第16話 「……やっぱりカザミンで良い」
勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない。
マイさんに一度も勝てません。それどころか1ダメージすら与えられません。
レベル制なら始めたばかりの俺と古参のマイさんにはプレイ時間の差があるからこの結果でも納得だよ。レベルが少し開くだけでも明確な差になるのがレベル制だからね。
でもICOがレベルのない完全スキル制です。
俺とマイさんの違いなんて体格とスキル熟練度くらいのものですよ。
なのにことごとく予想の上を行かれる。どんなに反省し、対抗策を立てて臨んでも直撃と思った瞬間には超反応で避けられる。
これはもうプレイヤースキルが違い過ぎるよ。あの子はVRの申し子だよ。
リアルでも俺を一撃で沈められるくらいには強いし。今思い出しても……雨宮式ストライク(拳)は痛かったなぁ。
「す、すまない! 少し遅れてしまった」
と、声を掛けてきたのは風見書店の一人娘にして看板娘であるカザミン。
別にしたの名前が分からないわけじゃないよ。悠里さんって名前なのは知ってるよ。でも俺にとってはカザミンだから。
状況からしてカザミンと待ち合わせをしていたのは分かると思うんだけど、何で俺がカザミンと待ち合わせをしていたか。
それは……先日一緒に映画に行くって約束したからね。その約束を果たすためですよ。雨宮さんの特訓に嫌気が差して逃げたというわけじゃありません。
「カザミン……今日の約束はそっちから取り付けたはずだろ。なのに5分も遅刻とは良い度胸だな」
「だ、だから素直に謝ったじゃないか」
「素直に謝れば許してもらえると思っているのか。真夏の5分はなかなかにしんどいぞ」
何故待ち合わせ場所はショッピングモールの前なのだ。
中でも良いではないか。何でこう俺の知り合いの女子は外で待ち合わせしたがるんだろうね。今は夏ですよ、今日も炎天下なんですよ。
「君は何でそう私に対しては辛辣なんだ。5分くらいなら『大丈夫、俺も今来たとこ』と流してくれても良いだろうに」
「そんなのお前みたいなタイプを甘やかすのはダメだ! と俺の直感が告げているからだ」
カザミンはどことなくシャルと似たものを感じるからな。甘やかして欲しいなら雨宮さんくらい甘やかしてもいいかなって思える子になりなさい。
「それに……俺がそういうセリフを言うとデートっぽくなるが構わないのか?」
「なっ……ま、前にも言ったが今日はデートじゃない! あぁもう、遅れた分は何かしらで埋め合わせするよ。それでチャラ、これで良いだろ!」
もうカザミンは強引なんだから。でもこれ以上は蛇足なので何も言いません。だってカザミンって腐りかけで中二病なところがあるけど、割と打たれ弱いイメージだから。
にしても、今日のカザミンは白いインナーの上に青色のパーカー。下はホットパンツと気合が入ってますね。ちょっとだけ見える胸元とすらりとした生足が実にエロいです。
「……どこをジロジロ見ているんだ! 私をそういう目で見ちゃダメだって何度も言っただろう」
「いや~だって今日のカザミンは気合が入った服装なので」
「私だって女の子だぞ! 外に出る時くらい店番してるときよりマシな格好するに決まってるだろ。あまり見ないでくれ、どうせ似合わないとか思ってるんだろ……」
「普通に似合ってると思いますが」
「え……」
「固くなりすぎないようにパーカーってところが良いよね。それに下もスカートじゃなくてホットパンツ。自分がカッコいい女子だと自覚した良い選択だと思います」
ホットパンツ姿の女子なんてシャルで見慣れてると思ってたけど、カザミンのホットパンツ姿は何か良いよね。
ちょっと頑張ってみた感があるというか、女子らしくない女子が自分に出来る範囲で女子らしさを出そうとしているというかさ。カザミンの生足はシャルの生足より価値がありそう。
……ところでみんな、ひとつ疑問があるんだ。
俺なりにカザミンのこと褒めたはずだよね?
いや褒めたはず。だってカザミンも嬉しそうな顔したから。してくれたから。でもそれは一瞬のことで、すぐに何かムスッとしちゃったんだよね。何故に?
「鴻上くん、真友として君にひとつ教えてあげよう。確かに私は君からするとカッコいい系女子なのかもしれない。しかし……カッコいいって言われて喜び女子なんてそうそういない! 世の中のカッコいい系女子は、意外とカッコいい系な部分を気にしてたりするんだ。私はそうでもないけど、気にしていたりするんだ。だからカッコいいって言うならせめて生き方とか容姿以外のことにしてよね!」
最後の方ちょっと口調変わってませんでした?
自分は気にしてないみたいなこと言ってたけど、本当は誰よりも気にしてない?
気にしてるなら気にしてるってはっきり言えばいいのに。そういうところがカザミンって面倒臭いよね。
まあシャルとかに比べると可愛いものだけど。……そう感じる俺はどこかおかしいのかな。知り合いに面倒な子が多すぎるのかな。
「カザミン、悪かった。謝るから許してくれ。今ならお詫びに頭なでなでも付けるから」
「要らないよ。そういうのは恋人にすることだ。私と君は真友だと言っているだろう。何で君はそう私に対してエッチなことをしたがるんだ」
「……頭を撫でるのってエッチなことなの?」
「……私に対してエッチな目を向けるんだ、の間違いだ」
そんなにエッチな目を向けてるかな?
人並み程度だと思うんですけど。そもそも異性にエッチな目を向けるのってダメなの?
いやまあ嫌がる人もいるからダメだとも思うよ。でもさ、男としては正常のことじゃないのかな。真友なんて言ってるけど、俺と風見はその領域にはまだほど遠い関係なわけだし。肌の露出があったら少しはエッチな目で見ちゃいますって。
だってさ、俺も男子高校生ですよ。男子高校生の好奇心舐めないでよね。
「今の問いに答えるなら……カザミンをちゃんと女の子として見ているからだな」
「……そういう言い方はずるいじゃないか」
「カザミン、いつものようにハキハキ言ってくれ。聞き取れないことには対応できん」
「カザミンって言うなって言ったんだよ! そんなことよりさっさと中に入るよ。外に居ると暑いし、走って汗搔いたから涼みたいし」
なら何故外で待ち合わせした……。
それ以上に……パーカーのせいでインナーの裏が透けているのか分からない。正面は透けていなかったが、背中側は透けているかもしれないのに。
透けていればFカップを支えている下着が見えたかもしれないのに……。くっ、カザミンはガードが堅いぜ。シャルみたいに開放的なのも困るけどね。慎みがあってこそのエロスだと思うから。開放的なエロスも否定しないけど。
何だか夏休みに入ってから性的思考が多くなった気がする。でも気にしない。だって異性の露出が増える季節だから。露出が多い異性を見れば色々考えるのが男だから。なのでボクは変態ではありません。一般的な高校生です。
そう自分を納得させながら風見と共にエスカレーターを昇っていく。目指すはショッピングモールの9階にあるシアターフロアである。あれ、そういえば……
「なあカザミン」
「何かなシュウちゃん」
「……カザミンが恥ずかしげもなくシュウちゃんと呼ぶなんて」
カザミンも成長していたんだね。真友として嬉しい限りだよ。
「必要以上に驚いたリアクションが実に腹立たしいね。君の言動にいちいち反応するのもバカらしいと思っただけさ。もしかして、ただ呼んでみただけとか言わないにだろうね」
「俺がそんなイチャイチャカップルがするようなことをカザミンにすると思っているのか?」
そういうことは将来的にアキラさん相手にしたいです。
でも……最近ちょっと不安。だってマイさん強すぎるんだもん。そんでマイさんより強い最強のプレイヤーも居るわけだし。アキラさんはそのプレイヤーを倒すために女を捨てそうな勢いで打ち込んでるわけで。
あの日を境に外出する頻度が下がっている可能性もあるし……下手するとアキラさんとの関係が切れてしまうのでは。かといって俺が動いても悪循環になりそうだし、ここはカザミンに頼るしかないんだよね。
「いいかカザミン、今の俺はカザミンに頼らなければアキラさんとの遭遇も難しい立場だ。だから本当にカザミンが嫌がるようなことをするつもりはない」
「私としてはあまりそのあだ名を気に入ってはいないんだけどね。まるで某国民的RPGに出てくる回復が得意なスライムの名前みたいだし」
い、いや確かに後ろの響きは似てるけど。
でも『カザぼう』とか『カザすけ』みたいなものよりは女の子らしくて可愛いと思うんだ。それに俺達は同級生だから。俺が兄貴分みたいな感じなら『ユウ坊』とかもありだろうけど。風見さんって胸を隠せば男に見えなくもないし。
「じゃあ何とお呼びすれば? 真友だから風見って呼び方は嫌がりそうだし」
「別に嫌じゃないけど。私も普通に鴻上くんって呼んでるわけだし。風見以外で呼びたいなら普通に下の名前で良いと思う」
「悠里」
「……やっぱりカザミンで良い」
自分で下の名前って言ったのに戻すの早っ!?
俺は別に風見さんの恋人でもなければ、好きな人でもないはずだよね。良くて友達レベルの同級生のはずだよね。
なのに下の名前で呼ばれただけで耳まで真っ赤とか、風見さん打たれ弱すぎるでしょ。これまでどんだけ友達がいなかったの? 男友達がいなかったの? そんなんだと将来悪い男に騙されるかもしれないよ。秋介さん少し心配です。
「カザミン、話を戻すんだけど……今日はいったい何の映画を見るんですか?」
秋介さんまだ教えられてないんですよね。
多分カザミンのことだからアニメ系だとは思うんだけど、今上映中のアニメも何本かあるし。中にはBLや百合もあるんですよねー。
別にBLや百合が嫌いとか言ってるんじゃないよ。ただそのへんよりは普通の男女の恋が好きってだけで。近年アニメの本数は右肩あがりだからさ。全部見るのは難しいんですよ。誰だって優先的に見るジャンルってあるでしょ?
「……これだ」
何でカザミンは俯き気味なのかな?
まあチケットを見ればその理由も分かるよね。えーと、今日見る作品のタイトルは……『幸運の神様が同居人じゃダメですか?』か。
なるほどなるほど……これはカザミンが俯きながら渡すのも納得ですわ。
この作品を簡単に説明すると、高校生の主人公の家にある日突然幸運の女神さまがやってくるの。天界の仕事に疲れたって主人公に泣きつくの。そこから同居生活がスタートするんです。
ただこの幸運の女神様、もたらす幸運が一部に限られてまして……その恩恵のせいで主人公はラッキースケベばかり起こすわけです。災難がタイトルになっているようなあのラブコメ並みにラッキースケベが起こるわけです。
つまりね、肌色成分が多いんです。謎の光も結構入ります。
でも熱いところは熱い、ラブなところはラブなんです。普通に良作ですよ。
今回の映画はアニメ版の続編になってまして……でも問題はそこじゃないの。
劇場版だから謎の光とか一切ないわけです。それと恋人でもない異性と一緒に見るわけです。普通に考えて気まずいよね。
「……カザミンってやっぱりむっつりスケベだったんだな」
「誰がむっつりスケベだ! というか、やっぱりって何だ。もらったチケットがこれだったんだから仕方ないだろ。使わないともったいないだろ!」
「そうだけど……無理してふたりで見なくても。しかも異性同士で」
「そこで良い子ぶるとか卑怯だぞ! 君が好きそうだから誘ったというのに。君はこの作品が嫌いなのか、大きいおっぱい好きじゃないのか!」
いや好きだけど。作品も大きいおっぱいも好きだけど……
「カザミン」
「今度は何だ!」
「周りの目も考えて」
まだシアターフロアには着いてないよ。エスカレーターで移動中だよ。アニメをあまり知らない人が聞いたら誤解される内容を口走ってるよ。
周りの方々、どうか誤解しないでください。
僕とカザミンは恋人とかそんなんじゃないんです。最近店員と常連客から真友っていう特別な友達になろうとしている関係なんです。現状は良くてもただの友達が限度なんです。
「うぅ……」
「うん、ごめん。俺が悪かった。だから機嫌直して、ね?」
「子供扱い……するな」
別に子供扱いしているわけじゃないんですけど。
ただここですんなり機嫌を直してくれないのは子供っぽい気がします。まあ口にはしませんがね。だって口にしたら余計にへそを曲げるって分かってるから。
なのでこのあとは言葉を選んでカザミンを宥めつつ、9階のシアターフロアに向かいました。次回はそこからお伝えしたいと思います。
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