横尾くんは断る、別の方との幸せを願っておりますと
「なあ、
ひりひりとした剣呑な雰囲気。
醒めたような目つきで、一人の男子が隣りの席の横尾くんに詰め寄っていた。
ツーブロックで綺麗に刈り上げられた髪の男子の顔を、私はどこかで見たことがあるような気がするけれど、その程度だった。
とりあえずこのクラスの男子じゃない。
さすがにクラスメイトかどうかくらいは区別できる。
「知らないよそんなこと。僕はお前の行動を全部把握しているわけじゃない。推測のしようがないだろう」
「頼むよ俊平! 俺を見捨てないでくれっ!」
ツーブロックの男子は横尾くんの腕を取ると、縋るように声を絞り出す。
他クラスの子とこんなに関わる横尾くんを見るのは初めてなので、思わず私もそれを横からじろじろと観察してしまった。
なんだろうこれ。今のところ痴話げんかにしか見えないけれど。
「や、やめろ優馬。手を離してくれ。誤解を招くだろう!」
「俊平~、こんなこと相談できるのお前だけなんだよ~、俺たち親友だろ~?」
ちらちらと恥ずかしそうにしながら、横尾くんは手を振りほどこうとするが、優馬と呼ばれた体格の良い男子はがっちりと掴んで離さない。
横尾くんはなぜか私の方に向かって、違うぞ、これは違うんだと小さく呟いているので、とりあえず合掌しておいた。
「いつから僕とお前が親友になったんだ。ただの部活仲間。チームメイトだろ」
「おいおい! そりゃないぜ俊平! あんなに俺の玉を何度も蹴り込んでおいてさ」
「玉じゃなくて、サッカーボールだろ。気色悪い言い回しをするな。だいたいお前がミッドフィルダーで僕がフォワードなんだから、お前からのボールを僕がゴールに蹴り込むのは当たり前だろう」
そこまで横尾くんの会話を盗み聞きして、やっと私はツーブロック少年が誰なのか見当をつける。
「俺からのパスをまともに受けられるのがお前しかいないように、俺の恋の悩みも解決できるのはお前だけなんだ。わかるだろ?」
「いや、全くわからない。こんなに理解できないことがこの世にあることに驚きを隠せないくらいだ」
いつもはあれほどマイペースな横尾くんが、わりと押され気味だ。
四中の司令塔恐るべし。
それに、なんとなく美咲に似ている気がして仕方がなかった。
「最近、寧々が冷たいんだよ。なんでなんだろうなぁ。俺の何が悪いんだ?」
「しいて言うならば、全部だろうな」
「酷いっ!? 俊平っ、お前親友だからって言っていい事と悪いことがあるだろうがっ!?」
「親友じゃないから、セーフだ」
「かぁーっ! なんで俺が好きになる人間はどいつもこいつもこんなに心の冷たい奴ばかりなんだっ!?」
木下くんは、この世の終わりかのような顔をしている。
それを見る横尾くんは、心底うんざりしたような顔をしながらも、やがて顔を上げる。
「……まあ、一応、同じクラスだからな、僕の方からある程度探りを入れてやってもいい」
「え? 本当か? うわー! 俊平っ! お前って奴はやっぱり最高だぜ!」
「うるさい。近い。早くどっかに行け。そろそろ授業の時間だろ」
木下くんの目がパッと明るくなり、横尾くんの肩を大袈裟に揺らして歓喜の声を上げる。
口では色々と言っているけれど、なんだかんだ仲が良いみたいでどうしてか私はホッとする。
「俺! もし寧々にフラれたら、俊平と結婚するわ!」
「丁重にお断り申し上げます。未来永劫気は変わりませんので、あしからず。どうか別の方との幸せを願っております」
木下くんからのプロポーズを秒で断った横尾くんは、やれやれと首を振りながらも、どこか楽し気だった。
男子の友情って不思議だ。
理由はわからないけれど、どうしてか私の頬も楽し気に緩んでいた。
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