第31話 熊本くんの小説11
通うこととなった中高一貫教育の男子校には、大学への推薦枠がわりとあるらしい。荒れてはいないがみんな退屈していた。
驚いたことに、男だけという環境になる途端にみんな、女の子の不在に気をとられる。思春期だから、というだけではない。小学生から中学生へ。立場が変わっただけで突然色気を欲しがりだす。みんな露骨に、性的なものに対する興味をさらけ出しはじめる。女子との接点は、小学校時代の同級生と、校外活動のみ。やたらと異性に対して、期待まじりの羨望を寄せている。
「熊本、隣いいか」
担任の水沢先生が僕に声をかけ、横に座った。手にはオムライス三百五十円と、水。
食堂で僕はひとり、ゴムよりも硬い焼きそばを食べていた。通称ゴムそば。食感は嫌いではなかったし、百五十円だ。お昼ご飯代としてもらう五百円を貯金して、僕は文庫本を買うことにしていた。
水沢先生は二十五歳だ。僕のクラスが初めての主担任となるらしい。この学校を卒業し、体育大学を経て、今度は教師としてここに戻ってきた。「誰よりもこの学校のことを知っている」と先生はいつもいっている。たしかに、卒業した場所に戻ってくるくらいなんだから、先生なりの、この学校の魅力を教えて欲しい気もする。
僕は先生の近くにいると、緊張する。先生が顧問をしている水泳部に入ったのだけれど、どうもうまく顔を合わせて話すことができない。なんとなく目を逸らしてしまう。
「どうだ、最近」
先生はオムライスをスプーンでめちゃくちゃにかきまぜながら、聞いた。
「あの」
「なに」
「オムライスって、そういう食べ方するんですかね」
先生のオムライスは無残なくらいにぐしゃぐしゃで、残飯みたいだ。
「ああ、俺昔からこういう食い方するんだよね。味噌汁もご飯にぶっこむし」
それはねこまんまというやつではないだろうか。
「熊本は上品だな」
先生は僕の持っている焼きそばを見て、いった。パックのなかの焼きそばは端のほうから食べているので寄せられている。
「上品、ですか?」
「カレー、飯に混ぜたりしないだろ」
「だって混ぜたらドライカレーになりませんか」
「お前、なかなかするどいな」
水沢先生の笑い方は、まるで僕がとても価値のあることをいったのではないか、と錯覚させる。笑顔が大人とは思えないくらいに素直だった。先生は人気者だ。みんなに「みずっち」の愛称で呼ばれていて、昼休みによく、生徒と一緒に球技をしている。部活のことで体育教官室にいったときは、生徒の持ち物検査で取り上げたのであろうエロ漫画を読んでいた。僕が声をかけると慌てて本を閉じた。
「熊本はさ、骨格ががっしりしてるから、筋トレしてみるといいかもな」
水沢先生はオムライスを頬張りながらいった。
「そうですかね」
僕は水沢先生を見る。先生は身長が高く、体が大きい。大学のときの卒論で、筋肥大の大論文(先生曰く)を書いているときに、自分を実験台にしてみた、といっていた。
「うん、きれいに筋肉ついてモテるぞ。多分つきやすい体だと思う」
そういって水沢先生が僕の二の腕を掴んだ。
「マッチョな水泳部員とか、かなりイケるでしょ」
「ありがとうございます」
「部員全員キン肉マンにして、彼女作らせるのが俺の野望なんだよね」
たしかに、水沢先生はよくわかっている。この学校の生徒がなにを求めているか。
入学式後のオリエンテーション、教室で先生は自分のことを「グレート・ティーチャー・ミズサワ」略してGTMと呼んでくれといい、教室はヒキ笑いに包まれた。場の空気にめげもせず(そういうところが本当にすごい、と逆に尊敬する)、人懐っこい笑顔を見せてから、先生は続けた。
「やっているやつはもうしているかもしれないけど、これから君たちに一番重要なことを話そうと思う。それは、正しいあれの仕方だ。間違ったやり方でしていると、形が曲がってしまったり、最悪なケースだと、女の子といざなにかあるときに、うまくできない」
そういって、小学校を卒業したばかりの生徒たちに、正しい自慰、の授業をし始めたのだった。
その話は、僕たちの股についているものの形状、正しい扱い方、成長させるために必要なケアなど多岐に渡った。
それが、中学に入学して初めての「授業」だった。
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