第6話 「その右手は何かな?」
さてさて、現状報告です。
未だに俺はシリュウさんと心の試練を攻略中。仲良く手を繋いで暗闇を歩いています。
会話に関しましては……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ほぼありません。聞こえるのは息遣いと足音くらいです。
でも仕方ないよね。だってさっき事故とはいえ抱き合う形になっちゃったし。
乙女なシリュウさんは、すぐに割り切れない。別にこれを責めてるわけじゃない。そこがシリュウさんの良いところでもあり、可愛いところなのだから。
まあそういうわけで、シリュウさんと手を繋ぎ直して攻略を再開するまで5分以上必要でした。
それに攻略を再開した後なんだけど、頼りにしてる壁が消失して落ちかけたり、歩いてる床が崩れて落下しそうになりました。
それが何度かあって俺もシリュウさんも死にかけたわけだけど、手を繋いでたおかげでお互い生き残りました。
けど、その度に反射的にお互いを助けようとするわけです。
そしたら勢い余って身体が密着する状態にもなるわけで。これまでに何度ドキドキタイムが発生したことか。
おかげで話すにしても攻略に必要な情報交換か、お互いを助ける時くらいになっちゃいましたよ。そんで今は直線かつ安全な感じの道だから無言というわけ。
この試練、男女が組んでやる場合は接触とかに気にしない性格の人以外はやるべきじゃないかもね。
「…………シュウくん」
おっと、シリュウさんが話しかけてきました。
ここで慌てたり、シリュウさんを意識しているような返しをするのは悪手。余計に彼女が緊張しかねない。
故にここは何事もなかったように、いつものような毅然とした態度で対応しなくては。
いつもは毅然というよりふざけてね?
みたいな発言はやめてね。正直俺だって冷静を装ってるだけで地味にテンパってるから。ぼろを出さないようにするだけで精一杯なんです。
「どうした?」
「その……すまない」
「すまないって何に対する謝罪だ?」
これといって謝られるようなことをされた覚えはないのだが。
「それは…………ここに入ってからというもの、私は慌てたり取り乱したりばかりで君に迷惑を掛けている。だから謝りたくて……」
確かに慌てたり取り乱したりはしてましたが、別に迷惑とは思っていません。
だってさ、何度もシリュウさんの胸の感触を味わえたんだよ? 直接揉めたりしたわけじゃないけど、柔らかくて弾力のある大きなものを身近に感じられたわけです。感謝こそすれ迷惑だとか思わないよね。
まあここでそんなことを言っていいとは思わないので言いませんが。俺だって空気は読めるし。
「別に謝る必要はない」
「でも……君を何度も危ない目に遭わせてしまった」
「それはお互い様だろ? 俺だって何度も死にそうになったし、その度にお前に助けてもらった。それに元々助け合って攻略するクエストだ。クエストが失敗した時はともかく、どうにか生き残ってるんだからそれで謝るのは筋違いだろ」
「それは……そうかもしれないけど」
人が良いからなのかもしれないが、どうにもシリュウは必要以上に責任を感じるというか、自分を責めようとする傾向にある。
このような言い方をすると悪いことのように思うかもしれないが、言い換えれば責任感が強いということ。良いことと悪いことは基本的に表裏一体。故にこのことを責めるような真似はしたくない。
「なあシリュウ、俺達は何だ?」
「え……それは……友達?」
「お前、こういう時だけ現実的だな。いつもは真友って言ってるくせに」
「……ごめん」
「あのなシリュウ、日本人は謙虚だとか言うし、素直に謝ることが出来るのは人としては美点だ。だけどお前は一度調子が崩れると及び腰というか、必要以上に謝る傾向にある」
「ごめん……」
あぁもう、謝らないで!
別に責めるつもりはないから。怒ってるとかそういうんじゃないから。俺はただいつものお前に戻って欲しいだけなの。
「だから……俺とお前は友達なんだろ? 真友目指して日々努力してる関係なんだろ?」
「……うん」
「だったら無駄に謝らないでくれ。お前は俺に迷惑掛けたって言うけど、俺は別に迷惑だとか思ってない。何より人間は誰だって誰かに迷惑を掛ける。俺だってお前に迷惑を掛けてる」
ぶっちゃけ俺の方が迷惑を掛けているだろう。ふざけた言動取ったりするし、色々と相談に乗ってもらったりしているわけだから。
故に俺に言う資格があるのか分からないが、現状でシリュウに何か言えるのは俺だけ。なら俺が言うしかあるまい。
「お互い迷惑を掛け合ってるんだ。それでも俺達の関係は崩れてない。少し前までは別だけど、今は足りないところを補ったり、失敗した時はフォローしたり、悪いことをすれば怒ったり。それが出来る関係だろ? もっと気楽に付き合っていいんだよ。お前は何ていうか色々と気負い過ぎだ」
…………。
………………。
……………………反応がない。
俺、何か間違ったこと言っちゃったかな?
いやまあ友達が多いわけでもない俺が言うには偉そうだったかもしれないよ。
でも友達ってそういう関係のはずだよね?
恋愛とか人生を変えちゃうようなことはともかく、一緒にゲームやって足を引っ張る程度のことで壊れる関係の相手を友達とは言わないよね。
「…………始業式の帰りも思ったけど、こういう時の君はカッコいいね」
「え、あぁどうも。お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないよ。本当にカッコいい」
顔が見えないから声色で判断するしかないわけだけど、正直シリュウさんが嘘を言っているようには聞こえなかった。
ねぇどうしたのシリュウさん、突然どうしちゃったの?
そんなこと急に言われたらシュウさんドキドキしちゃうんだけど。普段と違うシュウさんが出てきそうになっちゃうんですけど!
落ち着け、落ち着くんだ俺。今のシリュウさんは冷静じゃない。多分吊り橋効果でどうにかなってるだけなんだ。俺も同じ効果で気持ちが高ぶりやすくなってるだけだ。
勘違いはいけない。ここで下手なことをすれば、俺は責任を取らなければならなくなる。まずはICO内で結婚、そしてゆくゆくは現実でも結婚し、風見書店を継ぐことになる。
堅実的な人生になりそうで悪い気はしないけど、まだ高校1年生。人生のルートを確定させるにはまだ早い。だから落ち着け、落ち着くんだ……
「あのねシリュウさん、何時ぞやのあなたの言葉を借りるわけじゃないけど、男の子も勘違いしちゃう生き物だからね。彼女いない歴=年齢の男とかより勘違いしやすいからね。だからその、あまり真剣にそういうこと言わないでください」
「それって私にドキドキしてくれてるってこと?」
何でそんな意地悪な質問をするんですか。
ゲームの中とはいえ、女の子とふたりっきりなんですよ。手を繋いでいるんですよ。シリュウさんは俺にとって可愛い女の子なんですよ。そんなのドキドキするに決まってるじゃないですか!
「ふふ。冗談だよ、今のは忘れて」
「シリュウさん、そういう冗談は良くない。非常に良くない」
「ごめん……あ、謝っちゃいけないんだっけ?」
「こういうときのごめんはいいんです」
というか、声が少し笑ってたから分かってて言ってますよね?
「もしかして怒った?」
「これくらいで怒るなら俺は日頃周りが引くくらい怒ってるね。幼馴染があれだし」
「それもそっか……シュウくん」
「今度は何ぞ?」
「……ありがと」
……そういうのやめよ。
照れくさいというか、ドキッとしちゃうから。言うにしてももう少しさらっと言って。ちょっとはにかむ感じで言われたら可愛いって思っちゃうじゃん。
「どうかした?」
「別に。ただごめんばかりだったシリュウがありがとって言葉を使えるようになったかと思って。その調子で次に俺が助けた時にはごめんではなく、ありがとうと言ってくれたまえ」
「ふむ……日頃からさっきみたいに真面目な方がカッコいいと言おうかと思っていたが、照れ隠しと思えばふざける君も可愛げがあるな」
べ、別に照れ隠しとかしてないし。
単純に思ったこと口にしてるだけだから。男のツンデレというか、俺がツンデレなんてしても需要ないし。喜びそうなのはおバカでMッ気のある幼馴染くらいだけだから。
「おいシリュウ、さっきまでのしおらしいお前はどこへ行った?」
「さあどこだろうね」
「堂々ととぼけるか」
「気負い過ぎるな、と言ったのは君だろう? 私は君が言ったように気楽に接しているだけだよ。それでも文句があるのかな?」
くっ……真面目に対応した自分が憎い。
さっきまでに気まずい空気よりはマシだけどさ。何か釈然としないよね。僕としては、もう少し段階的に態度を変えても罰は当たらないと思います。
「それにしても……ゴールはいったいどこにあるんだろうね。体感的には結構奥に進んでるはずだけど」
「安全確認しながら慎重に進んでるからな。自分で思っているより進んでないんだろう」
ただこの道を進み始めてからは、頻繁にあった罠がなくなった。
最初の地点からここまでの道のりを頭の中でマッピングしてみると、何度も曲がりながら北上する形で奥へと進んでいる。
クエストの開始地点と終了地点が比較的安全に作られているのなら、そろそろゴールへの兆しが見え始めても良い頃だ。
「シュウくん、ここから右に行けるみたいだ。そっちは?」
「こっちは壁だな……正面も壁だ。そっちの道に行くしかないみたいだな」
「じゃあ行くとしよう。ただ気を抜いちゃダメだよ」
「そっちこそな」
もうひと踏ん張りだろうと気合を入れ直し、右折した道を進んで行く。
すると薄っすらとだが奥の方に明かりのようなものが見えてきた。早く先に進みたい欲求が湧いてくるが、安心したところで落とし穴……なんて仕様になっていれば一巻の終わりだ。
逸る気持ちを抑えつけながらシリュウと共に奥へと進む。
それに比例して視界が徐々に良くなり、隣に居るシリュウの顔、数メートル先の景色……と等間隔に置かれているたいまつのおかげで見えるようになった。
そして、最後に現れたのがハシゴ。
上空に見える明かりから推測するに5メートルはありそうだが……途中で折れたりしないよな。もしそうなら最後の最後で鬼畜過ぎる。
「……俺が先に上ろう」
「良いのかい?」
「良いも何もお前が先に上ったら色々と不味いだろ」
うちの師匠みたいにズボンならともかく、シリュウさんの恰好はけしからんスレットが入っている中華風のドレス。胸元や肘、膝といった要所に防具は付けているが、覗きに対する防御力はゼロだ。
故にシリュウさんを先に上らせたら下着が見えかねん。
薄暗いからギリギリ見えない可能性はあるが、かえってそれが想像力を掻き立てる恐れがある。つまり俺が先に上るしかない。
「そういう配慮が出来るのなら、もう少し胸の方も見ないで欲しいものだね」
「それは無理な相談だ。少しでも見て欲しくないならもっと厚着してくれ」
「それこそ無理な相談だよ。胸が目立たないくらい厚着したら動きにくいし、何より可愛くない」
可愛さ優先ならあたりシリュウさんも女の子だね。
ただもう少しエロくない装備でも良いとは思います。まあ全身を鎧で固められるとせっかくのお胸が見れなくなるから嫌だけど。でもコートみたいな洋風のものに変えたり、下にズボンを履くくらいなら全然オーケイです。
でも……ズボンを履くにしても長ズボンはやめて。俺はシリュウさんの健康的な脚が見たいから。
「人の足をジロジロと見るな。いつから君は脚フェチになったんだ。おっぱい星人じゃなかったのか?」
「あのな、確かに俺はおっぱいが好きだ。おっぱい星人と言われても仕方がないかもしれない。だが、だからといっておっぱいだけが好きなわけじゃない。お尻や足だって好きだ」
「真面目な顔で言わんでいい。いいからさっさと上って」
自分から話題を振っておきながらこの態度。
まったくシリュウさんはこういうところがダメだよね。せめて切りの良いところまでは話させて欲しいものだよ。
なんてことを考えながらハシゴを上ったら祭壇のような空間に出ました。
何やら壁には勇者らしき2人組や水龍、それらが戦うまでの流れといったクエストに関わりそうな絵がちらほら。祭壇には清らかな青色のオーブが置かれている。
「シリュウ、確か穢れた水龍に挑むためには証として3つのオーブを持って来い
って話だったよな?」
「うん。おそらくあれがそのオーブだろうね」
「ならあれを取ったら試練は終わりか……取ったらここが崩れたりしないよな?」
「そんなの私が知るわけないだろう。というか、そういう不安になること言わないでくれないかな。多分大丈夫だよ。見た感じ出口もないし、取らないとどうにもならないはずさ」
ですよねー。
はい、というわけで覚悟を決めてオーブを手に取りたいと思います。
ちなみに覚悟を決めるまでにシリュウさんと譲り合いをしたのは秘密だ。オーブの目の前まで一緒に行って、最後の最後でじゃんけんなんてしてないからな。本当だぞ。
「じゃあ……取るぞ?」
「……う――って、こっちが返事し終わる前に取ってるじゃん!?」
え、俺が悪いの?
そっちの返事が遅かっただけじゃん。こういうのはお笑いの前振りじゃないんだからさ、やると決めたらさっさとやるべきでしょ。
と思っていると手にしたオーブが光だし、奥の壁にその光を放つ。すると老人が作り出したような渦巻くゲートが現れた。
状況的に考えて出口であることは間違いない。さっさと出ろと言わんばかりに崩壊するような音が響き始めたこともあり、俺とシリュウは慌ててゲートに飛び込んだ。
「「……へ?」」
勢い良く飛び込んだのが災いした。いや、これは急がせる仕様が悪い。
何故ならゲートの先に広がっていたのは平地ではなく、段ボールがあれば草スキーが楽しめそうな斜面。草木が生えているとはいえ、身体に制止を掛けられるほど茂っているわけでもない。
このまま落下すれば必然的に俺とシリュウは斜面を転がり落ちることになる。
そう判断した俺は、すぐ隣に居るシリュウを掴んで引き付けると、自分が下になるように身体を捻った。
斜面に背中が落ちるのと同時に広がる痛みとも言えない鈍痛。ただ衝撃は確かなもので息が詰まる。
しかし、酸素を吐き出す余裕はなく、次の瞬間には凄まじい勢いで斜面を転がり始めていた。止まったのは平地になってから数秒後……。
「っ……最後の最後でとんだクソ仕様だな」
「そう、だね。というか、ごめん……じゃなくて、ありがとう。庇ってくれて」
「いやいや、こっちが勝手にしたことだし。そっちが無事なら……あ」
「どうかしたの……かい?」
俺とシリュウの視線の先にあるもの。
それは……シリュウのFカップあるお胸を触っている俺の右手。
みんなも分かるだろうが、あくまで事故だ。
状況から考えてもこれは事故である。俺には決してやましい気持ちはなかった。
でもシリュウさんのお胸に触れてしまったことは事実であり、つい感触を確かめるように揉んでしまった。それも一度ではなく何度も。
「えっと、シリュウさん……これはその事故であってですね。揉んじゃったのも男の性というか、それがさせる自然の行いであり、決してわざとやったことではなくて。ですから、その……」
「言い訳はいい。わざとじゃないのも分かってる。だからさっさとその手を退けて。さっさと退けないと……」
言い終わる前に退けました。それはもう神速で。
だって何を言おうと俺が悪いですし、激昂せずに淡々と言われるのが怖い。とても怖い。非常に怖い。
それに今頃シリュウさんの視界にはセクハラ対処用の表示がされている。その操作次第では俺が牢獄行きというか、当分アカウントが凍結されます。大人しくかつ迅速に言うことを聞くしかありません。
「……シュウくん」
「は、はい」
「今あったことは忘れろ。すぐに記憶から消去しろ。それがお互いのためだ」
「分かりました」
と言ってみたものの……忘れられる気がしない。
だって俺、おっぱい好きだもの。おっぱい星人だもの。ゲーム内とはいえ、Fカップの感触なんて知っちゃったらもう……
「その右手は何かな? もしかして私に斬り落として欲しいのかい?」
「いえ、何でもありません! 本当に申し訳ございませんでした。すぐに忘れますので、どうかご容赦を!」
「……まったく。次こんなことがあったら責任取らせるから」
つ、つまり今回は許してくれるってことですね。
良かったぁ……暴力に訴えないシリュウさんマジ天使。心が広くてお優しい。でもこれである意味余裕がなくなった。
そして、心の試練を乗り越えて培った絆が一瞬で崩壊したよ。
まだ試練はふたつも残っているというのに……俺、ちゃんとシリュウさんと乗り越えられるかな。乗り越えて水龍に挑めるのかな。正直今は不安しかない。でも頑張るしかないよね。
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