第22話 熊本くんの小説②
ニワトリ小屋で、渡辺に腰を押し付けられ、やたらと鼻息が耳元にあたり、しまいには口を吸われ(妹の読んでいる『りぼん』の漫画には、舌まで入れるものだなんて描かれていなかった)、しばらくニワトリ小屋の物陰にいた。
校庭から聞こえてくる笑い声は、遠くなったり近くなったりし、大声が聞こえると、このありさまをみられたらことだ、と冷静にもなった。
しかし、自分の口の中に、得体の知れない動きをするものが入ってくることや、擦り付けられる、硬く熱のあるものを自分の腰に感じているうち、それはこれまでに感じたことのない甘ったるい刺激となって僕の全身が緩んだ。そうしているうちに僕の小便の管も硬くなってきた。
ああ、やばい、水を飲んでおしっこしなくっちゃ、と思い、僕は渡辺を引き剥がし、そのままニワトリ小屋を飛び出した。
冷水機のあるところまで全力で駆けていき、飛び出す冷水を飲み込むよりも多く摂取し、口からは水が溢れた。
「なにやってんの」
声のほうを向くと、そこには石田がいた。
「水飲んでる」
僕はそっけなく答えた。かまっていられなかった。
「ふーん」
そういって石田は僕のことをおかしそうに眺めていた。ニワトリ小屋でのことを見られたのかもしれない、と思い、僕は慌てた。
「おしっこする」
そういって僕は走ってトイレに向かった。
そういえば、渡辺とはよく目が合った。体育のときとか、音楽室に移動するときとか、そういうときだ。渡辺とは帰り道が違うし、趣味も合わない。だからとくに会話を交わさなかった。渡辺には兄が二人いるらしく、男っぽい遊びに長けており、教室の人気者であった。
僕はというと妹がいるので、テレビも娯楽も妹次第といったところだった。そして、あまり品のよくないものは家族が見せてくれなかった。夜九時以降のテレビが教室で話題にのぼると、さりげなくトイレや水飲み場にいったりしていた。はやりの芸人も、『おはスタ』に出ているやつしか、僕は知らない。
ちょっとでもエロいこと、下半身にまつわることや、女子のおっぱいや生理を揶揄するようなことがあると、僕は顔をしかめてしまい、
「ショウちゃんがキレてる!」
などと囃し立てられもした。
男と女が抱き合って口を吸い合い、性器を擦りつけあう、のが、大人にとって重要なことなのだ、ということは、なんとなく察していた。手塚治虫の『火の鳥』と『ブラックジャック』は、母が「読んでもいい漫画」として買い与えてくれていた。いまにして思えば、手塚治虫を「ためになる」といって気軽に買い与えるのはどうかと思われる。たまに、男と女が裸で抱き合っている場面にでくわした。興味を惹かれも恐れもしなかった。どうやらそれが、子供を産むために必要な行為らしい、ということはわかった。妹が読まされていた、「初潮を迎えるにあたっての漫画」にもヒントがあった。だが、わりとそこはぼんやりとしていて、まだ知らなくていい、と勝手に決めていた。今にして思えば、同級生はみんな、知っていたのだろうか? 僕はいつのまにか、遅れてしまっていたのだ。
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