第3話 「お揃いは嫌なの?」

 ガイアース大陸。

 それはICOの地上フィールド全体を指す名前だ。

 始まりの街はその大陸の最南端に位置している。プレイヤーは腕を上げながら北上し、大陸中心部にある巨大都市《アガルガルド》を目指す。

 それがICOにおける一般的な序盤ルートだ。ここまでをチュートリアルと呼ぶ者も居るらしい。

 まあその理由も分かる。

 この街は、大陸全土を見ても最大級の規模を誇っている。それだけにプレイヤー及びNPCが営む店も多く、レアアイテムも市場に出回ることがあるとか。

 またある程度の大陸全土の街に転移できる門が存在しており、無数のダンジョンやクエストを攻略する上で非常に役立つのだ。

 ちなみに始まりの街からアガルガルドへ転移する門はない。正確には始まりの街からアガルガルドまでにある街や村にはもだが。

 これはおそらくアガルガルドに到着するまでに、プレイヤー達にある程度の能力を身に付けさせるためだろう。プレイヤースキル要求の高いゲームなだけに多少なりとも技術がないと楽しむことが出来ないだろうからな。


「……それだけに」


 戦闘はおろか買い物すらせずにここに来てしまった身としては、何というか申し訳なさのようなものを感じてしまう。

 始まりの街以上に無数のプレイヤーが存在しているのだから俺と似た境遇の者も居るかもしれない。

 だが仮にそいつと知り合えたところで俺の中にあるものは消えないだろう。

 俺はガチなゲーマーではない。だがそこそこなゲーマーではある。それだけに最初からきちんとやりたかったな、という気持ちを覚えてしまうのだ。

 そんなことよりお前はどうやってここに来たんだよ? 転移門はないんだろ?

 といった疑問を抱いたあなた、良い質問です。お礼に簡潔にお伝えしましょう。

 答えは……ICOには移動や非常用の脱出アイテムとして転移クリスタルがあるのです。それをマイさんは何個もお持ちでした。あとはそうです、ふたりで使ってここに飛ぶだけ。

 普通この手のやつって自分が行ったことがない場所には行けないことが多いんだけどね。

 ただICOは難易度高めかつプレイヤー間での協力推奨みたいなところがある。

 それ故にパーティを組めば、自分が行ったことがない場所へも転移できるみたいです。ある意味知り合いが遅れて始めた場合の救済的な……ボッチやソロ愛好家は頑張ってとしか言えないんだけどね。


「シュウ、どうかした?」

「いや、どうもしてないと言えばしてないんだが……肝心な部分をスキップしたような後ろめたさを感じてな」

「シュウはこの手のゲームは初めてじゃない。長めのチュートリアルを飛ばしたえと思えばいい」


 それはそうなんだけど……序盤での苦労ってあとで振り返ると良い思い出になったりするじゃないですか。

 しかし、今の俺の目標はこのゲームを満喫することではなく、ただひたすらに強くなること。アキラに再アタックするためにも最強の頂を目指さなければならない。

 それを考えれば、多少の後ろめたさなんか知ったことではない。

 よし、大丈夫。俺は前だけ見て進んでいける。最強のプレイヤーを目指せるぞ!


「……時にマイさんや」

「ん?」

「何やら周囲の視線が集まっているように思えるのですが、それは俺の気のせいですか?」


 気のせいでなければ、マイさんだけでなく俺にも視線が集まっているんですが。

 いや、分かるよ。何となくは分かっているよ。

 だってマイさんは準最強プレイヤーだし、俺は初心者と一目で分かる装備だし。

 ここには少なくとも中級者以上のプレイヤー。マイさんのことを知っている者も居るだろう。チュートリアルをすっ飛ばしてきたプレイヤーを気に入らない者も居るだろう。

 だから視線を集めちゃうのは仕方がないね。

 たださ……そうは言っても視線の集中度が高すぎると思うんだ。このゲームを本格的にやるのは今日が初めてだけどさ。それでも似たようなゲームはしたことがあるので何となく分かる、分かっちゃう。

 もしかして高いプレイヤースキルが求められるこのゲームにおいて、最強プレイヤーを決める決闘王国デュエルキングダムで結果残した人って、俺が思ってる以上に憧れの存在?

 過去に優勝経験もあり、現状での準最強プレイヤーであるマイ様は超人気アイドル的な感じなんすか?

 もしそうなら……精神的に疲労しそうな展開に襲われそうだ。


「気のせいじゃない。だけど……ちょっと変」

「変?」

「決闘王国で入賞してから視線を集めることは多くなった。だからこっちを見るプレイヤーが居るのはおかしくない。でも……いつもより集まってる視線が多い」


 なるほど、なるほど……それは多分あなたに理由があると思うんだ。だって


『おい見ろよ、《黒の双剣》が他のプレイヤーと一緒に居るぞ』

『え? 確か《黒の双剣》ってただひたすらに強さを追い求める孤高の剣士だろ。パーティなんて滅多に組まないって聞いたけど』

『でもあの距離感からしてパーティ組んでるだろ。でも何であんな初心者と組んでんだ?』

『ぎゃあぁぁぁぁッ!? マイ様が男と、男と親しげにしてる。どういうことマイ様、あなたに今まで男なんていなかったじゃん。何で急に男なんて……もしかしてストーカー? 脅されて仕方なくパーティ組んでるの? いやそうに違いない。待っててマイ様、僕が君を救ってみせる!』


 こんな声が聞こえてきたりするもん。

 つうか最後の奴は誰だよ。マイが好きなのは分かるけど、一緒に居るだけでそこまで恨むのは筋違いでは。親しくなりたいなら遠くから見てないで話しかけろよ。

 行動もせず文句だけ言う奴はモテないどころか進展もしない。きっかけなんてそうそうないんだから。


「お前は人気者だな」

「ん? わたしは基本的にソロが多い。フレンドだってシュウを入れても数人だけ。決闘デュエルだけでなく、PKしようと襲ってきたプレイヤーを数えきれないほど返り討ちにもした」


 そういやこのゲーム、街中ではセーフティが働くけど、外に出たらPKしても問題ない仕様なんだっけ。

 まあ最強プレイヤーを決める大会なんてあるわけだから、対人戦が発生する仕様じゃないとおかしいか。

 というか、数えきれないほど返り討ちにしたの?

 それが本当ならマジでマイさんカッケぇ。一部のプレイヤーの間では伝説とかになってるんじゃないの。凄く尾びれが付いたりして。


「だから……どちらかと言えば、恨みを買っているはず」

「そういう奴も居るだろうが、俺は憧れを抱く奴も居ると思うけどな。俺もお前くらい強くなりたいって思うし」


 下手に可愛いとか言えない状況だから言葉を選んだけど……マイさん、無表情だけど凄く喜んでる。俺の錯覚だろうけど、彼女の後ろに揺れてる尻尾が見えるよ。


「大丈夫、シュウのことはわたしが責任を持って強くする。シュウならわたし以上に強くなれる」

「そう言ってくれるとやる気は出るが……断言は良くないのでは?」

「絶対シュウはわたしよりも強くなる」


 根拠のない期待が凄い。

 それ以上に純粋な目を向けられるのが辛い。

 だってボク、自分の恋路のためにこの子を利用しているようなものだよ。友人として遊びたい気持ちはあるけども。

 くっ……汚れてしまった大人には、マイさんの綺麗さは身に染みる。高校生なのにこういうこと言っちゃう自分が少し痛々しくもあるけど。


「……そういやここで装備を整えるんだったか?」

「ん、でももう揃ってる」

「はい?」


 まだ何も買ってませんよ。

 なんて口にする暇もなく、目の前に複数のアイテムが記されたウィンドウが開いた。どうやら装備一式をマイがくれるらしい。

 えーなになに……《アクセルコート・ノワール》に《ストライダーブーツ・フェザー》、《ヴァイス・アンド・シュヴァルツ》……


「……ねぇマイさん」

「ん?」

「見るからにレアアイテムのような名前なのですが?」

「大丈夫、この世界にひとつしかないユニークアイテムじゃない。頑張れば誰だって作れる。剣に関しては、わたしの知り合いの自信作」


 何も大丈夫じゃないよ!

 何て言うの、凄く頑張って良い装備用意してくれた感がハンパない。この双剣はプレイヤーが作ったものなんだろうけど、武器は一定以上のレアリティになると名前がユニーク化したりもするらしいし。

 何よりマイさんの数少ない知り合いが作った自信作だよ。必然的にトップレベル鍛冶師の可能性が高いじゃん。

 もうこれは上位ハンターに装備作りを手伝ってもらうとかのレベルじゃない。完全に強くてニューゲーム状態だよ。


「……これはもらわずに似たものを作るのを手伝ってもらうというのは」

「……別にそれでもいい」

「ごめんなさい、ありがたく頂戴します。大切に使わせていただきます!」


 プライドはないのか貴様ッ!

 とか言われるかもしれないけど、言いたければ勝手に言え。俺だって正直自分の気持ちに嘘を吐いてるところはあるけど。最低限のゲーマーとしての意地みたいなものはあるけど。

 でもな、目の前でしょんぼりされたら断るなんて選択できるか!

 はたから見たらちょっと目を伏せただけだけど。ズーン、みたいなエフェクトが見えるくらいには落ち込んでる雰囲気感じたんだからね。

 それなのに断ることが出来たらそいつはとんだ鬼畜野郎だ。あいにく俺は鬼畜野郎じゃない。女の子のしょんぼり顔を見て自分を意地を貫ける強者じゃないんだ。


「ん、分かった」


 これだけじゃ分かりにくいだろうけど、マイの雰囲気が凄く明るくなったぞ。

 思わず頭を撫でたいと思うくらいの可愛さだ。思うだけで実行はしないけどな。

 だってそういうことやると世間的にも良くないし。周囲にはマイ様のファンらしきプレイヤーも多いからね。ボクはリンチとかに遭いたくはありません。ここがガンガン行くのではなく、命を大事に。


「その……早く装備してみてほしい。きっとシュウに似合うから」


 そんな言葉と一緒に上目遣いされたら男なら誰でもクリティカルだよね。受け取った以上は断る理由もないからすぐ装備したよ。

 ……うん。

 いやね、装備の名前とか見た時に何となく予想はしてたよ。でもいざ装備してみると何とも言い難い気持ちになるね。

 双剣に黒衣。

 これはVRMMOを題材にして一世を風靡した某ラノベの本気になった主人公の特徴ですね。

 いや俺も読んでましたよ。アニメも全部見ました。憧れた時期だってあります。

 しかし……防具の類は筋力より敏捷寄り。

 それは金持ちが重課金してVRMMOを楽しむ方のラノベ。その作品に出てくる準最強プレイヤーの特徴だ。もしやそちらもリスペクト?

 まあそこは置いておくとしても、俺も年頃の男子だからさ。中学生くらいの時期なら素直にカッコ良いと思えたんだろうけど、今だとラノベの主人公に憧れてるみたいで妙な恥ずかしさを覚えちゃう。

 でもそれ以上に俺を苦しめているのは……マイさんも俺とほぼ同じ格好かつ同じ色合いなんだよね。男女で多少の装飾の違いはあるみたいだけど、これはもうペアルックですよ。


「良い、凄く良い。カッコいい、似合ってる」

「それはどうもありがとう」

「……シュウをわたし色に染めちゃった」

「うん、誤解を招くような発言しないで」


 両手を頬に当てて顔を薄っすらと赤らめた状態で言うとか反則です。

 だって可愛さオーラが溢れてるもん。それを感じ取った周囲からの視線が痛いほど鋭くなったし。それに……


『おい、あれってペアルックじゃねぇのか』

『嘘だろ……あの孤高の剣士が』

『マイさまぁぁぁああぁぁあぁッ!? 何故そのような男に。あなたはそういう人ではなかったはずだ。僕以外の毒牙に掛かるなんてそんなことあってはならないぃぃぃぃぃぃいいッ!』


 おい、最後の奴。

 嫉妬に狂うのは、まあ俺も男だ。気持ちは理解できる。だからまだ良しとするけど……最後の部分はアウトだろ。その言い方だとお前も悪者じゃん。他人の毒牙から守るとか言いなさいよ。


「……脱ぐか別の装備に変えるか、色合い変えたらダメですか?」

「んぅ」

「その顔はダメってことですね」

「……別にダメじゃない。シュウが嫌なら無理強いはしたくないし。でも……シュウはわたしとお揃いは嫌なの?」

「嫌ではありません! 私はマイさんの弟子なので、師匠と同じ格好が出来るのは凄く嬉しいです!」


 勝てねぇ、今の俺じゃマイさんのしょんぼり顔+上目遣いには勝てねぇよ。そこに素直なハートが付くんだぜ。多段ヒットで俺のメンタルは粉砕しちまうよ。

 そもそも……俺とマイさんの身長差が問題です。

 だってマイさんが顔を上げない限り、彼女が俺を見ると基本的に上目遣いになっちゃうんだもん。彼女でも出来ない限りは心に響いちゃうよ。女の子って生き物はずるいよね。


「なら良かった。じゃあスキルをわたしと同じものに設定したら外に行ってバトろう。ただひたすら戦い続けよう。ここから少し北に行くと良い狩場がある」

「マイさんにとっての良い狩場は俺からすると地獄に等しいんですけど。この手のゲームでの戦闘は久しぶりだからもう少し優しいところから……」

「装備でステータスは問題ないし、シュウならきっと勝てる。危ない時はわたしが助ける。だから大丈夫」


 ううん、大丈夫じゃない。大丈夫じゃないよ。

 だって今のマイさんの目、どこか戦闘狂みたいな感じなんだもん。モンスター100体狩るまで休みなし、とか言いかねないんだもん。

 もしかすると……俺は弟子入りする相手を間違ったのかもしれない。後悔先に立たず、か。まさにそのとおりだな……。


「というわけで出発しよ」

「マイさん、ここで手を繋ぐのは禁止です」

「んぅ」

「くっ……そんな顔してもダメなものはダメ。俺と君のためなの」

「……腕を組むのは?」

「それ悪化してんじゃん。手を繋ぐよりアウトだよ……隣は歩いてあげるから早く行こう。ね?」

「ん、じゃあ改めて出発」


 ふぅ……まったく。

 神よ、どうか何事も起こりませんように。

 地獄のような特訓とかありませんように。

 まあこんなこと願ったところで、隣を歩く女神さまの気分次第なんだけどね。あははは……ハァ~。



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