横尾くんは語る、夢中になるという意味もあると


 頭の中でクラッシュ、クラッシュ、クラッシュと中毒性のある音楽が無限ループを繰り返している。

 妹が最近ハマっているらしい洋楽を家の中でひたすらカラオケするせいで、私にまで伝染してしまったのだ。

 キャッチーで、なおかつどこか哀愁あるこの女性ヴォーカルが何を歌っているのかはさっぱりわからないけれど、とにかく耳から離れてくれなかった。



「昨日までは、なんて美しいメロディなんだと思っていたんだよ」



 そんな夏休みが目前に迫り、一日中頭の中でミュージックを掻き鳴らす私の方へ、左隣りの横尾くんが声をかけてくる。

 珍しいことに片耳にはイヤホンを突っ込んでいる。

 どうやら彼も音楽を嗜むみたいだ。


「でも今はもうだめだ。昨日までの心地良さを感じることができない」


 いったい何の話なのかと訊いてみれば、どうも今まさに横尾くんが聴いている音楽についての事を言っているらしい。


「君はこれまでずっと美しいと思っていたものが、ある日突然醜く思えるようになったことはあるかい?」


 ないよ。ぜんぜんない。

 表現が遠回しすぎて、若干意味がわかりにくかったけれど、どうやら横尾くんはこれまでずっとお気に入りだった曲が、急に気に食わなくなってしまったようだ。

 あまりにリピートし過ぎてちょっと飽きてきちゃうことはあっても、さすがに一度好きになった曲を嫌いになることは、少なくとも私には経験のないことだった。


「でもきっと変わってしまったのは僕の方なんだ。僕はずっとこの曲が美しいと思っていたけれど、それは遠くから眺めていたからだ。そう錯覚していただけさ」


 神妙な顔で、横尾くんは悪いのは僕なのさと、一人悦に浸っている。

 やや気取り過ぎて見ていると恥ずかしくなってくるけれど、男子中学生なんてだいたいこんなものかな。

 

「ずっと僕はアップテンポで明るく陽気な曲だと思っていた。でもなぜか歌詞が気になって、調べてしまったんだ。それが失敗だった。まさか親に虐待を受けている子供が、乱射事件を起こしてしまうような歌詞だとは思わなかったんだ」


 横尾くんを悩ませている曲は洋楽で、歌詞の意味もわからないまま聴いていたのだけど、和訳を調べたらかなり重くて苦しい意味だったらしい。

 どんな曲なのか気になった私は、無造作に机の上に置かれている方のイヤホンを手に取ると、自分の左耳に付けてみる。


「な、なにをするんだ急に!?」


 アイテムにこだわりがあるタイプなのか、私が空いている方のイヤホンを使用すると、横尾くんはやたらと戸惑った声をあげるとけれど、当然無視する。

 鼓膜に響いてくるのは楽し気で解放感のある口笛。

 リズミカルなドラムの音からは、たしかに嬉々とした雰囲気しか感じ取れない。

 綺麗な曲だと、私も思うよ。


「……君はどんな曲を聴くの?」


 横尾くんが昨日まで綺麗だと思っていた曲を聴く私に、彼は問い掛ける。

 私がどんな曲を聴くのか。

 今ぱっと思いつくのはやっぱり、クラッシュ、クラッシュ、クラッシュ。

 なにが壊れるのだろう。この曲も本当は暗い曲なのかな。


「クラッシュ、か。どっちの意味だろうね」


 どっちの意味? 壊れる以外にクラッシュって何か意味があるの?

 私が顔を向けると、横尾くんは右耳につけたイヤホンに手をあてながら、優しく笑う。



「クラッシュっていう単語には、壊れるとかそういう意味以外に、ぞっこんになるとか、夢中になるという意味もあるんだよ」



 私の瞳を真っ直ぐと見つめてそう言う横尾くんは、そっちの意味だといいね、なんて言葉を続ける。

 

 クラッシュ、クラッシュ、クラッシュ。


 私は左耳のイヤホンを外すと、頭の中でループする曲をどうすれば止められるのか、変に熱を帯び始めた頬を隠しながら考えることにした。

 

 

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