4章

第1話 「鴻上は勝てると思う?」

 我が校の文化祭まで残り5日。

 文化祭準備に使えるコマも増え、授業の進行次第では途中から準備時間に使わせてもらえるようになった。

 故に今も学校の至るところでそれぞれの準備が進められており、全体の空気は文化祭ムードに染まりつつある。

 俺が今何をしているのかというと、廊下で看板制作の真っ最中だ。

 何で廊下でやっているのかって?

 なあに単純なことさ。中ではメニューの試作品作りや制服の調整が行われている。それを取り仕切っているのは女子達。つまり女子力が高くない男子は溶け込みにくい状況なわけだ。

 とはいえ、うちの男子の多くは学校全体の装飾で駆り出されている。残ってる男子も俺みたいに何かしら作ったりしているし、教室の中に居るのは料理や裁縫が得意なメンズ。気まずい空気は流れていない。

 ギスギスせずに物事が進む。これ大事、とても大事。出来ることなら文化祭終了まで今の空気のまま行って欲しい。


「鴻上」


 おっと、考え事をしていたら声を掛けられてしまったぞ。

 手も止まっていたし、これは怒られてしまうかな? なんて思いません。だって声で誰だか分かったし。

 声の主は、文化祭実行委員でもなければ生真面目系クラス委員でもない。無論、風紀委員でもないぞ。

 まあ個人的に災難なラブコメに出てくる風紀委員さんは好きだけどな。話が進むにつれてお胸が成長しているように思えるし、なんだかんだで考えることがヒロインの中でもハレンチだから。

 すまない、話が逸れてしまった。この話はここまでにするとしよう。何かしら反応しないと声を掛けてきた人物はむくれてしまうからな。


「どうした雨宮、何か用か?」

「ん。……」


 ……何で黙ってるんだろ。続けてくれないと用件が分からないんだけど。


「鴻上」

「何でしょう?」

「……」


 …………何で黙ってるの!?

 俺、ちゃんと反応したよね。用件は何? って聞いたよね。なのに何で雨宮さんは話してくれないんですか!

 まさか……俺が作業をやめず、雨宮の方を見ないで応対しているからか?

 でも今は準備時間だし、手には金づちや釘もあるわけで。いやまあ作業を止めれば問題はないんだけどね。だけど切りの良いところまではやりたいのは人の性ってものじゃん。

 雨宮さんだって俺が作業してるのは分かるだろう。

 それに人と話す時は目を見て話せって言われた。なので視線が重ならない人には話しません、なんて馬鹿なことを考える子でもない……考えないよね?

 何かちょっと不安になってきた。このままあれこれ考える方が時間を無駄にする気がするし、ここは雨宮さんの方を向いちゃいましょうそうしましょう。


「雨宮、さっきから何がし……」


 思わず言葉を失ってしまった。

 雨宮さんが喫茶店用の制服を着ているのは別にいいんだ。前に見たものよりフリルとか増量されて、何かゴスロリに近くなってるけどまあそこはいいよ。

 問題なのは……いつものクールフェイスで「キラ☆」ってポージングをしていることなの。

 この子はどういう気持ちでそうしてるんだろうね。

 お兄さんはよく分からないよ……あっ、ジッと見てたから目を背けられた。恥ずかしいならやめればいいのに。


「どったの雨宮」

「鴻上に……見せてこいって言われた」

「なるほど」


 恥ずかしそうだからポージングの件には触れないでおいてあげよう。

 しかし、何でうちのクラスの女子は雨宮(喫茶店Ver)に変化がある度に俺に見せようとするんだろうね。


「出来れば感想が欲しい」


 感想ですか……どうせ女子達に聞いてこいって言われたんでしょうね。

 でも俺は雨宮さんの彼氏でもないし、彼氏だったとしても俺だけに特化させても意味がないと思います。集約のためには万人向けにカスタマイズした方が良いだろうし。

 もしかして俺は平凡男子代表として意見を求められているのだろうか?

 それよりは別の可能性の方が高いというか、女子達の思惑を感じてしまうけど。感想が欲しいと言われたからには言うことにしましょう。


「全体的に可愛さが増したのは良いと思います。ただこれ以上ゴスロリ感が増すと特殊なお店感が出るので控えた方が良いかな。あと出来れば袖は七分くらいにし他方が肌色成分で男はグッと来るかも。それと靴下はニーソにしてもっと絶対領域を強調すると集約率が上がる気がします」

「か、感想が生々し過ぎる。似合ってるくらいでいい……でも伝えとく」


 あ、否定はされないんだ。

 だけど……今のを雨宮さんが女子達に伝えて全て制服に反映されてしまったら、俺の趣味として世間に公開されることに。

 違う、違うんだ。

 別に俺はゴスロリや絶対領域をこよなく愛している変態じゃない。属性や性癖としては否定しないし、好きかと言われたら嫌いではないと答えるくらいには好きだけど。

 まあでも毎度のように俺に意見を求めてきているあたり、どう言い訳したところで俺の都合の悪い方に解釈されるだけだからあれこれ考えるだけ無駄なのかな。

 なんて考えていたら雨宮さんが隣にちょこんと座ったぞ。

 そんなじっくりと作ってる看板を見られると鴻上さん恥ずかしくなっちゃう。

 バカ言ってないで話を進めろって?

 そっちこそバカ言うんじゃねぇ!

 今の雨宮はスカートなんだぞ。ニーソを履けば絶対領域が強調されるくらいの長さなんだぞ。見えそうで見えない状況なんだ。別のこと考えてないと色々と不味いだろうが!


「何か変なところでも?」

「ん? 別にない。むしろ完璧」


 それはどうもありがとう。

 でもこれ、俺が設計したものじゃないからね。今って割と組み立てるだけで作れるようにパーツで売ってたりするから。少しは自前で作ってますけど。


「鴻上は相変わらずこういうの作るのが上手い」

「工作系が好きってだけですがね」

「鴻上、変」

「え、どこかミスしてます?」

「ミスはしてない。たださっきからずっと敬語。わたしにそこまで畏まる意味が分からない。鴻上がその場のノリで口調を変えるのは知ってるけど、現状においてはその必要性を感じない」


 確かにそのとおりだけど……

 雨宮さん、俺も男の子なんだよ。いくらあなたと付き合いが長いとはいえ、パンチラしそうな状態で隣に居られたら色んな意味で緊張します。口調だっていつもとは違っちゃいますよ。


「いやまあ……それはそうなんだが」

「何でこっち見ないの? 普段の鴻上はもっとわたしを見てる」


 雨宮さん、その言い方だと俺が雨宮さんのこと気にしてるみたいで周囲に誤解を招きかねないのですが。

 普段は人の目までとは行かずとも顔の方を向いて話しているだけです。みんな誤解してないでね。

 まあそれはいいとして。

 いったいどうするのが正解なのでしょう。雨宮さんは自分の方を向けやって催促しているわけですが、雨宮さんの座り方的に下の方が無防備。なので顔を向けちゃうとモロパンはなくともチラパンはあるかもしれない。

 ……待てよ。

 シャルに張り合って服を脱ごうとする雨宮さんならば、俺にパンツを見せようとわざとやっている可能性はある。なら見ても合法とも言えるので問題なのでは?

 いやしかし、そうでない可能性もある。こちらから指摘すれば雨宮さんを辱める可能性もありえるぞ。そうなればセクハラ扱いされてもおかしくない。今更どの口がって言われるかもしれないけど。


「鴻上」

「いや……あの」

「鴻上」

「はい、分かってます。でも、だけど」

「鴻上……わたしのこと嫌い? 本当は似合ってない?」


 一気にシュンとした空気を感じる!?

 いや別に雨宮さんのこと嫌ってもないし、似合ってないとも思ってませんよ。

 俺が一度でも雨宮さんのこと嫌いって言ったことありましたか?

 似合ってないとか言ったことありましたか?

 まあ本当に似合ってない時は似合ってないって言っちゃう気がするけど。お胸のサイズ的にビキニとかは問題ないけど、身長的に合わなそうな服ってあったりすると思うし。

 なんて心の中で言い訳している場合ではないですね。えぇ分かってますとも。俺も覚悟を決めました。セクハラになるかもしれないけど、勇気を出して言葉にしますよすればいいでしょう!


「嫌いじゃないよ、むしろ好きです。大好きです。シャルが身近な嵐なら雨宮さんは癒しのそよ風みたいなものです。時たまに暴風になるけど。その格好も本当に合ってます。雨宮さんに勝てる人はいないと思います。だけども!」

「ども?」

「それ故に鴻上さんは今の雨宮さんを直視できない。だってとても無防備だから。下半身のガードが非常に疎かだから。迂闊にそっちを見たら雨宮さんの大事なところが見えちゃいそう」

「わたしの大事な……んんぅ!?」


 慌てた声を漏らしながらスカートを押さえる雨宮。

 これまでに恥ずかしそうな表情は何度か見たことがあるが、今回は特に顔が赤くなっている。

 個人的には人前で脱ぐよりは恥ずかしくないと思うのだが……ある意味シャルと同じで羞恥心の基準が分からない女の子である。

 まあここで平然とスカートを持ち上げながら「見る?」なんて言ってこないだけマシだが。そんなことしたら高校生として装備しておくべき異性意識や常識を持ち合わせていないことになるし。


「……見た?」

「見てません」

「見てないと注意できない」

「絶対領域までは見ちゃいました」

「その先は?」

「見ておりません」

「本当に?」

「心に誓って……ちなみにもし先を見ちゃってたら?」


 言っておくけど、本当に見てないですよ。

 太ももの肉付きがほど良いとか、肌すべすべしてて触り心地良さそうとか思ったけど。でも断じてスカートの中身は見ておりません。ギリギリ見えないチラリズムでありました。

 それなのに何で疑われるような発言をするかって?

 それはその怖いもの見たさというか、今後のためにどういう罰があるのか知っておきたいじゃないですか。人生何が起こるか分からないわけだし。


「見てたら……罰として1日デート」

「……それは罰なのか?」


 ねぇみんな、これは俺の感性がずれてるだけなの?

 違うよね。親しい女子と1日遊ぶのって別に罰とかじゃないよね。

 見ず知らずの女子となら気まずさやらで罰にもなりそうだけど。

 でも今回の場合、相手は雨宮なわけだし罰になりえるはずが……まさか

 袋の重圧で両手が超絶痛くなるほど大量買いした本の荷物持ちさせられるとか?

 雨宮式戦闘術の攻撃対象にさせられるとか?

 そのどちらかなら十分に罰になりえるな。現実に起こったとしても後者だけは絶対にやめてもらいたいが。


「罰というより保険」

「保険? もしや……責任を取れ的な既成事実ですか?」

「違う。下着を見られたくらいでそんなこと言わない」


 わたしは重たい女でもなければ、心の狭い女でもない。ふんす。

 とでも言いたげな顔を雨宮さんはしております。俺の感じ方の問題もあるんだろうけど、この子マジ可愛いよね。両手で小さく握り拳作ってるところが特に。

 しかし、これだけはあえて言わせてもらおう。

 これまで散々避けていたワードを何故口にした? 何故堂々と言い切った?

 まあ下着だと上の可能性もあるし、パンツなんて言ってないだけマシかもしれないけど。


「じゃあ何の?」

「シャルとの勝負」

「あぁ……なるほど」


 保険という表現が正しいのかは分からないけど、考え方は理解した。

 俺は先日トモの通っている学校の文化祭に行ったわけだが、その日に何故かシャルのノリと勢い、雨宮さんの負けず嫌い精神のせいでとある賭け事の商品にされてしまった。

 勝負内容は、俺達の学校の文化祭でシャルと雨宮のどちらのクラス売り上げが上かというシンプルなもの。

 勝った方には俺との1日デート権が与えられるそうです。商品になっている身としては、勝負なんかしなくてもデートぐらいしますよって言いたい。

 まあ俺の意見は置いておくとして、おそらく雨宮はこの勝負に勝てるとはあまり思っていないのだろう。

 だってうちのクラスは普通の喫茶店だし。対するシャルさんのクラスはコスプレ喫茶だし。普通に考えれば、見た目のインパクトと非日常さからして客はあっちに行っちゃうよね。

 シャルが勝てば逆説的に雨宮は1日ハブられる日が出来る。保険というのはその分の1日を取り戻すという意味合いで使ったのだろう。

 普段は仲良しなのに何でこのふたりはたまに勝負したがるんだろうね。何で大体商品が俺絡みのことになるんだろうね。俺が手頃なのは分かるけど、勝負したいだけなら俺が関係しない勝負でも良いと思う。


「……鴻上は勝てると思う?」


 問題、この場は何と返すのが正解でしょう?

 僕の本音としては正直勝てる気は全くしません。ゲームで言うなら装備のランクが違うから。

 でもバッサリと勝てるわけないじゃんって言うのも良心が痛むよね。嘘を吐くのはダメなことだけど、でも世の中には人のために吐く優しい嘘もある。

 ならばここは本心を偽って雨宮を励ます方が……機嫌を損ねて雨宮式ストライクが飛んできたらどうしよう。一度受けている身としては二度と食らいたくはない。

 くっ、俺はどうすれば……どう答えればいいんだ。


「鴻上?」

「……雨宮」

「ん?」

「うちのクラスの出し物は普通の喫茶店だ。いくら制服を可愛くしようと、見た目のインパクトではシャルのクラスに負ける。それに客としては同じ喫茶店なら普段は味わえない刺激のある方に足を運ぶだろう。だからうちが勝つのは厳しい」

「ん……わたしもそう思う」


 下手したら「やる前から負け宣言とかダメ」なんて返しが来るんじゃないかってヒヤヒヤしてただけに好意的な返事で鴻上さんは安心しております。

 しかし、雨宮さんは負けず嫌いです。

 だからなのか肯定的な返事してくれたけど、どこかしょんぼりしているというか前向きな言葉が聞きたかったみたいな顔してるんだよね。

 まあこれは俺の気のせいかもしれないけど……でも気のせいじゃないかもしれない。であれば何かしらフォローは入れておくべきだよね。


「まあでも絶対に負けるとも言えないんじゃないか」

「そう?」

「ああ。衣装のクオリティに関してはあっちには分があるのは確かだ。が、シャルは雨宮も知っての通りバカだ。当日は絶対いつも以上にハイテンションになる。そうなれば色々とやり過ぎるだろう。それで引いたり落ち着きを求める客はこっちに流れてきてもおかしくない」

「……確かに」


 納得、と手を打つ雨宮さん可愛い。

 しかし、雨宮なら友達をバカとか言うの良くないとか言うかなって思ったが、素直に受け入れてしまった。

 俺が本当の意味でバカだと言っているわけではなく、話の流れで真面目に否定する必要はないと考えた可能性はある。

 でも……多分今の会話をシャルに聞かれてたら確実に面倒なことになってただろうな。俺から言われるだけならともかく、雨宮にまで肯定されたらシャルは絶対にウソ泣きするだろうし。

 ま、今はあっちも自分達の準備してるから聞かれるはずないけど。


「鴻上」

「ん?」

「わたし頑張る。頑張ってお客集めてシャルに勝つ。シャルばかり鴻上とデートさせない」

「雨宮さん、やる気があるのは良い。でもその言い方だと、俺が頻繁にシャルとデートしてるってことになる」


 実際のところ雨宮やクラスの連中が思ってるほど、シャルとデートって呼べるようなことはしていない。

 だって俺から誘うことはあまりないし、シャルも趣味が多いだけにそっちに時間を割いたりする。俺を誘う時は買い物が多い時や何かしらの特典を集めたい時が大半。人が思うほど青春じみた時間は少ないと思う。


「シャルとの誤解なんて今までに散々あったから今更否定するのもあれだ。しかし、誤解がないことに越したことはない。だから誤解を招くような発言は控えてください」

「分かった。人に聞かれた時はシャルとのデートは伏せて、鴻上はわたしとだけデートしてるってことにしとく」

「それだと別の誤解が生まれるだけだから。クラスの女子が呼んでるみたいだし、そろそろ教室に戻りなさい」

「ん」


 素直でよろしい。それに後ろ姿もグッド。絶対領域を強調するデザインになるとよりじっくり見ちゃうね。

 ……さて、俺も作業に戻りましょう。

 ようやく目の前のことに集中できるし。別に教室から聞こえてくる女子達の黄色い声、具体的には「鴻上くんのためにも雨宮さんをさらに可愛くしなきゃ!」みたいな話を気にしないようにしているわけじゃないからね。

 だって気にしたらヒューヒュー! って展開になりそうだし。こういうときは華麗にスルーするのがベストですよ。

 あ、俺に見せた感想言ってる……おっと雨宮の奴、包み隠すことなく俺の感想を口にしているぞ。

 制服担当の女子は凄く共感してくれてるようだけど、一部のクラスメイトは今後俺へと態度を変えるかもしれない。

 故に今は目の前のことに集中しよう。文化祭の時期だし、若気の至りだって言えばみんなも分かってくれるはずさ……多分。




 

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