第14話 まつりとわたし④
わたしはその言葉を噛み締めた。しばらく、黙ったままでいた。
ただ、「大丈夫だよ」といわれただけだった。なのにわたしの視界は滲んだ。
「話をぶったぎって、ごめんね」
「ううん、自分でもなんでこんなことをいったのかわかんないから」
わたしは、電話をしてよかった、と思った。でも、核心には届いていない。なにをどう頑張ったところで、いけそうもない。
「さっきさ、書き終わったんだ」
熊本くんはいった。
「なにを?」
「ほら、ブログ……ていうか小説みたいなもんなんだけどさ」
「そうなんだ」
おめでとう、とわたしはいった。思いの外そっけなくいってしまったように感じて、あわてて、
「ほんとに」と付け加えた。
「うん。それで、なんていうかな、すごい万能感のなかにいるってだけなんだけど」
だから、作家だ、といったのか。わたしは納得した。
「読みたいな」
「一度読み返してから、URLを送るね」
大問題が解決したかのような錯覚に陥る。なにも解決していない。タカハシタクミについて、わたしたちは一切話してはいない。
これからのわたしたちが、どういうふうに取り繕っていくのか、これからのわたしの感情が、どう変化するのか、わからない。
「じゃあ、またね」
熊本くんがいった。
「うん、ありがとう」
そういって、わたしは電話を切った。
家に戻ると、父がソファーで横になっていた。
「どこほっつき歩いてたんだ」
小さい頃から変わらないものいいだった。わたしは椅子に腰掛け、
「ぶらぶらしてた」といった。
「なにもないだろ」
「たまに帰ると新鮮なんだよね」
父は書店のカバーがかかった本を読んでいる。はるか昔から変わらない姿勢で。
「なに読んでるの?」
「まあね、ためになるやつをな」
父はどこかの社長の自伝だとか、人生をよりよくする習慣だとか、そういう本を読むのが好きなのだ。五十になろうとしているけれど、いつだって前のめりで、仕事に励んでいる。
「大学はどうだ」
「まあ、ぼちぼち」
「留年とかしないでしょうね」
台所のほうから母の声がした。
「大丈夫」
わたしは母に向かって少し大きな声をだした。母は、父が帰ってくると突然てきぱきしだす。
「就活、どうするんだ」
「準備はしてる」
嘘をついた。
「一生のことなんだからな」
はい、とわたしは素直に頷く。そうであるならば、大変なことだなあ、と軽い気持ちだった。まだ他人事でしかなかった。
「後悔しないようにな」
父はいい、母がやってきた。話はそこで打ち切られ、母が最近あったご近所トラブルを語り出した。
風呂から出てすぐ、わたしは部屋のベッドに寝転んだ。
スマホを開いてみると、通知オフにしていたゼミのグループラインが溜まっていた。居酒屋で酔っ払っているみんなの写真があげられて、アルバムができていた。見ると、結局いつもの店に落ち着いたらしい。
『熊本くん、二次会これそうなら返事くださいね〜』
ゼミ生の一人がメッセージを流していた。熊本くんは、出席していない。夕方電話をしたとき、熊本くんは出たのに。
そうか、小説を書き上げて、疲れているのかもしれない。別に無理して行くほどの集まりではない。そもそもやたらと飲み会の多いゼミなのだから。
わたしはスマホのアラームをセットして、枕の横に置いた。
「お墓のなかにわたしはいないのよ」
声がした。暗闇のなかにわたしはいる。
「じゃあ、どこにいるのよ」
わたしは訊いた。ここは夢で、話しかけてくるのはまつりだ。わかっていた。
「いまは、なぜかみのりのそばにいるんだよね、わかんないけどさ」
投げやりないいかただった。
「でも、本当のまつりじゃないんでしょ」
夢のなかでわたしはいった。自分の罪悪感が作り上げたんだろう、とわたしにはわかっていた。
「知らんよ。結局のところ、自分自身なんてさ、捉えることできないでしょ。他人が自分のことをどう思ってるか、だったりするでしょ」
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