第16話 まつりとわたし⑥

 桃太郎の人形がポストに頬杖をついている。岡山駅の名物にわたしはからだを預けていた。まるで記念撮影しているみたいだ。カメラマンはまだやってこない。

「どっちが桃太郎かわかんなかったよ」

 わたしを見て壮太郎は開口一番いった。スーツ姿でない壮太郎は、ださい。大学生のころから服装が変わっていないからだ。そもそもなんで理系の男はこんなに服装に無頓着なのか。貧弱な白い腕が、より彼を貧相に見せていた。

「鬼退治できるような器はないよ、わたしは」

 ファミレスに朝までいたわたしは、身体は重く、頭はぱっとせず、不機嫌だった。

「一度家に戻りたいんだけど」

 壮太郎は、みやげが入っているらしき紙袋を提げていた。

「じゃ、わたし先にお墓行こうかな」

「迎えにきてくれたのにそっけないなあ」

 地元に着いたせいか、妻の目が届かないからか、気持ちが弾んでいるらしい。

「じゃあ、家の近くまではいくよ」

「車借りるから。ついでに朝飯出してもらおう」

 わたしは行きたくなかった。

 壮太郎とまつりの義母である、楠音さんには、会いたくなかった。

「見てましたよ」

 そんなことを、ずばりといわれてしまいそうで、いつも目をそらしてしまう。

「でも、朝からお邪魔するのもなんだから」

 わたしはそういって断ったというのに、

「なにいってんだよ、親戚みたいなもんだろう」と壮太郎はわけのわからないことをいった。

 壮太郎の家は、おそろしく大きかった。映画でよく見る権力者の豪邸、というか、とにかく、やたらに高級車が並んでおり、門から玄関まで、しばらく歩かなくてはならない。

「ねえ、前から思ってたんだけど」

 わたしは壮太郎に聞いた。

「この家の部屋、全部入ったことある?」

「ないかもしれないな。俺の知らない秘密の部屋とかぜったいあるだろ」

 さらりという壮太郎に、わたしはなんというか、この人の人柄や性格の由来を考えずにいられなかった。


「相続するときに確認しないといけないよなあ」

 壮太郎はのんきにいった。

「家、継ぐの?」

「まあそうなるよな」

「会社どうするの」

 壮太郎は現在、商社に勤めている。

「親の跡は継がなきゃいかんだろ」

 コネ入社で、会社に未練などないのだろう。もっといえば、両親の仕事にも興味はないのではないか。

「でも、どうするの。だって壮太郎の両親って……」

「お帰りなさい」

 玄関の前から、喪服姿の女が声をかけた。

「ただいま。みのりちゃんもきてくれたよ」

 壮太郎がいうと、楠音さんはわたしを見て、

「今年もどうもありがとうございます」とお辞儀をした。

「そんなこと……」

 こういうとき、どんなことをいったらいいのかわからず、わたしは言葉を濁した。

 玄関に入るときつい線香のにおいが鼻についた。豪華な日本家屋に、喪服姿の美しい女、陰惨な殺人事件が起きてもおかしくない風情だ。

 客間に通され、座布団に腰を落とすと脱力した。わたしは小声で訊いた。 

「あの人、いくつなの?」

「わからん。俺が物心ついたときからこの家にいるけど、まったく老けないよ。母さんはみるみる老けていくっていうのに、あれはいつまでたってもあのまんまだった。母さんが死んで、うちの後妻に入って何年たったかな」

 俺が中学の頃に……と壮太郎が目を瞑って数えていると、楠音さんがお茶をもってきてくれた。

「ゆっくりしていってくださいね」

 この人の現実感のなさはいったいなんなんだろうか。いつ会っても喪服姿だ。美しい顔立ちをしているというのに、そして喪服なんていう、女を美しくみせる装いだというのに、まったく色気というか、人間味がなかった。幽霊みたいな人だ。

「車を一台借りるよ、墓参りに行きたいんで」

「もちろんですよ」

 そういって、襖を閉めた。

「なんだろうな、火の鳥の血でも吸ったのかな」

「なにそれ」

「漫画であるだろそういうの、不老不死」

 壮太郎は、楠音さんに対して、本当に自然に、他人、自分とは関係ない存在、家の女中に対するよう振る舞う。

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