第2話 「フレンド登録は大切」
どうも皆さん、秋介でございます。
本日は夏休み初日。時間は朝の9時半です。
せっかくの休みなのに早起きしてるなって思う人も居るかもしれない。
俺もね正直言うと眠いです。
簡単に昨日のことを振り返ると、家に帰ってすぐに雨宮とICOを買いに行きました。道中で簡単なレクチャーと指示を受け、帰ってからはすぐにアバター制作。そのあとは雨宮さんと夜遅くまで今日からのことを話してました。
女子と夜遅くまで電話なんて許せん!
なんて思う人も居るかもしれないけど、そこは勘弁してください。
友達と長電話しちゃうことってたまにあるでしょ? 今回はたまたま女子の雨宮さんだったってだけだから。
話を戻すけど、眠いけど寝直すわけにはいかないの。
だって今日は10時から雨宮とICOする予定だから。それ以上に9時過ぎから雨宮から何度か電話が掛かって来てるから。
どれだけ楽しみにしてるんだろうね。この子は日曜のヒーロータイムを楽しみにしてる子供なのかな。
『もしもし』
「おはよう雨宮、朝から何度も連絡ありがとう。でも明日からはやめてね。起きた時に通知の数を見てびっくりするから」
『ん、善処する。でも鴻上って意外と寝ぼすけ。モーニングコールは必要。だから明日からも電話する』
雨宮さんが俺の何を知ってるの?
そりゃあ予定がなければゴロゴロしたり二度寝もしちゃいますけど。
でも普段は遅刻もせずに学校に行ってます。自分ひとりで起きてますよ。夜更かししなければ普通に起きれるんですが。今日だってちゃんと9時半のアラームで起きたし。
「それはもう雨宮さんが電話したいだけでは?」
『……否定はしない』
そこは否定してよ。
目がシャキっとするくらいにはドキッとしちゃったじゃない。年頃の男子に思わせぶりな発言はダメだよ。すぐ勘違いするんだから。
それにボクの意中の相手はアキラさんです。まだどうなるか分からないのに雨宮さんに心変わり出来るわけないじゃないですか。
「雨宮って何というか犬みたいだよな。人への甘え方というか懐き方が」
『そう? でもわたし、鴻上に頭撫でたりしてもらってない』
何でそういう発想になっちゃうのかな?
もしかして雨宮さん、人に頭撫でられたりするの好きなの? 可能性としては十分にあるな。これまでを振り返ってもクラスメイトに頭を撫でられている姿を何度も見たことがあるし。
てっきりクラスメイトからしているのだと思っていたが、もしかすると雨宮から頼んでいたのかもしれない。そう考えると……雨宮可愛いな。いや可愛いよりもかわいいって言いたくなるそんなかわいさだ。
「そういうことは彼氏にでもしてもらってください。俺がすると周囲に誤解されかねないので」
『彼氏なんていない。わたしとしては……鴻上となら気にしない』
「お願いだから気にして。俺達もう高校生だから。子供じゃないから。誤解や噂ってすぐに広がっちゃうって雨宮さんも知ってるでしょ?」
それがアキラの耳に入ったりすると僕として非常によろしくないの。再アタックが出来なくなるからね。雨宮さんには関係のない話かもしれないけど。
『そんなの関係ない。他人の評価とかどうでもいい。大切なのは自分らしく生きること』
「そういうこと堂々と言えちゃう雨宮はカッコいいよ。痺れるし憧れる。今きっと無表情なドヤ顔してそうなんだろうなとも思うよ。でも鴻上さんはそういうこと気にしちゃうんです」
『じゃ仕方ない。鴻上のために諦める』
ありがとう雨宮さん。
出来ればそこで俺のためにって付けるのもやめてくれると嬉しいな。
そういうの付けられると意味がないとしてもドキッとしちゃうから。だって鴻上さんは前を向いて動き出したとはいえ、まだまだ傷心中なの。だから鴻上さんに今そういうこと言われるとクリティカルヒットしちゃう。
「……とりあえずちゃんと起きてるから電話切るぞ。ICOする前に軽く何か食べときたいし」
『……ん』
ちょっと寂しげというかしょんぼりしてるような返事しないで。すぐにゲームの中で会えるでしょ。
お兄さんは君の人より少なめな感情表現の違いも分かるの。
だから今みたいな声を出されると何か悪いことしてる気分になるわけ。思春期の男の子の心って繊細なのよ。もう少し男心ってものを理解して。
「すぐにあっちで会えるだろ。アバターの設定はちゃんと言われたとおりにしてるから」
『ん、分かった。またあとで……1秒でも遅れたらメッだから』
雨宮さん可愛すぎかよ……。
もしも雨宮が俺の彼女で今みたいなことされたら絶対他人に惚気るね。アキラに恋してなかったらフォーリンラブだったかもしれない。
いやはや……雨宮舞、恐るべし。
「……余韻に浸ってないで準備するか」
冷静に考えると1秒でも遅れたらアウトなわけだし。
あの子、怒ると無言で圧力掛けてくるから怖いんだよね。表情も乏しいから何をすれば正解なのか判断しづらいし。言動が素直なだけにムスッとされると非常に困る。あいつの彼氏になる奴は機嫌を損ねた時に苦労するだろうな。
なんてことを考えつつ、1階に下りてリビングへ。
うちの親は共働きなので朝からいない。普段は母親が仕事前に朝食を用意してくれるのだが、夏休みに入ったということもあり今日からは作っていないらしい。まあ昼くらいまで寝るとか思われてそうだし仕方ないね。
なので食パンを焼いてマーガリンを塗り、冷蔵庫にあった牛乳と共に食して洗面台に。歯を磨いて顔を洗うと完全に目が覚めた。あとは自室に戻ってダイブするだけである。
「何かしらの訪問が怖いが……まあいいか」
大事な客や荷物が届くとは聞いてないし。
前置き無しに訪ねてきそうな人間は居ると言えば居るが……まあそいつはいいや。別に相手しなくても文句は言わないだろうし。
というわけで、いざ自室へ。
ベッドの上に乗りまして、ICOの入ったVRゲーム専用ハード《ダイバーズギア》を頭に装着。安全のために身体を横にして
「――ダイブスタート」
その掛け声と共に意識は、専用のライトエフェクトと共に深淵へ向かい現実から切り離される。
意識だけの状態で闇のトンネルを数秒間進むと、彩り鮮やかなエフェクトが発生。それが終わると次第にICOのオープニングが始まった。
非常に作り込まれた映像なのでもう一度見てもいいのだが、昨日アバターを作る際に見ているし、早めにあちらの世界に降り立っていた方が雨宮の機嫌を損ねずに済む。
意識を視界の右上にあるスキップボタンに向けると、オープニングは省略されログイン画面へ。昨日プレイはしていないもののアバターは作っているため、ロード画面に進んで昨日作ったアバターを選択。
周囲の景色がブラックアウトしたかと思うと、俺の身体は温かな光に包まれる。それと同時に浮遊感、続いて落下感が襲ってきた。
どこかに飲みこまれるような感覚になりながら数秒後。光の収束と同時に俺は異世界に降り立っていた。
そこは素朴な石造りな街、新人プレイヤーが最初に降り立つ場所である《始まりの街》である。俺が出現したのは、そこの中央広場にある噴水の前だ。
「……さてと」
視界の右下に映る時計は09:52。
約束の時間は10時であり、待ち合わせは始まりの街の噴水前。故にここで待っていれば問題ないわけだが、人気ゲームだけあって稼働してしばらく経つというのに人が多い。
雨宮のアバターの特徴は聞いているが、この人混みの中から無事に見つけられるだろうか……
「――ん?」
誰かに服を引っ張られたので振り返ると、そこには誰も……と思ったが、視線を下に向けると雨宮の顔があった。現実と同じ顔で、髪型もショートで黒髪のまま。
VRゲームは大きく分けると2種類ある。
それは現実の自分に近しいアバターしか作れないものと、見た目はおろか性別すら変えられるもの。
現実の自分とは違う理想の自分になりたい。ゲームなのだからそれは許されるべきだ。
現実の自分と違いすぎると、仮想空間から現実に戻った時に精神的な障害が起こるかもしれない。安全のためには現実に近い容姿でプレイすべきだ。
このような相反する声があるため、ゲーム会社はソフトごとに仕様が異なるものを販売している。
まあ俺や雨宮がプレイできるソフトの多くは、魔法やアイテムの効果でもなければ基本的に現実に近しい姿にしかなれない。現実と異なる姿をアバターに出来るのは18歳以上を対象にしたソフトが中心。つまり自己責任が負える年齢になってからということだ。
ちなみに俺も顔や髪型は弄っていない。服装を除けば現実と大差がない見た目をしている。
「さっきも話したが、改めておはよう。この人混みの中でよくあっさりと見つけられたな」
「ん、おはよう。コウ……シュ、シュウは背が高いから見つけやすかった」
それはそれは。
身長が180センチ近いことは俺の数少ない長所のひとつだからね。役に立って何よりだ。
ちなみに雨宮――もといマイの身長は150前半。履くものによっては俺と30センチ近い差が出来てしまう。
そのせいか並んで歩いていると同級生ではなく兄妹、場合によっては親子に見られたりするんだよね。兄妹はともかく親子の時は……俺ってそんなに老けてる? って少しばかり落ち込む。
「時にマイさんや」
「ん?」
「自分からアバターの見た目や種族、名前まで指定したくせに現実での名前を呼びそうになるとは何事?」
このICOには剣だけでなく魔法が存在する。
スキル制のみのゲームなのでステータスとしては表示されないが、攻撃に関連する筋力や回避に大切な敏捷といった数値は存在するのだ。それらがダメージ計算などに適用されていないと、装備変更やスキルによる補正が意味をなくしてしまう。
そのためアバターの見た目はともかく、種族選びは今後のプレイスタイルに大きな影響を及ぼすのだ。
種族は全てにおいて標準的な《人間》、魔法が得意な《エルフ》、肉弾戦が得意は《獣人》といった定番のものを始め、課金者用とも言える《竜人》や《魚人》といった能力値の高い種族や特化した性能を持つ種族が存在している。
俺が選んだのは《人間》。選択理由は師匠であるマイから指示されたから。
手っ取り早く強くするには自分の戦い方を教えるのが早い。そもそも自分以外の戦い方は教えられない。自分の戦い方を教えるには自分と同じ条件にしてもらわないと困る、とのこと。
名前に関しては自由でも良い気がしたのだが、マイがシュウという名前を熱望したのだ。
俺にはそこまでアバター用の名前にこだわりはないし、愛称としてシュウと呼ぶ者も居る。なので断る理由もなかった。
ただね、自分で指定しておきながら言い淀み、現実の名前まで言おうとしたらツッコミを入れたくもなります。俺だって人間だもの。
「それは……呼び慣れてないから恥ずかしくて。シュウは恥ずかしくないの? わたしのこと名前で呼んでるのに」
「別にそこまでは。ゲーム内の名前だし、現実の呼び方をするのもここだとマナー違反だしな」
「そ……」
あれれ、マイさんの顔がちょっと不機嫌になったぞ。はたかた見たら変わってないように見えるだろうけど、付き合いの長い私は分かります。
自分だけ恥ずかしい思いをしたのが気に入らない?
まあそれもありそうだけど、正直言うと俺も恥ずかしいとは思ってるからね。
名前の指定といい、もしかして下の名前で呼ばせようとしてる?
これまでより俺との距離を詰めようとしてるの!?
もしそうだとしたら緊張して上手く話せなくなるし、気まずさや羞恥を覚えながら遊ぶとか嫌じゃん。
なので頑張って平気そうな顔をしました。
好きな人のために頑張ろうとしているのに、すぐ誰かに乗り換えたりするのも良くないしね。
「それでマイ、これからどうするんだ? 具体的な動きはお前が考えるって言ってたけど」
「ん、まずは……フレンド登録。これをしておけばお互いにインしてるか分かる。どこで遊んでるのかも許可しておけばサーチできる。だから大切、とても大切」
何故二度も言ったんだろう。
いや確かに大切なことだけどね。今はともかく慣れてきたらひとりでやりたいことも出てくると思うの。
だからね、どこにでも駆けつけられたらそれはそれで困るというか……今心配するだけ無駄か。当分は一緒に行動するわけだし。
左手をしっぺをするときのような形にして振ると、メニュー欄が開く。
多くのゲームは利き手であることが多い右手でメニューを開くことが多いが、ICOは魔法を用いて空中戦や水中戦も出来るのだとか。熟練者になると感覚的に移動できるらしいが、初心者は左手に出現するコントローラーを用いるらしい。
このへんが左手でメニューを開いたりする理由になっているのだろう。
目の前に出現している半透明な画面を操作して、マイにフレンド申請を行う。するとすぐさまマイは申請を許可し、こちらのフレンド欄に《Mai》の名前が現れた。
「シュウの初めて……もらっちゃった」
「そういう誤解を招く言い方やめて。このゲーム性別偽れないんだから……次は何するの?」
「ここからわたしが拠点にしてる街に移動。そのあとシュウの装備を整える」
「新参者なのにこの街は無視すると」
「強いモンスターと戦った方がスキル熟練度は上がりやすい。早く強くなるなら強い場所に行くのは当然。というわけで移動開始」
「……手を繋ぐ必要ある?」
「ある。はぐれたら探すの大変。でもこうしておけば安心」
フレンド登録したんだし探せば良いだけでは?
と思ったけど、マイの好きにさせることにした。
機嫌を損ねられても困るし、アキラの口ぶりからして彼女がICOを始めたのはかなり前だろう。ならこのへんで出会うこともあるまい。
「そうだな。じゃ行くか」
「ん」
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