第5話 熊本くんとわたし⑤
セックスとはこういうものだ、模範を示せという問いがあるなら、きっとわたしたちはそうとう優秀なのではないか。始まり方も、終わり方も、「いつもの」ように行われる。おおいかぶられ、うつ伏せにされ、ときに足を持ち上げられる。結局のところ疲れてふたたびおおいかぶられ、終わる。高校の頃に回し読みをした少女漫画よりも上品な行為。
横で、天井を見上げている壮太郎の顔に、文字が浮かんできそうだった。任務完了、とか、ノルマクリア、とか。
「なに?」
わたしが見つめているのに気づいて、壮太郎はいった。
「胸、薄いね」
わたしはそういって、壮太郎の胸を撫でてみた。乳首に指先が触れると、震えた。
「腹の方が胸より前にでてきそうだ」
「鍛えたりするの?」
「予定はないね」
熊本くんのDVDのパッケージ写真。あれは加工されているのだろうか。毎日のようにジムに通って、成長させていく筋肉。
「時間大丈夫?」
「ああ、あの人の方がいつだって遅い」
妻のことを、壮太郎はあの人、という。
「忙しい忙しい、辛い辛いといいながら、やめようとしない。やりがいのある仕事をしている人間の辛いっていうのはさ、なんだろうな、俺たちのつかう辛いっていう言葉とはどうやら意味が違うみたいなんだな」
そういって壮太郎は起き上がった。
「べつに、どんな仕事だって忙しいよ」
なんだかおべんちゃらのようにいってしまったが、本心のつもりだった。
「もうじき命日だ」
壮太郎がいった。
「そうだね」
「行くの?」
「壮太郎は?」
「あの人は行けないだろうから、まあ俺だけかな」
部屋の温度は快適さを保ちつつ、乾燥がきつい。季節のない場所だった。
この人のことが好きなのだろうかと疑問に思うときがある。会おうといわれたら、すこし面倒に感じる。会う寸前は気分が浮き立つ。しばらくすると、退屈に感じる。裸になれば、盛り上がる。だが、どうしても、思い出してしまう。
『結局、わたしはまつりに勝ちたかったんだ』
「出ようか」
そういわれて、わたしは頷く。
金曜日の夜の新宿は、なにもかもが無理にはしゃいでいる。四人組の男たちのグループが、わたしたちの横を通り過ぎた。年齢はばらばらだったが、やたらに大きな声で騒いでいた。全員体つきがよく、鮮やかな色の服を着ていた。
わたしは彼らの後ろ姿を見送った。
「どうした?」
急に振り返ったわたしに、壮太郎はいつものような目つきをしていった。「いつも」と外れた行為をするな、と咎められているように思えた。
「あのね、お願いがあるんだけれど」
壮太郎を見ず、わたしはいう。
「ちょっと買い物に付き合って欲しいんだよね」
そういってわたしはスマートフォンを取り出し、検索をした。この時間でも開いている。わたしは、さっきの男たちのほうに向かって歩き出した。
「なにを買うんだよ」
後ろからついてきた壮太郎が、追いついてきた。
「壮太郎、いまから新宿二丁目? に行きたいんだけど」
そういうと、そうたろうはしばらく黙ってから、なんで、といった。
「欲しいDVDがあるの」
「きみ、そういう趣味あったっけ」
「そういうっていうと」
「男同士の恋愛とか好きなやつとか?」
多分わたしは、壮太郎のいった言葉でなく、この男のものいいに勝手に失望した。なにか、とてもつまらないものが透けて見えた。
「ああ、そうね、最近はまった」
壮太郎はわたしについてきた。
「多分、女のわたしじゃ買えないよね。悪いんだけど一緒に入って、会計は壮太郎がしてくれない?」
わたしは有無をいわさずに伝えた。
「さっき入った焼き鳥屋さん、わりとおいしかったでしょう。たまにはしないことをするのもいいんじゃないかな」
なんで俺が、というのを制して、わたしはいった。なんとなく早足になっている。
「どんだけ真剣な顔をしてるんだよ」
壮太郎とわたしは通りへ入っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます