第11話 「このままの関係で良いわけ?」
沈黙。静寂。不動の空気感。
コミュ障同士が見合いしても俺達より喋るんじゃないか。そう思うくらいの静けさですよ。だって妹さんからバトンパスされてから5分くらい経つけど、俺もアキラもお互いの様子を窺ってばかりでまだ口を開いてないから。
耳に聞こえてくるのは柱に掛かっている時計の音と、俺の隣で黙々とゲームしているアカネ氏の操作音だけですよ。俺達に気を遣ってかイヤホンしてプレイ中だから音漏れはございません。
くっ……このままでは気まずさで押し潰されそうだ。
しかし、迂闊に話しかけてもアキラと話せる気がしない。拗れている関係をもみくちゃにした本人は楽しそうにゲームしているし。
せめて場を和ませる努力くらいしてくれないかな……
「……む?」
妹さんがプレイしているゲーム。もしや『超機人ウォーズ』シリーズでは?
このゲームについて簡潔に説明しておくと、あらゆるロボット作品がクロスオーバーしたシミュレーションRPGだ。
俺も小さい頃からプレイしている。だってロボット作品は男のロマンが詰まっているから。リアルなものからドリルやパイルバンカーを使うスーパーなものまで色々楽しんでおりますよ。
しかし、まさかシャル以外でこの作品をプレイしている女子が居るとは。俺の周りにはロボットもの好きな女子ってあまりいないから新鮮だ。
おっ、今やっているところは主人公機が後継機に変わるところじゃん。
最近は戦闘シーンはフルボイス化、シミュレーションパートも大切なところはボイス付いてるから熱いんすよね。いいなぁ、久しぶりに俺もそのシーンの熱い会話を聞きてぇ。
「うん? どったのお兄さん……あ、なーる。お兄さんも聞く?」
アカネさんがイヤホンの片方を差し出してきた。
この子、察しが良いですね。では遠慮なく……行けるはずもない。
だってイヤホンの長さなんて高が知れてるよ。ひとつのイヤホンを共有したらお互いの顔がすぐ近くに来ちゃうんですよ。付き合ってもない年頃の男女がそういうことしちゃうのはね。
いやまあ互いの合意があればいいと思うんだけど、俺と妹さんは今日が初対面みたいなものだし。それに……アキラさんの目の前でやるとか自殺行為にも等しいよね。
今日来た目的はアキラさんとの仲直り。妹さんと親睦を深めるために来たのではない。ここで誘いに乗るわけにはいかないぞ。
「魅力的なお誘いありがとう。ではそれは後日。今はアカネ氏よりアキラさんだから」
「お兄さん……断るなら今後も断るべきだよぉ。その言い方は確実にお姉ちゃんの機嫌を悪くする。この状況での答えとしては愚の骨頂だよ」
そうなんだけど……ロボット作品について語れる相手は欲しいんだもん。可愛い女の子とイヤホン共有してBGM聞きながらロボット談義とか憧れるんだもん。
世の中の男子ならこの俺の気持ち分かってくれるよね? 現実から逃避したくてこんなこと考えてるかと聞かれたら素直にそうだと答えます。
「確かに秋介くんの言葉は愚かだけど、愚の骨頂なのはアカネの方だから。というか、秋介くん」
「は、はい何でしょう?」
「あなたはいったいここに何をしに来たの? アカネと話すために来たわけ?」
違うわよね。あなたは私に話があって来たんでしょ? そうよね?
実際にはそんなこと言われていないけど、そんなプレッシャーをアキラさんから感じる。
こういう反応をしてくれるってことは、少なからず俺に興味は持ってくれてるってことだよね。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心って言うし。一度フラれてる身としては、嫌いより無関心の方が助かるかもしれないけど。
「いえ……アキラさんと仲直りしたくて来ました」
「その割には私に対して何も言葉がないんだけど」
「それはその……妹さんに出鼻を挫かれたからと言いますか、いざアキラさんを目の前にすると緊張してしまいまして」
「どうだか……私よりも妹の方に興味ありそうだったけど」
それは妹さんが興味を惹くようなことするから。距離感近いし、抱き着いてくるし、俺の隣に座るし。
大体俺はアキラさんに惚れてたんですよ。
髪色や体型に違いはあれど、顔立ちとかはアキラさんと妹さんは似ているわけで。それはつまり妹さんも俺のストライクゾーンに入っていることも意味しており、妹さんをつい見てしまうのも仕方なくないと思うのです。
「実際にわたしの方に興味あるんじゃないかなぁ」
ちょっと妹さん、何で俺達が話し始めるとまた入ってきちゃうの?
君、俺達に話させるつもりある? 本当は引っ掻き回して楽しみたいだけなんじゃない。もしそうならお兄さん凄く困る。
「アカネ、適当なこと言いたいだけなら怒るわよ」
「ちゃんと理由ならあるよ。まず最初にわたしはお姉ちゃんと違って家事全般得意です。女子力はお姉ちゃんより超絶高いです」
「それは否定しても意味を為さないから認めるけど、言い直す必要ある?」
「あるに決まってるじゃん。大切なことは二度言うのがお約束だし」
確かにそうだけど……あなたがやっているのは、念押しというよりはただの煽りです。
「多分趣味とかもお姉ちゃんよりわたしの方がお兄さんとは合うと思うんだよね」
「何でそう言い切れるのよ。私だって男の子向けの作品とか普通に好きなんだけど」
「でもお姉ちゃんってロボットものとかはあんまり見ないじゃん」
「それは……」
「さっきの反応からしてお兄さんは結構なロボット好きだと思うよ」
はい、ロボット好きです。
妹さんがプレイしている超機人ウォーズシリーズは、小学生の頃からプレイするようになりまして現在に至るまで全作購入しております。
「まあ背はわたしの方が小さいし、胸も小さいけど……逆に考えれば、お姉ちゃんに負けているのはそれくらいであって。お兄さんが黒髪ロング押しでもない限り、スペック的にはお姉ちゃんより私の方が上だよね」
「ぐ……」
「ねぇねぇお兄さん、お兄さんはわたしみたいな子嫌い?」
「いえそんなことは。割と好きですよ」
やべ、素直に答えちった。
でも仕方ないよね。この妹さんちょいちょいタメ口っぽくなるけど、それが少し生意気な後輩って感じもして良いとも思えるし。
正直に言いましてこの子の存在はですね、俺の中の妹萌えと後輩萌えを刺激しているのです!
「……このロリコン」
アキラさん、その言い方は良くない。
あなたの妹さんは中学3年生で、俺は今高校1年生ですよ。年齢的に考えれば付き合ってもおかしくない差ではないでしょうか。
それに別に妹さんは、小柄なだけでロリというわけではないと思うんですが。パッと見で小学生とは思えないし。だからロリコンという表現は正しくないと思います。
「お姉ちゃん」
「な、何よ……ロリ扱いしたこと訂正しろとでも?」
「まあそこに関しても言いたくはあるけどぉ。わたしが最も言いたいのは、お姉ちゃんはお兄さんとどうなりたいのってことかな」
あれ?
妹さんが予期せぬ発言してるぞ。まるで俺達の会話を見るに見かねて進行役を買って出てくれたような……
「どういう意味よ」
「そのままの意味。お兄さんはとりあえずお姉ちゃんと仲直りしたいって言ったけど、お姉ちゃんはお兄さんに対してまだ何も言ってないじゃん。口を開けば悪口とか拗ねた言動が多いし」
「それは……その男が悪いというか。私に会いに来たっていうのにあんたとばかり話してるし。本当に私と仲直りしたいのか、その誠意が感じられないから……」
微妙にヤキモチにも思える発言ではあるけど、アキラさんだけに意識を向けられなかったのは妹さんがちょっかいを出したからでありまして。
いやまあ、俺も悪いとは思いますよ。
本当に心の底からアキラさんのことだけを考えているのなら、妹さんが何をしようと気にならなかったはずだろうから。
でも失恋から立ち直って少し余裕が出来たというか、ここに至る経緯が経緯なだけに他にも考えないといけなかったじゃないですか。
……って俺は聞かれてもないのに誰に答えてるんだろうね。
「だからさぁ……そういうことを聞きたいんじゃないんだよ。お姉ちゃんってそういうところが面倒臭いよね」
「わ、私のどこが面倒だって言うのよ」
「自分の気持ちを素直に言葉にしないところ」
その言葉は矢のようにアキラさんの心に刺さった、ように見えた。
確かにアキラさんにはそういうところあるけど、妹さんが逆に何でもかんでもズバズバ言い過ぎだよね。標的にされた人物は絶対堪んないよ。
「いや何かこれだとツンデレみたいに聞こえる。そんな可愛げのあるもんじゃないしなぁ。うちのは汚ネェちゃんだし……」
「私のどこに可愛げがないのよ。手間が掛かる子ほどって言うじゃない」
「そだけど……自分で言うこともでないし、何より手間が掛からないことに越したことないから。わたしは妹だから大目に見れるし、可愛げも感じられなくもないけど」
でも妹さんの場合、ダメな姉の世話してる自分が可愛いとか思ってそうだよね。
……あ、いや何でもないです。妹さんはダメな姉の世話をしてなくても可愛いと思います。なので……こっちを見ないでください。
「……お姉ちゃんって基本的に自分主体というか、オレ様主義なんだよねぇ」
「誰がオレ様よ。私、理不尽な要求とかしてないんだけど」
「いやいや、はたから見てる分には似たようなものだから。お姉ちゃんのさっきの発言もさ、お兄さんが仲直りしたくてここに来たんだから、私のご機嫌取りちゃんとしなさいって感じに聞こえたし」
「それは……別にそういうつもりで言ったんじゃ」
「そのつもりがなくてもそういう風に聞こえるの」
アカネ氏は真面目な話をするのが面倒臭くなってきているのか、脱力しきった体勢に移行しつつある。一方アキラさんは、アカネ氏とは対照的に背筋は伸びているが顔は俯かせており……
この光景はなかなかにシュールです。
妹が姉に説教というのはまだあることかもしれない。だがゲームをやりながらだらしない恰好で姉に説教する妹はそういないと思う。みんなの周りにはそういう妹さん居る?
「だからさ、お姉ちゃんはもっと本心を口にするべきだよ。お兄さんとお姉ちゃんはどうしたいの?」
「私は……」
「このままの関係で良いわけ?」
「……良いとは思ってない」
「じゃあどうしたいの? 自分の口で言ってみて」
……何か姉妹というより親子に見えてきた。
妹さん、性格に少し問題ありそうにも思えたけど、将来は良いお母さんになりそうだよね。アキラさんの根っこは実年齢より幼いからそう思えるだけかもしれないけど。
「私は……秋介くんと」
「うんうん」
「秋介くんと……前みたいに話したいです」
湯気が出そうになるくらい顔を真っ赤にさせるアキラさん。率直に言いまして可愛い。とても可愛い。
そして、俺の顔もきっと赤くなってますね。だって凄く熱いもん。
「やべー急に甘ったるい空気がしてきた。普段澄ましてるだけにこういうときの反応マジで可愛いよね。我が姉ながらこれは超可愛いですわ……心底ムカつきもするけど。あーあ、リア充爆発ねぇかな……ち、マジでクソ姉貴。汚ネェちゃんだわ」
妹さん、気持ちは分かるけど心の声が漏れてますよ!
アキラさんは恥ずかし過ぎて頭が回ってないのか無反応ですけど。
「ねぇねぇお姉ちゃん♪」
変わり身早ッ!? この妹マジ怖ぇ、超怖いんですけど!
「そう思ってるってことは、とりあえず気まずさはあるかもだけど仲良くしていくって方向性で良いんだよね~?」
「……うん」
「お姉ちゃんマジ可愛~い! こんなお姉ちゃんが居るなんてわたし幸せだよ。ところで、何でお兄さんの告白断ったの? 本当はお付き合いしたかったんじゃないの? どうなのどうなの~?」
こいつは徹底的に姉を痛めつけるつもりだぞ。自分が甘ったるい空気を発生させるトリガーを引いたのに、全てを姉のせいにして八つ当たりするつもりだ。
つまり妹さんも自分主体というかオレ様主義なのでは? まあ姉妹だしそういうところも似ちゃうのかな。安全のために何も言わないでおくけど。
いや、でも本当は色々と口を挟みたいよ。だって、こんなところで告白を断った理由を掘り下げられるとは思ってなかったし。
でも迂闊に割って入るとさ、妹さんの標的にが俺に変わるじゃん。そうなった方が絶対心に受ける傷が大きくなるじゃん。だから心は静観します。ビビりやヘタレと罵りたいなら勝手にしてください。
「それは……ない。今はゲームが大事」
「うわぁ……ここまで来てそれを貫くとはある意味尊敬するよ」
「私、一度決めたことは曲げたくないから」
「いやそういうこと聞いてないから。カッコ良く言ってもわたしには全然理解できないから。恋愛よりも趣味ってことなんだろうけど、女捨てる勢いで趣味に打ち込むとか意味不明すぎ。お姉ちゃんって頭の中もゴミだらけなの? マジで汚ネェちゃんじゃん……これが自分の姉とか引くわ」
そ……そこまで言わなくても。
でも俺が妹さんの立場だったら……似たような感想は抱いちゃうかな。きっと妹さん、これまで色々と苦労してきたんだろうな。何かあったらしてあげたくなってきた。
「お兄さん」
「はい、何でしょう?」
「これだけは聞いておきたいんだけど……こんなのの何が良かったの? わたしが男だったらこんなの絶対好きにならないんだけど」
「それはですね……俺の中のアキラさんはもっと綺麗な存在だったと言いますか、きっと俺はアカネさんほどお姉さんのことを知らないんですよね。だから」
「もういいや。これ以上掘り下げても誰も幸せになれないし。このへんにしとこ」
うん、それが良いと思います。
「はぁ……何か疲れた。最低限の目的は果たせたし、今日はこれでお開きで良いよね? わたしの気力、通常武器すら使えないくらい下回ってるから」
「……はい」
「お姉ちゃんもそれで良い?」
「……うん」
「じゃあお兄さん、とっとと帰って。玄関までは見送るから。ほら、さっさと行くよ」
急展開に始まり急展開に終わる。
何とも言えない気持ちになるね。まあでもアキラさんとの一件が片付いたのは良かったかな。まだまだこれからなんだろうけど、お互いに前みたいに話したいという気持ちは確認できたわけだし。
というわけで私こと鴻上秋介は、今後アキラさんと友人に戻れるよう努力していきたいと思います。帰ったらまず……師匠や幼馴染、真友に今日のこと連絡したいと思います。
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