第19話 「今のワタシはダメなんデスカ?」

 こんにちわ、鴻上秋介です。

 皆さん、お伝えしたいことがあります。私……まだ生きてます!

 シャルさんの事実と嘘を混ぜた盛り盛りトークによって雨宮さんの機嫌は悪くなりました。今にも雨宮式ストライク(拳)またはバウンサー(拳)が発動してもおかしくない状況でした。

 しかし、私の巧みな話術によってその難を逃れたのです。えぇ、思い返してみても実に素晴らしい交渉でした。


『シャルとばかり出かけてずるい』


 と膨れた顔で言う雨宮さんにすかさず今度ふたりで出かけましょうと返したのですから。おかげで雨宮さんの機嫌もすっかり元通り。不安なのは俺の小遣いが持つかなってことくらいです。

 本命が居ると言いながらデートするのは別の女ばかり。お前って奴は……なんて思っているそこのあなた


 ――なら俺の立場になってみなさいよ!


 シャルさんに本気で逆らったら今後のルートが固定化されかねないんですよ。

 高校生活どころか大学、社会人生活に至るまでシャルさんと結ばれるか、シャルさんに扱き使われるかもしれないんですよ。

 雨宮さんの場合は、肉体的に非常に危ないんです。

 雨宮式ストライク(拳)の威力はみんなだって知ってるでしょ。俺もよく知ってるよ。一撃で意識刈り取られたんだから。

 それが今では2連続技に昇華されつつあるんだよ。その恐怖に逆らえますか?

 ちなみにシャルさんと雨宮さんは、ふたりで室内プールに入って水を掛け合っております。

 水が腰くらいまでしかないからふたりのおっぱいはよく見えるよ。可愛い女の子が遊ぶ姿は目の保養だね。荒んだ心が癒されるね。


「マイさん、マイさん!」

「ん?」

「雨宮式ストライクは水の中でも撃てるんデスカ?」


 ……あの金髪メガネは何を聞いてるんだろうね。

 ごめん、間違えた。今のシャルは金髪メガネじゃなかったよ。だって彼女のメガネは俺が預かってるからね。水の中に落としたら探すの面倒だし。


「移動はできないけど、撃つことは出来る」


 何だと……。

 それじゃあ、水の中でうっかり雨宮さん相手にラッキースケベなんて出来ないぞ。水の中では移動は出来ないらしいが、こちらの移動速度も低下している。ならあの絶技から逃げられない可能性が高い。


「じゃあワタシに向かって撃ってください」

「え……あれは友達に向かってやる技じゃない」


 あれ?

 俺の気のせいかな。雨宮式ストライクは友達相手には使わない技って聞こえたんだけど。つい先日、雨宮さんは俺に向かってその技を使いましたよね。

 俺って雨宮さんの友達じゃないのかな。ただの知り合いレベルなのかな。だとしたらちょっとショックなんですけど。中学時代からとはいえ、何度も一緒に遊んだはずなのに。友達にすら認定されない親密度だったとは。


「ワタシも直撃は嫌デス。なのでマイさんの目の前にある水に向かって撃ってください」

「……ん、分かった」


 え、何が分かったの?

 俺にはシャルさんの言葉の意味がさっぱり分からないんだけど。いやまあM疑惑のあるシャルさんの言動を全て理解出来たらそれはそれでやばいんだけど。

 もしかして雨宮さん、よく分からないけど面倒だから肯定しちゃったのかな。無表情だけど空気読めちゃう子だからその可能性は大いにあるぞ。


「――えい」


 ドバァァン!

 ……見なかったことにしていいかな。見間違いでなければ、思いっきり水面が爆ぜたんだけど。誰かが破天荒な入水をしたくらい水飛沫が上がったんだけど。

 ちなみに大量の水を盛大にもらったシャルさんは「アブブブブブブ……!?」って感じの反応してました。今は全身びしょ濡れです。

 あと思ったんだけど、水中での雨宮式ストライクって射程伸びてるよね。直撃をもらうよりはダメージ少ないけど、大量の水を浴びるのも結構痛いよね。雨宮式ストライク恐るべし……


「……マイさん、その技ワタシも使いたいデス! ワタシに雨宮式ストライクを教えてください!」

「シャル、わたしはこっち」

「おっと、これは失礼」


 いやいや、お前そこまで視力悪くないでしょ。0.7だって自分で言ってたじゃん。

 プールに入ってない俺はそこからだと見えづらいかもしれないけど、目の前の雨宮さんくらいちゃんと見えると思うんですが。


「それでワタシに雨宮式ストライクは教えてもらえるんデスカ?」

「別に教えるのはいい。でも……シャルには難しい気がする」

「何故デスカ!?」

「雨宮式ストライクはわたしに適した技。シャルはわたしよりも背が高い。使えるならシャルの方が威力は出ると思う。でも……シャルはその、おっぱいが大きい。わたしと比べるととても大きい」


 バストサイズはトップとアンダーの差って聞くし、一概に見た目で決まるものでもないんだろうけど。でも雨宮さんは推定Dカップ、シャルさんは自称Gカップ。単純に考えてもシャルさんは雨宮さんより3段階上のサイズだ。


「だからシャルが雨宮式ストライクを使いこなすのは難しい」

「ま……まさかワタシの数少ない魅力であるオパーイが邪魔になる日が来ようとは。シャルさん、ショックを隠し切れないデス」


 それは雨宮式ストライクが習得できないことがショックなの?

 それとも自分のオパーイが邪魔という事実がショックなの?

 というか、シャルさんの魅力はオパーイだけじゃないよ。顔だって整っているし、綺麗なくびれや大きなお尻もあるでしょ。メガネだって似合ってるよ。今は俺の手元にあるけど。でもメガネない方が美人度高いよ。

 ただ……その全てを二次元に汚染された内面が台無しにしかねないんだけどね。


「仕方ありません! ならシュウに揉んでもらって脂肪を燃焼させマス!」


 シャルさん、一般的というか噂かもしれないけど揉んだら大きくなると思うんだ。脂肪を燃焼させたいならマッサージ店にお願いするべきです。

 それと何で俺が揉む必要があるの? 自分の胸くらい自分で揉めるでしょ。その方が変な気分にもならないでしょ。


「それはダメ。鴻上にそんなこと頼んだらシャルが危ない。鴻上は割と狼」

「むむむ、確かにシュウの性欲はワタシの予想を凌駕しているかもしれません。それに……シュウのシュウは結構大きいので初体験で全力全開で来られると大変デス」

「鴻上の鴻上? ……ぁ……そ、その大きいの?」

「結構大きいと思いマス。多分日本人の平均サイズよりは大きいデス」


 何か急にヒソヒソし始めたんだけど。俺の性欲がどうのって後から急に声のボリュームが下がったんだけど。

 ねぇみんな、シャルさんはいったい雨宮さんに何を吹き込んでると思う?

 シャルさんは普段どおり無邪気な笑顔してるんだけど。俺から見ると黒い輝きを放っているようにも見えるんだけど、まあそこは置いておこう。

 問題は雨宮さんの方だよね。

 何か顔が赤くなってる気がするの。それで俺の方を凄くチラチラ見てるの。でもその視線は顔じゃない場所を見ている気がするんだ。


「な……何でシャルはそ、その鴻上の鴻上を知ってるの? もしかして……そういう関係なの?」

「詳しいことはマイさんでも言えません。でも安心してください、ワタシはまだ処女デス。シュウも童貞デス。これだけは間違いない事実デス」

「そ、そっか……」

「ムフフ、しかしマイさんも意外とエッチなんデスネ。シュウのシュウに興味深々でしたし」

「ち、ちが……わたし、ちょっとあっちで泳いでくる」


 何やら雨宮さんが凄まじい勢いで奥の方へ……。

 雨宮を見送ったシャルは、何やら楽しそうに俺の方に戻って来た。


「いや~雨宮式ストライク凄かったデスネ」

「確かに凄かったが……お前、雨宮に何を吹き込んだ? また余計なことを言ったんじゃないだろうな」

「それはシュウには教えられません。女の子同士の秘密デス。でも……これだけは言えマス。ワタシはシュウのことを褒めました」


 にわかには信じられないのだが……だが下手に突くのも危ない気がする。

 ただでさえアキラと微妙であれなんだ。師匠であり、今度遊びに行く約束をしている雨宮まで気まずくなったら俺の交流関係ガタガタになる。

 そうなると、シャルかカザミンくらいしか顔を合わせる人間がいなくなってしまう。学校の連中は、俺には雨宮やシャルがいるからって割と遊びに誘ってくれなかったりするし。


「ところでシュウ、シュウにちょっとお願いしたいことがありマス」

「何だよ? もしかして髪の毛乾かすの手伝えとか言う気か」

「いえいえ、そんなことは頼みません。それくらいならこうやって!」


 え、あっ、ちょっ、動物みたいに身体を激しく揺らして水気飛ばすのやめなさい。

 水分で纏まった髪が当たったらどうするの。メガネに水滴が付いたらどうするの。何より……グレートなものが揺れちゃうでしょ。中身がポロリしちゃうかもしれないでしょ。


「どうデスカ!」

「胸を張るな。子供じゃないんだからそういうのはやめなさい。周りの人の迷惑です」

「ワタシの近くにはシュウしかいませんよ?」

「そのシュウさんが迷惑してるんです」


 この金髪はケンカ売ってるのかな?

 でも勝算もなく買っちゃうと危険なのでここは大人な対応をします。今のシャルさんは水着だからね。ケンカになっちゃうと普段より俺が悪者に見えやすくなっちゃうからね。


「そんなことよりお願いってなんだよ?」

「その前にメガネ返してもらっていいデスカ? ……ありがとうございマス。おや? ちょっとシュウ、メガネに水滴付いてるじゃないデスカ」

「お前がすぐ近くで水滴ばら撒いたからだろ。人のせいにするな」

「もしかして怒ってマス? ようやく怒る気になってマス? そろそろシャルさん的にご褒美が欲しいんデスガ!」


 え……もしかして雨宮さんにあれこれ言ってたの俺に怒って欲しかったから?

 そうだとすれば、完全にこいつMじゃん。ドが付きそうなMじゃん。お前のパパさんやママさんに俺は何て言えばいいんだよ……。


「むむ、シュウ見てください! あそこの男性達がアイスをお互いに食べ合わせてマス。これはひょっとしてそういう関係デスカ、そういう関係のはずデス!」

「そういうのを考えるのは勝手だが言葉にするな。興奮するな。ちょっとは場所を考えろ」


 シャルを黙らせるために彼女の頬を両手で抓んでグイグイ引っ張る。地味に痛いかなと罪悪感も沸いたのだが、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。もっとやってと言っているように思えた。

 なので……一度思いっきり引っ張ってやめました。これ以上シャルさんのMを悪化させるわけにはいきません。


「うぅ……ひどいデス。ご褒美くれたかと思ったらすぐに終わりなんて。でもこれはこれで次回への期待が高まりマス」

「馬鹿言ってないでさっさとお願いってのを言え」

「あ、ちょっメガネ取らないでくださ~い。メガネがないとシャルさんの戦闘力が下がっちゃいマス」


 お前は身体よりも言葉で戦うタイプだろ。戦闘力が下がろうと問題ないだろうが。

 でもすぐにメガネは返します。

 だってこれが理由で怪我されても困るしね。周囲からバカップルみたいに思われるかもしれないからね。何よりラッキースケベなんて起こったらまた弱みを握られちゃうし。


「まったく……シャルさんのメガネはある意味本体なんデスヨ。もっと大切に扱って欲しいデス」

「それはお前の真面目度に比例する。んでお願いってのは何だ?」

「それでデスネ……シュウにサンオイルを塗って欲しいんデス!」


 ……は?


「サンオイルって水に入った後に塗るものだっけ? そもそも、ここ屋内なんだけど」

「そんな細かいことは気にしなくていいんデス。あとで屋外に行くかもしれないじゃないデスカ。何より……ワタシ達はプールに来てるんデスヨ。今の季節は夏なんデスヨ。ならサービスシーンは必須じゃないデスカ!」


 確かにサンオイルはサービスシーンの鉄板だけど……


「それは二次元での話だよね。ここは二次元じゃなくて三次元なんだよ? そのへん理解してる?」

「もちろんしてマス。ただ自分で塗るのと男の人から塗ってもらうのとでは違うと思うんデス。その感覚を知っているのと知らないのとでは、今後ワタシの描き出す物語が違ってくると思うんデス。なのでシュウ、お願いしマス! 今ならマイさんもいませんから」

「まさかお前このために雨宮を……はぁ、分かった分かった。塗ればいいんだろ塗れば。雨宮が戻ってくる前にさっさとやるぞ」


 シャルさんに甘くないかって?

 別に甘くないですよ。これを断ってもっと難易度の高い案件が来るのが嫌なだけです。それにシャルさんの機嫌を損ねたら怖いじゃないですか。突然何を言い出す分からないんだし。機嫌が取れることはやっておきますよ。


「じゃあ、お願いしマス」

「……なあシャルさん」

「何デス?」

「別に上の水着を外す必要なくない?」


 背中側にあるのなんて紐だけじゃないですか。サンオイルを塗るのに支障はないと思うんですよね。


「何言ってるんデスカ。こういうときは外すのが礼儀デス。サービスシーンの常識デス」

「誰に向けてのサービスシーンなんだよ」

「そんなのシュウに決まってるじゃないデスカ。ワタシなりのお礼デス」


 俺ですかそうですか。でも何に対するお礼なんでしょう?

 何だか新しい弱みとして使われそうな気がしてならないんですが。まあでもここは素直にあなたからのサービスを受けてあげましょう。


「今ならこの状態のまま上半身を起こしてあげても良いデスヨ」

「結構です。大人しく寝ていなさい」

「そう言われると逆に起こしたくなりマス。せー……」

「やめんか」


 起き上がろうとするとシャルの頭を掴み、地面に向かって押し付ける。

 俺に向けてのサービスなんでしょ? だったら他の奴に見せようとしないで欲しいよね。日本人の心を持つとか言うなら慎みを持ちなさいよ。


「ぐぬぬ……ワタシの力ではシュウには敵わないデス。……はっ!? この状況は嫌がる騎士を無理やり犯そうとしている亜人、みたいなシチュに似ていマス! そう考えると興奮してきました」

「今すぐその口閉じないと頭からサンオイルぶちまけるぞ」

「どうせならシュウの元気なオイルが欲し――いてッ……サンオイルのボトルで叩かないでください。どうせ叩くならお尻を思いっきり」

「オイル塗るから髪の毛退けろ」

「うぅ……シュウが冷たいデス。でもこれからシュウに身体を弄ばれると思うと……デヘヘ」


 気持ち悪い声を出すんじゃない。お前ってマジでMだな。何かお前に媚び売ったりするのバカらしくなってきた。強気で言ったらこいつは意外と何でも言うこと聞いてくれるんじゃなかろうか。

 ……まあそれは今は置いといて。

 まさか俺が女子の背中にサンオイルを塗る日が来ようとは。しかも相手がシャルとか……同級生に見られたら「え、何でお前ら付き合ってねぇの?」とか言われるんじゃなかろうか。

 しかし……やっぱりシャルの肌って白いな。

 しかも普段は見えないうなじも今は見えてるし。そこから下に行くにつれて綺麗な腰のラインや大きなお尻が……下の水着なんてサイズが少し小さいのか、動いていたせいで食い込み気味なのか割かしお尻の全体が見えてる。

 さらに押し潰されたGカップの一部が脇の間から顔を覗かせていて……下手したらオイル塗ってる時に指が触れてしまいそうだ。触れないように心がけるか、それとも幅広く塗っていたら当たってしまったというラッキースケベを装うか。


「シュウ、どうかしたんデスカ?」

「いや……シャルの裸なんていつ以来だろうなって思って」

「その言い方だとワタシが何も着てないみたいじゃないデスカ」

「今は下の水着しか履いてないんだからほぼ全裸だろ」

「そういうこと言わないでください。さすがのワタシも恥ずかしくなってくるじゃないデスカ……ひゃぁ」


 オイル塗るのは分かってたんだから変な声出さないでくれ。

 ただ恥ずかしくなるなら恥ずかしくなってくれて構わないぞ。お前は人よりも羞恥心が足りてないから。


「あ……」

「色っぽい声を出すな」

「仕方ないじゃないデスカ。シュウの手つきがいやらしいのが悪いんデス……シュウの裸をちゃんと見たのは……小学生までデスネ」

「正確には小学生の低学年までだけどな。あの頃のシャルは可愛かったんだが」

「今だって可愛いデス……あっ」


 だからやめい。

 普通に背中を塗ってるだけでしょ。横乳に触れたりしてないでしょ。もしかしてシャルさん、背中に性感帯でもあるの?


「今のお前は見た目は可愛くても可愛げがない」

「じゃあシュウは……昔のワタシが良いんデスカ。内気で泣き虫だったワタシの方が良いんデスカ? 今のワタシはダメなんデスカ?」


 シャルが顔を伏せているので表情を見ることは出来ない。

 ただ……今のシャルの声は、昔のシャルにどことなく似ていた。自信がなくて、周りの顔色ばかり窺って、ちょっとしたことで涙を流していたあの頃のシャルに。


「……ダメとは言ってないだろ」

「でも可愛げがないって……」

「それとこれとは話が別だ……俺はお前が頑張ったのを知ってる」


 お前が必死に日本語を覚えて、周りに馴染むために自分から周りに話しかけて、内気で泣き虫だった自分を変えようとしたのを俺は知ってるんだ。


「その結果が今のお前なら素直に受け止めるだけさ。別に嫌ったりしてないし、嫌いになったりもしない。俺は他の奴らが何と言おうと最後までお前の味方で居てやるよ」

「……へへ、何か告白されてる気分デス」


 どうやら機嫌は直ったようだ。とりあえず一安心だろう。


「バカ言うな。最後まで味方で居るだけで、本当にどうしようもないなら見捨てるに決まってるだろ。ほら、塗り終わったぞ」

「上げてから落とすなんて鬼畜デスネ。シュウ、まだお尻や前が残ってマス」

「そこは自分で濡れ」


 まったく……落ち込んだら落ち込んだで面倒臭いけど、やっぱり普段どおりなのも面倒臭いな。

 俺の背中に隠れてた頃のシャルが本当に懐かしい。

 あの頃は俺が守ってやらないと……って気持ちがあったんだがな。今のシャルには……まあ人は変わるってことか。俺もシャルも……



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