第17話 「馴れ初めを聞かせてください」

 目的地である1年C組の教室には列が出来ていた。

 西連寺女学院の文化祭が始まって間もないはずだが、ここまでに見て男女比なんてざっと考えて2:8……いやここは女子高であり、文化祭は招待制。たまたま男が目に入ってただけで、全体で見れば男は1割もいないかもしれない。

 つまり現状においては、男という促成は希少価値を持っている。

 また執事という属性は、一般的に考えて女性受けするだろう。女子が男装している姿も需要があるはずだ。

 それらを考慮すると、すでに執事喫茶に列が出来ているのは当然のことなのかもしれない。


「すでにこれほど列が出来ているとは……これは期待度が上がっちゃいマス。この店にはどんなイケメンな執事が居るんでしょう。マイさん、気になるマスネ」

「別に。わたしは美味しいご飯が食べれればいい」


 雨宮さんは色気より食い気のようです。

 でも友人としてはそんな雨宮さんがちょっと心配です。恋愛に興味がないわけじゃなさそうなのは分かってるんだけど、ここに来るまでにこの子結構色んなもの食べてるんだよね。アイスとかタコ焼きとか巨大なおにぎりとか。

 前に黙々と爆食いする姿は見たことありますよ。

 でもあのときは機嫌が悪かったわけで、今は至って平常運転。

 なのにこの食欲……もしかして本当は大食いキャラなのかな。学校で食べてる弁当は普通の1人前の量なのに。人目を引かないように朝ごはんいっぱい食べてるのかな……でも冷静に考えると同級生の女子にお菓子とか餌付けされてるような。


「鴻上、何か言いたいことでもあるの?」

「いや別に。ただ雨宮さんは執事に興味ないのかな、と」

「興味ないわけじゃない。執事とお嬢様の恋愛とか割と好き」

「なのにご飯の方が興味あるんですね」

「ん。だってわたしの恋愛対象は普通に異性。どんなにカッコ良くてもこの店に居るのは男装した女子。シャルみたいにときめいたりしない」

「あのーマイさん、その言い方だとワタシが簡単にときめく軽い女みたいに聞こえちゃうんデスガ……」


 シャルの視線から逃げるように顔を背ける雨宮。それを見て涙ぐむシャル。

 雨宮、個人的にナイスだと言いたい……けども、多分あなたのことだからシャルのことを気遣って言葉にはしなかったんでしょう。

 でもね、あなたは嘘が吐けないの。とっても素直な子なの。顔には出ないんだけど、行動に出ちゃってるんだよね。黙秘は肯定と一緒なんです。だからシャルのことを思うなら嘘の言葉を吐くしかないの。

 まあそんなことをしたらしたで普段しないだけに即行でバレた挙句、嘘を吐いてまで気遣われた罪悪感やらでシャルさん走り出しかねないんだけど。


「シュウ、ワタシの行き場のない気持ちの掃き溜めになってください」

「そこは捌け口でしょ。掃き溜めになったら俺の精神が病むんだけど」

「そうなったらワタシが責任を持ってお世話してあげマス。シュウ用に作った執事服を着せたりして」


 それはお世話してるんじゃなくて遊んでるだけだね。

 というか、何で俺用の衣装が作れるのかな?

 大雑把なサイズで作っただけだよね?

 俺の知らない間に俺のスリーサイズを計ったとか言わないよね!


「シャル、そのときはぜひわたしも呼んで欲しい……写真撮りたい」

「雨宮さん、何でそうなるのかな? シャルの味方じゃなかったよね?」

「フフフ、残念でしたねシュウ。マイさんはこう見えて欲望に素直な方なんデス。男装女子に興味がなくてもシュウの執事姿には興味があるんデスヨ」

「そ、その言い方良くない。誤解が生まれる。わたしはゆ、友人として興味があるだけ。他意はない」


 他意があるように思えてならないのですが。

 雨宮さん動揺してるし。言い淀んだり、口数が増えちゃってるし。顔もほんのちょっとだけど赤くなってるし。

 でも悪い気はしないよね。

 友人とはいえ、女の子から自分のコスプレ姿に興味を持ってもらえているわけだし。たとえ珍しいもの見たさだとしても感情的に見ればプラスですよ。

 それに……そういう場が用意されれば、必然的にシャルだけでなく雨宮もコスプレする可能性も存在する。

 身近な人間とはいえ、女子のコスプレ姿を眺めたり撮れるチャンスがあると考えれば、自分のコスプレ姿を撮られることくらい安いものだ。


「というわけで、シュウには今度ワタシの家でコスプレしてもらいマス」

「何がというわけで、だ。俺がするなら同じ空間に居る奴も全員コスプレしてもらうぞ」

「ワタシは別に構いませんよ。むしろ普段の努力を披露する良い機会デス。ブルマでもスク水でも何でも来いデスヨ。マイさんだってゴスロリくらい行けますよね」

「あ、あんまり露出が激しくなければ」

「君達、よその学校でそういう誤解を生みかねない発言はやめなさい」


 周囲には人も居るんだから。

 ただでさえ、俺を除けばほぼ女子なだけに居心地も悪いって言うのに。ブルマとかスク水だとか言ってたら俺がお願いしているように思われるでしょ。

 俺は蔑むような視線をもらって喜ぶ変態さんじゃありません。そんな性癖がありそうなのはシャルさんと、可能性の話だけどあの巨漢くらいです。なので軽はずみな発言は控えて。

 ……でも雨宮さんのゴスロリは見てみたいよね。個人的には黒系統の衣装が良いな。雨宮さんはブラッキー先生をリスペクトしているし。

 ただ露出は激しめで構いません。雨宮さんはダメって言ってるけど、俺は夏場にシャルと張り合って服を脱ごうとしたことを忘れていない。

 だから雨宮さんが本気になれば、きっと胸元や肩、太ももくらい露出したものだって着てくれる。というか、着てください。ちゃんと写真にも撮りますから。


「いらっしゃいませ、お客様達は3名でご来店でしょうか?」

「そうデス」

「ですよね。その、申し訳ありません。想定以上の客足で店内が込み合ってまして……1人だけ別の席でよければ、すぐに通せるのですが」

「とのことデスガ、おふたり共どうしマス?」


 ひとりだけ別のテーブルとなると店を出るまではぼっちになってしまう。

 シャルは自分の趣味のためなら単独行動でも問題ないが、現状ではぼっちにはなりたくないだろう。雨宮も似たところがあるので、円滑に物事を進める方法はひとつしかない。


「シャルが雨宮と一緒に入れ。俺はひとりでいい」

「それだと鴻上がぼっち」

「なら雨宮がぼっちになるか?」


 俺の質問にやや顔を背ける雨宮。

 俺のことを気遣ってくれたのだろうが、ぼっちになりたくないなら言わなければいいのにね。俺は自分からぼっちでいいって言ってるんだから。


「じゃあ俺がひとりってことで」

「シュウ、自ら進んでぼっちになるとは。あと何かおごってあげましょう。そのあとでワタシにも何かおごってください」

「それだと結局俺が損してるんだが……もうそれでいいから中に入るぞ。ここで揉めていたら店にも並んでいる人にも迷惑だ」


 半ば強引に話を終わらせると、ちょうど良いタイミングで店内へ促された。

 店内は基本的によく見る教室ではあるが、テーブルやイスの装飾は凝っている。店内で働く執事女子の衣装もなかなかのものだ。予算も限られているだろうから要所だけに力を入れることにしたのだろう。


「お帰りなさいませお嬢様方、お嬢様方のテーブルはあちらになります。ご案内しますので、私のあとを付いて来てください」


 執事の案内に従ってシャルと雨宮が店内を進んで行く。

 席が別でよければ入れると言われたわけだが……パッと見た感じ、ほとんどのテーブルは埋まっている。俺の座る席が本当にあるのだろうか。


「お待たせしました旦那様」


 俺に話しかけてきたのは、店内でも最も長身に思える執事。

 長身といっても女子の平均より高いという意味だが。俺の身長がおよそ180センチなので、ざっと計算して170センチくらいだろう。景虎さんと良い勝負だ。

 ただ顔立ちはイケメンである。爽やか系のカザミンと比べると、クールというかミステリアスな雰囲気があり、レザージャケットでも着ていたらバンドでボーカルでもやっていそうだ。あとはバイクに乗ってそう。

 背が高いだけあって脚もすらりとして長いが、残念ながら執事姿なだけに生足を拝むことは出来ない。胸の方は膨らみは確認できるが……男装するために潰している気がする。


「……あんまりジロジロと見ないで欲しい。女の子から見られるのも恥ずかしいのに男の子からジッと見られたら逃げ出したくなる」


 頬を赤らめる長身執事。やや顔を背けながらも視線だけは俺から外さない。

 おそらく根はシャイだったり人見知りする方なのだろう。でもクラスのために頑張って執事をやっているかと思うと愛らしく思える。それにギャップ萌えも感じるだけにきっとこの店でトップクラスの人気がある執事だろう。


「えっと、すみません。男の俺よりも似合ってるなって思ったもので」

「そっか……まあこんな格好をしているわけだし、見られるのは仕方ないよね。うん、仕方ない」


 この見た目で「うん」とか凄まじいギャップを感じるよね。

 思いのほか口数も多いみたいだし、素直に言って可愛さを感じる。ひとりでカッコ良さと可愛さを提供するとは、この執事只者じゃない。


「似合ってるって言ってくれてありがとう。男の子からそう言ってもらえると自信を持って仕事に励めるよ」

「それなら良かったです……普通に話してて良いんですか?」

「あ、うん。お客様に接待してる時は出来るだけ執事になりきらないといけない。だからここからは最初の感じに戻すよ……では旦那様、席の用意が出来ておりますのでこちらへ」


 長身執事さんに案内されたのは教室の一角。他の客が座っている場所と比べると、端っこ過ぎるというか……テーブルやイスも装飾皆無で急遽作った感がハンパない。

 だが想定以上の来客に臨時で用意したとも考えられる。

 だからテーブルやイスが質素なのは構わない。構わないんだが……何で向かい側の席にメイドが座ってるんだろう。相席になってるだけなら構わないんだけど、雰囲気からしてそうじゃないみたいだし。

 そして……どうしてこのメイドさんは「逃げちゃダメだ」で有名な男の子のお父さんみたいなポーズをしているんだろう。シャルより赤寄りだけど髪が金色なせいか面倒臭そうに感じてしまう。

 だがしかし、このメイドさんのおっぱい力はかなりのものだ。胸元が見えるデザインだから谷間がしっかり見えるし、仮に胸元が見えなくても膨らみだけで十分な大きさだと分かる。これはシャルと良い勝負なのではないだろうか。


「旦那様、どうぞお席にお座りください」

「あぁはい……」


 金髪メイドに対する説明はないんだ。

 まあ、ただの相席ってだけなら別にいいんだけど。日本語以外しゃべれないから対応できるかも分からないし。道を聞かれた時とかは、分かるワードからどうにか出来たりもするんだけど。日常会話とか多分無理。

 何より……情報が入ると今以上におっぱい見ちゃいそう。対面でグレートなお胸は見るなって方が無理だよ。


「こちらが当店のメニューとなっております」

「どうも」

「ちなみにおすすめは『ふわふわパンケーキ ~担当執事から愛を込めて~』になっております」


 何そのメイド喫茶みたいな名前。まあ執事喫茶も女性版のメイド喫茶みたいなものだろうし、そういう名前になるのも当然なのかもしれないけど。

 執事とメイドは違う。そのふたつを一緒にするな。執事には執事の、メイドにはメイドの良さがあるんだ!

 と思われる方もいらっしゃるとは思いますが、今回は一個人の戯言としてどうか聞き流してください。


「これにコーヒーやココア、紅茶を合わせるのが人気です」

「じゃあ……それにコーヒーで」

「ミルクや砂糖はどうなさいますか? たっぷり入れた方が甘くて美味しいです。コーヒーはインスタントなのでブラックだと苦くて黒いお湯みたいになるので」


 親切心なのか甘党なのか分からないけど、ちょっと執事さんの個人的な意見を感じちゃうよね。俺もブラックでは飲まないから良いんだけど。

 苦くて黒いお湯とか言っちゃってますが、別にブラックが悪いだとか言ってるんじゃありません。ブラックにはブラックの良さがあると思います。ただ俺とこの執事さんには合わないというだけで。

 なのでブラック愛好家の方は、甘いものが好きな子供ということで大目に見てください。


「一般的な量でお願いします」

「あ、わたしも同じので。ただコーヒーはこの人のよりも甘めでお願いします」


 日本語しゃべれるんだ。

 というか、シャルよりも日本語が上手いのでは? 訛りみたいなものも感じられなかったし。

 でも気を抜いたり、特定の言葉になると訛りが出る可能性はある。今のだけで判断するのは悪手だな。ある意味シャルにも悪いし……雨宮と楽しそうにしゃべってるなぁ。お互いに「あ~ん」とかして文化祭を楽しむのかなぁ……


「ルーちゃん」

「何でしょう?」

「ルーちゃんの任務は理解してる。だから注文も個人的には構わない。でもルーちゃん、今お金持ってるの? お金を先にもらわないと提供できないのはルーちゃんも知ってるよね?」

「それは……その……今は持ち合わせがないと言いますか。お財布を取って来ないと払うのは難しいわけでして」


 執事さんと金髪さん知り合いなんだ。

 しかし……任務って何? そんなワードが出てくると色々と勘繰りそうになるんだけど。

 それ以上に何でこの金髪さんは俺に助けを求めるような視線を送っているんだろう。俺と君、今日が初対面だよね。ねだるにしても普通は執事さんの方にだよね。

 でもシャルという金髪を知っているせいか、泣くようにすがってくるイメージが脳裏を過ぎる。もしそうなったら店内の視線が一斉にこっちに向くわけで。雨宮とシャルから事情も聞かれたりして面倒な展開に……


「……えっと、俺が出しましょうか?」

「え、いいんですか!? ありがとうございます愛してます。せっかくなのでお言葉に甘えちゃいますね」


 すげぇ、もう一呼吸くらい俺にしゃべる機会をくれてもいいはずなのに即行で話が進められた。早口な上に有無を言わせない活舌の良さ。この子、ほんと日本語ペラペラだね。

 俺がお金を渡すと長身執事さんは、一度頭を下げて厨房と思われる幕で区切られたスペースに入って行った。

 頼んだ商品の名前から考えるにあの人がパンケーキに何か書いてくれるのだろうか。更なるギャップ萌えが来たらどうしたらいいかな? 俺、変な声を出したりしないかな……断じて目の前の金髪さんから逃避してるわけじゃないよ。


「ふっふっふ……よく来てくれましたね鴻上秋介くん。おごってくれてありがとうございます」

「素で話しちゃったのに司令官キャラは無理があるのでは? あと別におごるとは言ってないんですけど。今お金がないって言うから出しただけで」

「何ですと……」


 シャルみたいにウザさは感じないけど、普通の人がするよりは格段にオーバーなリアクションをしているぞ。

 故に……あとでお金をもらう流れにしちゃうと、俺にとって嫌な展開になるのではないだろうか。硬貨で収まる値段なんだし、ここはおごった方が賢明かもしれない。


「あぁいいです。やっぱりおごっときます。あとでまた顔を合わせるかも分からないんで」

「鴻上くん……鴻上くんは天使ですか、天使ですね! 自由時間までまだ結構あるので、ここでカロリー補給できるのは非常に助かります。このご恩は一生忘れません。ありがとうございます愛してます!」


 この短時間で愛してますって2回も言われてしまった。

 愛という言葉の重みに関しては、この子のはシャルが放つ愛よりも軽いのではないだろうか。

 なんて思ってたらテーブルにパンケーキとコーヒーが2つずつ並んだ。

 執事さん戻って来てたんですね。気配もなく現れるとか神出鬼没のライセンスでもお持ちなんでしょうか。

 仕事が早いのは良いことだけど、予期せぬタイミングで来られると心臓に悪い。

 ちなみにパンケーキには生クリームで『今日という日が幸せでありますように』と書かれていたよ。金髪メイドさんのには『食べ過ぎはダメだよ』って書かれてる。もしかしてこの金髪メイドさん腹ペコキャラだったりするのかな?


「わお♪ 試食でたくさん食べましたけど、今日も実に美味しそうです。これはなる早でわたしのお腹の中に納めてあげねば。鴻上くんも食べちゃってください。本当に美味しいですから」

「ルーちゃん、食べるなとは言わないけど任務を忘れちゃダメだよ。任務をこなさないなら仕事に戻ってもらわないと」

「そしたらこのパンケーキを食べられなくなってしまいます。なので鴻上くん、わたしは任された務めを果たしたいと思います」


 何で俺に確認を取る必要があるの?

 いや俺の名前を知っている時点で怪しいとは思ってたけどね。逃げたりしたら騒ぎになりそうだし、ここは大人しく任務を果たさせてあげましょう。


「どうぞ」

「では……こほん、鴻上くん今からあなたにいくつか質問します。あなたには拒否権も黙秘権もありますが、出来るだけ答えてもらえると助かります。何も情報を引き出せないと、あとでわたしがボコボコにされるかもしれないので」


 俺じゃなくて君がボコボコになるかもなんだ。

 知らない人間とはいえ目の前の人間がボコボコにされるかと思うと良心が痛む、かもしれない。これは新手の脅迫だな。


「さて、最初の質問ですが……鴻上くん、トモさんとの馴れ初めを聞かせてください」



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