第3話 「私も愛してる愛してる」

 とある休日。

 久々に朝早くからログインした俺は、アガルガルドの転移門前で待ち合わせをしている。

 無論、俺は自己中心的なところはあっても世界は俺様を中心に回っている。そのように思える強者ではない。

 なのでちゃんと待ち合わせの相手が来るまでは、邪魔にならないように壁際で待っているぞ。背もたれになるものがある方が楽だし。

 しかし、それにしても……


「……人増え過ぎじゃね?」

 

 休日なので朝から活動しているプレイヤーが多いのではないか。そう思う者も居るだろう。実際にそれも理由のひとつだとは思う。

 だが俺はこのゲームをプレイした日からここを拠点にしている。

 俺の記憶が正しければ、今ほど人口密度は高くなかった。初心者を脱したプレイヤーが一気に増えるにしても、ここまで爆発的に増える気はしない。

 故に考えられる最大の理由はただひとつ。

 先日中継された決闘王国デュエルキングダムを機にICOを始めた者、刺激されて活動を活発化させた者が増えたのだろう。

 それを証明するかのように視界に飛び込んでくる多くのプレイヤーは、双剣や刀を装備している。マイやカゲトラさんの影響を強く受けてなければ、もっと多種多様な武器が見えるはずだ。


「…………服、変えたい」


 自分で口にしておいてなんだが、マイさんに聞かれたらボコボコにされそうな言葉だ。

 でもこれには理由がある。

 先ほどマイやカゲトラさんの影響を受けていそうなプレイヤーが、たくさん居ることは説明したな?

 それを踏まえて俺の恰好を思い出して欲しい。

 武器は鞘に入っているので見た目までは分からないが、双剣だということは一目で分かる。また服装はマイさんと同じ黒ずくめ。男女間でデザイン性の違いがないだけにほぼ完璧にお揃いなのだ。

 つまり……俺のことをよく知らない人からすると、俺は誰よりもマイさんに憧れているプレイヤーに見える。

 今日までに生温かい目や嫉妬めいた眼差しは向けられてきた。だけど痛いものを見るような目は今日が初めてなのだ。「え、いくら何でもあそこまでする……」みたいな視線が痛い。とても痛い。俺の心にクリティカルしている。だから


「マジで服だけでも買えたい」


 切実。超切実。

 ずっとこんな視線を浴びせられていたら土下座をしててでもマイさんに頼んじゃいそう。服装を変えさせてください、せめて色だけでも! って。

 そしたらきっとマイさんは……嫌そうな顔をしながらも了承してくれるんだろうなぁ。下手したら泣きそうな雰囲気にもなったり。それを見てきっと俺は、良心の呵責に耐えきれなくなり、結局は服の変更を諦める。


「ふ……我ながら完璧な未来予想だ。本当に俺は自分のことをよく分かっている」

「シュウくん、君はいつから中二病キャラになったんだい?」


 自暴自棄な気持ちなところに現れたのは、待ち合わせ相手であるカザミン。もといシリュウさんである。

 俺がカザミンカザミン言い過ぎというか、最近はゲーム内の話をしていなかったので忘れている人も居るかもしれない。だから念押しで言っておこう。

 我が真友であるカザミンは、ICO内ではシリュウと名乗っている。名前の由来は彼女が好きな三国志の武将、趙雲子龍からだ。覚えていなかった人はここできちんと覚え直して欲しい。


「その問いに答えるならついさっきだ。最近のシリュウさんは中二病らしさがあまりない。腐っているかもしれないが、その手の発言も多くない。もう常識人枠で良くね? 感がハンパないからな。今日を機会に俺が何かしら引き受けようかと」

「常識があるのは認めるが、私のキャラが薄いように感じるのは君の周りが濃ゆ過ぎるのが理由だと思う。私は出会った頃から私のままだ」


 自分で常識があるとは普通言っちゃう?

 いやまあ比較対象になっているのがあの人達だから俺も納得はするけどね。だって本当あの人達……というかあの人、マジで濃ゆいもん。


「確かに俺の周囲が濃ゆめなのは認めよう。だが今やお前もそこに関わる身だ。このままでは食われて空気になってしまうかもしれない。対処法はキャラを強めるのみ。故に先ほどの発言は『我は常に我。それは未来永劫変わることなどない』くらい言っても良いと思う」

「やだよ恥ずかしい。私は元中二病の名残りがあるだけで現役の中二病じゃないんだ。二次創作を書いたりしてる時はあの頃の気持ちにもなったりするけど。私は今の私が好きなんだ。私自身を再び黒歴史化させようとしないでくれ」


 否定の言葉を言う割には、言葉の端々に中二病の片鱗があるよね。

 特に最後の黒歴史化とか闇落ち的な感じ使っちゃってるし。何かきっかけがあれば、シリュウさんの黒歴史化はあると思うんだよなぁ。コクリュウさんみたいな愛称が付けられるんだけどなぁ。


「だからその中二病が入ってる言動をやめて欲しい。君にそういうのはあまり似合わない……普段の君が1番だ」


 シリュウさん……恥ずかしいのならそんなストレートな発言しなくていいのよ。

 何であなたはそんなにも真っ直ぐなの?

 真っ直ぐな発言の後に照れられたらこっちまで恥ずかしくなるじゃない。

 だからこそ、俺は真友としていつもの空気感に戻してみせる。

 たった今、真友の口から普段の俺が1番だとお言葉ももらったしな。堂々とこう言ってやれるってもんさ。


「シリュウたん、今日もお前のおっぱいは最高だな」


 忘れている人のために説明しておこう。

 シリュウさんの服装は、白の中華系ドレス。要所要所を防具で覆っているが、胸元は開けているし、視線を下に逸らせばスリットから覗く脚がある。

 慎ましく身体を隠しながらもエロさを忘れないチラリズム。それを体現した衣装を纏っているのだ。

 これを作った運営は本当良い仕事したと思う。

 そして、これを着ようと思ったシリュウたんマジ天使。いやエロいから堕天使かな。いやはや、シリュウたんは健全なエロさの申し子だね。


「ありがとうシュウちゃん。でも……その真剣な顔が逆に腹が立つ。私の胸や足を舐め回すように見たのも地味に不愉快だ。だから1発殴ってもいいかな?」


 さらりとシュウちゃんなんて呼ばれちまった。

 前はあんなにも恥ずかし気に言っていたのに……シリュウも立派になったな。きっと先日の一件で俺達の友情が深まったからだろう。

 ……でも、この子ちょっと一気に立派になり過ぎだよね。

 もう少し段階的に立派になってもいいんじゃないかな。

 そのFカップのお胸だって少しずつ成長してきたわけで、CからFみたいに一気に成長したわけじゃないと思うの。

 爽やかな笑顔で鉄拳制裁を提案するより、少し怒った顔でバカだって言われる方が俺は嬉しいかな。そっちのシリュウさんの方が可愛いもん。


「シリュウさん、僕の記憶ではあなたは怒っても決して手を出さない良い人だったと思うのですが?」

「確かに私は怒っても手を出さないようにしている。でも私だって人間なんだ。我慢の限界だってある。それにここはゲームの中で今は安全圏だ。思いっきり殴っても問題ない」


 いやいや問題あるよ。

 ここで殴られてもHPは減らないけど、俺の精神的な何かは減っちゃうからね。それに痛みはなくても衝撃はあるんだよ。

 そもそも女の子がグーパンとかダメだと思う。

 シリュウさんは格好によって男に見えるかもしれないけど、れっきとした女の子だから。Fカップなんて最終兵器を持った女の子だからね。

 だから……せめてやるにしてもグーじゃなくてパーでお願いします。鉄拳より平手打ちの方がまだ精神的に良いです。


「いいだろう。だがその代わり、殴る前にシリュウの背面を見せてくれ。背中からのラインとか腰つき、お尻の張り具合まで見れたら殴られても文句はない」

「真顔でそんな頼みをするな。真友以前に人に向かって口にしていい言葉じゃない。君は何で私にはそういう発言ばかりするんだ? 君は私を押せばすぐにデレるチョロインとでも思っているんじゃないだろうな」

「そんなこと思ってるわけないだろ」


 確かにシリュウには押せばどうにかなりそうなところはある。

 だがこの世界の最強プレイヤー、カゲトラさんの方がどう考えても扱いやすい。だってあの人、どんなに言葉が強くても根が構ってちゃんだし。押してもダメなら引いてみろ戦法が非常に有効な人だから。

 だから小悪魔グラメイドはいつか必ず着てもらいます。

 何としても、どんな手段を用いても着させます。いや~顔を真っ赤にしてご奉仕するあの人の姿が目に浮かぶね。

 待てよ……ICOにも似たような衣装があるかもしれないし、この世界でもメイド姿になってもらおうかな。

 最強プレイヤーであるカゲトラさんにそんなことが出来るなんて……実に愉悦。


「俺はお前のことを真友だと思っている。だから会う度についお前の胸を見てしまうが、今もついチラ見してしまっているが、たとえムラムラしてもお前でだけは考えないようにしている。そんな俺がお前をチョロインだと思うわけないだろう」

「うん、最初と最後以外必要ないね。私は君の真友だから多少のことは流してあげるけど……」


 今の発言でもシリュウさんにとっては多少のことなんだ。

 いや~我が真友は本当に心が広いね。懐が深いね。この優しさに俺は救われますよ。この優しさを漬け込む輩が出てこないか心配にもなるけど。

 我が真友と付き合う人、本当にこの子は良い子だから幸せにしてあげて。泣かせるようなことがあれば、俺があなたのことボコボコにしますからね。腕っぷしで敵わないようなら……そのときは知り合いのお嬢様に相談します。


「度が過ぎるようなら君の師匠に言いつけるから」


 前言撤回。

 この子は優しいけど、同時に厳しくもある。最も効果的な手段を用いて人を反省させようとする。俺なんかが心配しなくてもこの子なら大丈夫だろう。

 なのでここは素直に頭を下げることにしましょう。それも全力で!


「誠に申し訳ございませんでした! 今後シリュウ様の機嫌を損ねぬよう最大限の努力を致します。ですのでどうかそれだけは勘弁してください!」

「や、やめてくれ! 人目があるのにそんな全力で謝るなんて君はバカなのか。私を辱めたいのか。別に言うつもりないから、そんなに畏まらなくていいから。とにかく頭を上げて!」


 常識のある人間として謝罪したつもりだったのだが、まさかのバカ扱い。

 少々大げさにやり過ぎてしまった感はあるが……でもジャンピング土下座は選択肢から外したしなぁ。土下座もしなかったし。

 そういう意味では、バカと言われる云われはないのではなかろうか?

 まあバカって言葉は我が真友の口癖みたいな気もするし、そこには愛が込められてるから気にしないようにしましょう。


「まったく、もう君という奴は……次やったらマイさんに言いつけるからな。凄くマイさんに怯えるような態度取ってたって」

「ほんとそれだけはやめて。マイさんってここだけじゃなく現実でも超強いから。あの子が本気になったら俺は1発で気絶させられるから」


 だがそれも雨宮式ストライクでの話。雨宮式にはさらに上の技がある。


「もしも秘技、奥義と技のランクを上げられたら最低でも病院行きです。シリュウさん、あなたは俺を殺したいの? そんなに俺のこと恨んでる?」

「殺したいとも思ってないし、別に恨んでもいない。もうこの話はしないから真顔で真摯に語るのはやめてくれ。このまま話を続けられると……もしも君とマイさんのケンカを仲裁しなくてはならなくなった時、たとえ君が悪くなくてもマイさんの味方してしまいそうだ」


 俺に非があるのならどうぞマイさんの味方してください。俺だって自分が悪いのに味方しろとは言いませんから。恐怖のあまり必死に言い訳はすると思うけどね。 でも……俺が悪くないのなら俺の味方をしてよ。

 くそ、やはり世の中は弱肉強食なのか。絶対強者であるマイさんには我が真友も敵わないということか。長い物には巻かれるのが賢い生き方なのか。


「……シリュウ、きっとお前は将来良い経営者になる気がするよ」

「何で今の話からそこに繋がるのか分からないけど、とりあえずこの話はやめにしないか? 私も君も多分幸せにはなれない」

「そうだな」


 転移門の近くということもあって何か注目を集めているし。

 周囲の皆さん、別に俺達はケンカしたカップルとかじゃないですからね。片方が恋愛相談を持ち掛けたりもしてませんからね。

 真友とか言ってますけど、ただの友人です。皆さんからの認識はそれくらいで大丈夫です。


「よし、気を取り直して出発するとしよう。確か《ペンドラゴ》って街に行くんだったよな?」

「うん。ただ出発する前にパーティーを組んでおこう」

「別に後でもいいのでは?」

「今やれることはやっておいた方が良いだろう。嫌なことでもないんだから先延ばしにしようとしない」


 シリュウからのパーティー申請が来たので素直に承諾。

 一瞬拒否したら……って思ったけど、さすがのシリュウさんも怒りそうなのでやめました。私はシャルさんとは違って空気が読める子ですからね。


「じゃあ行くとしようか。出来れば今日中に終わらせよう」

「今日中? そんなに今日やるクエストは長いんすか?」

「シュウくん、今日やるクエストは事前に伝えていた。ゲーマーなら予習くらいしとくべきだよ」


 だってだって普段は学校の宿題とかあるし、下手したら小さな暴君が来襲するからその相手をしないといけないし。休日はとあるお嬢様の家に行ったりするから時間がないんです。

 というのは嘘です。

 いや嘘でもないんだけど、調べる時間くらいはありました。でも真友に聞けばいいかなってことでサボりました。昨日はとても眠たかったから。


「俺にも色々とやるべきことがあるんだ。そう責めないでくれ」

「それって自分で言うことじゃないような……まあいいけど。仕方がないから私が道中で説明するよ」

「さすがは我が真友、愛してる」

「はいはい、私も愛してる愛してる。というわけで出発」


 何て投げやりな対応なのでしょう。

 でも気楽で良い関係だよね。今後もこんな関係であり続けたい。故にセクハラ発言でやりすぎで友情が破綻しないように気を付けよう。

 そんなわけで今回はここまで。次回は転移先あたりからお話しするとします。



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