第5話 「試し斬りに行ってました!」

 あれからしばらく。

 俺とシリュウはゲーム内で購入したお茶を片手にベンチに座り、俺は空を見上げ、シリュウは逆に地面に向かって顔を伏せていた。


「……なあシリュウさん」

「何かなシュウちゃん」

「やっぱりさ……俺と彼女には縁がないんじゃないかな」


 状況が分からない人が大半だろうから説明しておこう。

 実はシリュウが落ち着きを取り戻した後、この世界でアキラさんに会うべく行動を起こしたのだ。

 その方法はフレンドサーチ。文字通りフレンドになっているプレイヤーの現在位置を確認できる機能である。

 俺はアキラさんとフレンドではないのでこの方法を行うことは出来ない。

 だが我が真友であるシリュウはアキラさんとフレンドになっている。故にこの方法が可能だったのだ。

 しかし……この方法には弱点もある。

 それは相手がサーチ機能をオフにしていると現在位置を確認できないということだ。

 基本的に誰かとフレンドになった場合、ログイン状態やサーチ許可はオンに設定されている。つまり、相手が意図的にオフにしない限りはサーチが可能なのだ。

 でも現状は……まあ何が言いたいのかというと、我が真友はアキラさんに拒絶というか信用されていなかったわけである。


「最初はわずかな希望を絶望に変えられてショックに思った。我が真友の詰めの甘さというかポンコツさに落胆した。でも元はといえば悪いのは俺で……協力してくれようとしたお前を責めるのは違うもんな。うん、俺と彼女には縁がなかったんだよ」

「やめてくれ! 今の私に優しくしないでくれ。慰めの言葉なんて掛けないでくれ。最初に抱いた感情のままボコボコにするつもりで責めてよ!」

「いやいや、悪いのは結局俺だし。出会いがあれば別れもある。彼女との別れが思いのほか早く来ちゃっただけさ。お前は悪くない」

「気遣いやめろよ! 気遣うくらいなら私を罵れ。罵倒しろ。達観した顔される方が私としては心苦しい。何よりまだ終わったわけじゃないだろ。彼女がこの世界に居ることは間違いないんだ。諦めるにはまだ早いだろ!」


 我が真友は優しいね。前向きだね。この強さに憧れるね。

 でも俺は真友ほど前向きでもなければ、強くもないんだ。だって……


「この世界にどれだけのプレイヤーが居ると思ってる?」

「うぐ……」

「この世界にどれだけの街やダンジョンが存在してると思ってる?」

「そ、それは……」

「マイハウスやギルドハウスを持ってるプレイヤーならまだしも、この広い世界でサーチ機能もなしにひとりのプレイヤーを探せると思いますか?」


 俺は探せるとは思いません。砂場から一粒の砂金を見つけるようなものだし。

 我が真友も顔を見る限り、俺と同じ結論に達しているようです。これを機に真友には期待だけ煽るような発言は控えて欲しいね。

 俺はそこまで気にしないけど、世の中には期待通りにならなかった時に文句を言う人間も居るんだから。

 さて話を戻すけど、仮想世界でアキラさんに出会うのは現実的ではなくなってしまった。なら仮想世界で彼女を探すのは時間の無駄。まだ現実世界で行動した方が会える可能性は高いだろう。


「……よし、ここはすっぱりと諦めましょう」

「え」

「ここで粘っても時間の無……」

「ダ、ダメだ……そんなのダメだ。そんな簡単に諦めたらダメだよ!」


 言葉を遮られた挙句、シリュウさんに肩をがっちり掴まれました。

 まあそれはいいとして……問題なのはちょっとシリュウさん興奮し過ぎかな。結構顔が近いです。お互いが前かがみになったら唇が重なっちゃうかも。そうなれば俺のファーストキスはシリュウさんということに。

 そうなれば……シリュウさんの性格的に暴走するだろうな。下手したらシリュウさんとの関係にも亀裂が入る。そうなれば友人をひとり失うどころか、行きつけの本屋まで無くすわけで……迂闊に動けねぇ。


「シュウくん、君は彼女のことが好きだったんだろう? 友達に戻りたいと願ったんだろう?」

「は、はい」

「ならせめて一度会って話すまでは頑張るべきだよ。人との繋がりっていうのは大切なものなんだ。かけがえのない宝物なんだよ」


 おぉ……何か主人公に励まされている気分だ。

 でも何だろう、少しだけ心が切なくなっちゃう。多分シリュウさんに友達が少ないってイメージを抱いてるから、彼女の言葉の重みが増して聞こえるんだろうね。


「不甲斐ない私がこんなことを言っても響かないかもしれないけど。私は君と彼女が再び笑える未来を願ってる。そのための手伝いをしたいって本気で思ってる」

「あのーシリュウさん」

「だからどうか諦めないで欲しい。君が1番辛いのは分かってる。だけど、せめて彼女に一度会うまでは私と共に頑張って欲しい。頼む」

「いや、だからね」

「もしも彼女に会えず時間だけを無駄にしてしまった時は……その責任は取る。私に出来ることであれば何でもしよう。その……き、君が望むのであればエ、エッチなことでも受け入れるつもりだ」


 何だと……。

 顔を合わせるたびにエッチな目で見るなと言ってくるシリュウさんが、エッチなことを受け入れる? 目の前にあるFカップを俺の自由にさせてくれるというのか?

 我が真友の覚悟を侮っていた。

 趙雲に憧れていることは知っていたが、まさかここまで義に厚い女だったとは。本当に良い奴である。

 なのに何で友達が少ないんだろう。それだけはマジで不思議だ。


「でででで、でも限度はあるからな。私はそういう経験ないし……その、私の大切なものまで奪うつもりならちゃんと責任は取ってもらうぞ。責任を取ってくれるのであれば、多少のことは大目に見るつもりだ」

「シリュウ」

「な、何だ? ももももしかして散々私にエッチな目を向けていたのにも関わらず、いざとなったら女の子として見れないとか言うつもりか。私みたいな可愛さのない女の子はダメだというのか!」

「いや、ちゃんと女の子として見てるから落ち着いて」


 それにシリュウさんは可愛いよ。俺の師匠とは別のベクトルにはなるけど、十分に可愛い女の子だよ。比較的常識人だし、俺の知り合いでなら最良の友人だと思います。


「シリュウさんの覚悟は分かった。でもね、ひとつだけ言っておきたいのが……俺は確かに諦めようって言ったけど、別に彼女との関係修復自体を諦めようって言ったわけじゃないよ」

「……うん?」

「サーチできないんじゃ仮想世界で頑張るのは時間の無駄になる可能性が高いじゃないですか。だからこっちじゃなくて、現実世界の方からまた攻略しようという話をですね……」


 シリュウの顔はみるみる赤くなっていく。

 ゲーム内の感情表現は現実よりオーバー気味なところはあるが、立場が逆だったとすれば俺も同じくらい赤くなっていたかもしれない。俺と彼女とでは性格が違うので、あんな真っ直ぐな言葉を言えた気はしないが。


「ま……紛らわしい言い回しをしないでよ!」

「一応言おうとしてたんですが」

「それは最後まで聞かなくて悪かったね! 私が悪かったね。謝るからさっきのことは忘れてくれないかな。むっつり認定はしてもいいからあの発言だけはなかったことにしてくれないかな!」


 なかったことにするのはともかく、すぐに忘れるのは無理だと思います。

 だって俺も男の子だから。想像の中でシリュウさんにお世話になることもあるかもしれない。

 いや多分あります。

 生まれたままの姿になったシリュウさんに「責任ちゃんと取ってよ」とか言われる妄想しちゃうと思います。


「おや? 誰かと思えばシュウとシリュウさんじゃないデスカ」


 話しかけてきたのは我が幼馴染であるシャル。

 今日も着物を着崩していて花魁のようだ。ただ腰には一振りの刀があるだけに着崩し系侍と言った方が正しいかもしれない。

 いやー今日も実にグレートなお胸だ。上乳と谷間が見えているだけに非常にエロいね。しかも今日は髪の毛をポニーテールにしているよ。

 金髪+メガネ+Gカップ+着崩し系侍+ポニーテール……うん、良い。とても良い。実にエロカッコイイ。


「お~シュウがワタシに興味深々デス。シュウ、そんなに興味があるなら別に胸くらい触っていいデスヨ」

「え、マジで? じゃあ遠慮なく」

「じゃあ、じゃない!」


 シリュウさんに思いっきり伸ばした手を叩かれました。

 街中は安全圏でダメージが発生しないけど、なかなかの衝撃でした。シリュウさんは筋力寄りのスキル構成にしているのかもしれない。


「気軽に触ろうとするなんて君はバカなのか」

「でもシャルさんが良いって言ったよ?」

「そうだとしてもダメなものはダメなの。するにしても私のいないところでやってくれ」


 なるほど、つまり目の前でイチャイチャするなと。

 まったくシリュウさんはリア充に対する妬みが強いね。ま、真友が他の子に取られそうでヤキモチを焼いているだけかもしれないけど。


「シャルさんも自分の身体を安売りしない」

「別に安売りはしてません。幼馴染は負けヒロイン、というジンクスを崩すためにシュウを誘惑しているだけデス」

「動機が不純すぎるよ! 君は私を納得させるつもりないだろ」

「いえいえ、そんなことは。ワタシ、シリュウさんのことは同士だと思ってますので!」

「その認識もやめて欲しいな! 私は君ほど色々捨てたりしてないから。というか、納得させたいならシュウくんと特別な関係になりたいからとか言うべきだからね!」


 この手のことに関してはまさに水と油。決して交わることがなさそうなふたりである。

 俺としてはどっちの味方なのかって?

 そんなのシリュウさんに決まってるじゃないですか。だって全面的にシリュウさんの言い分が正しいし。シャルさんには日頃からもう少し自重して欲しいと思ってますもの。


「何を言ってるんデスカ! ワタシとシュウはすでに特別な関係デス。何年幼馴染やってると思ってるんデスカ!」

「何で私が怒られるの!? 確かに幼馴染って関係は特別なものだけど、君の中の幼馴染は一般とどこかずれてないかな」

「たとえ一般とずれていようと、ワタシはワタシの幼馴染道を貫き通しマス」


 俺の幼馴染は真剣な顔で何を言ってるんだろう。というか、幼馴染道って何?

 それに表情も服装もばっちり決まってるだけにはたから見る分にはカッコいい。でもシャルがやっていると思うと無性に苛立ちを覚える。

 だってシャルさん、カッコいい人じゃないから。

 基本的に無邪気な笑顔で周りを振り回す騒がしい系幼馴染だから。真面目な顔で馬鹿なこと言われると本当ムカつく。鬱陶しいと思う。みんなもそう思わない?


「ところで、おふたりは何をしてたんデスカ? 今日から壊れた関係を修復するために頑張ると聞いてましたが」

「うっ……それなんだけど」

「あ、皆まで言わなくていいデス。その反応で何となく想像つきました」


 さすがシャルさん察しが良いね。でもここは最後まで聞いてあげるべきだったと思うよ。

 だって簡単に察せられるとさ、シリュウさん普段から何かやらかす人間だって思われてるみたいに感じちゃうだろうから。


「そういうお前は何してたんだよ?」

「ワタシデスカ? ワタシはこの子の試し斬りに行ってました!」


 シャルは差していた刀を握ると、腰から抜いて見せつけるように俺に近づけてきた。

 シャルはこの世界では鍛冶師なので自分の作品を子供扱いするのはおかしいことではない。ただ俺も男。どうしても気になってしまうことがある。

 現実的な考え方なのかもしれないが……シャルさんはあんなグレートなお胸を持っているのに刀をまともに触れるのだろうか。


「おやおや、シュウはかなりこの子のことが気になっているようデスネ。シュウがマイさんからワタシに乗り換えるのであれば、ワタシ秘蔵の子供達を分けてあげてもいいデスヨ」

「確かに刀には惹かれるが、武器スキルをマイさんとかに置き換えて話すのやめなさい。試し斬りにはひとりで行ってたのか?」

「そうデスヨ」

「そうですよって……本業が鍛冶師ならお供くらい付けなさいよ」


 このゲーム、完全スキル制な上に外ではPKオーケイなんだから。集団に囲まれたら普通のプレイヤーは終わりですよ。


「シュウ、心配してくれるのは嬉しいデスガ……ワタシは戦闘もできる鍛冶師なので大丈夫デス!」

「その笑顔が逆に信用できねー」

「シュウくん、その気持ちは分かるけど実際シャルさんは結構な手練れだよ。前に決闘王国デュエルキングダムに参加した時も上の方まで勝ち上がってたみたいだし」

「え……」


 嘘でしょ?

 だって決闘王国っていうのはマイさんみたいな化け物染みたプレイヤーが集う大会でしょ。それで上の方まで勝ち上がるってかなりの偉業ですよね。それをこの強者感ゼロなシャルさんが……かつてないほど信じられない話だ。


「あ~そんなこともありましたね」

「何かどうでもよさげな反応……」

「だってワタシ、そのときはお店の宣伝目的で出ただけデスから。思いのほか勝ち上がれたので良い宣伝になりました。それに何人か顧客を獲得できたので、今となっては良い思い出デス」


 そっか、それは良かったね。

 でも必死に最強を目指しているプレイヤーのことを思うと、ちょっと可哀想になってくる。だってシャルさん、どう見ても最強とか目指してなさそうだし。


「そういえば、試し斬りの帰りに小耳に挟んだんデスガ……最近始まりの街からアガルガルドの道中で初心者狩りが出没しているらしいデス」


 ゲームの中で悪役を気取りたい奴ってのは居るもんだが、初心者を狙うなんて趣味の悪い奴。自分がされたら嫌なことは人にはするなって習わなかったのかね。戦いたいだけならアガルガルドの周辺で探せばいいだろうに。


「ちなみにそのプレイヤーの特徴は、長い黒髪で凜とした顔立ち。クラスに居たら3番目くらいに可愛いと言われるくらいには美人だそうデスヨ」


 なるほどなるほど、長い黒髪で凜としててクラスで3番目に可愛い感じか。俺も出くわさないように気を付けないと……何か凄まじく覚えるのある特徴だな。俺が会いたい人の特徴にかなり酷似しているぞ。


「……なあシリュウ」

「そうだねシュウくん。私としても同じ見解だよ」

「そうか……なら行くしかない」


 本人である確証はないが、今はやれるべきことは全てやってみるべきだ。

 それに……もし仮に初心者狩りが彼女だとするなら、どうしてそんなことをするのかも確かめたい。

 何故なら彼女は、理由もなく他人を傷つけて楽しむ人間ではなかった。

 もしも俺の行動が原因でそうなっているのだとしたら、俺には彼女を止める責任がある。

 アキラ……お前は今どこでいったい何をしてる?



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