第19話 まつりとわたし⑨
先祖代々のごたいそう立派な墓石とは別の、墓所のすみっこに、まつりのお墓はつつましく立っている。墓石と比べて不釣り合いなほど豪華な花が飾られている。それを抜いて、持参した花を壮太郎は飾った。
「こっちのほうがあいつ好みだ」
去年もおなじことをいった気がする。
墓石に水をかけ、わたしたちはタワシで墓石を磨いた。
山頂は日が照っていて、暑い。ときおり冷たい風が吹いた。
わたしはここに来るたびに、虚しさに襲われる。
まつりこそ、底知れない能力を持っていたのではないか。壮太郎や、まつりの父や、あの女よりも、ずっと。才能があったから、運命が彼女を急がせたのではないか、生きている人間は、そんなドラマティックなことを考えてしまう。
わたしたちはなにかの才能を持ちたくて持ちたくてしょうがない。でも、どうしてだろう、わたしたちの持っているスペックは、いつだって自分が望む才能ではない。他人は羨むかもしれない。でも、自分だけが叫んでいる。
「もっと別の才能が欲しかった」と。
まつりは隠していた。壮太郎だけではない。まつりにも、婚約者が決まっていたのだ。まつりの通夜で、その人を見た。壮太郎が教えてくれた。
「あいつ、まつりが高校を卒業したら、そのまま嫁にするつもりだったんだぜ」
壮太郎はいまいましげにいった。
どうみても、おじいさんだった。背は低く、腰は曲がっており、杖をついて歩いていた。白髪頭だったが、剥げてはいない。
「あの人いくつよ」
「八十過ぎてる。しかも結婚はまつりとしていたら五回目だ」
「冗談でしょう」
「俺もさすがにきいたときはそう思ったよ。でもほんとうだ。見合いみたいなこともした。そして、まつりは承諾していた」
「壮太郎さん」
声の方を振り向くと、楠音さんが立っていた。はじめてこの人の服と場所が合致しているのを見た。
「モリヤさんがいらっしゃいましたよ」
壮太郎はわたしに目くばせをしてから、女と一緒に去っていった。モリヤさんとは、壮太郎の婚約者だった。
わたしは彼女をそのときまでみたことがなかった。
声が大きくて、なにをしゃべっているのか筒抜けだ。やたらに明るく振る舞う。モリヤはあまりに場違いで、目立っていた。いちおうの喪服姿だったけれど、化粧が派手で、顔とからだがばらばらだった。資産家の娘というのはこういうものなのか。人が思うところの「金持ちの娘」を彼女自身が演じているように見えた。まるで義務のように。どうしたって目を引くタイプだった。
「あなた、みのりさんですか」
いつのまにか、わたしの前にまつりの婚約者が立っていた。わたしは老人に見上げられ、びくりとした。
「まつりさんとわたしのこと、知っていましたか」
老人はわたしに訊いた。
「はい」
ついさっき、といおうかと思ったが、やめた。
「わたしの家にくることが決まったときね、彼女はふたつ条件を出したんですよ」
条件。こんな老人の花嫁になるのに、なぜそんなものが必要なんだろう。
「高校を卒業するまで待ってほしい、あなたとは、いつだって会えるようにしてほしい、ってね。たった一人のお友達だからってね」
わたしは、その言葉を聞いて、崩れそうになった。ちょっとでも押されたら、そのまま気を失いそうだった。
「何百人と死者を送り続けているとね、わかることがありますよ。人間というのはね、恐ろしいことに、そう簡単には死なない。死んだ人間の思い出が脳裏に住み着く。わたしはね、あなたの脳髄のなかにいるあの少女に会いたいですよ」
なにをいってるんだこのジジイは。
「あの子がしたかったことを、これからすべて、してあげてください」
浅い礼をして、老人は去っていった。
まつりがしたかったこと?
兄を救う? 兄と寝る? 明るい青春を送る? 人生を生き切る?
『わたしのこと、下に見てるんでしょ』
電話越しに、まつりがわたしにいった、最後の言葉。
あれは本当に交通事故だったんだろうか。最後の電話のことを思い出す。人間は、過剰な情報を選別して、処理できるだけのものしか感じようとない。いや、できない。
山を降りたとき、スマホが震えだした。電波のある場所にきたからだろう。
ラインの通知が一件。熊本くんからだった。URLが貼られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます