第4話 「私は彼と結婚の約束をしているんだ」

 夏休みも半分を過ぎ、あと10日もすれば再び学校が始まる。

 ただそれまでに俺にはやっておくべきことがある。

 それはアキラとの関係の修復だ。

 雨宮とデートをしたあの日、雨宮を背負う俺の姿を見てアキラがどう思ったのか定かではない。だが、少なくとも彼女は傷ついたのは間違いないだろう。

 告白によって不安定になっていた俺とアキラの関係は、あの日を境に完全に壊れてしまった。

 一度はアキラへの想いを捨てようと思った。壊れたままの関係で今後過ごしていくのだと思った。

 しかし、雨宮達が背中を押してくれた。立ち直らせてくれた。

 だから俺はアキラとの関係を直す。恋人になれないとしても、前のようにお互いの趣味を話せる友人に戻ってみせる。


「……と意気込んではいたが」


 正直に申しますとすでに心が折れそうです。

 ヘタレだとか思わないでね。これでも立ち直ってから色々やったんだよ。気まずさとかに耐えながらアキラに電話を掛けてみたり、メッセージを送ってみたりしたんだ。

 でも……結果は全て無視です。既読にすらなりません。

 着信拒否やブロックはされていないようだけど、アキラさんは完全に俺を自身の意識から排除しようとしているようですね。

 自分の行動が招いた結果とはいえ、好きだった子にそういう態度取られると傷つくよね。

 しかし、俺はまだ諦めてはいない。俺の心はまだ折れていない。

 何故なら現実世界で会えなくても、仮想世界でなら会える可能性があるのだ。

 アキラはICOで最強になりたいがために女を捨てるよう勢いで頑張っていた。多分それは今も変わらない。むしろ、より一層励んでいる可能性だってある。

 出会った瞬間に逃げられる、または武器を向けられるかもしれない。

 けど俺は逃げない。アキラときちんと話すまではこの状況に抗い続けてやる。そのために俺は、この世界……ICOの世界に戻って来たんだ。


「……しかし」


 ICOを始めてからずっと隣に雨宮もといマイさんが居たせいで、ひとりで居るというのはちょっと新鮮だ。ちょびっとばかり寂しくもあるが。

 だがマイさんには決闘王国デュエルキングダムが控えている。この世界の準最強プレイヤーとしての意地や義務があるはずだ。協力できる時はしてくれると言っていたのだから、感謝はすれど文句を言ったりは出来ない。

 それに別に俺はひとりじゃないからな。今日はというか今日からはマイさんの代わりに頼もしい助っ人と一緒に行動する予定だし。

 それは皆さんもご存知の我が真友。親しい友達で親友ではなく、真の友達と書いて真友の彼女だ。今はお互い自称に近いが、きっとそのうち本当の意味で真友になれることだろう。


「ただ……」


 ひとつだけ問題がある。

 俺は彼女と待ち合わせをしてICOにログインした。しかし、多くのプレイヤーは巨大都市アガルガルドを拠点にしている。

 よってこの街の人口密度が高い。非常に高い。

 また街の中央にある広場には大きな噴水がある。故に観光やデートスポットとして利用されることもある。

 まあ結局何が言いたいかというと……待ち合わせしている人間が多くて俺は待ち合わせ相手を見つけられずにいるということだ。

 お互いがお互いを探し回ると下手したら合流できるのは……なんてことにもなりかねない。


「やれやれ……」


 顔や体型は現実と変わらないにしてもICOの中では装備によって見た目の印象なんて変わってしまう。

 それに彼女は自分の大きな胸を気にしているようだからな。ボディラインを隠すような恰好をしていたら顔で見分けるしかなくなるぞ。髪色も弄っていたら見つけるまで余計に時間が掛かりそうだ。

 こんなことならアキラに再会した時のシミュレーションばかりじゃなく、真友の外見をきちんと聞いておくべきだった。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。

 とりあえず広場を1周してみるか。それっぽいプレイヤーを見かけるかもしれないし。


「ねぇ君、もしかしてひとり?」

「実はオレ達、今パーティー組める人探しててさ。もし良かったらオレ達と組まない?」


 うんうん、ナンパですね。

 まあナンパなんて現実世界でもあることだし、この世界においても珍しくもない光景ですが。異性とお近づきになりたい人、難しいクエストに挑むために戦力が欲しい人……と種類は色々でしょうが。


「実はさ、ボク達この街に着いたばっかで装備とか整ってないんだよね。見たところ君の装備ってかなり上のランクみたいだし。良ければボク達のこと手伝ってくれない?」

「すまない。私は待ち合わせの最中なんだ。悪いが他を当たってくれ」

「えー少しくらいいいじゃん。手伝ってよ、何なら待ち合わせしている子も一緒に良いからさ」


 いやはや、メンタルが強いというか図太いですね。

 俺なら知らない異性に声を掛けるだけでも臆しちゃいますよ。資料を渡すとか伝言を頼まれてるなら別だけどね。仕事と私用とじゃ心持ちも違うし。


「悪いが、こちらにもこちらの目的がある。それに私は待ち合わせしている人物を手伝う身でね。私の一存であなた達に協力することはできない」


 迷うことなく言い切るなんてカッコいい女の子だね。背中には槍を持っているみたいだし、まるで義に厚いと言われている趙雲のようだよ。

 ……趙雲?

 いやいや、まさかそんなわけないよね。趙雲好きの歴女なんて俺の知り合い以外にも居るだろうし。カッコいい系の女の子はもっと居るはずだし。

 でも……凄く聞き覚えるのある声だったんだよね。

 ただ声が似ているだけの別人だったら面倒事に首を突っ込むことになりそうだけど、別人じゃなかったら素通りするのも良くないよね。それはそれであとで面倒事になるし。

 とりあえず、もう少し近づいて様子を見てみましょう。


「君、友達思いなんだね。ボク、そういう子好きだな」

「お、琴線に触れちゃいました? ねぇ君、こいつ君のこと気に入ったみたいだからさ。こいつ今彼女もいないし、今後のためにってことで今回だけオレ達に付き合ってよ」

「さっきも言ったが私は待ち合わせをしているんだ。あなた達には付き合えない」

「そう言わずにさ」

「くどい。付き合えないと言っているだろう。彼女が欲しいのなら他を当たってくれ」


 ふむふむ、黒髪のショートカットにFカップはありそうなお胸。顔立ちも涼やかで爽やか。間違いなくあれは我が真友ですね。

 話している男達は……すげぇ、すげぇよ。別にブサイクでもないけどイケメンでもない。平凡だとか普通とか言われそうな感じの方々だ。

 俺も顔面偏差値は普通レベル。背が高いことを除けばあのふたりと変わらないだろう。故に同じくらいの平凡男子としては、異性にナンパできるあの人達のこと尊敬しちゃうね。ナンパとか俺は絶対無理だもん。

 だがそれ以上に……我が真友の恰好がエッチぃ。

 色は白を基調としていて射し色として緑が入っているのだが、それが実に爽やかかつ清楚だ。見た目は中華系の服装をファンタジー用にアレンジした感じだけど、胸元は開けてるし、足にはスリットがあって色気が凄い。

 俺なら思わず胸元と太ももを交互に見ちゃうね。顔だけ見ようと心がけているあの男達の精神力には感服するよ。


「こいつは君が良いんだよ。ちょっとお茶するだけでもいいからさ」

「最初と目的が変わってるじゃないか。この際はっきり言わせてもらうが、私はあなた達みたいな軽薄な男性は嫌いだ」

「君、一途なんだね。そこも好きだな。でもそうツンケンしてるといくら可愛い顔してても男にモテないよ。少しは可愛げを身に付けないと」

「別にあなた達にモテたいとは思わない。それに……私の待ち合わせの相手は男だ」


 その発言で男達の顔色が変わる。

 そして、俺は凄く踵を返したくなった。だって今の空気に割って入って行くとか自殺行為な気がするし。

 俺は彼女の真友であって恋人ではないからね。ヒロインを絶対助ける主人公でもないからね。出来る事なら平穏に過ごしたいモブです。というわけで……


「もういいだろう。そろそろ待ち合わせの相……おい、そこの黒ずくめ! 何で君が去ろうとしてるんだ!」


 くっ、貴様はどこぞの主人公か。

 いくら距離が縮まっているとはいえ、周囲には多くのプレイヤーだって居るんだぞ。なのに何故的確に俺の姿を捉えられるんだ。近距離武器使ってるのに視力に補正を掛けるスキルでも習得してるのか?


「いやーすまない。お前かなって思って近づいてきたんだが、お前だって分かったから去ろうかと思っただけなんだ」

「謝る気が全然ないな! 笑顔で言った部分はまだ許せるにしても、言っている内容は許す余地がない。今君が口にしたのは、待ち合わせ場所に来ないよりも相手が傷つく行動だぞ!」


 だってだって、あなたナンパされてるんだもん。

 僕はね、出来る限り争いごとは避けたいタイプなんだ。どこぞの主人公のように自ら危険に飛び込むようなことはしたくないんだよ。

 ナンパで起きるトラブルとか仮想世界なら運営に連絡すれば一瞬で解決しちゃうし。現実世界で同じ現場に出くわしたら自分から首を突っ込むけどね。知り合いが嫌な目に遭いそうなのを見過ごすわけにもいかないので。


「すまない。お前が予想よりも刺激的な格好をしていたからふざけないと見惚れそうだったんだ」

「なっ……わ、私をそういう言葉で誤魔化せると思うなよ! というか、今の発言からしてまた君は私にエッチな目を向けていたんだな。何度も言っているだろう、私をエッチな目で見るなって!」


 それはそうなんだけど……君も理解してほしい。

 男っていうのはね、女の子として見ている女の子にはそういう目を向けちゃうものなんです。言い換えれば、あなたは俺にとって魅力のある女の子だってことなんです。


「あのさ……お前、突然現れて何なの? つうかお前がその子の待ち合わせの相手?」

「うわぁ、恰好地味ぃ。イケメンでもないし、全然その子に釣り合ってないよ」


 お、おぉ……何だろうこの感覚。

 まあ絡まれるだろうなとは思ってましたよ。恰好が地味なのもマイさんには悪いですけど、認めましょう。実用性優先な黒ずくめ装備ですから。君達の装備は装飾が多めで煌びやかだしね。ま、俺の趣味じゃないけど。

 それにイケメンでないことも認めるよ。そんで我が真友はカッコいい系女子だけど、綺麗な顔立ちをしていることは間違いない。恋人として見た場合、確かに俺達は釣り合ってないでしょう。

 だがしかし……。

 何故それを俺とさほど顔面偏差値の変わらないこいつらから上から目線で言われなければならないのだろう。

 いったいどういう神経してるんだろう?

 もしかして自分達のことを、10人居れば10人振り返る超絶イケメンだとか思ってるのかな。自分のことは好きなのは良いことだけど、もう少し現実を見た方が良いと思う。


「んだよ、何か言いたいことでもあんのか」

「いや別に」


 嘘です。本当はいくつか言いたいことがあります。

 まず俺が何か言いたそうだと察することが出来るのなら、我が真友が迷惑に思っていたことも察していたはずだよね。

 にも関わらず、あれほど言い寄っていたのなら君達は見た目を磨こうとする前に人間性を磨くべきだね。


「堂々と嘘吐いてんじゃねぇ! どう見ても何か言いたげな顔をしてるじゃねぇか。男なら言いたいことがあるならはっきり言え」

「そうか……なら言わせてもらおう。俺達にこれ以上構わないでくれ。俺はこのあとこいつと約束があるんだ」

「調子に乗るなよこの野郎ッ!」


 言えと言ったから言ったのに。

 自分の気に入らないこと、自分に都合が悪くなると声を荒げて自分を正当化しようとする奴って居るけど。目の前の奴がそうだけど。

 俺はこういう奴は大嫌いだね。

 どうして自分が絶対に正しいと思えるんだろう。どうして自分に全く非がないと思えるのだろう。人間なんて誰しも失敗するというのに。

 精神的に他人より上に立ってないと自分を肯定できないのかね。


「ねぇ君、こんな奴のどこが良いの? 地味だし顔も平凡だし、愛想も良い気はしないし。一緒に居て楽しくないんじゃない? さっきもケンカしてたみたいだしさ。なら、こんな奴は放っておいてボク達と一緒に遊ぼうよ。その方がきっと楽しいよ」


 凄いよね。ここまで言い切られるとむしろ尊敬しちゃうよ。

 だって他人の人間関係を知っているわけでもないのに、自分達と一緒の方が楽しいって言えちゃうんだよ。

 その自信はどこから来るの?

 そもそも、本当にそっちが楽しいと思うのなら最初から付いて行ってると思うんですが?

 そんな言葉が口から漏れそうになった矢先、不意に我が真友が俺に抱き着いてきました。左腕がファンタスティックな感触が……堪らん!


「あぁもう! 君達とは一緒に行かないって何度も言っただろう。いい加減にしてくれないか、しつこい。それに私は君達のような人間は嫌いだと言っただろう。君達と一緒に遊ぶことに何の興味も湧かない。むしろ嫌悪感すらある。彼と一緒に方がずっとずっと楽しいよ、楽しめるよ!」


 真友の会心の一撃は、男達の心を深くえぐったようだ。

 まあそうだよね、嫌いと言われるだけでもあれなのに興味が湧かない、むしろ嫌悪感すらある。なんて言われたら誰だって傷つくよ。


「こ……このアマ、下手に出てりゃ調子乗りやがって!」

「調子乗ってるのはそっちだろ! 人間としての魅力が皆無なくせに格好つけるな。もう少し現実を見ろ。というか、私は彼と結婚の約束をしてるんだ。君達が入り込む隙間なんて微塵もない。分かったら今後一切私達に関わらないで!」


 その言葉に男達のナンパ心も折れたらしく、俺や真友への悪口に等しい負け惜しみを言いながら去って行く。

 いやはや、決闘で勝負を付けようとかならなくて良かった良かった。

 俺、マイさんとしか決闘したことないから正直あまり自信ないんだよね。ブラッキー先生のように相手の武器をぶっ壊して華麗に勝利とか絶対に無理なんすよね。そういう意味では我が真友に感謝感謝……


「ふぅ……まったく、何で今日はあんなのに絡まれるんだろう。気が滅入っちゃうよ」

「それについては同感だが……なあ我が真友、君はこちらでは何て名前なのかな? ちなみに私はこっちではシュウと名乗っているよ」

「うっ……地味に私が呼びづらい名前を。……私のこっちでの名前は」

「名前は?」

「シ……シ、シリュウだ」


 シリュウ? 子龍? おぉ、趙雲子龍!


「おい、今絶対私のことバカにしただろ!」

「いえいえそんなことは。我が真友らしい名前だと思いましたよ」

「あぁそうですよ、私らしい名前ですよ。私は趙雲が好きなんです。趙雲が好きで悪かったな!」


 誰も悪いとは言ってないじゃん。恥ずかしいと思うなら普通にユーリとでも付けとけばいいのにね。


「ところでシリュウ、いやシーちゃん」

「やめろ、こっちのあだ名を付けるな。何か水族館のマスコットみたいなじゃないか……君は何が聞きたいんだい?」

「いつまで俺の腕に抱き着いてるの? いや俺は別に良いんだけどね。ファンタスティックな感触を味わえて男冥利に尽きるから」

「そういうことまで言わなくていいから! あと勘違いしないでよね。あいつらが完全にいなくなるまで演技してただけで、別に君に対してととと特別な想いとかないから!」


 なあみんな、これはシリュウがツンデレを発動しているのだろうか。

 しかし、すでにシリュウには中二病や腐女子という属性がある。これ以上属性を増やすのは自分の長所を殺しかねない気がする。真友として止めてやるべきか。


「そうですかそうですか」

「そうだともそうだとも」

「でも、俺達ってこっちの世界では真友から夫婦にクラスチェンジする予定なんでしょ? 初耳だったから凄く驚いちゃったよ」

「それも演技だよ! 勢いで言っちゃっただけだよ。分かってるくせにからかわないでくれないかな!」


 いや、だって……俺もドキッとさせられたし。

 それに慌ててるカザミンもといシリュウさんって可愛いから。おっぱいも揺れるし。スリットから太ももがチラッと顔を覗かせてエッチぃし。

 何よりさ、こういうノリにしとかないとお互い気恥ずかしくなって話せなくなると思うんだ。

 シリュウさんが落ち着くまで少し時間が掛かると思うので、ここから先の話はちょっとだけお待ちください。



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