第43話 熊本くんの小説23
父が我が家の財産である家を担保にして、勝手に金を借りていたということが発覚した。
母は半狂乱した。
「なんであんたたちのためにこの家をもっていかれなくちゃいけないのよ!」
メジロのおばちゃんが借金を抱えていた、ということだった。それも相当の額をだ。あてにしていた旦那さんの遺産が、想像よりも少なかったのだろう。投資も失敗していたという。両親の怒鳴り合いを見ながら、あの「岡山の先生」に、相当の額を父は「寄付」していたのではないかと、勘ぐった。
その少し前、春に、寝たきりだったメジロのおばちゃんの旦那さんが亡くなった。通夜と葬式に家族はでたがらず、無理やりというかたちで俺は父といっしょに参列した。
ひさしぶりに会った父の兄弟はあいかわらずで、自分たちの作った輪のなかで互いを賞賛しあっていた。モリヤには「あんたの学校、偏差値いくつ?」と陰でいわれ、男の子たちとはやはりうまく会話を続けることはできなかった。トモミツは愛想よく、話しかけてくれたが、内容はいっさい覚えていない。ほんとうにどうでもいい話をしたんだろう。それらを気にしなかった。
トモミツがメジロのおばちゃんの養子になる、という話を聞いたときは、気分が悪くなった。それぞれの思惑が透けて、吐き気がしそうになった。
帰り道、タクシーの車内で父に、
「これからはパソコンできるようにならなくちゃいかんな」
と、いつの時代だ? というようなことを真顔でいわれた。笑い出しそうになるのを我慢しながら、そうだね、と返事をした。
「お前みたいな人間は、なにか資格をとっておいたほうがいいぞ。トモミツみたいにやりたいことがあってデザインの勉強を独学でしているようなやつと違って、お前にはなにもないだろう」
俺は返事をしなかった。なにをいっても無駄だ、と悟った。じゃああんたはやりたい仕事とやらをしているのか? あんたの夢ってのはなんだ。兄弟で北海道からやってきて、他人の金を奪うことか?
いってやればよかった。
ほんとうに、熊本家の金を奪い、彼らは消えたのだから。
さまざまな肩書きをもった人々、警察、取り立ての業者、弁護士に税理士、他にもたくさんの人々が我が家にやってきた。これまで来訪者なんてものとは無縁だった我が家に、外の匂いが暴力的に押し寄せた。俺たちは、そういうものに慣れていなかった。いまでもそうだ。
母は疲弊し、妹は塞ぎがちになり、中学三年の夏休みは、ただ重苦しく、暑さが重しのようにのしかかってくるばかりだった。
「きみのいとこたち、親が消えちゃってどうなってると思う?」
歩いているとき、週刊誌の記者だと名乗る男が声をかけてきた。
「クソ親どもは子供たちを捨てて、みんなどっかに雲隠れしちゃったんだよ、ひどいよねえ」
ユウトとユウジの双子は母方の親戚が引き取っていったらしい。トモミツとモリヤは彼らの親が崇めていた岡山の先生のもとに身を寄せたという。
「なんでだろうねえ、ただの信者の子供を引き取るなんてさあ、やっぱりなにか関係があるんじゃないかなあ。きみはどう思う?」
にやにやしながら記者の男は俺に訊いた。信者、という言葉にひっかかった。
「知りません」
「きみも行ったことがあるんだよね、岡山まで」
「いってません」
子供を捨てて消えた父たち。子供たちのことを同情するほどの余裕はそのときはなかった。むしろ、自分と妹がまぬがれたこと。祖母や母が彼らの世界に馴染まなかったことで、まだ自分がここにいれることに安堵していた。
しかし、母の努力もむなしく、家を手放すことになる。
「この家を捨てることになるなんて」
母は疲れ切った顔でいった。祖父母が遺してくれた土地と、家を捨てる。それが母にとって、一番したくなかったことだったろう。俺は従い、妹は不機嫌なままだった。
荷造りをし、ほとんどのものを置いていく形で、祖母の兄弟が住む滋賀へ身を寄せることになった。学校に挨拶をすることもできなかった。
荷物を送り、俺たち三人は家を見上げた。
「行きましょう」
母はいい、足早に駅へと向かった。名残惜しんだら、進めないと思ったんだろう。妹はしばらく立ち止まったままだった。呼ぶと、俺を睨みつけた。
京都で新幹線から降りたとき、修学旅行で再会した、あのまつりという女の子のことを思い出した。
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