第33話 熊本くんの小説13

 期末テストが終わり、試験休みとなった。久しぶりの部活は、大会が近いとというのに、夏休みへの期待がみんなをだらけさせていた。

「しょうがねえなあ。一度でいいから誰か大会予選を突破してくれよ……」

 弱小水泳部の顧問である水沢先生は、そんな生徒たちを咎めるわけでもなく、ため息をついた。どちらかといえば、先生のほうがそわそわしているようだった。

「いっとくけど、夏休みだからって休めると思うなよ。俺が学校にいる日は部活さすからな」

 部員たちの大ブーイングを無視し、水沢先生は続ける。

「どうせお前ら遊ぶことしか考えてねえだろ、ざまあ見ろだ」

 俺が学生だったときなんてもっとえげつないスケジュールだったんだからな、とぶつぶついいながら、水沢先生は。去っていった。

「絶対あれ、彼女とやれてないからキレてんだ」

 そばにいた部員たちが話しているのが耳に入った。

「みずっち彼女いんの? どこ情報だよ」

「前に彼女が作ったらしき弁当食ってた。あの人基本昼メシ食堂だろ。授業の集合場所聞こうとしたら、そんときめずらしくいなくて、体育教官室にいったらフタで隠しながら弁当食ってた。でもそのフタにスヌーピーの絵がついてた」

 部員たちが話の輪に混ざり出す。

「それは確実に女が作ったな」

 練習どころではなくなってしまった。

「祥介知らないの?」

 同級生が僕に訊いた。

「なんで僕が知ってんだよ」

「だってさ、みずっちのお気にいりじゃん」

 そういわれて僕は驚いた。

「僕が? どこらへんが?」

 なんだか強い口調で返事をしてしまった。

「だっていつも『熊本を見習え』っていってるし」

「それは……」

 どちらかといえば、なかなか教室や部活に馴染むことができなかった僕を心配して、声をかけたりしてくれているように思っていた。

「どうやら僕、すごくいい骨格をしているらしいんだよね」

 同級生は、さっぱりわけがわからない、という顔した。

「祥介、謎だわー」

 同級生や部員たちに、僕は「なんとなく会話のピントが合わないキャラ」扱いされていた。


 小さい頃から私立校に通っている人間にとって夏休みは、遊び相手のいない長い時間をどう有意義にやり過ごすか、が重要だ。友達の家は遠く、結局家で一人、だらだら過ごすことしかない。小学生の頃は昼まで寝転がりながら教育テレビの再放送を観、いいともが終わったらそのまま昼寝、いつの間にか夕方になっている。

 家族は出かけていて、家には僕一人だけだった。畳の上を転がりながら、途中まで読んだ文庫本の続きを読んでいた。

 同級生に借りた『創竜伝』と『とある魔術の禁書目録』も読み終わってしまった。あまりに暇すぎて、頭がぼんやりしているせいで、次になにを読むかまったく思いつかない。僕は入学時に貰ったけれど、まったく授業で使わない国語便覧を開いた。一ページごとに作家の顔と紹介が載っているベージをぱらぱらめくった。作家の顔というのはなんでどいつもこいつも偉そうというか、さも難しいことを考えています、という顔をしているんだろうか。江戸川乱歩でも読んでみようかな、太宰治は何冊か読んだな、ととくに気にとめることなくめくっていたとき、あるページに目が止まった。この作家の名前に聞き覚えがあった。でも、どこで聞いたのか、忘れた。次に読むのはこれにしよう、と僕はメモをとった。

 母と妹は買い物に出かけていた。二人が帰ってきたら、近所の図書館にいこうと思いながら、通学にも使っているグレゴリーのディパックをあけたとき、部員からまわってきたDVDをずっと入れっぱなしにしていたことに気がついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る