鈴井さんは嘲る、夏って嫌いだと
弾けるように、水飛沫が跳ね上がる音。
夏に熱せられた風を肌に感じながら、私は日陰に座ってゆっくりと時間が過ぎていくのを待っている。
今日が体育のプールの授業としては最後にも関わらず、体調の問題で参加できない私は見学をしていた。
「そろそろ、夏休みになるねぇ」
うだるような暑さもあってぼうっとしていた私の横から、ふいに子猫に似た声がする。
右隣を見てみれば、そこでは私と同じ様にプールの授業を見学していた、クラスメイトの鈴井さんが水筒を小さな口で飲んでいた。
普段からそこまで頻繁に会話をするような間柄ではないけれど、彼女は基本的に誰にでも分け隔てなく喋りかけるので、初めて喋るというわけでもなかった。
「ホンアイは夏休み楽しみ? どっか旅行とか行くのぉ?」
あんまり楽しみじゃないかな。受験生だし。受験勉強ばっかりになると思う。
私のことをホンアイという彼女しか使わない独特のあだ名で呼ぶ鈴井さんに、私は今年は旅行には行けなさそうだと言葉を返す。
「だよねぇ。やっぱり今年は皆忙しいよねぇ。慎吾も塾に箱詰めだって言ってたし」
寧々も受験勉強しなきゃなぁ、と鈴井さんは退屈そうな溜め息を吐く。
まったくもって憂鬱だ。
派手に水飛沫を上げて、バタフライをするクラスメイト達を眺めながら、本当は私も海に行ったりしてみたいと叶わない思いを頭の中で泳がせる。
「でもホンアイも慎吾も偉いよねぇ。二人とも成績いいじゃん。それなのにちゃんと勉強して。寧々とかほんと勉強とかむりだもん。高校もなんか適当に推薦でどっか行けないかなぁ」
推薦を狙えるということは、鈴井さんは結構内申点がいいみたいだ。
私は試験の得点のわりには、そこまで内申点はよろしくない。
たぶん提出物を時々だし忘れるのが原因だと思う。本気で反省している。
「そういえばホンアイと慎吾って塾も同じなんだよね?」
うん。同じだよ。青山くんは塾でもかなり成績優秀。
本人にその気さえあれば、私のいるクラスではなく、もう一つの上のクラスにも行けるくらいには彼の成績は良い。
さっきから鈴井さんの言葉には、青山くんの名前がよく出てくる。
仲良さそうだし、気になるのかな。
「塾でけっこう話とかするのぉ?」
私と青山くんがってこと? まあ、しないことはないよ。
一瞬質問の意味が捉えられなかった私は、間抜けな顔を晒してしまったかもしれない。
右隣りに座っている鈴井さんは、ふーん、とだけ言うと、太陽の光を反射して輝くプールに目を向ける。
「なんか寧々、夏って嫌いだなぁ」
鈴井さんにしては珍しく、どこか嘲るような調子で彼女は言葉を漏らす。
私たちと鈴井さんの間に吹く夏の風は気だるげで、不愉快な汗を乾かしてはくれない。
冷たい水の中に飛び込めない私の身体には、嫌な熱がこもるばかりだった。
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