2章 狂怖の姉妹と最強の軍神編

第1話 「何で終わった前提なんだ」

 終わった……終わった……終わった……終わった……

 アキラから明確な拒絶を示されてからこの言葉が何度も脳裏を反復している。

 あの日から気力というものは一切なくなり、毎日のように励んでいたICOにもこの3日ほどログインしていない。部屋にある漫画やラノベ、ゲームといった二次元にも触れていない。食事などを除けば、ずっとベッドに横たわっている状態だ。

 言ってしまえば、今の俺は失恋から無気力症候群になってしまっているのだろう。ある意味では燃え尽きたと表現してもいい。

 あの現場に居合わせた雨宮からは何度か電話やメッセージがあった。

 ただ、あの事態を招いてしまったのは俺の怠慢。友人より好きな人を優先できず、非情になれなかった俺が悪い。それだけに雨宮を責めることは出来ない。

 だから大丈夫だの心配するなだの雨宮には言っているわけだが……多分これは雨宮を余計に悩ませているのだろう。しかし、やはり俺は彼女を責めることは出来ない。


「……大丈夫」


 きっとそのうち良くなる。

 傷は時間が癒してくれると言うし、思っていたよりもダメージは受けていない。他人を気遣える余裕があるのがその証拠だ。本当に落ち込んでいたなら雨宮に対して暴言を言ってしまっていただろう。

 中途半端にしろ一度フラれていたのが良かったのかもな。

 もう一度アタックしようと奮起していたとはいえ、心のどこかではダメかなって思ったりもしていたわけだし。

 それに……初恋なんてこんなもんさ。誰もが幸せになれるわけじゃない。幸せになるのは一部の人間だけ。俺はその他大勢の方に入ったってだけだ。


「…………ん?」


 通話を知らせる着信音。

 スマホを手に取ってみると、画面には『風見悠里』と表示されていた。


「……もしもし」

『やあ鴻上くん、実に無気力な声だね。もしかして寝ていたかな?』

「カザミンは今日も元気だね。ちゃんと起きてましたよ」

『その割には覇気がない。夏休みだからって自堕落な生活ばかり送っていてはダメだよ』


 失礼な。

 家の手伝いをしているカザミンよりは自堕落だけど、夜更かしばかりしているわけじゃないよ。明るい内から友人と遊びに行ったりしてます。その甲斐もあって……誰かさんの恋が終わりを迎えたけど。


『まあそんな君に私が良いことを教えてあげよう』

「ほぅ……それはカザミンの胸がFカップからGカップに進化したとか?」

『バ、バカか君は! そう簡単に大きくなるわけないだろう。仮にそうだったとしても、何で私が君に胸が大きくなったって報告しないといけないんだ!』

「真友だから」

『前々から思っていたけど、君の中の真友は私のものとズレ過ぎじゃないかな! 真友にエッチな向けるべきじゃない。大体その理屈で行けば、君の……ム、ムムムムスコが成長したら君は私に報告する義務が生じるんだぞ!』


 顔は見えないけど、きっと今のカザミンは顔を真っ赤にしてるんだろうな。俺のムスコを想像して恥ずかしがってるんだろうな。

 そして、ダメだと考えつつも色々先まで妄想してそう。いや~カザミンって本当むっつりだよね。


「カザミン、俺のムスコには覚醒前と覚醒後の2種類が存在しているのだが。報告はどちらもするべきだろうか?」

『し、知らない! 私はそういう話をしたくて電話したわけじゃないんだ。今日の君は一段と意地悪というか、下の話が過ぎるぞ! 私を辱めて楽しいのか?』

「楽しいか楽しくないかで言えば楽しいかな。顔を赤くしているカザミンは可愛いから」

『か、可愛……!?』


 ――直後。

 何かが床に落下したような音が聞こえ、続いて何かが崩れるような音が聞こえた。

 前者はスマホを落とした音だろう。後者は……多分本が崩れるような音だよな。

 もしかして本の整理でもやってたのかな。カザミンの部屋はそんなに散らかってる感じじゃなかったし。でもカザミンも自堕落な生活を送っていたとすれば……


『きききき君は何を言っているんだ! も、もしかして誰にでもそういうことを言ってるんじゃないだろうな。女の子だって勘違いしちゃうんだぞ。か、可愛いとかは感想を求められる時とか、特別な人にだけ言えばいいんだ!』

「真友って特別じゃないの?」

『特別だけど! でも君、本当は私のこと真友だとか思ってないだろ。よくて友達程度にしか思ってないだろ。たとえ真友だと思ってくれても今は言わなくていいから。これ以上は私がパンクしちゃうから。だから本題に入らせて!』


 あまりのカザミンの必死さに頷くしかありませんでした。

 でも……カザミンのこういうところって可愛いよね。カッコいい系で中身は腐りかけで中二病じみたところもあるけど、乙女な一面があって胸も大きくて常識あって……冷静に考えると俺の知り合いで最良の女子では?

 こう感じてしまうのは、アキラにフラれてしまっただろうか。傷ついたところに漬け込むなんて言葉が生まれるのも分かる気がする。


『君への朗報だが……実は先日私は川澄さんとの接触に成功し、ICOでフレンドになることが出来た。つまり、これで君は準備さえ整えば彼女に会うことが』

「できないね」

『……え?』

「実は……」


 困惑する風見に俺は先日の一件を説明した。

 それを聞き終えた風見はしばし黙り込んでいたが、ついに我慢の限界が来たようにしゃべり始める。


『本っ当に君はバカだな! 何で好きな人が居るのに他の女の子とデートなんてするんだ。私も似たようなことしただけに言える立場ではないのは分かってるけど。でも君は油断し過ぎだぞ。恋っていうのは鋼の如き覚悟が求められるものなんだ。というか、何でまたうちの店の前なんだ!』

「それは……カザミンのリア充に対する怨念によって風見書店が負のパワースポットに」

『やめろ! 実際に不幸になってる人から聞くと真実味が出ちゃうだろ。確かに私はリア充爆発しろ! って思うこともある人間だけど。うちの店は断じて負のパワースポットじゃない!』


 まあ実害が出てるのは俺だけだからね。

 本当に負のパワースポットになってるなら俺以外にも不幸を感じる人間が続出して、今頃噂になって客足が減ってますよ。

 でも現実はそんなことになってないわけだから風見書店は負のパワースポットじゃないさ。言った俺が言うのもなんだけどね。


「カザミン、いや風見……今までありがとう」

『え、いや、えっと』

「短い間だったけど、お前と過ごした時間は楽しかったよ。真友だったかは分からないけど、このまま過ごせてたら真友になれたんだろうなって思う」

『あ、あの鴻上くん……何だか今日で私達の関係が終わりみたいに聞こえるんだけど』

「俺の恋は終わった。だからお前がもう付き合う必要はない。大丈夫、お前ならきっと友達出来るよ。お前のことエッチな目で見ない本当の真友が」

『鴻上くん、私の話を聞いてくれないかな。何で終わった前提なんだ、まだ巻き返しがあるかもしれないだろ。仮になかったとしても私はこれからも君と真……!』


 何やら熱弁しているようだが、耳元からスマホを離した俺にはよく聞こえない。

 とりあえずこれでカザミン……風見との関係もリセットだ。これからは真友ではなく、店員と常連客の関係に戻るだろう。まあ友達としての付き合いもあるかもしれないが。

 彼女との交流を振り返ってみると、若干振り回されたような気がしないでもないが……悪くはない。時間が経てば良い思い出になるだろう。

 風見にこれから本当の真友が出来ることを祈りながら通話を切る。

 これは余談だが電話を切る直前、スピーカーから風見が俺の名前を叫んでいた気がする。その雰囲気はまるでアニメで友が死んだときに必死に呼びかける主人公のようだった。


「シュウ、起きてマスカ! 起きてるならワタシと一緒にご飯を食べましょー!」


 いつもどおりの無邪気な笑顔で部屋に入って来たのは、説明する必要もないとは思うがシャルである。手には2人分の食事が乗っているおぼんがある。

 ちなみに服装は上はいつもどおりノースリーブだが、下はミニスカート。ただの気まぐれか、持っているホットパンツは洗濯中なのか……。

 まあどちらにせよ生足は見えているし、角度によっては下着が見える可能性もあるだけにエロいことには変わりない。


「何しに来たんですか?」

「それは今言ったじゃないデスカ。ご飯デスヨご飯。ワタシ、もうお腹ペコペコデ~ス」

「ならひとりで食べればいいじゃないですか」

「それはいけません。食事は誰かと一緒に食べた方が美味しいんデス。それにワタシはシュウのママにシュウのことを任されました。ここ数日何だか元気がないから元気づけてあげて、と」


 うちの母親はまた余計なことを……。

 食事もとらず部屋に籠ってるわけでもないんだから少しくらい静観してくれませんかね。俺ももう高校生ですよ。お年頃なんですよ。ひとりになりたい時間だってあるんです。


「というわけで、ワタシとご飯を食べましょう」

「あまりお腹空いてないんですが」

「ダメデス。お腹が空いてなくても少しは食べてください。じゃないと夏バテしちゃいマス……何デスカその顔は?」

「いや、シャルが真面目なこと言ってるなって思って」

「失礼な。ワタシだって時と場所は考えマス。ほら、しゃべりながらでもいいのでご飯を食べましょう。そして、食べながらでも食べ終わってからでもいいので胸の内に秘めてること話してください」


 柔らかい笑みを浮かべたシャルは、半ば強引に俺にサンドイッチとコーヒーを渡してくる。

 本当変わったよな、と思ったが、内気だった頃も俺が風邪で寝込んだりした時は移るから帰れと言っても頑なに俺の看病をしていた。そう考えると根っこは変わっていないのかもしれない。


「とりあえず飯は食べるけど……これ誰が作った?」

「もちろん、ワタシに決まってマス」


 料理出来ることを自慢したいのは分かるけど、そんなに胸を張らないで。つい見ちゃうから。


「シャルって内面を除けば完璧だよな」

「小さい頃からシュウちゃんのお嫁に、とママから色々と仕込まれましたから当然デス。なので今すぐにでもシュウのお嫁に行けマスヨ」

「……まあお前と結婚したら振り回されそうだけど、楽しい毎日は送れるかもな。うちの両親も喜びそうだし」


 シャルとの関係を考えて未来予想を語っただけなのだが……目の前に居るシャルは何やら呆気に取られているぞ。


「……シュウ、頭でも打ったんデスカ? 今すぐ病院に行きましょう。大丈夫、今ならまだ間に合います!」

「いや、俺別に病人じゃないから」

「病人デスヨ! シュウがワタシを嫁にするみたいな発言するとか、どう考えても精神的に病んでマス!」


 確かにこれまでは否定しかしてなかったけど。

 でもそれだけでそういう認識になっちゃいます? 別の方向にも目を向け始めただけなんですけど。


「シュウ、いったい何があったんデスカ? 今すぐ話してください!」

「話す必要ある?」

「ありマス」

「何故に?」

「それは……ワタシがシュウの幼馴染だからデス!」


 ……これって質問の答えとして正しいのかな。

 家族には言いづらくて幼馴染なら、ってことはあるかもしれないよ。でもさ、幼馴染にも話したくないことってあると思うんだよね。

 まあ終わったことだから別に話してもいいんだけど……正直シャルが最後まで真面目に聞いてくれる気がしない。


「幼馴染関係ある?」

「関係ありマス、超絶関係ありマスヨ! だってワタシは幼馴染なんデスヨ? 幼馴染というのは主人公が辛いときに支えたり、時として𠮟咤激励して背中を押してあげる存在じゃないデスカ。最近では負けヒロイン代表みたいな感じになってますけど、ワタシが今日その幻想をぶち壊しマス!」


 そうかそうか、シャルさんは全幼馴染の代表として頑張るつもりなんだね。それは凄い覚悟だ。

 でもさ……現実に二次元のジンクスみたいなものを持ってくるのはどうなのかな。俺は二次元の登場人物じゃなくて三次元の人間なんです。そういう態度を取られると真面目に話す気が失せてきちゃうなぁ。だって俺、人間だもの。


「そういうわけなので、何でも話しちゃってください。大丈夫デス、ワタシは何でも受け止めマス。泥船に乗った気持ちでバンバン言っちゃってください」

「それ全然大丈夫じゃない。でも下手に拒む方が面倒なことになりそうだから話してやるよ」

「さすがワタシの嫁! 話が分かる」

 

 こいつ、本当に真面目に聞く気あるのかな。

 というか、せめてそこは嫁じゃなくて婿にしてくれない? 今のところ性別を変えるつもりはないから。


「じゃあ話すけど……俺さ、終業式の日にアキラに告白したんだよ」

「ふむふむ、なるほどなるほど……え、告白?」

「でもアキラからの返事がノーで……だけどフラれたというには微妙な感じだったからさ。どうにかもう一度アタックできないかと思って機を窺っていたわけ」

「えっと、その、ちょっ」

「だけどつい先日、明確に拒絶されました。完全にフラれたわけです。まあどこにでもあるよくある話だよ。お前のことだからすでに知ってたかもしれないけど」

「いやいやいや、知るわけないでしょ! 川澄さんに告白したという部分だけでも予想外過ぎるのに。もう少し受け止める側の気持ちを考えてしゃべって欲しいデス!」


 えぇー……何でも受け止めるって言ったじゃん。それに


「お前、もうひとりの俺のサイズとか知ってる感じじゃん。ならそのへんのこともすでに知っているのかと」

「シュウはワタシを何だと思ってるんデスカ。ワタシはシュウのストーカーじゃないんデスヨ。何でも知ってるわけありません。ワタシが知っているのは知っていることだけデス」


 今のは真面目に言ってるのかな。

 それとも今のもシャルと同じメガネで胸の大きいあの方から引用してる感じなのかな。


「しかし、シュウが川澄さんに……ぐぬぬ、いったいどうすれば。どうするのが正解なんでしょう。正直に言えば、根掘り葉掘りと事細かに聞きたいところデス……デスガ、それではシュウの心を余計に傷つけてしまう」

「普段どおりにしてくれてれば良いですよ。誰かに話したら少しすっきりしたし」

「それではダメデス!」


 本人が良いと言ってたのに?


「ワタシはシュウのママにシュウのことを頼まれたんデス。幼馴染としてシュウの心を癒さないといけないんデス」

「いやいや、気持ちは嬉しいけどそこまでの使命感を持たなくていいから」

「そうデス! シュウ、ご飯はそこまでにしてベッドに寝てください」

「何で?」

「皆まで聞くな!」


 いやいやいや、そこは聞かせないよ。

 ……はいはい、分かりました。分かりましたよ。ベッドに寝ればいいんでしょ。まったくご飯を食べろだの、ベッドに寝ろだの俺の幼馴染は忙しい奴だよね。


「これで良いのか?」

「はい。あとはワタシが……よいしょっと」


 ……うん?

 シャルさんはいったい何をしてるのかな。寝ている俺の上に覆いかぶさってきたんだけど。


「シャルさん、あなたはいったい何をするつもりなのかな? グレートなお胸が近くてドキドキしちゃうんだけど」

「それは好都合デス。どんどんドキドキしちゃってください」

「シャルさん、何が好都合なの? 何で好都合なの?」

「それはデスネ、シュウはこれからワタシとエッチするからデス」


 ……はい?


「シュウ、ワタシとエッチしましょう♪」



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