第12話 「……私、帰るわ」

「……溶ける」


 暑い熱いあついアヅイ……。

 何でこんなに日本の夏は暑いんだろうね。

 そんなの夏だからに決まってんじゃん。地球温暖化もあるし。

 なんて真面目な答えは言わないでね。それくらい僕だって分かってますから。僕はシャルと違って生まれも育ちも日本なので。

 でもさ……今日は晴天なの。

 風もないし、湿度も高いし、直射日光とそれに熱されたコンクリートによって上下から焼かれてる気分。どうにもならないと分かっていても弱音くらい吐きたくなります。


「……くそ。あの金髪メガネ……覚えてろ」


 この発言からお気づきでしょうが、今日俺が外出しているのはシャルが原因です。

 簡潔に経緯を説明すると、まず朝起きたらいつもどおり薄着なシャルさんが部屋を物色していました。

 何故この女は無許可で人の部屋に入るのだろう。何故我が家の人間はこの女を家に上げちゃうのだろう。

 なんて思いながらシャルさんの身体を上から下までじっくり眺めていると、彼女に無邪気な笑顔を向けられました。そして


『シュウ、おはようございマース。今日も良い天気デスネ。こんな日は涼しい部屋で新しいラノベでも読みたいデス。だけどレンタルショップ鴻上の棚は更新されていません。ぜひ更新をお願いしマース』


 と言ってきたの。

 暇だけどこの部屋のものは大体読んだから新しいの買ってこい。シャルさんは寝起きの俺にそう言ってきたわけですね。

 寝起きにそんなこと言われてすぐに肯定できる人はいないと思うんです。だから俺も最初は断りました。でもね……


『そうデスカ、それは残念デス。じゃあ仕方ないので、暇潰しにマイさんに電話でもしましょう。うっかりシュウのあることないこと言っちゃったらすみません♪』


 って黒い輝きしか放ってない無邪気な笑顔で言われたの。

 無邪気なのに黒い輝きを放つなんて矛盾もいいところだけど、多分俺以外には無邪気に見えるから仕方ないの。

 シャルさんは笑顔で人を脅すタイプなんでみんなも弱みは握られないように気を付けて。

 俺? 俺はもうすでにさ……言わなくても分かるだろ?

 だからこそ、あいつがいないところで毒を吐いてるわけです。真夏の日光でイライラするしね。


「今度また勝手に人の部屋入ってみろ。そしたら俺も入ってやるからな」


 そんで寝ているあいつの胸を揉みまくってやる。

 と言っても想像するだけで実行する勇気はありません。だって普通にセクハラだもの。犯罪だもの。

 まあそれ以上にシャルさんがそのまま俺を受け入れそうなのと、シャルさんのパパさん達が娘の初体験を喜びそうなのが問題なんですが。初孫ひゃっほーい、これで鴻上家とバウンディ家は晴れて親戚だ! みたいな感じで。


「というわけで、ここは膝枕程度で勘弁して……」


 目的地だった本屋を目の前にして思わず固まりました。

 先日の雨宮の膝枕最高だった。シャルのはどんな感じなんだろう、と思っていた矢先に本人に出会った。

 というわけではない。むしろその方がありがたかったと言える。

 何故なら……今俺の目の前には、我が初恋にして初めて告白した相手。川澄玲さんが居るから。しかも地味なジャージ姿で。

 髪はところどころボサボサだし、目には隈もある。こんなひどい見た目のアキラさんを俺は見たことがない。見たくもなかった。

 あちらも何かしら考えているのか、俺の方を見たまま固まっている。


「…………」

「…………」

「…………久しぶりね秋介くん。元気にしていた?」


 何事もなかったように挨拶だと!?

 いや下手に気まずい顔をされるよりは良いんだけど。顔見た瞬間に逃げられるよりは数段マシなんだけど。

 でも……この人どういう神経してるんだろう。

 普通女の子ならさ、髪の毛ボサボサのジャージ姿を見られたら恥ずかしいとか思ったりするんじゃないの。

 これって男の理想なのかな? 勝手なイメージなのかな?


「……まあそれなりに。アキラの方こそ元気そう……ではないな」

「いえ、元気よ。毎日朝から夜までICOをプレイしているし、昨日は食事以外は徹夜だっただけだから」


 普通の人はそんなあなたを見て元気だとは思えません。俺が持つあなたへの好意を抜きにして考えても不健康です。

 この子、本当にマジで色々捨ててICOやってんだな。

 まあ雨宮もといマイを戦いっぷりを見ているとその覚悟も理解できるけどね。あのときの俺はICOを舐めてました。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 え、何か急に気まずくなってきたんだけど。

 これは俺が話すべきなの? さっきのに何かしら反応をするべきだった?

 でもさ、さっきのはどう返しても否定的な言葉しか言えないし。話しかけてきたのはアキラさんの方だよ。

 それに俺は一度告白してフラれてるわけで。あまりこっちから話しかけるのも嫌に思われるのでは……


「……私、帰るわ」

「え、買い物は? まだ買ってなさそうだけど」

「ラノベなんていつでも買えに来れるもの。そもそも今日は親が部屋ばかりに籠ってないで、たまには外に出ろってうるさいから出てきただけで」


 アキラの親御さんがまともな人で良かった。

 でも……望めるならせめて寝癖くらい直すように言って欲しかったな。アキラさんってクラスでも容姿が良い方だから……

 正直今の状態だと、仕事は出来るけどそれ故に周囲は近づきがたく、そのせいで仕事以外することもなく、家ではだらしのない生活をしているOLのように見えて仕方ない。


「それに……一応その秋介くんは私を好きだと言ってくれたわけだし。こんなところで出くわすとは思っていなかったけど。結果だけで言えば交際を断った身ではあるけど。あなたの今みたいな姿を見せるのは私としても不本意というか……とにかく帰るわ。ついで来ないでね!」


 こちらの返事を待たず、アキラさんは全力疾走で帰って行きました。

 ……ねぇみんな、これってどういう解釈をすればいいのかな。

 俺のことを一応意識してくれていて、今の自分の姿を見られるのは恥ずかしくて帰ったのか。それとも我慢していた気まずさに耐えかねて単純に逃げて行ったのか。

 前者なら望みがあるけど、後者なら今後さらに気まずくなるんですが。下手したら完全に俺の初恋終わっちゃうんですが。

 何でアキラさんって中途半端な言動するの。普段はそういうことしないのに。

 そう思っているのに……アキラの新しい一面が見れたようで嬉しい自分も居る。恋愛は恋をした方が負けって言うけど間違いないね。


「……店の中に入ろう」


 炎天下の中であれこれ考えるとか自殺行為。いくらここから自宅まで10分ほどの距離だと言っても、真夏の10分は危険だ。アキラのことを考えるにしてもまずは店の中に入ってから。

 釈然としない気持ちをどうにか切り替え、いざ店の中へ。

 一応宣伝がてら説明しておこう。店の名前は《風見書店》。

 一般書物より漫画やラノベに力を入れてくれており、最新から中古まで扱ってくれているので目的と金銭に合った買い物が出来る。加えて家からも近いこともあり、俺は本だけを買う場合はいつもここを利用している。


「いらっしゃいませ。……おや、誰かと思えば鴻上くんじゃないか」


 涼やかで爽やかなに話しかけてきたのは、店番をしていた風見悠里。

 身長160センチ前半の黒髪ショート、バストサイズは推定Fカップのカッコいい系女子である。シャルさんのGよりは小さいけど、Fでも十分魅力的だよね。

 ただ美しい見た目とは裏腹に内面は俺と同様に二次元に染まっている。シャルほどではないが、若干中二病が垣間見えるくらいには毒されている。


「そんなにこちらを見つめないでくれ。私の眼の虜になってしまう」

「ポーズまで取らんでいい。様になるのが余計に腹が立つ。これだからイケメンは……」

「鴻上くん、私は女の子だぞ。イケメンという言葉は男に対して使うもの。私に対して使うのは間違っている」


 それは正論だけども。おっぱい大きいから男装しても女だって分かるけども。でもオーラがカッコいいんだから仕方ないじゃない。


「カザミン、お前もいい加減自覚するべきだ。自分がカッコいい系女子であることを」

「そ、そういう呼び方はしないでくれ……恥ずかしいじゃないか。それに私はカッコいい系女子ではない。中二病をこじらせてるだけで……それに最近は腐りつつあるから店の棚のBL範囲が拡大しつつ」

「風見、別にお前が腐るのは構わない。だがどうか俺のような存在のために男女がイチャコラする作品もきちんと仕入れてくれ」


 女子の両肩をがっちり掴んで何を言っているんだと言われるかもしれないが、この店がBLだけで染まってしまったら俺の買うものがなくなってしまう。それは困る。非常に困る。

 ただ誤解して欲しくないのは、別に俺はBLを否定しているわけではない。シャルんに半ば強引に読まされたこともあるし。

 良いものは良いし、悪いものは悪い。BLもそれは変わらない。

 それに俺はまずストーリーを楽しむ派なので、そこがしっかりしていれば楽しめますとも。ただ……軽めだっていう割には本番があったりするから驚きもするけどね。腐女子を思考は男の煩悩よりも深淵かもしれません。


「そのへんは安心してほしい。私が第一に考えるのは自分の趣味ではなく、若者に売れるかどうかだ。父さんに任せるとマニアックなものばかり仕入れるからね。この店のメイン層は中高生だというのに……」

「苦労しているお前のためにも俺はここに通い続けるよ。欲しいものがあるうちは」

「最後のがなければなかなかキュンとしたんだけどね。何とも現金なことだ」


 はっはっは、現金なのはお互い様じゃないですか。


「そういえば、君が好きなそうな新刊が昨日入っているよ。ヒロインのバストサイズは推定Fカップさ」

「何だと……これがその作品か」


 タイトルは……『転生した先で拾ってくれたのは劉備玄徳でした ~趙雲だけどお嫁さん目指してもいいよね~』か。なるほどなるほど……


「さっき仕入れは売れるもの優先とか言った割にこれは完全にお前の趣味だろ。三国志がネタになってるし。趙雲が女主人公みたいだし」

「内容はきちんとバトルあり、ラブコメありだから君も楽しめる。それに君だって三国志は好きだろ? その趙雲、おっぱいも大きいし」

「ヒロインのおっぱいで買うもの決めてるみたいな言い方はやめなさい」


 確かにひとつの決め手にはなるけども。

 だけど何より大切なのは物語の面白さ。キャラはその次です。だって俺、メインヒロインよりもあとに出てくる子の方が好きになること多いし。


「しかし……これ、お前が書いたわけじゃないよな?」

「はっはっは、いくら趙雲好きな私でもそんなことできるはずないさ。色んな作品の二次創作は書いているが、全て自分で決めないといけないオリジナルは大変だしね」

「そうか……だが俺はこれを買ってしまっても本当にいいのだろうか」

「いいに決まっているじゃないか。こちらとして買ってくれない方が困る」

「本当に? この本に書かれてる趙雲、お前と同じ黒髪だし、背格好も同じくらいに思えるし、胸の大きさも近いから脳内補正で趙雲=風見になりそうなんだけど」

「はっはっは、そんなの構わな……待て、ちょっと待って!」


 風見は顔を赤くしながら取り乱す。

 口調がちょっと女の子らしくなっているところに少し萌えるよね。カッコいい系女子はこれがあるからずるい。


「君は今何と言ったのかな? 確かにその趙雲と私の特徴は似ているかもしれないけど。でも私みたいな特徴をした子は世の中に五万といるだろうし、そういう認識で読むのは違うと思うんだ。というか、何故君が私の胸のサイズを知ってるの? 君に自分の胸はFカップだと言ったことはないはずだよね!」


 それはまあシャルさんのサイズでGならFくらいなのかなぁと。


「別に何となくそう思っただけだが……というか、今自分で自分がFだって宣言したぞ」

「あ……うぅ」

「そうか……風見はFなのか」

「しみじみと言わないで! あとあんまり見ないでよ……気にしてるんだから」


 え、何で?

 Fカップ素晴らしいじゃん。男は基本的に大きなおっぱい好きなんだし、堂々としときなさい。そうすれば普段は中二病っぽくても、中身が腐りつつあるのだとしても、あなたのことを良いなって思う異性は現れるから。


「大丈夫だ風見。お前のおっぱいは良いおっぱいだ。もっと自信を持て」

「気にしてるって言ってるんだからそういうこと言わないでくれないかな。そういう意地悪すると君の手伝いしてあげないよ」

「手伝い? 何の?」


 俺、風見に何か頼み事してたっけ?

 どうしても仕入れて欲しい漫画やラノベとか最近はなかったはずだけど。


「そんなの君と川澄さんとの恋路に決まってるじゃな……あ」

「ねぇカザミン、何でそういう話題が出るのかな? 僕はそんな話を君どころか誰にもしたことないんだけど。ねぇカザミン、何で? 何で?」

「それは、その……ここじゃなんだし、奥で話そう」


 何でここじゃダメなの?

 店番してるのに店を放っておいていいの?

 なんて普段なら考えたんだろうけど、このときの俺はそんなことを考える余裕はなかった。頭の中にあったのは、何故風見がアキラへの想いを知っているか聞き出すこと。ただそれだけだったのだ。

 故に俺は、風見と共に店の奥へと消えるのだった。



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