第2話 「だから帰らないでください」

 翌日。

 まだ午前10時を回ったくらいですが、私こと鴻上秋介は景虎さんの家を訪れております。

 言っておくけど、別に俺が早く景虎さんに会いたかったとかじゃないからね。

 景虎さんがそれくらいに来いって言ったからそれに従っただけであって。その証拠に景虎さんは玄関の前で待ち構えていたし。

 今日はスーツ姿ではなく、白のノースリーブに青のジーンズとラフな感じです。景虎さんって身長高いからこういう恰好してると涼しげなカッコ良さがあるよね。

 でも胸の下で腕を組むのは良くない。

 だって胸から受けるインパクトが凄いから。男としては……ご馳走様です!


「遅かったな」

「いや時間通りかと……何で景虎さんは外に居るんですか?」


 この人、あんまり身体強くないはずだよね?

 まだまだ残暑が残っている季節だし、これからどんどん暑くなっていく時間なんだから家の中で待ってればいいのに。何で自分から体調を崩しに行くようなことするのかね……まさか


「それは」

「俺が来るのが待ちきれなくて外に出ちゃったんですか?」

「っ……」


 少し視線を逸らして赤くなったぞ。

 この反応からしてマジでそうなの? あなたは新作ゲームが届くのを「まだかなまだかな!」って待ってる子供ですか。

 まあ……毎日のように無料通話アプリのメッセージ機能で頻繁に連絡してきてたし、そうであっても驚きはしないけど。


「バ、バカを言うな。客人が来るというのに出迎えないのは失礼だろう。別にお前が来るから外で待っていたわけじゃない」

「そうですか。でも景虎さん身体弱いんでしょ? 涼しくなるまでは外で待つのは控えた方が良いと思います」

「子供扱いするな。自分の身体のことは自分が1番分かっている。お前に心配されなくても大丈夫だ。それよりさっさと中に入れ。ここは暑い」


 自分から外に出ていたくせにこの言い草はないよね。

 ただ景虎さんの顔を見る限り、おそらく照れ隠しでしょう。そうでないとしても、そう思えば可愛らしく見える。可愛らしく見えれば怒りの感情が湧いたりしない。つまり穏やかな気持ちになれる。何事も平和に過ごすのが最善だよね。

 というわけで、大人しく指示に従うことにしましょう。

 ……おぉう、入った瞬間に変わる空気。廊下まで冷房が効いてるとかさすが金持ちの家は違うぜ。

 でも世の中には景虎さんが霞んで見えるほどのお嬢様も居るんだよね。

 そう考えると、日本の中の格差やばいな。出来ることなら景虎さん以上のお嬢様には会いたくないものだ。会ったら価値観とか変わりそうだし。


「私の部屋は3階だ。ついて来い」


 だが断る!

 と言う理由もないので大人しく従います。

 でも不思議だよね。身体が弱い人の部屋が最上階にあるなんて。まあ激しい運動がダメって言ってたし、昔よりは身体も強くなってるとか言ってた気がする。なら階段の上り下りくらいなら問題ないのかな。

 …………しかし、こいつはやばいな。

 景虎さんは俺の先を歩いている。階段という状況を考えると、下を確認しがちになるが、家が家なだけに段差の高さも幅も適切。手すりを利用していればすいすい上れてしまう。

 つまり必然的に視線も上に向くわけで……目の前には景虎さんのお尻がある。

 スキニータイプのジーンズだから凄くお尻のラインとか分かるの。引き締まってる美尻って感じでとても魅力的です。しかも少し視線を下にずらせば、すらりと伸びた美脚が拝める。

 胸、尻、脚という3つの性癖を満足させてくれるとは、藤堂景虎恐るべし。


「先に言っておくが、基本的に2階はうろつくな。私の親が扱っている仕事の中には、まだ世間に公表されていないものもある」

「下手にうろついてたらどこぞのスパイと疑われると?」

「それもある。だがそれ以上に万が一にも扱っている情報が解禁日を迎えていないのに漏れたとなれば、莫大な額の違約金が発生し、信頼も地に落ち、下手をすればこの家は一夜で終わりだ」

「オーケイ、決して2階には近づかないことを誓おう」


 ただ、出来ればそんな生々しい話は聞きたくなかったな。いいから近づくな、くらいでやめておいて欲しかったな。

 世の中とお金の怖さを噛み締めながら階段を上って行くと、突然漂ってくる空気ががらりと変わる。

 1階や2階の廊下は絵や花瓶で装飾されていたのだが、3階にあるのはアニメのポスターやタペストリー、それにケースに入った原作再現のジオラマなど。

 何というか……二次元専門店にでも来たような気分だ。

 別に嫌じゃないよ。嫌と思うどころかワクワクするし、落ち着きもする。そうなんだけど……何とも言い難い気持ちにもなるよね。


「鴻上、何だその微妙な顔は?」

「いやですね……この階の様式は振り切れるなぁ、と。ご両親は何も言わないんですか?」

「何も言わんな。身体が弱かったこともあって昔からこの手のものを親は買ってきてくれていたし、今でも家族で劇場版のアニメを見たりする。今の私があるのは両親の教育の賜物と言っても過言ではない」


 なるほど、ご両親もオタクなんですね。そんで景虎さんは昔から二次元の英才教育を受けていたと。

 何か急にこの家に対する敷居が下がった気がする。ご両親に会ったとしても割と話せそうだよ。共通の話題がありそうって分かるだけで世界は変わるものだね。


「よし、せっかくだ。私の部屋に行く前にこのフロアを案内してやろう」


 俺の返事を聞く前に景虎さんは足早に歩いていく。まるで自分の好きなものを見せたい子供のようだ。年上なのにこれとか……外見に反して中身が可愛すぎる。


「まずは読書室。ここに居れば1日時間を潰すことだって簡単だ」


 入り口から覗く形ではあるが、俺よりも高い本棚が部屋一面に並べられている。ただ出版社やジャンル、作品ごとにきちんと分けられており、目的のものが探しやすいのが一目で分かる。

 置かれている漫画やラノベの数は……正直数えたくもない。確かにここに居れば1日時間を潰すことも可能だろう。無論、それだけ集中力が持つならだが。


「ちなみに最近のものや昔から愛読している作品は私の部屋にある。新刊が出る度にいくつかの作品がこの部屋に行ってしまうわけだが……私の部屋の本棚は限られている。世の中は弱肉強食だ。悲しいが全ての作品は手元に置いてやれない」

「大切に保管してるんだから本たちも喜んでますよ」

「なら良いのだが……くっ、もっと自室が広ければその分だけたくさんの作品を手元に置けるのに」


 作品への愛の強さはそれを作った方によっては喜びだろうけど、あなたはもう少し考えて発言した方が良いかも。今のも一般家庭からすれば十分大きな家に住んでいるのに部屋が狭いとか言っているようにも聞こえるから。

 まあ住む環境で常識が違ってくるのは仕方がないことではあるんだろうけど。

 でも今の景虎さんだと、庶民を好きになって家を出るとかなった際に間違いなく苦悩するよね。愛してやまない作品を全て持って行くことはできないだろうし。


「次は衣装部屋だ。私服はもちろん、スーツやドレスといったものまでここで保管している。下着に関しては私の部屋にあるので探しても無駄だぞ」


 無駄とか言う前に探すつもりないんですが。

 それと下着のある場所をばらすのはダメなのでは? ある意味探せと言っているようなものだよ。

 下着に興味がないのかと言われたらあるけどね。俺も男の子だから。

 でもさ、こうも思うんだ。下着は女性が身に着けているからこそ真の輝きを放つんだって。


「次にトイレだ。なかなか広々としていて使いやすいだろうが……漫画などを持ち込んでゆっくりされるのは困る」

「逆に広すぎて庶民は落ち着かないので大丈夫です。それにそんな不安そうな顔しなくても、ここに居る以上は景虎さんの相手しますよ」

「べ、別にそんな顔はしてない。勝手なこと言うな。そもそもお前はここに遊びに来ている身だ。私の相手をするのは当然だろう」


 上から目線な発言だけど、頬に差した赤みと若干早口になったことからして当たってたんだろうな。個人的にこの人のこういうところ可愛いと思います。


「ちなみにトイレは各階にあるが、先ほども言ったが2階には近づくなよ。ピンチの時は1階に走れ」

「3階って景虎さん以外も使うんですか?」

「いや。基本的に使うのは私だけだ」

「なら3階の説明だけで良かったのでは?」

「バカを言うな。もしもお前と私が同じタイミングでピンチになったらどうする? 私は走れないんだぞ。本気で走ったりすれば、ほぼ間違いなく体調を崩すんだぞ。ここを譲ってもらわねば困る」


 それはそうだけど……。

 女の子がそういう話をするのはどうなのかな。一般的に良くないと思うんだけど。そもそも景虎さんを女の子扱いするのもあれだが。

 これは別に女の子として見れないとかじゃないよ。

 景虎さんは俺よりも年上だし、パッと見は23歳くらいに見えなくもないから女性と呼ぶ方が合うってだけで。断じて他意はない。


「次はここ、グッズ部屋だ。フィギュアやプラモデル、廊下に置けないポスターやタペストリー、抱き枕にコネを使って手に入れた立て看板などオタクならよだれが出てもおかしくない部屋だ」

「それ自分で言う? いや確かに収集癖のない俺でも興奮しかねない量とレアリティだけど」

「……な、何か欲しいものがあったら私に言え。物によっては譲渡もやぶさかではない」


 別に照れるような発言ではないと思うんですが。

 もしかして友達に何かプレゼントしたいのかな? そういうお年頃なのかな?

 気になるけど、今はそっと胸の内に秘めておこう。だってツッコミ入れたら怒られそうだし。怒った景虎さんの顔っていうか目って超絶怖いし。まるで龍に睨まれてる気分になるもん。


「最後に紹介するのは……ここだ!」

「お、おお……」


 思わず感嘆の声が漏れた。気が付けば部屋の中に入っていた。

 だって壁や台に多種多様な武器が……数多のアニメ作品に登場した剣や槍、弓とかが置かれてるんだもん。しかもその全てが粗悪品じゃなく、原作と同じで規格で作られている。バスターなソードとかマジでけぇ!

 ……だがそれ以上に。

 この夜空をモチーフにした剣と青い薔薇が特徴の剣とか、雨宮さんが見たら目をキラキラと輝かせるだろうね。雨宮式の技を使わせるのは絶対NGだけど。武器の耐久性以上に受ける人の命が危ないから。

 武器だけでも圧倒されがちだけど、原作再現の衣装もずらりと並んでいる。もうここはコスプレ部屋だね。うちの幼馴染とか絶対に入れちゃいけないレベル。興奮のあまり壊れそうだし。


「まさか景虎さんの趣味がコスプレだったとは」

「勘違いするな。いや勘違いでもないが……そういうことをしていたのが中学生くらいまでで今はやっていない。ただ集めてるだけだ」

「何でやめちゃったんですか?」

「……私みたいに背が高い女には似合わんだろう」


 景虎さんの身長はおよそ170センチ。二次元のキャラの大半はそれ以下の身長だとは思うが、長身キャラというのはそれなりに居ると思う。

 まあがっつりとメイクをせず、元々の素材を活かすとなると狭まってしまうだろうが……いや待て、景虎さんならば


「何を言っているんだ景虎さん……世の中にはあなたのような女にしか着こなせない服だってある!」

「お前のその突然のやる気は何だ? いや答えなくていい。話を進めたそうな目をしているから進めさせてやる。私のような女にしか着こなせない服とは、例えばどのようなものだ?」


 ここで男を立ててくれるとか景虎さんは良い女。強気でグイグイ来るところもあるけど、やっぱり大和撫子だね。スタイルは全然慎ましくないけど。


「それは……こいつだ!」

「そ、それは……!?」

「そう《小悪魔グラメイド》だ!」


 説明しよう。

 これは、とある作品に登場するヒロインをメインヒロインに据えたスピンオフ作品。『とある聖人の日常生活デイリーライフ』に登場する衣服だ。

 ベースとなっているのは一般的なメイド服であるが、その胸元は谷間を上下から楽しめるデザインになっており、腕を上げれば脇も見えるエロ仕様。

 一方スカートの方は上半身の露出とは裏腹にロングタイプが採用されている。だがスカートには大胆にも太ももまでスリットが入っており、極上のチラリズムが存在している。

 また背中と腰には小悪魔をモチーフした羽と尻尾が備え付けられており、サキュバスに着てほしくて作られたメイド服か? と言いたくなる。

 故に商品名にも一部入っている『グラ』とは『グラマー』の略。この服をまともに装備できるのはグラマーな女性のみなのだ。

 加えて登場作品に出てくる聖人様は、黒髪ロングでポニーテールな大和撫子。つまり、俺が何を言いたいかというと……


「これを景虎さんが着たら絶対に似合う、超絶似合う、というか俺の脳内ではすでに似合っている!」

「かかか勝手に着ている姿を想像するな! いや想像してもいいが口には出さなくていい。私を辱める発言は慎め……本当に似合うと思うのか?」

「思います。むしろ逆にあのキャラとこの服が景虎さんのために生み出されたと言ってもいい。景虎さんは自分で似合うと思わないんですか? 似合うと思ったから買ったんじゃないんですか!」

「いや、その……あのキャラの外見的に私に合うとは思うが。でも実際に着るとなると……お、お前は私がそれを着ている姿が見たいのか?」


 ふっ、愚問だな。景虎さんは何も分かっちゃいない。そんなの……


「――見たいに決まっている!」


 だって景虎さんだよ?

 長身で巨乳で美尻で美脚なお姉さんだよ?

 そのお姉さんがこんな男の欲望を体現したような服を着るんだぜ?

 それで見たくないとか言う奴は男じゃない。同性愛者はともかく、女性が好きだって言ってる奴でこれを否定する奴を俺は男だって認めない。

 いや俺は否定する、何故なら俺はロリコンだから! だと?

 バカ野郎、現実でロリに手を出したら犯罪だからな。

 手を出していいのは見た目的にそう見えちゃう合法の方だけだ。間違っても年端も行かない女児に手を出すなよ。


「そ……そうか、見たいのか」

「今から見せてくれてもいいんですが? むしろ見たいんですが?」

「今日のお前は欲望に素直だな。普通ならセクハラで捕まってもおかしくないぞ。私は……お前の友達だから許してやるが」

「許してくれるなら今すぐ着てください」

「こ、断る!」


 えー……ここまで期待させといてそれはないっすわ。

 何か急にやる気がなくなってきたなぁ。来たばかりだけど、景虎さんの部屋はまだ見てないけどもう帰ろうかな。今の気分ならひとりでICOやってた方が楽しい気がするし。


「お、おい、何だその今にも帰りそうな顔は。まだ遊んでないだろ。私が満足するまで帰るのは禁止だ」

「……その言い方はちょっと卑猥では?」

「え……バカかお前は! そういう意味なわけないだろ。社会的に消されたいのか!」


 そうか……俺は消されるのか。


「ならば仕方ない。その時を家で待つことにしよう……ではお邪魔しました」

「待て待て待て、ちょっと待って! 分かった、分かったから。今日はさすがに恥ずかしいというか、着るにしても準備があるから無理だが、次の機会には着る。着てご奉仕頑張りますから……だから帰らないでください」


 やべぇ、ここで帰るとか言ったらこの人絶対泣くよ。

 どんだけ人肌が恋しいの。友達と過ごす時間に飢えてるの。強気な性格してるのに根が構ってちゃん過ぎるでしょ。

 でも……何かいじめたくなるな。

 さすがにシャルさんの持ってる鬼畜系同人誌みたいなことはしないけど、多少からかったりはしたい。基本的に尻に敷かれる展開が多いせいか、この人相手だと俺の中のSが目覚めそうになる。


「……分かりました。景虎さんがそこまで言うのなら景虎さんが満足するまで遊んでから帰りましょう」

「本当か?」

「ええ。男に二言はありません」

「そ、そうか……ふん、最初からそう言えばいいんだ」


 原作の聖人様のように取り乱していたというのにこの強がり……この人、マジ可愛いな。普段の目つきが怖いからあれだけど、属性とか中身の可愛さで言ったらかなりの上位に入るぞ。


「無駄な時間を使ってしまった。さっさと私の部屋に行くぞ」

「行くのはいいですけど、行って何をするんですか?」

「まずはアニメや映画鑑賞、それが終わったらゲームだ」

「無難ですね」

「うるさいな。私は無難なことがしたいんだ。無難なことをしたことがないから無難なことに憧れるんだよ。わざわざ言わせるな……やっぱりちょっとここで待ってろ」


 そう言って景虎さんは俺の返事を待たず部屋から出て行ってしまった。

 ただ部屋から出て向かった方向的にトイレではない。となると、おそらく自室に向かったのだろう。

 それから考えるに……部屋の片づけにでも行ったのかな。

 あまり散らかしているようには見えないけど、おそらく景虎さんの部屋に友達と呼べる相手が入るのは今回が初めてのはず。

 それに下着は自室にあると言っていた。もしかするとパンツが顔を覗かせているかもしれない。

 そんな妄想がふと頭をよぎったのかな。いやはや、景虎さんも女の子だね。さっきは女の子じゃないとか言ったけど、訂正しておこう。あの人の中身はちゃんと女の子だ。

 このあとの流れは先ほど景虎さんが言った内容になると思うので、ここから先のことはご想像にお任せします。



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