第34話 熊本くんの小説14

 こういうものは、校内で回されている。最初に持ってきたのは誰なのか、最終的にどこに返せばいいのかわからないまま、生徒同士押し付けあっている。別に呪いのビデオでもないけれど、実用的な側面よりも、みんなと秘密を共有するためにある。

 さっさと誰かに回してしまったほうがいい。僕はそのDVDを見始めた。ヴォリュームを下げ、流しっぱなしにしながら、僕は爪を切ったり、ストレッチをしながら、流し見していた。

 さほどかわいいわけでもない女がインタビューを受けている。なにをしゃべっているのかは、音量を小さくしているのでわからない。

 水沢先生が教えた方法をためすのは躊躇われた。それを、気軽にすることに畏れのようなものを感じていた。一歩踏み出すと、戻れなくなる。それがこれまで生きてきた人生のなかで学んだ教訓のひとつだった。

 モニターのなかで行為がはじまる。他人と接触し、合体する。人間のからだは、うまくできている。

 やたらとアクロバティックな動きをし続ける男と女。そして、顔を歪ませのけぞらす女のからだ。さほど魅力的ではない腰つきのうねり。男のからだは、女を見せるためにうまく隠されている。男のからだで映るのは一部分が多く、女とは対照的に小麦色に焼けている。水沢先生の肌のように。

 ドアの鍵をまわす音がして、僕はDVDを消した。


 部活が終わり、僕は同級生の滝口と、コンビニ前でガリガリ君を食べていた。

滝口は、夏休みの宿題をどこまでやったか、いつも聞いてくる。

「夏っぽいことまったくしてないんだけど」

 滝口は腕にたれたガリガリ君の汁を舐めながらいった。

「いや夏だろ。半袖だし、アイス食ってるし」

「もっとこうさ、みんなで海行くとか」

「毎週プール入ってるじゃん」

「学校のな、海と学校違うだろ。なんかさ、女子とか誘ってさ」

「どこにいんの、女子。食堂と保健室のおばちゃんくらいしか会わないじゃん」

「塾とか、小学校の同級生とか」

 まったく実感のともなわない会話だった。

「祥介、好きな子とかいないの」

「はい?」

 僕は驚きのあまり素っ頓狂な声をあげた。

「なんだよそのリアクション」

 滝口は爆笑した。ガリガリ君ははずれたらしく、棒を投げ捨てた。

「さすが、水泳部の風紀委員」

 そういわれ、僕はムッとしてしまい、

「ああ、そういえば、これ」

 といってグレゴリーからDVDを取り出して滝本に渡した。

「へー、祥介もこういうの見るんだ」

 物珍しげに滝口はディスクを眺めた。

「どう、いけた?」

「まあまあかな」

「なにがまあまあなんだ」

 声がした。僕たちの背後に水沢先生がにやにやしながら立っていた。

「なにそれ」

「……深夜にやってるアニメです」

 僕はできるだけ平静を保ちながら、答えた。

「へえ、いつやってるやつ?」

「水曜日にやってて……」

 滝口もまた、嘘に乗っかり、いった。

「そうなんだ、今度俺も観てみるわ。面白かったら貸して」

 アニメを観過るとバカになるから気をつけろよ、とどこか含みのある言い方をしながら、水沢先生は駅の方へ歩いて行った。

「やばかったね」

 僕はいった。

「みずっち、今日はなんか違くね?」

 滝口は水沢先生の後ろ姿を眺めながらいった。

「たしかに」

 今日はなんとなくぱりっとした白シャツを着ていた。細身のパンツにシャツをきちんと入れて、しゅっとした身なりをしていた。

「女だな」

 そういって、滝口は歩きだした。

「女?」

「デートだよ」

 滝口が小走りしだす。

「電車くんの?」

「ちげえよ、祥介、いまいくら持ってる?」

「千円はある」

「なあ、尾行しようぜ」

「なにを」

「みずっちの彼女、みたいじゃん」

 僕たちはいつのまにか走り出していた。

 水沢先生の乗った車両の隣で、僕たちは先生を観察していた。この状況を、僕はうまくりかいできないままだった。

「どんななんだろうな、みずっちの彼女、ブスだったらどうする?」

「どっちでもいいじゃん」

「じゃ俺ブスにジュース賭けるわ」

 滝口はいった。

「ブスだったらいいのに、っていう願望が入ってない? それ」

「どっちでも面白いじゃん、俺らが初めての目撃者になるんだぞ。やばいよそれ」

 いいたい放題だ。

「降りるぞ」


 電車を二度乗り換え、新宿にたどり着いた。南口に先生は向かい、僕たちは人混みをかき分けながら、追っていった。ギャップ前で、水沢先生は手をあげ、扉のそばにいた男とハイタッチをした。

「……なんだよ、女じゃねえのかよ」

 露骨に滝口は落胆していった。

「せっかく新宿きたし、アニメイト行こうかな」

 滝口はいった。

「祥介もいく?」

「帰る」

 じゃあまたな、といって滝口は混雑するなかに向かっていった。

 学校の外で見る水沢先生が珍しく、僕はぼんやりと先生の後ろ姿を見ていた。

 二人はずっとしゃべり続けていた。そろそろ帰ろうか、と思ったところで、先生たちのほうに、女が走ってやってきた。再び、ハイタッチ。

 僕は、その女の顔を見てやろうと、目を凝らした。

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