第5話 「来年からよろしくねセ・ン・パ・イ♪」

 はい、続きです。

 でも語ることがありません。

 だってすでに文化祭は始まってるんだけど、客が全然来ないから何も言えることがないの。

 俺達のクラスについては、ね。

 シャルさん達のクラスについては言えることがあります。

 何故なら現在進行形で大盛況してるから。まあ当然だよね。クオリティの高いコスプレしてる客寄せがふたり立ってるし。

 しかもそれなりに見た目も良く、FとGという男でも女でも人目を惹きつける圧倒的存在感があるんだから。

 加えて片方はイギリス人で金髪。勝負に勝つためにアイデンティティかもしれないメガネまで外して美人度を上げ、ノリが良いだけに写真にも気軽に応じる。この手の戦場に置いてはまさにエース。

 うちの客寄せも素材としては負けてないんだよ。身長は低いけど、胸はDカップくらいと良きものを持っているし。それに無表情ながらマスコット的可愛さを醸し出すんだから。

 ……けど分が悪いよね。

 人間は誰しもまずはおっぱいを見ちゃう生き物だし。FとGには勝てねぇよ。


「鴻上」

「何でしょう?」

「このままじゃ勝ち目がない」


 だから策をちょうだい、って解釈で良いのかな?

 それとも……あっちを客を蹴散らしてきてオーケー? みたいな感じなのかな。

 もし後者なら身を削ってでも止めないといけない。勝負しているシャルだけならまだ黙認できるけど、関係のないお客さん達に迷惑を掛けるわけにはいかないし。

 そもそも、表立って妨害工作しちゃう店に客は来たがらないはず。勝つためにはどうにかして客を引っ張ってくるしかない。


「このへんに来る客は全部あっちが取っちゃうしな」

「ん。だからわたしは今から行動を起こす」


 な、何でシャルさん達の方に視線を向けているの?

 何で普段より目つき鋭いの?

 ままままさか……殴り込むつもりじゃないよね?

 腕っ節だけ見れば雨宮さんが圧倒的に勝ってるけど、騒ぎを起こすのは人間としても学生としても不味いと思います。下手したら注意だけで済まないし。

 ちなみに何で腕っ節という言葉を使ったのか。

 勘の良い奴なら気が付いているだろう。身長や女性としての武器で考えれば、あちらのふたりに雨宮が勝てないからだ。

 ただ、誤解がないように言っておく。

 これはあくまで部分的に見た場合の結論であり、好みは人それぞれだ。女性としての魅力で考えた場合、答えは違ってくるぞ。

 なんて考えている場合ではないですね。今は雨宮の次の発言を気にしなければ。それで俺の取るべき行動が変わるし。


「今からぐるっと校内を回ってくる。必ずお客さんを連れてくるから待ってて」

「そ、そうか……良かった」

「鴻上?」

「何でもない。期待して待ってる」

「ん……分かった」


 と言って雨宮は看板を武器……ではなく、宣伝のアイテムとして手に持って旅立って行きました。

 俺の返答にどこか納得してないような感じだったけど、今は俺よりもシャルとの勝負に勝つことが大切なのでしょう。

 だってこの勝負に負けたら俺とシャルだけで遊びに行くことになっちゃうし。ぼっちが嫌な雨宮さんにとっては負けられないはずです。

 まあぼっちが嫌なら何故あのとき勝負を受けたって話になるんですけど。勝負さえ受けなければハブられる心配もなかっただろうに。

 もしや……俺のことを独り占めしたかったの!?

 なんて考えられなくもないけど、単純に荷物持ちが欲しかったなんて現実が来たら心が折れそうになるし、勘違い野郎もいいところだ。

 でも雨宮が俺以外に親しくしている男子を俺は知らない。なら可能性も……いや待て落ち着け。雨宮が俺のことで知らないことがあるように、俺も雨宮のことで知らないことがあるはず。

 ならポジティブ過ぎる考えは危険だ。そもそも変に意識したら接し方が変わりそうだし、それが原因ですれ違いが起きるかもしれない。

 故に俺が取るべき行動は、今すぐこの思考を廃棄す……誰かに肩を叩かれたぞ。クラスメイトが来たのかな。雨宮さんいないけど何かあった? とか聞かれちゃうのかな。


「やーい、引っ掛かった」


 何に引っ掛かったのか説明します。

 肩をタンタン→タンタンされた人が振り返る→その先にはタンタンした人の指。

 なので僕の頬に誰かさんの人差し指が刺さってます。勢い良く振り返らなくて本当に良かったね。もし勢い良く振り返ってたら爪でザクッなんて展開になっていたかもしれない。

 それよりも誰がタンタンしたのか気になる?

 おバカ。俺にこんなことする人間なんて限られてるでしょ。

 はい、そうです。リトルタイラントの異名を持つ小さな暴君さんですよ。だからお兄さんのテンションがただ下がりです。

 今日も暴君さんはパーカーですよ。本当この子はパーカーが好きですね。

 でもただのパーカーじゃない。前がチャックで止めれるタイプのパーカー。それをおへその上あたりまでしか止めないのが暴君さんスタイル。だからお胸あたりはインナーが見えちゃってます。お胸の形が分かりやすくなってます。

 だがしかし、そんな暴君さんにも普段と違うところがある。

 変装のつもりなのか知らないけど、今日の暴君さんの顔にはメガネが。もしかしてシャルさんが外すのを見越して持ってきたのかな? だとしたらこの子マジで怖いよね。見た目は可愛いけど。


「……迷子ですか? 案内所はここじゃないですよ」

「うわぁ、久々に会ったのにその反応は傷つくぅ。いたずらしたわたしも悪いけど、他人のフリとかお兄さんサイテー、サイテーだよ」


 この程度のことでサイテー呼ばわりするそっちの方がサイテーなのでは?

 二度もサイテーって言う方がサイテーなのでは?

 なんて言えません。

 だって言ったら何をされるか分からないし。

 適当なことを言いふらされたらって考えただけで怖い怖い。


「何でここに居るんですか?」

「何でって今日お兄さんの学校、文化祭じゃん」

「そうだけど……お兄さん的にはそれだけで君がここに来るわけないと思うんだ。君はお祭りに行くよりも家でのんびりと好きなことをする方が好きなはずだし」

「さっすがお兄さん、わたしのこと分かってるぅ~。でもそこまで分かってるんならわたしが来た理由も分かると思うんだけどな」


 小悪魔っぽい笑みを浮かべよって……年上をからかうんじゃありません。

 それ以上にそういう言動を学校の男子とかにしてないでしょうね。してたらお兄さん許しませんよ。男なんてすぐ勘違いしちゃう生き物なんだから。

 別に勘違いしないでよね。

 自分以外にして欲しくなくて言ってるわけじゃないんだから。世の中の男子のためを思って言ってるだけで……いや本当マジよ。出来れば俺にもそういうのやめて欲しいし。

 だって……ドキドキするじゃん!

 普通に男としても、周りに飛び火して何か起こるんじゃないかって意味でも。


「……お姉ちゃんに忘れものを届けに来た、とか?」

「ぶっぶー、ハズレ。正解は……来年ここを受験するから見学も兼ねて遊びに来たでした」


 な、何……だと。


「あ、もしかしてお兄さんに会いに来たって言って欲しかった? お兄さんはそう考えちゃったのかな? や~ん、お兄さんのエッチぃ」

「いや別に考えてない。あとここ学校だから最後の発言みたいのは控えて」

「……おもしろくない」


 おっと、アカネ氏の表情が俺にとって良いとは呼べない方向へ。

 これはきっとアカネ氏の気力が上がったぞ。多分100から130くらいになってるはず。次に放たれる口撃は危険だ。

 ちなみにどれくらい危険かと言うと……体感的には終盤で2回行動してくるボスが放つMAP兵器くらい。


「アカネちゃんはこ~んなにもお兄さんのことを考えているのに。なのにお兄さんはアカネちゃんのことなんてどうでもいいんだ。眼中にないんだ。アカネちゃんのことは遊びだったんだ」


 自分のことをアカネちゃんって呼んでるあたり本気じゃないというか、手加減してくれてるんだろう。

 けど、周りにも聞こえてもおかしくない声だけでなく、こちらを真っ直ぐ見つめて言うあたり俺に掛かる精神的負荷は大きい。

 くっ、メガネを装備すると口撃の威力に補正が掛かるとでもいうのか。性格まで矯正されるとでもいうのか。


「ごめんなさい、謝りますから勘弁してください。アカネちゃんがここを受験するとか言ったからそっちに意識が行ってただけなんです」

「ふ~ん……じゃあお兄さん」

「何でしょう?」

「わたし、可愛い?」

「うん、可愛い」

「お姉ちゃんより?」

「間違いなく可愛い」


 あなたのお姉さんは可愛いというより綺麗系だから。

 ただ言動まで含めると……ギャップ的な可愛さはお姉さんの方があるかな。妹さんの方はあざといし。


「じゃあ……あっちで客寄せしてたおっぱいがボインなお姉さんとわたし、どっちがタイプ?」


 客寄せしてるボイン?

 それはいったいどっちのことなんだ。客寄せしてるボインは金髪と黒髪、ふたり居たはずだが。

 それ以上に……何が『じゃあ』なのかな。

 前の話とまったく話が繋がってないと思うんだけど。それに何であの子達を比較対象にしたんだろう。

 もしかして俺の交友関係把握されてる? されちゃってる?

 いやいや、そんなことないよね。お姉さんは風見書店を利用してたし、この子も利用して顔見知りくらいの話だよね。うん、きっとそのはず。その程度のはず。

 ま、それは置いておくとして。



 ここは……どう答えるのが正解なんだ?



 あらゆるリスクを避けるならアカネ氏には、すぐにでもこの場から立ち去ってもらいたい。立ち去るのが無理なら教室の中に入って欲しい。

 ならばここは肯定を意思を示す方が……いや、そうすると調子に乗ってずっと話しかけてくるかもしれない。

 しかし、否定的な意思を示しても機嫌を損ねる可能性がある。そうなれば……

 くそぅ! 何で俺はこんなにも苦しめられなければならない。俺がいったい何をしたって言うんだ。


「それはですね……」

「あはは、冗談だよ冗談。わたしに絶対勝ち目のない質問に真面目に答えようとしないで」

「え」

「え……って、お兄さんおっぱい星人じゃん。どっちが好きか、ならともかく、どっちがタイプかじゃわたしに勝ち目ないでしょ」


 あぁなるほど。でも別におっぱいだけで決めてるわけじゃないですよ。おっぱいが大きいと良いなって思う確率が上がるだけで。

 あとさっきも言ったけど、おっぱい星人とか言うのやめて。ここ俺の部屋じゃなくて学校だから。

 見知った人間に聞かれるならともかく、親しくもない誰かに聞かれたら俺の学校生活が息苦しいものになっちゃう。


「それよりお兄さん、わたしがここを受験するって知って頭がいっぱいになっちゃったの何で? まさかわたしに先輩って呼んで欲しかったとか?」


 先輩……先輩か……うん、良いよね。

 先輩って呼んでくれる可愛い後輩が欲しいかって言われたら、そりゃあ欲しいです。欲しいと思います。お淑やかで家庭的な後輩だとなお良し。まあ俺は正義の味方なんて目指してませんが。

 ただ本音としましては。

 え、この子うちの学校に入ってくんの!?

 ただでさえ金髪メガネに振り回されたりするのに。この子まで入ってきたら振り回される可能性が上がるじゃん。

 そんなの嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 俺は……平和な時間が欲しい!

 みたいな感じです。でもこれは口には出来ない。自ら地雷を踏むような真似を俺はしたくない。


「うん、まあそういうのも考えなくはないけど……それよりアカネ氏ならもっと良い学校に行けるんじゃないか、とお兄さんは考えております」

「お兄さんは現実的だね。ま、確かに学力的にはもっとランクの高いところ選んでも問題ないとは言われるし、そういうところの推薦受けてみないかって話はあるけど。でもわたしとしてはノーサンキュー」

「何故に?」

「だって家から出たくないし、朝はギリギリまで寝たいじゃん。それにお姉ちゃんと同じ学校の方がお母さん達も面倒臭くないだろうし。故にわたしの選択肢はここ一択なのです」


 そう言われたらもう何も言えねぇ。

 だって俺にも理解できるところがあるし。特に朝はギリギリまで寝たいってところ。

 俺もギリギリまで寝たい。でも寝れない。俺が早起きしないと近所の金髪メガネを起こせないから。

 仲良く一緒に遅刻とか嫌だし、金髪メガネだけ置いて行ってあとでブーブー言われるのも嫌。いい加減ひとりで起きてくれないかな。文化祭が終わっても俺は起こしに行かないといけないのかな……


「というわけなんで、来年からよろしくねセ・ン・パ・イ♪」

「来年の話を今するんじゃありません。そういうのはちゃんと受かってからしなさい。というか、一通り俺をからかって気は済んだでしょ。早く別のところに行って」

「だが断る!」


 なんでや!

 なんでお兄はんをそんなに困らせるんや!


「だってまだ本題終わってないし」


 え……バカな、そんなバカな!?

 今までの全部本題じゃなかったというのか。分からない、僕はこいつが何を考えているのか全く分からない。僕は……こいつが怖い。


「もうお兄さんのライフはゼロよ」

「だいじょぶ、だいじょぶ。これ以上ここで何かするつもりはないから。言うこと言ったらちゃんとお店の中に入るし」

「あっちの店の方が繁盛してるよ」

「お兄さん、わたしが言うのもあれだけど……普通は他所より自分のところを勧めるべきだと思うよ」


 それはそうなんだけどね。

 でもさ、いつうちの看板娘が帰ってくるか分からないし。

 出来れば君とあの子を俺は会わせたくないの。あの子、君があの方の妹だって分かったら不機嫌さ全開にしそうだから。

 なのに君は、それに臆するどころか面白がって色々としそうだよね。

 そういう状況を考えるだけでお兄さんの胃はキリキリしてくるの。だから他所の店を勧めるのさ。


「スペック的に考えれば、うちよりあっちの方が上だもの。知り合いにはより良い方へ行って欲しいじゃない。せっかくなら楽しんで欲しいじゃない」

「なるほどなるほど、でも断る」

「そっか……じゃあお兄さんももう諦める。で、本題って何なの?」

「それはね、お兄さんこのあと暇?」

「いや当分ここで受け付けですが」

「ちゃうちゃう、わたしが言いたいのはその後」


 受付が終わった後?

 そんなの……特に予定があるわけないじゃないですか。


「特に何もありませんが」

「そっか、それは何より。良かった良かった」


 何が良いの?

 何でそんなに嬉しそうに笑ってるの?

 お兄さん、せっかくの文化祭なのに何の予定もないの? うわぁ、灰色の青春送ってるね。さすがはお兄さん。アカネちゃんはこの現実に涙が出ちゃいそうです。

 とでも言いたいんですかそうですか。


「じゃあわたしとデートしても問題ないね」

「……はい?」

「問題ないね。わたしとデートしても」

「何故に入れ替えた?」

「気分」


 なるほど。

 まあそういう時もあるだろう。気分ってものはその場その場で変わるものだからな。故に俺も君の誘いにはこう答えよう。


「そのデート、ことわ……あの何で目薬を取り出してるんですかね?」

「泣いて情に訴えるためにだよ」


 その情を訴える相手、それ俺じゃなくて俺以外だよね。泣いたフリして俺を悪者にして追い詰めるためだよね!


「……お姉ちゃんとデートすりゃいいじゃん」

「いやいや、何でここまで来たのに汚ネェちゃんと一緒に居なきゃいけないの。ただでさえ、家で面倒見てあげてるのに学校でもとか……だから嫌、絶対に嫌」


 ブラックな一面が出ているぞ。

 それを見た人間は、十中八九あなたに怯えると思います。

 俺は怯えないのかって?

 ふ、俺はすでに何度も見ている。

 それに……そんな態度を取る方が怖いじゃないか。


「というわけでお兄さん、またあとでね」


 人懐っこい笑みを浮かべると暴君は、こちらの返事を待たず店の中へ入って行きました。同時にクラスメイト達のざわつきが聞こえたよ。可愛いは正義、というのは世の中の共通認識らしい。

 だがそんなことは正直どうでもいい。

 今は今日という日をどうやって乗り切るかが大事だ。ただでさえ、うちの看板娘はピリついているというのに……。

 考えれば考えるほど気分が重くなってくるし、体調不良を理由に早退しちゃダメかな。ダメだよね。嘘だってバレたら後々面倒だし、看病という体で家に集まってきたら逃げ場ないもん。


「……どうか何事も起きませんように」




 

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