横尾くんは語る、変化があったと思うかと



 卒業まで、あと一週間。

 なんだか一日が短く感じる。

 私の隣りには、まだ横尾くんがいる。



「そろそろ三月になるね。アメリカやイギリス等の海外では年度末が八月なことが多いのに、どうして日本だけ三月が年度末になるのか知っているかい?」


 

 ううん。知らない。

 何かを誤魔化すように語る横尾くんに、私は平静を装って相槌をうつ。


「どうやらこの差は、農業からくるものらしい。日本といえば稲の文化だ。昔は、秋ごろに米を収穫して、その後政府に米を換金して税として納めていた。そしてこの換金作業が終わるのが、ちょうど三月ごろだったみたいだ。だから日本は四月から新年度が始まる。もっとも、日本も明治維新の頃は、欧米にならって年度の始まりを九月にしたこともあったみたいだけれどね」


 そうなんだ。知らなかった。

 私は力のない言葉を漏らす。

 横尾くんの饒舌には、どこか焦りが見えた。


「ちなみにイギリスとかが九月から年度が始まるのも農業の関係のようだよ。向こうは麦の文化で、冬小麦の収穫時期はだいたい夏にやってくる。どうやらその頃の慣習がいまだに続いているらしい」


 私の知らないことを横尾くんはたくさん教えてくれる。

 でも、まだ教えてくれないこともあった。

 高校入試の合格発表の翌日。

 あの日に横尾くんが、どうして気落ちしていたのか、私はまだ知らない。



「もし、僕らの先祖が稲じゃなくて、麦を選んでいたら、僕らの出逢いにも何か変化があったと思うかい?」



 何も変わらないようで、何かが変わっていく。

 

 いつものように語る横尾くんは、どこかいつもと違う肌寒さをみせる。

 

 私たちがが交わし合う言葉は、日に日に減っていた。




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