第17話 「ききき君はバカなのか!」
さて、やって参りましたシアターフロア。
夏休みということもあり、小さな子供をお連れのご夫婦または祖父母の方々、ラブラブオーラ全開の同年代のカップルまで多種多様な人々がいらっしゃいます。
別に妬んだりしませんよ。
恋してる男子高校生としては羨ましいとは思いますが、女友達がいないわけでもないですから。それに今日一緒に居るカザミンもカッコいい系だけど女の子だからね。独り身の方からすれば俺も似たような扱いされる対象だろうし。
というわけで、周りのことは気にせずまずは受付へ。そこでチケットを見せて割安で目的の映画会場の入場券を購入。アニメや特撮が放映されるフロアに進んでいく。
自然と視界に映る人々の平均年齢が下がっていき、フードショップの前には同年代の男女が盛り沢山。カップルも結構います。いや~やはり二次元は日本の文化ということですね。
「……なあカザミン」
「どうしたシュウちゃん」
「どうしたも何も……何故俺の服を掴んでいる?」
人混みとか苦手なの?
そんなはずないよね。人が苦手なら店の手伝いなんてやってないだろうし。二次元への愛からしてイベントとかにも行ってそうなんだから。
「いや、これはだね……その」
「もしかしてこういう場所苦手なの? 苦手なのに誘ったの? そこまであの映画が見たかったの?」
「ち、違う! 私をエッチな子みたいに言わないでくれ。別にこういう場所が苦手というわけじゃない。何度も映画を見に行ったことはあるし、イベントとかにも行った経験はある」
「なら俺の服を掴む必要なくない?」
「それは……こ、こういう場所に男の子と来るのは初めてなんだ。それに……何というか、周りから君との関係を誤解されていないか……とか考えてしまって」
ふむふむ、簡潔に言えば緊張しているわけですね。
あと男の子と来るのは初めてとか言ってたけど、多分誰かと一緒に来ること自体初めてなんだろうね。異性と一緒なことにそこまで緊張するなら今日顔を合わせた時から同じくらい緊張してただろうし。
「なるほどな。そんなカザミンに真友である俺から良いことを教えてあげよう」
「君が? いや、とりあえず最後まで聞こう」
「なあカザミン、俺とお前は友達を超えた友達。真友のはずだよな?」
「そうだな……君はそんな私に良くない眼差しを向けたりするが」
それは君を女の子だと思ってるからです。
そのうち多分そういう目は向けなくなるから。無理そうだなら君に気づかれないように努力するから。だから少しの間は我慢して。
「確かにそれは良くないことだ。だがカザミン、それ以上に今お前がやっている俺の服を掴むという行為の方がよろしくない」
「何故だ? 君の行いの方が真友に対するものとしては悪いだろう」
「俺達だけで見ればそうだ。しかし、周囲から見た場合は別。俺の視線はよほどジロジロ見てない限り、ただカザミンを見ているとしか思われない。だが今のカザミンのやっていることはどう見えるだろう?」
「――っ!? ……はぐれないようにそっと彼氏に捕まっている彼女のように見える。もしくは男を落とすためにさりげなく可愛さアピールしているビッチのように見える」
うん、理解してくれてありがとう。
でも最初のだけで良かったんじゃないかな。後半はちょっと言葉にするのは問題がある気がするよ。その人はその人なりに目的の男性と結ばれるために努力しているだけかもしれないんだから。
「つまりだ……カザミンはいつものように店の手伝いをしているように堂々としていればいい。腐りかけで中二病な一面を全面に出していいんだ」
「確かに……って、こんな人前で何てことを言うんだ! 事実でも時と場所くらい選んでくれ。まったく君という奴は……」
わ~みんな、カザミンが膨れてプクミンになっちゃったぞ。
でも弱々しい感じが消えたからオッケーだよね。うんうん、俺は良い仕事をした。まったくカザミンという奴は世話が焼ける。
「まあいい……時に鴻上くん」
「鴻上くん? さっきまでシュウちゃんだったのに」
「私は君と違って腐りかけの中二病だろうと人並みに羞恥心はあるんだ。それに君のように即行で割り切る感性も持ち合わせていない。さっきまでの私はどうかしていたんだ」
いやいや、俺にだって人並みの羞恥心はありますよ。割り切るのは人より早いかもしれないけどね。
そもそも風見のことをカザミンって呼べるのは、俺が風見に特別な感情を抱いていないからです。アキラさんの時なんてどれだけ時間が掛かったことか。
「そうか。真友としては悲しいことだが、無理強いをするわけにもいかない。というわけで、話の続きを聞こうか」
「真友と言う割に何で君は若干上からなんだ。あぁいや、答えなくていい。また話が逸れてしまうだけだ。鴻上くん、君は映画を見る時にジュースなどは買う派かな?」
「基本的には買うな」
「そうか……ではメニューから好きなジュースを選んでくれ。5分とはいえ遅刻してしまったからな。そのお詫びだ。ちなみに私はLサイズを頼む。だから君もLサイズで良いぞ」
そういえばそんなこと言ってましたね。ここに来るまでに色々あったので忘れてました。
しかし、Lサイズでも良いとはカザミンは太っ腹だな。こういう場所の飲食はお値段が高いというのに。ただ遠慮するとカザミンも気分が良くないだろう。
「……じゃあメロンソーダで」
「意外と可愛いチョイスだね」
「そういうカザミンは?」
「私は当然コーラさ」
カザミンのイメージ的にはスポーツ飲料系だけどね。まあコーラも似合うけど。
「ポップコーンも食べるかい?」
「それは映画を見終わった後の予定による」
「そのへんは特に決めてないけど……時間的に昼過ぎだからご飯くらいは食べてもいいんじゃないかな。そのあとは気分次第で。ただ暗く前に帰る。母さんの対応が面倒になるから」
別に朝帰りでも母さん良いのよ、とか言いそうなお母さんだもんね。
まあうちの母親も似たようなもんだけど。シャルの家に泊まりに行こうものなら「ちゃんと満足させるのよ」とか言いそうだし。
「飯食べに行くならポップコーンは要らないだろ」
「そうか。じゃあ君はここで待っていてくれ。私が買ってくる」
「了解」
歩き出す風見を見送ろうとした瞬間、ふと俺の目にあるものが止まった。
直後、俺は反射的に風見へと手を伸ばす。
「――やはり待てカザミン」
「ウゲェ……!?」
カザミンの口から女の子からは聞きたくないような声が漏れた。
「……あ、歩き出した瞬間にフードを掴まないでくれ。首が絞まるじゃないか!」
「それについて謝る。悪かった」
「そう素直に謝られると少し気持ち悪いんだが……急にどうしたんだ? やっぱりポップコーンが食べたくなったのかい?」
「いや違う。あれを見てくれ」
「あれ?」
「フードショップのメニュー表だ……違う、もっと左、1番左の下の方だ」
「左の……下……なっ!?」
風見が驚いたのも無理はない。
何故なら今彼女が見ているもの。それは……『カップル限定割引』というサービスだからだ。何でもカップルで購入すると2割引きで買えるんだって。
「ききき君はバカなのか! わ、私と君はし、真友であってああいう関係じゃないだろ!」
そのとおりだ。
しかし、映画後の動き次第ではお金が飛ぶかもしれない。もしかしたら今度が逆に俺が風見に奢る羽目になるかもしれない。もしかしたら衝動買いをしてお財布が寂しくなった風見にお金を貸すことになるかもしれない。
そのリスクを少しでも下げるためには、使えるものは使うべきだ。
実はですね……先日僕はシャルさんのお買い物に付き合ったじゃないですか。それで詳しくは言ってないけど、シャルさんの水着選びにも付き合ったじゃないですか。
シャルさんがね、今度プールに行こうって言うの。せっかく水着を買ったのに使わないのはもったいないからって。
俺とシャルさんの力関係を考えるとさ……色々奢る羽目になりそうじゃん。それを考えると少しでもお金を残しておきたいの。ああだこうだ言ったけど、これが本音です。
「風見、店員から見れば男女が一緒に来ればカップルとしか思わん」
「それはそうかもしれないけど、君には好きな人が居るだろう。その人と結ばれるために色々と頑張ってるんだろう。なのに何でああいうものを利用しようとするんだ!」
「なあ風見……俺達の小遣いなんて限られてるだろ? だから少しでも節約できるならすきべきだ。使えるものは使うべきだ。映画を見た後、衝動的にグッズを大量に買いたくなる可能性はあるだろ?」
「そ、それは……そうだけど。君はそれでいいのか? 誤解されても私は責任持てないぞ」
「問題ない」
何故なら今のアキラさんがこんな場所に来るわけないから。
同級生とかに見られてる可能性はあるけど、それはもう一緒に居るところ見られて時点でアウトです。ここで仲良くジュースを買おうが何も変わりません。
それに俺は雨宮さんやシャルさんとこういうことは何度もしております。それはアキラさんもご存知なので、よく通ってる本屋の同級生と遊びに行っても問題ないでしょう。
俺が今最も回避すべきなのは、今度のシャルさんとのプールで彼女の機嫌を損ねないことです。
シャルさんがあることないこと言いだしたら完璧に終わります。
高校生活どころか、その先も含めてシャルさんエンド以外の道がなくなるかもしれません。下手をすれば、そこすらなくなります。
俺にとってシャルさんはある意味ラスボスなんです。何でグレてもない幼馴染に悩まされないといけないんだろうね。
「ほら、さっさと行くぞ」
「……やれやれ、君という男は。あれこれ考えてる私がバカみたいじゃないか」
「時としてバカになるのも大切だ。何より俺は今日息抜きのつもりで来ている。だからカザミン、お前も楽しめ」
「……まったく。誤解されても本当に知らないからな。あとカザミンって言うな」
「さっき良いって言ったじゃん」
「さっきまでの私はどうかしていたとも言ったはずだ。ほら、ふたりで買うんだろ? 早くしないと上映時間になってしまうぞ」
まったく……って言いたいのはこっちだっつうの。
それを飲み込むように頭を掻きながら風見の後を追い、列の後ろに並ぶ。次第に俺達の順番が訪れ、担当になった店員さんは第一声で
「おふたりはカップルでしょうか?」
と笑顔で聞いてきました。
マニュアル通りなんだろうけど、これってもしもカップルじゃなかったらどうするだろうね。心がピュアな人は「まだ付き合ってません」とか「違います」って言っちゃいそうだけど。
「えええ、えっと」
「そうです。メロンソーダとコーラのLサイズをください」
やれやれ、気合を入れていた割にカザミンは役に立たないな。これだから見栄っ張りな腐りかけ中二病ガールは。意外と初心なんだから無理しないでいいのにね。
……もしかして風見さんが腐ったり中二病なのは初心だからなのかな?
男女の恋愛とか見てると登場しているヒロインに感情移入して「恥ずかしい……でも見たい」ってなっちゃうのかな。だから多くの人が体験する恋愛とは別の恋愛に行っちゃうのかな。うーん……ありえそうですね。
お金を払い、ジュースを受け取った俺達は目的のシアタールームに向かう。
俺達が買った席は、中央後方の真ん中辺り。あまり画面に近いと首が疲れちゃうからね。
……おっ、ひじ掛けがそれぞれ独立してるタイプに変わってる。いや~ありがたいよね。隣の人に気を遣わなくていいのって。
「……どうしたカザミン、座らないのか? ……トイレか?」
「違う。君にはデリカシーがないのか。私も一応女だぞ。そういうことを堂々と聞かないでくれ」
「じゃあどうしたんだよ?」
「それは……別に大したことじゃない。座椅子が変わったんだなと思っただけだ。ただそれだけなんだ。他意はない」
なんて他意がありそうな言い方なんだ。
カザミンの性格を考えると……暗くなった後、手と手が触れ合ったらどうしようなんて考えていたのかね。でもひじ掛けが独立しているタイプだからその可能性は大きく下がった。なのでちょっと残念と思ってたり。
ま、口にはしませんが。
さすがにシアタールームで騒ぐのは不味いし。これから映画なんだから落ち着いた気分で望みたいしね。
「……なあカザミン」
「何だい?」
「女子であるお前に聞くのもどうかと思うんだけど……誰押し?」
「本当に女子に聞く質問ではないね……まあ別に私は構わないけど。男性向けの作品の見てるし。そうだな……」
両腕を組んで考え始めるカザミン。
カザミンの両腕の上にはFカップが乗っている。よってインナーに包まれているFカップは強調される形になり、腕とFカップの間にパーカーが挟まれていることもあってこれがまた良い射し色になっている。
ふむ……横から見る腕組みカザミンは良いな。普段とは違ったカッコ良さと、それを崩すことなく自身の主張も忘れないFカップ。良い、非常に良い……
「……私は涼川だな」
簡潔にキャラ説明すると、ボーイッシュな感じの爽やか系ヒロインである。
「なるほど……どことなく風見に似てるような」
「じ、自分に近い外見のヒロインに感情移入しやすいのは当然のことだろ」
なるほど、カザミンは夢女子の才能もあるんだな。
ちなみに夢女子という言葉が分からない人のために説明しておこう。ざっくり言えば3パターンある。
ひとつめは、二次元(架空)の世界に自己投影する女性。
ふたつめは、夢小説ないし夢向け作品を好む女性。
みっつめは、男性キャラクターに萌え、時に恋に落ちてしまったかのように夢中になっている女性。以上だ。
「そういう鴻上くんは誰なんだい?」
「俺は黒峰かな」
「あぁ……川澄さんに似てるからね」
何か問題でも?
好きな人に似てる人を好きになる、押したくなる。それも当然のことだと思うんですけど。クールな感じの黒髪ロングって良いじゃん。
と思った直後、シアタールームの証明が1段階落ちた。大画面には映画の予告が流れ始める。上映まで残りわずかという合図だ。
「おしゃべりはここまでにしよう」
「そうだな」
そこから上映開始、終了まで俺達の会話はなかった。
元々肌色成分の多い作品なのは分かっていたけど、まさか主人公とヒロインのベッドシーンがあるとは思いませんでした。ほとんど画面真っ暗でヤッてるなってくらいしか分からなかったけど、見てるこっちは堪ったもんじゃないよね。
だって俺とカザミン、一緒に出かけるの今日が初めてだし。
性別も男と女だしさ。カザミンって腐りかけで中二病患ってるからこういうのにも耐性ありそうだけど、男女のことになると意外と初心な一面出ちゃうし。
だから主人公が転移のせいですっぽんぽんになってラッキースケベ起こした時とか、今言ったベッドシーンとかね。カザミン、両手で顔を隠して指の間から覗くようにして画面を見てたよ。
それに「はわわ……!?」って微かにだけど言っちゃってた。現実で言う人、俺は初めて見たよ。
たださ……もしかすると、俺の知り合いの中で最も女の子らしいのはカザミンかもしれないね。他は何というかどこかずれてる気もするし。
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