第8話 熊本くんとわたし⑧

 タカハシタクミは痙攣し、そのまま勢い良く何べんも飛沫をあげた。男の手が大写しになり、すげえなあ、めちゃ濃いよ、と相手の男が嬉しそうな声をあげた。

 わたしはDVDの裏表紙をみる。

『いきなりの単体作品で登場、体育会系の濃いエキスがほとぼしる』

 四パートあり、『初撮影は男の手による大放出』『初めての男の味、女とは違った穴の感触に腰の動きが止まらない』『初受け貫通は巨砲による強制中出し、そしてまさかの……』『寝込みを襲い、逞しく漲る寝起きの一物からの圧巻の爆発』とあった。さまざまな格好ををしたタカハシタクミが写っている。

 画面では下着一枚のタカハシタクミが、後ろから、屈強の男に抱きしめられている。手で撫でられながら、タクミは息を殺していた。


 東急本店前で、熊本くんがスマホをいじって突っ立っているのが見えた。わたしは信号を渡れずにいた。いつものように、めりはりある体を窮屈な服で覆っていた。この距離感で、熊本くんをじっと見てみる。観察してみる。信号が青になり、まわりの人々が渡りはじめた。

 向かいからやってきた人たちが、わたしに目を向ける。熊本くんが視界から隠れると、わたしは体をずらし、どうにか見つめようとする。

 あの人は、熊本祥介なのか、タカハシタクミなのか。

 熊本くんならば、ごめん遅れた、といつものように駆け寄り、他愛のない話をする。

 タカハシタクミなら、なんと切り出したらいいのだろうか。

 何度目かの赤信号になった。マリオカートの格好に扮した一団がやってくる。このあたりではよく見る。熊本くんが、彼らを目で追うのが見えた。気づかれるかもしれない、と身構えたが、そのまま熊本くんはスマホに顔を戻した。

 もうじき待ち合わせから五分が過ぎようとしていた。かばんのなかでスマホが震えた。たぶん、熊本くんからだろう。次に信号が青になったら、そのまま走って、急いできたふりをすべきか。


「病人のくせに立ち読みしてんなよ」

 まずいところを見つかった。

「なんでここにいるわけ」

「心配になるよ、そりゃ」 

 熊本くんは、手に持っているビニール袋を胸のあたりまであげた。

「どうも、すみません」

 わたしは雑誌を閉じて、ラックに戻した。

『ごめん、調子が悪くなって、今日いけそうもない。風邪かもしれない。寝てれば治ると思う。ごめん』と書いたくせに、のんきに近所のファミマでファッション雑誌を眺めていた。

「おかゆなら食べられる?」

 熊本くんはいった。

「どうも」

 わたしはビニール袋を受け取ろうと手を伸ばした。

「いや、いくよ家まで」

 夜道をとぼとぼと、万引きでつかまって親と一緒に帰るみたいに、わたしたちは無言で歩いた。

「シャケも焼こうと思うんだけど」

「映画、どうだった?」

 わたしたちは同時にいった。

「観なかった」

「ごめん」

「風邪なら早くなおしたほうがいいよ」

 熊本くんはあいかわらず優しく、わたしのほうは罪悪感のような感情を抱えていた。

「レポート多かったし、ばて気味で」

 いいわけがましくわたしはいった。

 部屋に迎え入れると、あいかわらずだねえ、と熊本くんはため息を零した。部屋は散らかっていた。DVDはベッドの下に隠してある。男子中学生じゃあるまいし。

「台所かりまーす」

 水道を捻る音がした。たぶん熊本くんは置きっ放しにしてある汚れた皿をしっかりと洗い上げてくれるんだろう。できた男だ。

 わたしの座っている場所から、熊本くんの背中が見えた。熊本くんの足元から、上に向かってわたしはじっくりと観察した。盛り上がったお尻をしばらく眺めた。

 タカハシタクミはじっくりと責めあげられ、脂汗をかきながら、なにもかもを呑み込んでいった。人間の体は不思議だ。これならばきっと、鼻や耳の穴でも飲み込むことができるのではないかと想像してしまうほどに。足を手で持ち上げ、むき出しにしながら、タカハシタクミは受け入れていった。

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