第13話 まつりとわたし③

 熊本くんの声は、いつもと同じだった。

「みのりです」

「うん、わかるよ」

「いま、大丈夫?」

「うん、ちょっと待って」

 ごめんね。大丈夫大丈夫。ゴソゴソと音がした。

「いいよ」

 熊本くんはいった。

「いま実家なんだけど」

 そういってわたしは止まった。なにから話したらいいのかわからなかった。

「うん」

 熊本くんは急がない。

「わたしね、高校の頃に、友達が死んじゃってて。自殺なんだけど」

 沈黙が、余計に慌てさせた。こんなことを話すつもりではなかった。

「なんだか、そういう話をするのって、あれじゃない、重いじゃない」

「そんなことないよ」

「その友達ってのが、わたしにとって初めての友達だったんだよね」

「うん」

「その子、人気者だし、人当たりが良くて、なんだか、」

 熊本くんみたいだったよ、といいそうになった。

 違う。まつりと熊本くんは、全然違う。あたりまえだ。

「なに?」

「いや、なにいおうとしたか、忘れた」

 みのりちゃんらしいね、と熊本くんは笑った。自分の名前を、呼ばれることが、こんなにも嬉しいのか、というくらい、わたしはほっとした。

「わたしね、その子のお兄さんと付き合っていたの」

 自然と過去形になった。壮太郎とはもうすでに終わっていた。まつりがいなくなってしまったら、わたしたちは関係などないも同然だった。わたしたちが一緒にいることで、あのこが蘇るとでも祈っていたのだろうか。

 まつりは、もういない。

「それは、まつりには秘密だった。まつりにばれて……、なんだろう、いいかたが悪いね」

「わかるよ」

「なんでわかるのよ」

 わたしは思わず声を荒げた。なんでこの人は、そんな簡単にわかるなんていうんだろう。わたしは身勝手に苛立った。

「その子に、まつりっていうんだけど」

「……まつり」

「なんで知っているの?」

「さっき自分でいったじゃないか」

 頭のおかしいやつがカウンセリングを受けているみたいだ、とわたしは思った。

「そうか、そうだね。まつりのお兄ちゃんとつきあっているのが、まつりにわかってから、少しして、まつりは死んじゃったの」

 わたしはベンチに腰掛けて電話をしていた。滑り台とブランコ、そして砂場しかない小さな公園には、わたし以外誰もいない。あたりを見回してみる。そばにあるマンションの窓のいくつかに明かりが灯っているというのに、誰もいないように思えた。なにもかもに取り残されてしまったように感じた。この電話が唯一、人とのつながりで、話しているのは、熊本くんだった。

「ぼくがいえることは、ひとつだけだ」

 熊本くんの声が聞こえた。

「なに」

「まつりちゃんの自殺の理由と、きみの抱えている罪悪感は、まったく関係ない」

 自信をもっていえる、と熊本くんは断言した。

「なんでそんなことわかるのよ」

「なぜなら、ぼくは作家だから」

「ごめん、ほんとうに、意味がわからない」

「ぼくが考えていることとか、思っていることっていうのは、それは妄想とか夢とかじゃなくて、そうなんだ、って、わかったんだよ」

 なんだこれは。カウンセリングを受けているような気持ちになっていたら、あっちもおかしくなっているのか。これじゃあ、頭のおかしいふたりが好き勝手にしゃべっているだけじゃないか。

「まつりは別に、きみの秘密がわかったら嫌いになったり、死んじゃったわけではないと思う。それが自殺に導いたトリガーだったわけでもない。彼女は、思い込みのようなものに囚われていて、がんじがらめになってしまっただけだよ」

「どういうこと」

「なんとなくわかる気がするんだ。まあ、自分は作家だとか突然いいだしたやつにいわれても信憑性ないかもしんないけどね」

 熊本くんはわたしの混乱を察したのか、茶化した。

「ぼくが思うに、みのりちゃんはそんなにいやなやつじゃないよ」

 わたしは、黙って聞いた。

「きみは優しくて、健康で、つまり健全で、それをカッコ悪いって思ってるだけだよ。優しさに、かっこいいも悪いもないでしょ。だから」

 しばらくの沈黙のあと、熊本くんはこういい切った。

「みのりちゃんは、大丈夫だよ」

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