第2部 俺と死者

第41話 熊本くんの小説21

第二部 俺と他者


熊本祥介くん

 送ってくれた、『さよなら、けだもの流星群』を読みました。冒頭、少々読者を驚かせようという意図が透けて見えますね。書きぶりも、どこか平凡な印象を受けました。ときおり主語と述語がねじれている箇所が散見されます。

 多分、きみの体験をベースにこの作品を書いたのでしょうか。どこまでがフィクションで、どこまで現実なのか、きみを知っている僕は楽しく読めましたけれど、きみのことを知らない人たちにはどう映るのか、一考してみる必要があるかもしれませんね。

 岡山での体験、そしてタカハシタクミの登場までで送ってもらった分は終わっていました。どうやらこの作品はまだ続きがあるようですね。また送ってください。

 先日ひさしぶりに水沢と飲みました。きみがいなくなって、寂しがっていました。水沢の家の方もかなり大変なことになっています。アイちゃんが死んでしまったのです。山本……、水沢の妻ですね、はショックで立ち直ることができずにいるようです。

 東京にくる機会があるようだったら、店に寄ってください。僕がいればいいのだけれど、まあそれは、タイミングでしょう。

 いずれ会えたらいいですね。

油井より


 何度も読んだ手紙と、一枚の写真。水沢先生が俺の肩に頭を乗せ居眠りしていて、俺はぎこちないピースをしている、中学の修学旅行のときに撮影されたもの。

 俺は、キッチンで燃やした。紙は黒いケムリとなり、換気扇に吸い込まれていった。しばらく匂いが残った。

 祖母が死んだとき、火葬場の煙突から出ていたケムリと同じように、じき世界に馴染み、失われていく。まもなく自分も、そうなるのだろう。

 これまでの人生になかで、たくさんの人が死んだり、俺の前から消えていった。

 誰かがいったとおり、自分が二十歳になる前に死ぬのなら、どうやって生き切るべきなのか、わからないまま、いま、俺と過去とのつながりのひとつを、燃やした。

 小説の感想よりも、衝撃を受けたのは、水沢先生の子供、アイちゃんが死んだことだった。産まれてからしばらくして、水沢先生のマンションに部員全員で押しかけ、その生まれたばかりの女の子をみんなで見た。かわいい、という感想は起きなかった。ああ、こうやって、生まれて、どんどん、食べて、成長していくんだ、と当たり前のことをまるで新鮮な発見をしたような気持ちに、あのときなったのを思い出す。


 人は、死ぬ。

 予期していようがしまいが、突然。まだ自分は、「死んだ」体験をしていないけれど、誰かの死は、周りに厳しい波として襲いかかってくる。それを、ただ、全身で受け止めるより他ない。

 油井さんも、この手紙を書いてすぐに、あんなことが起きるだなんて思いもしなかったろう。

 その手紙をもらったとき、家族で大津の町に住んでいた。そこには、遠い親戚がおり、近くに部屋を借りて、身を寄せることになった。

 やたらとでかい湖はいつだって静かだ。週末になると、俺はよく、水辺を散歩していた。とくにやることもなかったからだ。ファッションビルもあり、ちょっとしたレジャースポットだってある。その町にいた頃、そのおだやかな雰囲気に慰められたけれど、同時に、遠い場所で、さまざまな死や暴力があり、その気配は風に乗って、ここまでやってきた。

 まるで、報告のように。

 あるとき、県立ホールのチラシ置き場で、ダンスの公演のチラシが目にとまった。隅に小さく、篠崎の写真があるのを見つけた。俺は感極まった。逃げるように東京から去ったので、篠崎と連絡をとっていなかった。

 会ってみたい。そう思い、チケットを購入して当日会場に向かった。会場に入るまで、篠崎としたさまざまな姿態を思い出した。しかし終演後に挨拶に行くことは憚られた。

 会場に入ると、『キャスト変更のお知らせ』という看板が受付にあり、篠崎から、別のダンサーに変更したとあった。俺はつまらなさそうな顔をして突っ立っているスタッフらしき女に、篠崎さんになにかあったんですか、と訊いた。女は、眉を潜めた。まるで「日本語をしゃべろよ」とでもいいたげな表情だった。

「先日報道にあったとおり、篠崎さんはお亡くなりになりました」

 なんで、と俺は訊くわけでもなく、呟いた。

「マネージャーの女性に、刺されたんですよ。ワイドショーでも扱われていましたけど、知りませんでしたか?」

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