まつりとわたし
第11話 まつりとわたし①
土産物屋で並んでいる菓子に、うっすらほこりがかぶっている。わたしがこの街を出たときからそのままあるような気がする。賞味期限を確認すると、あともう少しで切れるところだった。
懐かしい景色を前にして、頭がこんがらがってくる。
なにもかも、変わっちゃいない。なのになぜか、もうべつにこなくてもいいところに迷い込んでしまったような。
「あんた、まつりちゃんの命日にしか帰ってこないよねえ」
母は『科捜研の女』の再放送を気にしながらいった。わたしのことよりも沢口靖子に夢中なのだ。
「成人式出ればよかったのに、すぐ帰っちゃったし」
「いちおう写真館で振袖撮影したしね」
「張り合いがないねえ」
張り合いのない娘。それがわたしのこの家でのポジションだった。昔から変わっていない。
いつになったら自分が家族の期待に応えることができるようになるのか。皆目見当がつかない。
「お父さんはやく帰ってくるって」
「べつにいいのに」
「すぐに帰っちゃうから、さみしいんじゃない?」
家事を手抜きすることにかけては天才の母、娘大好きな父、見た感じ平均的な我が家を煩わしく思っていた。底上げする力がわたしになくて、重荷のように感じていた。
『明日の昼に着くから、待ち合わせしよう』
壮太郎からラインがきていた。
「散歩でもしてこようかな」
「お金あるの?」
返事を待たずに母は、テーブルの上に無造作に置かれている財布から、五百円玉を出した。
「お茶でもしてくれば?」
居心地悪くしているのを察したんだろう。
「五百円?」
「あんたねえ、五百円稼ぐのだって大変なのよ?」
近所のスーパーでたまにレジ打ちをしている母が、いった。実感をできるだけこめずに、軽くいう。母の上品な部分だ。
「みのりちゃんとは仲良くできるような気がするんだよね」
下の名前で呼ばれて、わたしはびっくりした。高校に入学して一週間が過ぎようとしていた。ここの生徒は、県立高校を落ちたやつがほとんど、と噂されていた。わたしも第三志望校として、滑り止めで受験した。まさか自分がここに通う羽目になるなんて、冬には思ってもいなかった。
同じ中学出身の子たちとクラスが分かれてしまい、登校して椅子に座って、三時になったらさっさと帰る、というさえない生活を送っていた。
目の前にいる女の子はショートカットで、すらっとしている。眉毛は細く、細長い目をしていた。女の子というよりは、かわいい男の子、みたいだった。
クラスメートの名前をちゃんと覚えていないわたしですら、彼女の名前は知っていた。他の同級生と彼女はまったく違っていた。なんだか全然違うジャンルの漫画のキャラクターがいるみたいだった。
みんなださい制服を自虐的に着こなし、なじませることに苦心しているように見えた。
まつりは違った。そのダサさすらも、「つまらないものをあえて着ることによってその人本来の魅力が増幅される」みたいに映った。
モデルとかアイドルみたいなわけではない。雑誌やテレビのなかにいる美しさではなく、なにかむき出しの「個性」がこの人にはある。とにかく、目を引く。
昼休みだった。お弁当をさっさと食べ終え、わたしは校庭の隅にあるベンチに腰掛けていた。
「隣いい?」
そういって彼女はわたしの横に座った。
女たちの騒がしい声があちこちで聞こえてくる。
「ご飯食べるの早いね」
「そうかな」
「いつもさっさと食べて、そのまま教室飛び出していっちゃって」
まだ学校に不慣れだったわたしは、ひとまず、自分の落ち着ける場所を探そうとやっきになっていた。
「高校生になったからって、なにも変わらないもんだね」
まつりはいった。
「みんな高校デビューしようと頑張ってるもんね」
いってすぐに後悔した。シニカルな視点をもったやつなんです、とでもいいたげな、自意識過剰かつ空気の読めないコメントだ。
「わかる」
まつりはわたしのほうを振り向き、笑った。最後まで真意を汲み取ることのできなかった、悪意があるような、無邪気すぎるような微笑みだった。
「肩書きが高校生って、微妙だね」
わたしはいいわけがましいことをいった。みんなのことを話すのはフェアじゃない、自分のことを語るべきだ。そんなことばかり気にするから、わたしはいつだって友達をうまく作れない。
「高校生っていったって三年だけだからね」
「中学生のときも三年限定だったけど」
「うーん、多分、中学よりも、大人に近いし、それに」
まつりは続けた。
「人生のピークが、いまなんだって、まわりに思われてるような気がして、自分もなんとなくそんな気がしていて、プレッシャーを感じてるとか?」
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