第6話 熊本くんとわたし⑥

 店中の男たちがわたしに注目し、すぐ目を逸らした。部外者がすみません、と頭のなかで謝りながらわたしはDVDを物色した。どれもこれも、裸だ。できるだけわたしはなにも考えずに面陳されている商品を見続けた。

 見つけた。

「これ」

 そういってわたしが振り向くと、壮太郎はアダルトグッズを見ていた。

「おう」

 慌てつつも平静を装おうとしていた。

「お金はあとで返すから」

 わたしは店をさっさと出た。街灯は少ないけれど、連なる店の明かりで通りは明るかった。はしゃいだ声があらゆるところであがっている。わたしは首をまわした。道行く男たちがわたしを一瞥し、通り過ぎていく。あまりにも場違いすぎて、自分が銅像にでもなったみたいに思えた。

「買ったよ」

 紙袋を持って壮太郎がやってきた。

「ありがと」

 袋を受け取り、わたしたちは歩き出した。

「どこかためしに店に入ってみるか」

 壮太郎はいった。わたしは無視した。

「興味あるんじゃないの」

 そういわれ、わたしは苛立つ。

 そのままわたしたちは駅まで無言だった。

 わたしはなんだか息苦しかった。壮太郎になにをいっても見当違いになりそうだったし、これ以上黙ったままいたら自分でもよくわからない態度をとりそうだった。さっさと別れたかった。

「今日はこれで」

 壮太郎にジェイアールの改札で別れて、わたしはほっとした。


「なんで文学部なんて入ったんだよ」

 レポートを一切書くことができず、苦悶するわたしを見て熊本くんがいったことがある。大学のテラスだった。

「読んだことは読んだんだけどねえ」

 パソコンの横には付箋が貼られた文庫本があった。といってもまったく内容は思い出せない。

「質問の回答じゃないでしょそれ」

 そういって熊本くんはバッグパックをあけ、レポートを取り出した。

「さっさとこういうものは書きあげて遊ばないと」

「夏休みどうするの」

「帰省して、アルバイトして、あとはだらだらする」

「実家どこだっけ」

「滋賀」

 申し訳ないけれど、琵琶湖しか思いつかない。

「八つ橋買ってきて」

「それ京都だけど」

「途中で買ってきて。あんこのやつ。変な味のはいらない。あと赤福」

 滋賀、いろいろあるんだけどなあ、と滋賀土産を挙げる熊本くんを無視して、わたいしゃパソコンの画面に集中した。

「みのりちゃんは実家どこ」

「岡山」

 だめだ、まったく一文字も浮かんでこない。

「きびだんご買ってきて」

「一生分食べたから正直もう食べる気が起きない」

「自分が食う前提かよ」

 話はそこで終わった。熊本くんの男友達(名前は知らない)がやってきて、去っていったからだ。


 紙袋を開けることもなく、わたしは寝た。

 まつりがひさしぶりに夢に出てきた。

「お兄ちゃんの彼女たちを見ていると、なんだか生きる気がなくなってくる」

 まつりとわたしは高校の教室にいた。夕暮れだった。わたしはとても疲れていた。

「なんでよ。みんな綺麗じゃない」

 わたしは壮太郎の歴代の彼女たちを見たことがない。

「自分は人とは違うんだ、って顔してるの。違わないことに気づいてない。それがばれないようにいつもびくびくしている。たまに妹として三人でお店で話したりしたらもうそれ地獄よ。お兄ちゃんに素性がばれないように演技中の女と、それをわかっていることを悟られまいと、いい妹を演じているわたしのコラボレーションで」

「疲れるね」

 わたしはいった。でも、みんなおんなじなんじゃないかな、結局のところ、と思いながら。

「一般論とか、みんなそうとかいう話じゃないのよ」

 わたしはびくりとした。見透かされた。

「自分が同じようになるしかないと考えたら、もういてもたってもいられなくなる」

「ならなきゃいいじゃない」

 わたしがいうと、まつりは驚いた顔をした。

「なにいってんの?」

 ツチノコを発見したみたいな顔だ。まつりは感情が露骨に顔にでる。隠そうともしない。

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