第4話 「今は目先のことだけ考えよう」

 湖の街《ペンドラゴ》。

 この街はその名が示すように大小様々な湖が存在しており、装飾豊かな噴水やボート場があるためデートスポットとして有名だ。

 俺がシリュウと共に訪れたのは、そんな街の北側。そこにある逆鱗に触れた龍によって繰り抜かれたような巨大な湖だ。

 そこには雲に届きそうな樹木が生えており、根元にはダンジョンへと続く門が佇んでいる。門の前には巫女のような服を纏っているNPC。彼女に話しかけることによってクエストがスタートする……のだが


「……人気なことで」


 思わずそう漏らしたくなるほど、NPCの前には2人組のプレイヤーが並んでいる。

 だがこれも仕方がない。

 道中でシリュウから聞いた話になるが、今回受けようとしているクエストは先日のアップデートで実装されたものらしい。

 クエスト名は『穢れし水龍を討伐せよ』とよくあるそうなもの。

 ただこのクエストはボスである水龍に挑むために複数の試練をクリアしなければならない。穢れによって凶暴化した水龍は危険なので、挑みたいなら自身が強者ということを証明しなければならないということだ。

 それもあって報酬は、初心者を脱した者なら誰しもが欲しいと思う一品になっている。

 このクエストの報酬でもらえるものは《真なる友情》。アクセサリー枠である指輪に該当するアイテムだ。

 この指輪の効果は、下位武器スキルの熟練度が上昇しやすくなるというもの。

 うちの師匠を始めとした上級者以外なら喉から手が出るほど欲しいアイテムというわけだ。


「俺達の番が来るまで結構掛かりそうだな」

「そうだね。ただひとりで待つというわけじゃない。周りのプレイヤー達のように話していればすぐに自分達の番が来るよ」


 そう、ここにはソロのプレイヤーは存在していない。

 何故なら今回のクエストは、受注条件に2人組という指定があるからだ。クエストの設定の話になるが



 討伐対象である水龍は、今でもこそ湖の穢れを浄化できず邪竜と化してしまっているが、元は旅立つ勇者に試練を与え力を授ける存在だったらしい。

 この勇者というのは、とある村の若者2人のこと。

 若者2人は幼い頃に魔王を倒すために旅だった自分達の父親を捜すため、魔王を倒して世界に平和を取り戻すため、毎日鍛錬を行って育った。

 ただ彼らが力を付けても村の長は無用な犠牲者を出すわけにはいかない、と2人の旅立ちに反対したらしい。

 しかし、若者たちの意思が固く長も根負けし、旅立つ条件として村の守り神でもあった水龍の試練を乗り越えろと提示したそうだ。



 この名残りで今回のクエストには人数制限が掛かっているのだろう。

 ソロプレイヤーからすれば文句を言いたくなる仕様かもしれない。だがICOはレベルという概念が存在しない。

 マイやカゲトラさんのような常人離れした実力を持っているなら別だが、よほどの手練れでも複数の敵に囲まれれば窮地に陥る。故にパーティープレイが主流のゲームなのだ。

 ならば人数制限があるクエストにされても仕方がないと言える。

 運営に文句を言っても返ってくる答えは、アイテムが欲しいならソロ同士組んで。今後のために人脈を築くのも大切だよ。仮想現実で出来ないことが現実の人間相手に出来ますか? ゲームでも培える力はあるんだよ……といったものだろう。最後の方は運営というよりは俺の考えが滲み出ているだけかもしれないが。


「でもだからといって破廉恥な話はダメだから。近くに居るのはみんなプレイヤー、つまり現実世界にも存在している人間。ここでいつもみたいなノリで話そうものならさすがの私も怒るよ」

「あのなシリュウ、俺だって時と場所は考えて発言する。そもそもの話……このゲームは性別を偽れない」


 加えて周囲に見えるプレイヤーの多くは同性パーティー。男女比率で言えば男性の方が多い。中には俺に嫉妬めいた視線を向けている者も居る。つまり


「今の状況でお前とイチャコラするとどうなるか? そう、そのとおりだ。このリア充爆発しろ! と言いたげな視線を向けられる可能性が高い。何より俺はお前の可愛さを見せびらかすよりは独り占めしたい。だから破廉恥な話をするつもりはない」

「私は君の恋人じゃないんだけど。それに今の発言が真面目とは思えない。君は本当に分かっているのか?」


 真面目に答えたのに疑われているぞ。

 どうしてこうなるのだろう……俺は真面目に答えたはずなのに。もしかして真面目に答え過ぎたが故に真面目じゃないと思われている?

 いや、自分でも分かってるけどね。我が真友が求めているのは真剣な答えじゃなくて常識的な答えだって。

 でも俺が自由に発言できるのってシリュウさんの前くらいじゃん?

 師匠とか幼馴染の前だと迂闊の発言は物理的か精神的に死ぬじゃん?

 少しくらい伸び伸び発言したいと思うわけですよ。


「分かってる分かってる。話すなら今回のクエストの段取りとか、上位スキルの話にしろと言いたいんだろう?」


 上位スキルの実装によって今後プレイヤーの個性はどんどん分かれていく。

 その理由としては、スキルの中には上位スキルに移行する際に複数の派生が存在するものがあるからだ。

 俺の周りで身近な《双剣》や《刀》がちょうどそれに該当するので説明しよう。

 まず《双剣》だが上位スキルに移行する際、《双剣術》と《双刀術》から選択することが出来る。

 簡潔に説明すると、《双剣術》は元の《双剣》をベースに強化されている。アーツも《双剣》の頃に存在したものはもちろん、《双剣術》に派生することで習得できる新アーツも多数存在している。

 次に《双刀術》だが、こちらは《双剣術》と比べるとクリティカルや即死率、状態異常といったテクニカルな面が強化されたスキルになっている。

 続いてシャルやアキラ、カゲトラさんが習得している《刀》だが、こちらは《双剣》よりもさらに選択肢が多い。

 何でも純粋な強化版である《一刀流》、火力特化な《太刀》、居合いをメインに据えた《抜刀術》に分かれるそうだ。


「先に言っておくがスキルの話は今はやめてくれ。脳筋である我が師匠は迷わず《双剣術》を選択していた」


 ちなみに派生先に《二刀流》がなかったことに少々不満を抱いていました。

 上位スキルの上位スキルが実装される際の楽しみということで一瞬で元に戻ったけどね。


「だが俺としてはいつまでも師匠の背中ばかり追っていいのか? 同じスタイルで師匠を超えられるのか? などなど胸中に様々な疑問を抱いている。しかし」

「別の選択をすると師匠の機嫌を損ねそうで不安だと?」


 さすが真友、俺のこと分かっていらっしゃる。

 でも不安って言い方は良くないかな。

 多分うちの師匠は《双刀術》を選んでも許してくれる。だって《双剣》カテゴリなのは違いないから。

 ただ……うちの師匠って名前や種族、服装まで決めた人じゃないですか。服装もお揃いが良いってことで用意した人じゃないですか。

 だからね、俺が《双刀術》にするとか言ったら悲しそうな顔をすると思うの。俺が選んだんなら自分に止める権利はないとか寂しげに言うと思うの。

 それに耐えられる自信が僕にはありません。だけど俺じゃ師匠のようにはなれないとも思うんです。普通の人はブラッキー先生にはなれません。

 あ、そう言えば言ってなかったけど、うちの師匠の通り名が先日の決闘王国デュエルキングダムを機に変わったんだよ。

 えっとね、《黒の双剣》から《黒の絶剣》になりました。絶対無敵ではないけど、絶対的な力を持った剣士には変わりないからってことで。まああの戦いを見れば納得だよね。


「なあ真友、俺はどうすれば良いと思う?」

「この話はしたくないと言った割に相談するんだね。まあ別にいいんだけど。私の答えとしては、君がしたいようにすればいい。君がきちんと考えて選んだ答えならマイさんだって納得してくれるはずさ」

「シリュウ……でも《双刀術》にするって言ったら絶対シュンとした顔するじゃん。それに耐えないと《双刀術》には辿り着けないんだよ?」

「だったら大人しく師匠と同じ道に進めばいい」

「そうだけど……あの絶対的な強さを持つ人に追いつけると思う? 絶対的な信頼の元に俺は私以上の剣士になるとは言われるんだよ。その重さが分かる?」


 マイさんって俺のことを過大評価しすぎだよね。俺のどこにそんな素養があるんだか。そんな素養があるんなら俺だってブラッキー先生目指してるよ。


「その質問に対しては答えずらいけど……君は少し前までアキラさんとの一件で悩んでいただろ? それと比べるとスキルの派生先なんて些細なことじゃないか。そんなに深く考えず、自分が選びたい方を選べばいいと思うよ」


 確かにそうなんだけど……そうすることが出来るなら最初から相談なんてしてないんだ。アキラさんとの一件で精神的に少し成長しても、女の子の悲しそうな顔に対する免疫は向上していないんだよ。


「それに……そもそもの話だけど、君はアキラさんとの一件が理由でマイさんに弟子入りしたんだよね?」

「そうですが?」

「でもこの前一応アキラさんとの一件は解決したというか、落ち着いたんだよね? ならマイさんの弟子を続ける意味ってないと思うんだけど?」


 …………言わないで!

 俺もそう思ったけど。そう思ってたけど、考えないようにしていたんだ。

 だってきっかけはどうあれ俺から弟子入りしたようなものじゃん?

 マイさんは親切丁寧に、時折怖いくらいスパルタだけど、愛のある接し方をしてくれていたわけじゃん?

 それなのに……自分から弟子をやめますとか言えないでしょ!

 俺はそんなに強心臓じゃありません。今でもアキラとの一件で罪悪感を感じてます。あっちから破門って言われるならともかく、自分から裏切るような真似はできませんって……これってつまり答えは決まってるってことだよな。


「……ありがとうシリュウ。お前のおかげで俺の進むべき道が決まった。今はまだその道に進むことが出来ないが、将来的に俺は迷わずその道を選ぶ……多分」

「私は質問しただけで何も言っていないんだが……というか多分って君は男らしいのか男らしくないのか分からない奴だな」

「人間って生き物は、こうだと決めていてもその時になってみないと分からないものだろ?」


 例えば……このゲーム買いたいな、と思って買いに行ったとする。

 でもいざ買おうとすると、果たして今本当に必要なのだろうか?

 俺はこれをそこまでやりたいと思っているのか? これを買うお金を別のものに使った方が有意義なんじゃないだろうか?

 みたいに年を重ねる度に思うようになるものだろ。だってお小遣いって自分で稼いだお金じゃないんだし。

 でも年末に向けて色々と欲しいものはあるしなぁ……バイトでも始めようかな。親に聞けば知り合いの店とか紹介してくれそうだし。


「それはそうだけど……何か最近の君は前より情緒不安定に思えるよ」

「情緒不安定か……まあ俺にも色々あるんでね。例えばこのゲームで最強のプレイヤーと現実で友達になったり」

「……は?」

「それで週に一度は家に顔を出せと言われ」

「はあ?」

「挙句の果てには、マイさんの弟子をやめて私の弟子になれとか言われたりした」

「はあぁ!?」


 シリュウさん、うるさい。

 そんな大きな声を出したら周りの人に迷惑でしょ。何人もこっちを見てるんだから落ち着いて。


「ななな何でそういうことになってるのさ!」

「お前には始業式の帰りに話しただろ? 終了時間が分からない予定が入ってるって。その予定で出会ったのがカゲトラさんだったのさ」

「何か色々説明不足な気がするけど。近所にICOの最強と準最強が住んでるとか凄まじい状況だと思うけど。それ以上に……何で君は次から次へと面倒臭そうなことに巻き込まれるんだ! 何故その話を私にするんだ!」

「え、だってシリュウさん俺の真友じゃん。まともに話を聞いてくれそうなのシリュウさんだけじゃん」

「そうだったね! 今のは私が悪かった。でも私にも許容量ってものがあるから。想像力豊かだから近い内に何か起こるんじゃないかって不安になるから。だから大事な話をするときはもう少し真剣な雰囲気というか、さらりと言うのはやめてくれないかな!」


 シリュウさん、周囲に気遣って小声で話すのは良い配慮だと思うよ。

 でもさ……顔が近い。おっぱいも近い。逃げられないように肩をがっつり掴まれてるからシュウさんドキドキです。周囲の非リア充と思われる男性プレイヤーから鋭い目を向けられたりしてるし。イチャコラするなら他所でやれって。


「シリュウさん、分かったからとりあえず離れてくれない? 今のところこっちでカゲトラさんと付き合いはないから。弟子入り云々の話は俺ひとりの問題でもないからって断ってるから」

「そ、そうか……楽観的になっていい問題ではない気もするが、今ああだこうだ言っても仕方がない。今は忘れることにしよう。今後何かあったら……まあ話くらいは聞くよ。力になれるかは分からないけど」


 ありがとう。

 その言葉だけで救われるよ。それに俺は、ここで無理して味方になるよって言わないお前が好きだ。前は無理してまで味方で居てくれようとしてくれていたけど、今の方が何か真友だなって感じがするし。


「とりあえず、今は目先のことだけを考えよう」

「そうだな。もうじき俺達の番も回ってくる。シリュウ、今日は長い1日になるだろうが最後までよろしく頼む」

「もちろんさ。何たって私達は真友だからね」



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