしてそのふたつは同列に語っていいものなのだろうか。というか、私の腐女子キャラのためかもしれないけど、わざわざそういう言い回しにしなくていい。普通にハーレムアニメを見たらどの子が押しなのか、その程度の例えでいいから」


 実に的確な例えだ。

 予想の上でもなければ下でもない。シリュウさんの良いところは、返答が常識的な枠から脱しないことだよね。

 うちの師匠とかだと突然受け止めきれないような剛速球投げてきたりするし、幼馴染だとリモコン操作式の爆弾を手渡す感じで脅してくるわけだから。気分によっては即行で爆発させたりもするけど。

 そういう意味では、シリュウさんと一緒に居るのが最も心が休まるよね。


「俺、お前と仲良くなれて本当に良かったよ」

「それはどうもありがとう。でも何で今の流れからそういう返答が来るのかな? 君のことだからあれこれ考えての発言なんだろうけど、過程も説明してくれないと私は分からないぞ」

「こっちに求める例えの例えが的確だな。ぶっとんだ返しが来ないのがシリュウさんの良いところ。うちの師匠とか幼馴染は……」

「オーケイ、そこまでで十分だ。私はいつまでも君の味方だよ。君が私の意思に反して私の身体を穢すような行いをしなければね」


 理解は早くて助かる。さすがは我が真友。

 でもさ、いつまでも味方って言った割にそれが無効になる条件まで口にする必要ありました?

 君は俺に余計なことまで言うなとか言うけど、俺からすれば君も余計なことを言ってる気がするんだ。

 つまり、俺達は似た者同士……俺とシリュウさんって似てる?

 いや趣味とか好みは似てるところもある気はするよ。でも俺は腐ってもなければ友達に飢えてるわけでもない。親しくもない内から真友とか言い出す感性もしてないし、それほど似てはいないと思うんだ。

 ほら、みんな違ってみんな良いとか言うじゃん。

 だから俺もシリュウさんも違ってて当然。俺は俺、シリュウさんはシリュウさんらしくあればいいんじゃないかな。


「君さ、真面目な顔してるけど私のことバカにしてないか?」

「失礼だな。お前をバカにするなら言葉を使うに決まってるだろ」

「その物言いがバカにしてるから……もういい、さっさと行こう」


 何か近頃のシリュウさんは前ほど怒るというか声を荒げなくなったよね。

 俺への対応も素っ気ないし……やっぱりこの子の潜在能力を引き出せるのは俺ではなくシャルさんということなのかな。俺の目から見ても相性良いし。

 と不貞腐れたように言ってもシリュウさんは相手してくれないと思うので、俺もここからは意識を切り替えます。

 おぉ……フードで顔の上半分は見えないけど、見えてる部分のしわとかすげぇ。作り込みハンパないな。


「汝ら 試練に挑みし者か?」

「はい」

「ここに至る前 巫女からも忠告があったであろうが 試練には大いなる危険が伴う それでも汝らは試練に挑むか?」

「挑みます」

「よかろう ここで行うは心の試練 遺跡の最奥にある証を手に入れよ ただ今しがた言ったように試練には危険が伴う 命を落とす者も少なくない それでもなお挑むというのであれば遺跡の中に入るが良い」


 老人が遺跡の入り口に手をかざすと、渦巻く光の穴が出現する。

 おそらく、この光の穴に入ることでクエスト専用のダンジョンへ飛ぶことが出来るのだろう。

 中に入ろうと歩き出すと、再び老人が話しかけてきた。


「試練に挑むか ならばひとつ助言を授けよう 互いを信じ 互いを助け 互いを補え それこそがこの試練では重要となる もしも汝らがこの試練を乗り越えることが出来たなら そのとき強大な水龍にも負けぬ強き心と絆を得られるだろう」


 老人は言い終わると意識を俺達から外し、巨木のある湖がある方角を向いてしまった。次に来る勇者達の訪れを待つのだろう。

 俺とシリュウは一度顔を見合わせると小さく頷き合い、何が起きてもいいように警戒心を引き上げながら光の穴へ飛び込んだ。

 ――直後。

 浮遊感に襲われたかと思うと、凄まじい勢いで落下し始める。

 実際は急角度な滑り台を滑っているような感じなのだが、体感速度はジェットコースターさながら。

 いやはやワープ形式かと思いきや、まさかの落とし穴スタイルとは。

 最初の魔法的演出が台無しと言いたいが、突然落下を余儀なくされた人間にそんなことを口にする余裕はない。

 出来ることがあるとすれば、歯を食いしばって現実を受け止める。または盛大に悲鳴を上げることくらいだ。

 助言を授けてくれるならこの展開も教えて欲しかった。でも我が真友の悲鳴は女の子らしくて可愛かったよ。


「……し……死ぬかと思った」


 シリュウさん、ちょっと泣きそうな声ですね。

 でも落下した場所が針山とかじゃなくて良かった。魔法を使って飛んだりできないと即死とか笑えないし。というか、初見殺しも良いところだよね。

 視界の隅に映るHPバーは減少していない。

 高所から落下したりすると高さに応じたダメージを受けるのだが、滑り台というか演出ということで影響がなかったのだろう。

 だが全く影響がないわけではない。

 俺の視界に明確に映っているものはHPバーやSPバー、それにパーティーを組んでいるシリュウの簡易的な情報だけ。それ以外は闇に等しく、薄っすらと見えるのは30センチほどの範囲のみだ。


「おいシュウくん、近くにいるのか? 無事なら返事をしてくれ」

「大丈夫、生きてる。多分お前の近くにいるから安心しろ」


 今の会話から分かるように俺とシリュウは互いの姿すら見えていない。

 高難度のダンジョンでは、このような暗闇になっている場所は存在すると聞く。

 だがこのクエストは、上級者に追いつきやすいようプレイヤー達のやる気を上げる着火剤。いくつもの試練を乗り越えなければならないが、高難度に分類されるほどのものではないはずだ。

 よって、この暗闇はクエスト上の仕様ということになる。おそらくアイテムや魔法で視界を確保するのは不可能だろう。

 まあ師匠と同じスキル構成である俺は脳筋仕様。故に魔法は使えない。準備していたアイテムも回復系のものくらいであるため、元よりどうにもできないのだが。


「シュウくん、君は視界を確保する魔法は使えるか?」

「俺の師匠は脳筋だ。弟子の俺が魔法なんて使えるわけないだろ。無論、その手のアイテムもない。そっちはどうなんだ?」

「私もその手の魔法は取っていない。アイテムはあるが……どうやらここでは使えないようだ」

「自分達の知恵と力でどうにかしろってことだな」


 しかし、どうしたものか。

 通路はそれほど大きくはない。手を伸ばせば壁に触れられるし、シリュウの居る方向は声の発生源から判断して俺が今触れている壁の反対側。声の反響具合からしてシリュウも壁に触れられるのではないだろうか。

 命を落とす者が居るとわざわざ忠告するということは、即死級のものがあっても不思議ではない。壁にそのスイッチがあってもおかしくないが、壁を利用しなければ進む方向も決めにくいのも事実。

 ここは鬼畜仕様になってないことを祈りつつ壁沿いに歩いてみるしかないか。


「シリュウ、俺は腕を伸ばすと壁に触れられるんだがお前はどうだ?」

「ちょっと待って……触れられるよ。話してる感じ私達も近くにいるようだし、奥へ向かう道はそれほど大きくはないんじゃないかな」

「俺も同意見だ。ただこのままお互い壁沿いに進むのも危険だ。何かあった時に助けられない」

「そうだね。ならどちらかの壁に寄るかい?」

「それもひとつの手ではあるが、それだと同時に死ぬリスクも高くなる。だから手を繋ごう」


 ……あれ? 反応がないぞ。


「シリュウさん?」

「え、あぁすまない。君の突然の発言に思考が止まってしまっていた。悪いけどももう一度言ってくれないか?」

「手を繋ごう。俺とがっちりと手を握り合おう」

「わざわざ言い直さなくていいから! ……本気で言っているのか?」

「本気で言っていますが?」


 だってこんなに暗くちゃ手でも繋いでないとお互いが無事かも分からないし。


「話してる感じ、俺とシリュウの距離は手を伸ばせば届く距離のはずだ。互いに壁に手を着いた状態で手を繋げば、曲道も分かりやすいし、何かあったときに助けやすい」

「まあ……確かに。結局一緒に死ぬリスクもありそうだけど、ふたりで最奥に辿り着かないとクリアにはならないだろうし、ここは君の考えに乗るとしよう」

「そうか。じゃあ適当に手を出しとくから握ってくれ」


 左手を壁に着いた状態で、シリュウの声がする方向に右手を伸ばす。

 ただ数秒しても手が握られない。それどころか、シリュウが動いている気配すら感じられない。いったいどうしたというのだろうか?


「シリュウさん、早く握って」

「に、握れって……私から握るのか? 君から握るのはダメなのか?」

「別にダメじゃないがこの暗闇だぞ。俺から握ろうとすると下手したら触れてはいけない部分に触れる可能性が出てきてしまう。それでも構わないのなら俺から握るが?」

「……私から握るよ」


 だよねー。

 しかし、シリュウさんは何を躊躇していたのかな。何か恥ずかしそうな感じもしたけど、手を握るくらいさっとやればいいのにね。

 だって男女の距離感は必要だと思うけど、今回はあくまでクエストクリアのために手を繋ぐんだからさ。そこに他意はないんだし。

 そもそも、俺とシリュウさんは先日肩を組んだ仲ですよ。

 手を繋ぐよりも密着してたんだからさ、今更手を繋ぐくらいで恥ずかしくないと思うんだ。

 と考えている間にそっとシリュウさんが俺の手を握ってきました。感触的にシリュウさんの左手のようなので、現在向いている方向は同じようです。


「……これでいいかな?」


 握れと言ったんだからいいに決まってると思うんですが?

 もしかしてシリュウさん、恋人繋ぎの方が良いって聞いてるのかな。そんなわけないよね。だってここは映画館でもなければ、ナンパしてくる野郎が居る空間でもないし。


「いいと思います。ただもう少し力入れてくれないと、何かあったとき俺だけドボンってなりかねません」

「わ、分かった……これくらいでいいかな?」

「オーケー。じゃあ出発しよう」


 互いに壁や足元を確認し合いながらゆっくりと進んで行く。

 シリュウは乙女な一面が発動中なのか俺に話しかけようとはせず、聞こえてくるのは互いの息遣いと足音だけ。

 時折シリュウは俺の手を握り直してくるが……握り加減や触れ方が実に不慣れ。彼女が居たことがない俺でも意識されていることが分かる。

 左手から壁の冷たさが伝わってくるせいか、余計に右手から感じるシリュウの温もりの刺激が強くなる。

 暗闇で女の子と手を繋ぐとか童貞男子には堪りません。

 本来の心の試練は恐怖に屈しない精神力を試すものなんだろうけど、俺達は別のものも試されている気がする。


「「………………」」


 会話のないまま進むことしばらく。視界が悪いので体感での話になってしまうが、30メートルは進んだだろうか。

 ここまでは罠の類もなく、道は直線だった。

 ただ暗闇の直線を進ませるだけでは試練とは言えず、また命を落とす者が居るという忠告が意味を為さない。

 そう考えた直後、ある変化が起こる。

 壁に触れていた左手を前に進ませると空を切った。

 少し手前に戻してみると、曲がり角のような感触がある。足元もゆっくりと確認してみたが、しっかりとした足場がある。どうやら左に進めるようだ。


「シリュウ」

「な、何かな!?」

「突然声を掛けたのは悪かったがそう驚くな。多分左手に道がある。そっちの方は壁のままか?」

「ちょっと待って……うん、こっちは壁だね。ただ正面にも道が続いてるかもしれない。私が確認してみるから君はその場で私の手を握ってて」


 簡潔に肯定の意思を示すと、右手が徐々に前に引っ張られていく。ゆっくりとシリュウが前に進んでいるのだ。

 ……直角の曲がり道になっているだけならいいが。

 もし正面にも道があるとなると、普通に考えればどちらかはハズレということになる。となれば必然的に誤った道を進めば死。

 だが想定すべきことはまだある。

 仮に正面に進めそうな空間が存在しているとしても、そこに足場があるとは限らない。もし落とし穴になっているとすれば……


「どうやら前にも進め――え……?」


 突如、右手が前方に引っ張られる。

 伝わってくる感触からしてシリュウの身体は前に傾いている。俺の右手の位置が下方していくということは落下している可能性が高いということだ。

 しかし、ゲーム内のステータスは現実と同じではない。

 シリュウが筋力寄りの構成にしているならば、装備類は見た目以上に重い可能性がある。果たして俺の筋力で、片腕で引っ張ってどうにか出来るのか?

 ――なんて考えてる場合じゃない!

 左手も使ってシリュウの手をしっかりと握り、後ろに倒れてもいい勢いで思いっきり引っ張る。一瞬足が滑って焦ったもののどうにか踏ん張ることに成功。俺は勢い良く戻って来たシリュウを抱きとめるとその場に倒れ込んだ。


「……ふぅ」


 と安堵の息を漏らしたものの心臓バクバクである。

 だが危機を回避したのだからそのうち収まる……と考えた俺も居ましたが、それは多分無理ですね。

 何故かって?

 今の体勢を考えてもみてくださいよ。事故とはいえ、俺は今座った状態でシリュウさんを抱き締めてるんですよ。ファンタスティックなお胸の感触とか、腰のくびれや細さを感じれる状態にあるんです。

 しかもシリュウさんの顔はすぐ横にあるわけで。30センチ程度の範囲なら薄っすら見えるからシリュウさんの表情も何となく分かるんです。

 つまり何が言いたいのかというと……この体勢で居るのは非常に不味い。主に理性的な意味で……


「ご……ごごごごごごごめんッ!?」


 シリュウはよほどテンパったのか、凄まじい勢いで後ろに飛び退こうとする。だが後方にあるのは落とし穴。このままではシリュウが死んでしまう。

 そう思った俺は反射的に飛び退こうとするシリュウの腕を引っ張る。

 足元がおぼついていなかったシリュウの身体は俺の元へ帰ってくるが、彼女の足に力が入っていないせいか、先ほどまでより密着具合が強まっている。

 故にこのまま何もしなければ、またシリュウが慌てて飛び退こうとするかもしれない。

 そのため俺はシリュウの背中に回しながら彼女の頭に左手を沿え、しっかりと抱き締めた。


「しししししゅしゅしゅしゅシュシュシュシュシュシュ、シュウくぅぅんッ!? きききき、君はいったい何を……!? わわ私はきき君とそういうかか関係じゃないというか! いや別に嫌とかそういうわけでもないんだけど、やはり付き合ってもない男女がこういう風に密着するのは良くないと思うわけで。こここういうことをしたいのならマイさんやシャルさんに頼むべきじゃないかな? いやきっとそうだと思う! 少なくとも私には刺激が強すぎるから今すぐ解放して! このままだと……あぅ……」


 これまでで最大のテンパり度である。

 いやこうなるんじゃないかって思ってたけど、意外ときちんとしゃべれているのには驚きだ。さすがに後半はいっぱいいっぱいなのか泣きそうな感じだったけど。


「分かってる、分かってるから落ち着け。勢い良く後ろに下がられたらお前が死にかねん。だからゆっくり……慎重に……な? 今解放するから……」


 恐る恐るシリュウから手を離すと、どうにか最低限の冷静さは取り戻していたようでゆっくりと俺から離れた。

 ただ、クエストをクリアしたわけではない。

 クリアするまではここから出ることは出来ず、またクリアするためには協力し合わなければならない。

 果たして俺達は無事に心の試練を乗り越えることが出来るのだろうか?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る