第12話 まつりとわたし②
散歩するといっても、べつに行きたい場所はなかった。電車にでも乗って、アウトレットモールに行こうかと考えたが、あんな場所で無目的にほっつき歩くことほど悲しいことはない。
のどかな街並み、広がる空、そして緑。ここに十八年住んでいたというのに、この空気に馴染めない。翌日になれば慣れる。でも、そのときにはすぐに東京に戻ることになる。
熊本くんに再会して、なんて顔をすればいいのだろうか。このまま避けられてしまうかもしれない。もうわたしたちの友情は、おしまいかもしれなかった。
なんでだろう。熊本くんを思い出すと、あの笑顔や、みんなが惚れ惚れする体、作ってくれた料理よりも、部屋にあった本棚を思い出す。
あの本棚は、読書家の熊本くんが読んだ本が詰まっていた。そして、中身がどんどんアップデートされていった。
見た目や、人当たりの良さではない、熊本くんそのものだった。
だから、好きだった。
困った。わたしは、はなをすすった。
わたしは、熊本くんのことを知りたかった。だから、熊本くんが大切にしている「お話」を読みたかった。
熊本くんのプライベートや、こころのなかで思っていることを、知りたくて、でも訊けなくて、訊いてしまった瞬間に、自分のなかで蓋をしていたことが、明かされてしまうことを恐れた。
わたしは熊本くんのことを。
スマホが震えた。
『明日早朝に到着。昼飯を食ってから、行こう』
壮太郎からだった。
いろいろなことが不安でたまらなかった。その不安の根源には、世界は、なにもかももやもやしている、という恐怖がある。わたしは、「自分はどうやって生まれたのか」と親の顔を伺いながらほくそ笑むような子供になれなかった。謎は謎のまま、放っておいた。謎はいずれ解決する、と幼く傲慢なわたしは信じていた。
でも違った。謎のままでいることに、慣れるだけだった。そして、たまにうやむやの解決がある、という程度のものでしかなかった。
わたしには、心底知りたいと思えるような相手は、これまでいなかった。熊本くんで、二人目だった。きっと、隠し事の得意なひとが好きなんだろう。
街灯がつきはじめていた。夕焼けがやたらに壮大に目に映った。
なるほど、これが、なにかわかった、という瞬間なのかもしれない。じきに空は夜に侵蝕されだす。小さな頃は、恐ろしく、思春期の頃には、早く夜になればいいと願い、いまは、ただただ圧倒されている。
困った。こんなふうに、時間は過ぎていくのか。そして、いま行動しなくてはいけない、と感じた。一秒でも遅くなったら間に合わない。
わたしは、自分の躊躇する感情をかなぐり捨て、電話をした。
コール音が続いた。
「はい」
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