第16話 「鴻上も食べる?」

 現在、俺は雨宮とシャルと共に西連寺女学院に向かっている。

 何故そうなったのか理解できる人物は少ないと思うので、簡潔に事情を説明しておこう。

 つい先日、俺が日向屋でバイトをしている御影智羽に出会ったことは皆も知っていることだろう。彼女は西連寺女学院の生徒だ。

 俺は一昨日の放課後、ダンボールの再支援と手軽なメニューのレシピをガイに頼むため日向屋を訪れた。

 基本的に御影さん……もといトモは長期休暇を除いて土日しか日向屋で働いていない。

 何で愛称呼びなのか?

 何であの子のシフトを知っているんだ?

 と疑問を抱きはするだろう。そのへんに関しては、一昨日の様子を振り返りながら説明したいと思う。


 ☨


「ガイ、注文いいか?」

「おめぇから注文なんて珍しいな。何が目的だ?」

「失礼だな。世話になってるせめての礼だ……ダンボールの追加と手軽に作れるメニューのレシピをひとつ」

「あいよ、って注文は注文でも別の注文じゃねぇか!」


 ノリツッコミどうもありがとう。

 でも注文には変わりないじゃないですか。誰もコーヒーやケーキを頼むとは言ってないわけだし。

 などと言ってしまうと機嫌を損ねてしまうので、追加でサンドイッチセットを頼むことにした。何か頼んでおけばこれ以上は何も言われまい。


「ったく、おめぇは大人しそうな顔してるくせに人のことおちょくるよな」

「人は見た目で判断するべきじゃないってことさ」


 世の中には2メートルくらいのタッパで筋肉ムキムキ、スキンヘッドの強面なのに大のロリ好きなんて人間も居るわけだし。

 別に目の前に居る巨漢だけをピックアップして言っているわけではないぞ。世の中に似た嗜好の人間も居ると思うし。それに目の前の巨漢は、ロリはロリでもSッ気のあるロリが好きだろうしな。

 何故そう思うかって?

 だってこの巨漢、完全にロリな恋人さんの尻に敷かれてるじゃん。夜の方も主導権握られてそうじゃん。だからSよりMだって思っちゃうじゃん。


「おめぇ、今ろくでもねぇこと考えてるだろ」

「いやいや、割と重要なことを考えているから。主にお前との今後の付き合い方について」

「今の話の流れで何でそうなるのか聞きてぇんだが」

「そんなことよりダンボールとメニューの準備をしてくれ」

「事前に連絡もなかったのにすぐに用意できるわけあるか。サンドイッチはすぐに出してやっからダンボールとかは数日くらい待ちやがれ」


 なるだけ早くお願いします。

 いやまあ明日行けば土日だし、待てるには待てるんですけど……文化祭の準備の時ってやたら張り切る人っているじゃないですか。俺は裏方の担当ですけど、お前という存在のせいでメニューに関してはせっつかれてるんですよね。

 それ以上に制服の感想を求められたりしてるんですが。

 奇抜なものじゃなく、至ってシンプルな感じに作ってるみたいだけど、何で俺に感想を求めるのかね。しかも雨宮のだけ。

 俺としては雨宮のコスプレ……とまでは行かないにしろ、手作り制服を見れるのはお得です。

 でも俺、別に雨宮の彼氏でもないんですよ。俺好みに仕上げるよりも大勢の人に可愛いって思ってもらえるものした方が良いと思うの。クラスの売り上げのためにも。


「つうか、ダンボールはともかくメニューに関してはシャルちゃんとか頼ればいいだろ。料理もお菓子も何でもござれなんだしよ」

「あいにくあのメガネは別のクラスだ。言えば手伝ってくれそうではあるが、うちよりグレードの高いコスプレ喫茶なんてものをやろうとしている。故にここ最近のあいつは衣装制作で寝不足気味だ」

「負担は掛けたくねぇったことか」


 無愛想な言い方するくせに大切にしてんだな。

 ガイはそう言いたげな笑みを浮かべている。事と次第によってはそのとおりだと肯定するのだが、今回に関してはぶっちゃけ否定したい。

 だってここで貸しを作ったら……あのメガネは絶妙なタイミングで面倒事に持ってくるか、巻き込んでくるに決まっている。貸しがある状態では断るにも断れない。そんな状況に陥るのだけは絶対に避けなければ。

 それを抜きにしても、今でも朝起こしに行ってやっているのだ。あいつの負担を増やせば、比例して俺があいつの面倒を見る時間も増えてしまう。同じクラスならまだしも、現実は別クラスなのだからお互いにお互いのことを優先するべきだ。


「なら雨宮の嬢ちゃんはどうだ? あの子もそこそこ料理とか出来たろ。おめぇと同じクラスだって聞いた覚えもあるし」

「嬢ちゃんは料理じゃなくフロア担当だ。うちの看板娘兼マスコットとして今も学校で制服制作に付き合わされてる」

「あー、雨宮の嬢ちゃん小せぇからな」


 その嬢ちゃんよりお前の恋人は小さいけどな。

 150センチ前半の雨宮も小さい方ではあるけど、フゥさんは140センチくらいしかないわけだし。

 並んで歩いてたら姉妹扱いされてもおかしくないぞ。

 無論、姉は雨宮だろう。その状況を考えると……雨宮、内心では喜びそう。下に見られることが多いから。

 ずれた思考が脳裏をよぎった矢先、来客を知らせるベルが鳴り響く。


「こんにちは! もうこんばんはかな? まあどっちでもいっか」


 嫌味のない笑顔を振りまきながら歩いてきたのは、この店でバイトしている御影智羽さん。通称トモちゃんである。

 俺がこの子と出会ったのはこの前が初めてだったのだが、長時間おしゃべりしたこともあり、それなりに気心が知れた仲になっている。

 まあそれが理由で御影さんではなく、トモと呼んで欲しいと言われ、出来るだけ砕けた感じで話そうという約束をさせられたのだが。


「どうもガイさん」

「どうしたトモちゃん? 今週は文化祭があるとかで、次入るのは少し先だったはずだろ。何か忘れものでもしてたのか?」

「いえいえ、そういうわけでは。ちょっと今日はお話がありまして……おや? これはこれは秋介さん、来てたんだね。制服姿とは目の保養になるよ」

「そういうトモちゃんは今日は私服なんだね。こちらこそ目の保養になります」


 短めのスカート履いてくれてるから生足が見えるし。

 上半身の説明はないのかって? 仕方ないなぁ。

 今日のトモさんは普通にシャツの上にパーカーを羽織ってるよ。シャルとかに比べると膨らみはキュートだけど、露出を控えめにしてるから逆に想像力が膨らむよね。多分トモさんくらいの大きさが現代の日本人の平均サイズだし。


「そう? あたしの大きさだと秋介さんには物足りない気がするけど。あ、もしかして脚もイケる口なのかな? それなら納得も出来るかな。脚にはちょっと自信あるし……おっと、つい秋介さんとおしゃべりを」

「オレは別に構わねぇぜ。どうせ客もそいつしかいねぇし。トモちゃんが問題ねぇのなら好きなだけ話しな」


 おいこら、別にトモちゃんと話すのは構わねぇけどな。

 でもそれをお前が言うんじゃねぇ。俺がどう過ごすのか決める権利は俺にあるんだ。そういう振る舞いばかりしてると、フゥさんにあることないこと吹き込むぞ。

 みたいに言ってもいいのだが、そうするとトモの話が進まなくなる確率が高い。なので出されていたコーヒーを飲むことにした。

 ……うん、今日も何とも微妙な味だ。日々色んなブレンドを試してるんだろうけど、早めにベースとなる味を決めて欲しいものだ。


「それはありがたい提案なんですけど、実はこのあと予定がありまして。外に友達を待たせてるんです。だから先に用件を済ませちゃいます」

「そうかい。んで、話ってのは何だ? もしかして……バイトをやめたいって言うんじゃ」

「そんな重たい話じゃないんで安心してください。そもそも、やめるならちゃんと1ヵ月前に言いますから」


 トモちゃん、しっかりしてるぅ~

 でも言い換えれば、やめると決めたら即行で言うつもりだってことだよね。

 ガイ、少しでも長く働いてもらえるようにパワハラとかしないようにな。まあそれ以上に店が潰れないことが大事なんだが。


「今日の用件ですが……これを渡しに来たんです」


 トモが取り出したのは数枚の紙切れ。

 それには西連寺祭招待券と書かれている。名前から判断するにトモが通っている学校の文化祭の招待券だろう。

 西連寺祭の日程は今週末、つまり土日の2日間。招待券1枚で3人まで入場可能らしい。


「ガイさん達が土日もお仕事なのは分かってるんですが、もしお時間がありましたらと思いまして」

「おう、悪いな。行けるかどうかは分かんねぇが、ちょっとフゥと話してみるぜ。ただし、あんま期待はすんなよ」

「はい、期待せず待ってます。秋介さんも良かったらどう?」


 来てくれるかな? 来てくれる? 来てくれるよね?

 そんな感情が伝わってくる笑顔だ。シャルとは違う意味で圧力を感じる。

 まだそこまで文化祭の準備に追われているわけではない。土日のどちらかは景虎さんの家に行かなければならないが、言い換えれば土日のどちらかは行けるということだ。


「ちょうどいいじゃねぇか。シュウ、もらっとけ。そんでおめぇは絶対に行けよ」

「何故そうなる?」

「だっておめぇ、今文化祭の準備してるじゃねぇか。よその文化祭を見れば参考になることもあるかもしれねぇだろ」

「それはそうかもしれないが……女子高にひとりで行けと?」

「何言ってやがる。おめぇにも誘える友達は何人かいるだろ」


 ☨


 というわけで。

 シャルと雨宮に声をかけてみたところ、迷うことなく良い返事をもらえました。なので西連寺女学院に向かっているわけです。

 向かっているというか、もう目の前まで来ちゃってるけど。


「おぉ、見てください! 校門に用意された看板、実に華やかかつエレガントな装飾がされてマスヨ。何より女子高だけあって、視界の半分以上が女性ばかり。これはもう興奮ものデス!」


 はい、シャルさんは今日も絶好調です。

 だけど露出はあまりしてないんだ。今日のシャルさんの服装は、白のジャケットにジーンズとカッコいい系スタイル。スタイルが良いからこういう服装が映えて見えるよ。それだけに口から出る言葉への残念さが際立つけどね。


「シャル、興奮し過ぎ。今からそれだと1日持たない」


 シャルさんとは対照的に雨宮さんは今日もクールです。

 でもでも、今日の雨宮さんはスカートを履いておりまして、上はカーディガンを羽織っております。

 しかも萌え袖。

 完全に手が隠れるのではなく、指先が見えるくらいのものにしてるのが実に雨宮さんらしいよね。


「そこはご安心を。動けなくなったらシュウに抱っこなり、おんぶなりしてもらいますから」

「それはダメ。シャルが鴻上と密着したら、鴻上はシャルのおっぱいで興奮する。そんなことになったら女生徒達の視線が鴻上のあ、ある一点集まる。そうなったら大騒ぎ」

「雨宮さん、堂々と言えないならそういうこと口にしないの。そもそも、シャルが動けなくなっても抱っこもおんぶもしません」

「え、幼馴染のピンチを助け……!?」

「はい、もうすぐ俺達の順番だから黙りましょうね」


 シャルの顔面を掴んで連行する。

 最初は「メガネが割れるぅぅぅッ!」と騒いでいたが、徐々に大人しくなってはいくがそれに比例して息遣いが荒くなっていく。

 Mッ気が刺激されて興奮していると判断した俺は、何も言わずにそっとシャルの顔から手を引いた。

 シャルさん、そんな物欲しそうな顔をしてもやってあげません。

 雨宮さん、どことなく羨ましい顔しないの。アイアンクロ―されるのは羨むことじゃないんだから。

 なんて思っている間に受付の前へ。

 女子高というだけあってセキュリティがうちの高校よりも強いらしく、関係者を除けば招待券のある人間しか入場できないらしい。


「こんにちは、ようこそ西連寺女学院へ。招待券を確認させていただいてもよろしいですか?」


 受付の生徒にトモからもらっていた招待券を渡す。

 招待券の裏には俺、シャル、雨宮の名前がフルネームで記載している。名前の他には年齢と緊急時の連絡先くらいだ。

 個人的に年齢まで書く必要があるのか、と思ったりもするが、出店などは客層を考えることで売り上げも変わってくる。故に学校側は来場者の年齢を知っておきたいのだろう。


「ありがとうございます。こちらパンフレットになります。何か分からないことがありましたら、赤色の腕章を付けた生徒及び教職員が巡回しておりますので、お気軽にお尋ねください。それでは、どうぞ中へ」


 案内に従って前へ進む。

 学校の敷地面積はうちの高校とさほど変わらないように思える。が、部活動の成績が良いこともあってか設備面はこちらが上のようだ。まあ帰宅部である俺には関係ない話でもあるが……


「シュウ、どこから攻めますか! ワタシとしては水泳部主催のストラックアウトに行ってみたいデス。きっとスク水で歓迎してくれて、的に当てる度に1枚ずつ脱いで」

「くれるわけないだろ。場所がプールだからスク水は着てるかもしれないが、野球拳仕様でもなければ、裏社会のゲームでもないんだ。自分の露出が少ないからって他人に肌色要素を求めるな」

「ならワタシが脱ぐしかありませんね」

「脱ぎたいなら脱いでいいがジャケットだけだぞ。それ以上脱ごうものなら俺は雨宮を連れてその場から去る」

「鴻上と逃避行……シャル、脱ぐなら脱いでいいよ。わたしは鴻上と楽しむから」


 雨宮さんも何を言ってるの……。

 入場してすぐ頭を抱えそうになったが、シャルは雨宮の発言を脱いだらハブられると解釈したらしく、泣きそうな勢いで前言撤回した。

 故に改めてどこへ向かうか決めることになったわけだが。

 今日ここに来れているのはトモが招待券をくれたからであり、礼儀としてはトモの所属するクラスの出店には行くべきだ。

 ふたりもそれには納得のようで、トモの所属するという1年C組の教室に向かう。場所は右側の校舎の2階。パンフレットによると執事喫茶をやっているらしい。


「いや~執事喫茶とは良い趣味をしてマスネ。これは大いにワタシの脳を刺激してくれそうデス」

「張り切るのは良いが、あんまり際どい衣装を作ると苦情が来るぞ」

「大丈夫デス。そのへんはギリギリを攻めるつもりなので。特に悠里さんにはワタシと共に看板娘になってもらいマス……ムフフ」


 他人だけに押し付けないのは素晴らしいが、そこでカザミンの名前を出すあたり人が悪い。カザミンは人前でコスプレとか普通に恥ずかしがるだろうし。

 それにギリギリ衣装なんて着たらきっとあの素敵なお胸が大変なことに……絶対見に行くしかないな。出来れば写真も撮っておきたい。


「……ところで雨宮さん」

「ん」

「何であなたは両手にアイスを持っているの? いつ買ったの?」

「そこでアイス売ってたから」


 確かにすぐ近くにアイス売ってる出店あるけど。

 俺がツッコミたいのはそこではなくて、あなたの神速じみた行動の速さの方なんです。音もなしにアイス買ってくるとか、どんだけ隠蔽スキル高いの。どうやったらリアルでもそんな敏捷性を獲得できるの。俺には全然分からないよ。


「鴻上も食べる?」

「いや、俺はいいよ」

「そっ……」


 ちょっとシュンとしちゃった。

 もしかして俺のために買ってくれてたのかな? でもそれだとシャルだけ省くことになっちゃうし。そうなったらシャルがウザくなるだろうし。そもそも、俺がこのふたりのお守りしないといけないから楽しんでる余裕がない。


「マイさん、ワタシ食べたいデス」

「ん」

「ありがとうございマス。しかし、招待された人しかいないはずなのに結構人が多いデスネ。はぐれたら大変なのでマイさん手を繋ぎましょう」

「分かった」


 わーお、シャルさんがまさか常識人じみた行動を取ったぞ。

 これは明日雨でも降るじゃなかろうか。


「アイス食べ終わったらシュウも繋ぎマス?」

「遠慮しておきます。周囲の視線を集めたくないんで」


 3人で手なんて繋いだら身長差的に家族に見られるかもしれないし。

 もしそんなことになったら雨宮さんの機嫌が悪くなるに決まってる。妹扱いされてもむくれるんだから娘扱いなんてされたらもう大変よ。絶対に大変。だから考えたくもない。

 でもそれ以上に……このふたり(主に金髪メガネ)がトモちゃんに変な絡み方しないか不安でしょうがないんだけどね。よその学校に来てるんだから面倒事だけは起こさないで欲しい。

 俺、今日という日を無事に乗り越えることが出来るのかな。来たばかりなのに何か帰りたくなってきた。でも頑張る。せめてトモに会うまでは……



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