第21話 「鴻上はわたしのヒーローだから」

 皆さま、私はまだどうにか逝かずに済んでおります。

 あの後の流れをざっくり説明しますと漫画やラノベ、同人誌まで取り扱っているお店《アニマーケット》を訪れました。そこで雨宮さんは新刊をチェックし、悩んだ末に何も買いませんでした。雨宮さん曰く

 

『お小遣いは限られた額しかない。使い道は慎重に。ただ時として直感に従って衝動買いするのも大切』


 だそうです。

 これを真面目な顔で言うんだから雨宮さんって立派なオタクだよね。

 その後は一般文芸から二次元まで扱っている古本屋に移動。俺は雨宮さんと一度別れて適当に店内をぶらついてます。

 別に雨宮さんの機嫌を損ねたわけじゃないよ。

 ただ今の雨宮さん、コミカライズされたブラッキー先生の活躍に熱中してるからさ。完全に自分だけの世界に入っちゃってるから放っておくしかないの。

 髪の毛を触ってみたり、頬を突いてみたりしても無反応だったしね。

 さすがに目と本との間に手を差し込んだらパシッて払われたけど。スナップが利いてたので地味に痛かったです。


「さて……」


 雨宮が満足するまでどう時間を潰すか。

 何かを読んでるのが手っ取り早くはあるんだが、下手にシリーズものを読むと先が読みたくなってしまう。雨宮が呼びに来た時に絶妙なところで終わらなければならなくなった時、俺は果たしてすんなりと終われるだろうか。

 ……微妙だな。

 ここは熱いバトルがあるものではなく、コメディ要素が強めのラブコメにでもしよう。

 恋愛要素の方が強いと先の展開を知っていても読みたくなってしまうし。

 こんな子が彼女ならどれだけ良いかとか、何でこいつをお前が選ばないんだって主人公に思っちゃうしね。


「…………何やってんだあいつ」


 思わず口に出しちゃったけど、これは仕方がないと思うんだ。

 だって見知った顔が不審な動きをしていたから。誰もそんなにお前のことなんて気にしてないはずなのに、妙に周囲を警戒している奴を見ちゃったから。

 その行動が逆に注意を引きそうなのを何故気づかんのだろうね。

 この不審者は、パーカーにホットパンツでボーイッシュに決めている風見悠里さんです。そう、皆さんご存知の我が真友を自称しているカザミンです。

 今日も実に爽やかで涼やかな顔をしていますね。ただ徐々に頬が赤く染まりつつありますよ。おや、何か手に取りました……


「な……んだと」


 俺の一般的な視力では、この距離からでは文字までははっきりと見えない。

 だがカザミンが立っている本棚の上に張られている出版社の名前、それにカザミンの手からチラリと見えるあのイラストの色や構図には見覚えがある。

 カザミンが今手にしている本。

 それは……先日一緒に映画を見た『幸運の神様が同居人じゃダメですか?』の原作本で間違いない。

 映画を見たから原作を読み直したくなったんだろうね。

 うんうん、その気持ちは分かるよ。俺も読もうかなって考えてたから。

 でも読むなら堂々と読むべきだよね。女子だろうと男性向けコミックを読む人は居るんだし。この商店街に来てるってことは、大なり小なりオタクの気がある人達なんだから。

 よし、そのへんも含めて後ろから近づいて「カザミンのむっつり」とでも耳元へ囁いてやろう。近づく前にバレたら普通に挨拶すればいいだけだしな。


「……や……あぅ……むむ……へへ」


 ……声を掛けようかと思ったけど、やっぱりやめておきます。

 だってあんなに顔を真っ赤にして「見ちゃダメだ……でも見たい」みたいな行動を繰り返している人の知り合いとは思われたくありません。周囲の目もあるし、今は雨宮さんとデート中だからね。。

 いや~カザミンの読書スタイルは、圧倒的静寂の雨宮さんとは真逆で感情豊かですね。むっつりスケベですね。

 でもこれだけは言っておきたい。言わせてくれ。

 カザミンって見た目はカッコいい系だが、いやカッコいい系だからこそ。初心な感じ丸出しでラブコメ読んでるとか萌えるよね。ギャップ萌えだよね。

 しかもバストサイズはFカップだし。ああやって女の子感出してるとFのお山が一段と輝いて見えます。これって俺だけかな?

 なんて考えたら誰かに服を引っ張られました。

 一瞬カザミンを見ていたから俺が不審者扱いされた、とドキッとしたけど、引っ張られている位置が低かったのでホッとしましたよ。現状で俺にこんなことをしそうなのってひとりしかいないし。


「鴻上、勝手にどこか行ったらダメ」


 予想どおり一緒にお出かけ中の雨宮さんでした。

 でも若干怒ってる気配が漂っております。読書を邪魔しないように時間を潰していただけなのにちょっとだけ理不尽だよね。


「店の外には出ていないのですが?」

「それでもダメ。急にいなくなったら置いて行かれたのかと思う」

「こっちとしては雨宮さんの読書が終わるまで待っていただけなんですが」

「わたしの傍で待てばいい」

「近くに読みたい本もなかったのに?」

「わたしの髪の毛触ったり、ほっぺツンツンしてればいい」


 それは「鴻上なら……触っていいよ」ってことですか? 雨宮さん公認ですか!

 やれやれ、雨宮さんは寂しがりの子犬みたいですね。そこまで言うなら今後はそうしま……せん。

 そこはするところだろ!

 って思う方、俺もね本当はしたいんです。

 でも俺には好きな人が居るわけだし、読書中の雨宮さんの髪や頬を触って待ってたら周囲から見ればバカップルじゃん。何よりシャルさんに知られたら怖いじゃないですか。

 雨宮さんは時として欲望に素直になるべきなんて冒頭で言ってた気がするけど、鋼の理性で欲望を抑え込むのも必要だと思うんだ。だから俺はしません!


「魅力的な提案だがやめておこう。俺達は友達だからな。そういうことをしているとシスコンの兄に思われるかもしれない」

「それは遠回しにわたしの見た目をバカにしてる……でもブラコンの妹と思われれば、鴻上と過度なスキルシップを取っても問題ない。そう考えると有り」

「雨宮さんは前向きだね。でもどう考えても無しだよ。適度なスキンシップは良いけど、過度なスキンシップは俺達の関係性と周囲からの印象的にダメです」


 俺と雨宮さんは同い年だけど、それを知らない人は見た目で判断しちゃうからね。俺と雨宮さんの身長差はおよそ頭ひとつ分。30センチ近く違うわけです。

 二次元では理想の身長差とか言われてるけど、現実で考えると色々問題あるからね。並んで歩いてると兄妹とかも思われたりするし。このまま歳を重ねると親子に思われる恐れだってあるんですから。

 なのでそういう風に見られかねない俺達が過度なスキンシップを取ったらどうなるか?

 単純です、俺がロリコン疑惑でお巡りさんに声を掛けられる可能性が大です。


「それより読書は満足なの?」

「ん。やっぱりブラッキー先生は最高だった。わたしも16連撃技を習得できるように頑張る」


 うん、頑張らないで。

 頑張るにしても色々と段取りを飛ばし過ぎかな。雨宮式ストライクは単発技でしょ。雨宮式バウンサーは2連続技でしょ。

 なら次はせめて4連続技くらいが妥当じゃないかな。水平や垂直にスクエアしちゃえばいいんじゃないかな。

 そもそも雨宮さんは誰に向かって撃つ想定で会得しようとしているの?

 すでにバウンサーで巨漢だろうが倒せると思うんですが。16連撃とか怪獣でも倒そうとしてる?

 でもまずはここを出ましょう。あまり長々としゃべっていい空間とも思えないし、女の子と話してるってだけで嫉妬する殿方も世の中には居るからね。


「雨宮、用事が済んだのならとりあえずここを出よう。話の続きはそれからだ」

「ん、分かった。出口はこっち」


 こういうとき雨宮さんは素直で助かるよね。

 でもそれ以上に雨宮さんの男気にびっくりしました。だって雨宮さん、流れるように俺の手を握ってきたからね。

 俺もこれくらい大胆だったらアキラさんとの関係も変わってたのかな……。

 でも好きな人にそういうことして手を振り払われたら、その瞬間に心が折れそうだよね。ヘタレだとか言われるかもだけど、恋する人間って割とこんなもんだと思います。


「外に出た。話の続き」

「そうだね。でもせめて次の目的場所に向かいながらにしないかな。鴻上さん、暑さに弱いんで」

「分かった。ただ鴻上は暑さだけじゃなく寒さにも弱い」


 そうだね、そのとおりだね。

 でも誰だってそうだと思うんだ。四季がある日本じゃ仕方がないことだけど、自分にとって過ごしやすい温度ってあると思うの。暑いのも寒いのも嫌だと思うの。


「補足必要でした?」

「必要。だって中学の頃はわたしが温めてた。今年もわたしが温めてあげる」


 これだけ聞くと誤解する人も居るかもしれないけど、ただ雨宮さんが俺に引っ付いてきてただけだからね。座ってる俺の背中に張り付いてただけだから。

 断じて生まれたままの姿での云々かんぬんはないからね。俺は今も童貞です!


「その気持ちはありがたいんだけど、今年は遠慮しておこうかな」


 だってあの頃と今とじゃ環境が違うからね。

 中学生の頃は雨宮さんっていつも俺に引っ付いて回ってる感じだったし、学校内でもそれが認知されてから問題なかったよ。雨宮さんってマスコットみたいで可愛いよね~、鴻上くん今日もごちそうさまで~すって感じだったから。

 でも今は高校生。同じ学校出身の子は居るけど、他の学校から進学してきた子も大勢居るわけです。

 だから座っている俺の背中にピタっとかされたら嫉妬とか凄そうじゃないですか。見知らぬ男子生徒に呼び出されて血祭りにされるかもしれないじゃないですか。


「……もうわたしはいらないんだ」

「雨宮さん、そういう言い方はやめてくれないかな。俺が甘い汁だけ吸って雨宮さんを捨てたみたいに聞こえちゃうから」

「わたしが引っ付くの嫌なの?」

「ううん、違うよ」


 夏場はあれだけど冬場の雨宮さんは温かいし、引っ付かれると柔らかさも感じられるので男の自分からすれば非常にありがたいです。


「でも僕達ってもう高校生じゃないですか。関係性も友達じゃないですか。ある程度節度のあるお付き合いしないとダメだと思うんです」

「じゃ、仮に冬までのわたしと鴻上が……その、違う関係になってたら?」


 おっと、これは対応を間違えると雨宮式ストライクでもおかしくない質問だぞ。

 今のままだ時が進めば、雨宮さんとそういう関係になることはない。アキラさんと結ばれているかは分からないけど……まあでも仮の話だし。ここは


「今と違う関係になってれば、それは好きなだけ引っ付いて良いと思います。だってそれが許される関係だし」

「……そっか」

「そうですとも」

「なら鴻上に嫌われたくないし、今と同じ関係だったら今年は我慢する」

「理解してくれてありがとう。でも今年からと言って欲しかったな」

「来年のわたしとか分からない」


 それはそうなんだけど、こういうときって心意気を問うてると思うんだよね。


「ところで次の目的地は?」

「エネルギー補給」

「お腹が空いたんですね。ファミレスにでも入るんですか?」

「ん」


 了解であります。

 こういうときに雨宮さんはスパッとしてて助かるよね。

 やっぱりあっちのお店の方が~とか、そういう気分じゃないんだよね~とか言ってばかりの人って対応に困るし。


「雨宮さん、先ほどの話の続きですが」

「ん」

「いきなり16連撃は急じゃないですか? 習得するにしてももう少し段階を踏んだ方が」

「そうかもしれない。でもICOの運営が今度のアップデートでOSAをサプライズ実装してくれるかもしれない」

「……OSAとは?」

「オリジナル・スキル・アーツ」


 あぁなるほど、つまり自分だけの必殺技ってことですね。雨宮さんは自分だけの必殺技を作りたいわけですね。

 それで、その機能が実装されたらブラッキー先生の必殺技を再現したいと。雨宮さんのその情熱には感服致しますね。

 だって多分実装されたとしても数連撃のものでも難しいと思うの。16連撃なんて誰も作れないような領域だと思うんだ。

 だけど雨宮さんなら成し遂げそうじゃないですか。だって存在がすでにブラッキー先生みたいなものだし。


「……そんなものが実装されたら雨宮さんがより遠い存在になっちゃうね」

「そんなことない。鴻上は強くなれる。鴻上ならわたしより強くなれる」

「現状手も足も出ていませんがね。鴻上さんはブラッキー先生じゃないよ。雨宮さんのその自信はどこから来るの?」

「鴻上はわたしの弟子だから」


 ……もしかして今後特訓がこれまでよりスパルタになる感じですか?

 最後は師匠であるわたしを倒してみろ。そうすれば今日からお前が《黒の双剣》だ、みたいな展開が待ち受けているんですか?


「何より……鴻上はわたしのヒーローだから」


 ちょっと照れくさそうに。でも嬉しそうに呟く雨宮。何かを思い出しているようにも思えるが……

 どう考えても、俺より雨宮さんの方がヒーローだと思います。だって普通の人は雨宮式ストライクなんて撃てないもん。俺には必殺技みたいなものないもん。


「雨宮」

「ん? ……そ、そんなにじっと見られると恥ずかしい」

「いいから聞いてくれ雨宮。これからする話は俺にとってとても大切な話なんだ」

「た、大切? それって」

「いいか雨宮、もっとちゃんと現実の俺を見てくれ。雨宮の中の俺は何というか美化されている。実際の俺はそんなに凄くないから。割とどこにでも居る高校生だから。だからね……過度な期待しないでください」


 あなたから感じる絶対的な信頼は重いんです。重すぎるんです。


「……別に過度な期待とかしてない。わたしはちゃんと現実の鴻上を見てる」

「そっか、なら良いんだ。でも何でちょっと不機嫌そうなの? 夢を壊すような発言したからですか?」

「そんなこと気にしてない……バカ」


 うん、これは間違いなく気にしてますね。何かしら絶対気にしてますね。

 だって気にしてないなら雨宮さんは人にバカとか言う子じゃないもん。


「……もしかして雨宮式ストライク?」

「して欲しいの?」

「いえ滅相もありません!」

「大丈夫、するつもりない。したら鴻上が動けなくなる。今日はデート。楽しく過ごさないとダメ」

「雨宮さん……」

「するなら別れる時にする」


 いやいやいや、それが1番困るんですけど!?

 だって俺、自分の家に帰れなくなるじゃん。下手したら外で一晩明かすことになるじゃん。夏だから死にはしないだろうけど。


「されたくなかったら……ここからはちゃんとわたしのこと考えて。わたしのことだけ見て。今鴻上とデートしてるのはここに居る雨宮さんです」


 もはや告白では? と取れるような発言もだけど、こっちを覗き込みながらの雨宮さんの雨宮さん超可愛い。

 俺、デート中はちゃんと雨宮さんのことだけ見ます。雨宮さんのことだけ考えたいと思います。


「……やっぱり最後のはなし。ちょっと恥ずかしい」

「俺は雨宮の雨宮さん、とても可愛いと思いました。出来れば何度でも聞きたいです」

「か、可愛いとか言うのダメ。恥ずかしいからもう言わない……たまにしか言わない」


 みんな、たまに雨宮さんが雨宮さんって言ってくれるってよ。これはこの夏の内にベストオブ雨宮さんが更新されるかもしれないね!


「それより早く行こ。外は暑い」

「同感……ところで、手はいつまで繋ぐつもりですか?」

「……鴻上は嫌なの?」

「嫌ではないけど人の目もあるし。それに汗ばんでるから雨宮さんに悪いかなって」

「汗ばんでるのはわたしも一緒……ファミレスに着いたら放す。冬に鴻上に引っ付けないから今のうちにスキンシップ」


 何とも気の早いスキンシップですね。

 まあ機嫌を損ねると大変だし、ここはこのままにしておきましょう。無事に今日という日を終えたいし。



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