横尾くんは語る、人を惹きつける秘密がそこには隠されているんじゃないかと
基本的に私は他人の趣味に寛容的だと思う。
個人的にえー、ないわー、と感じるような趣味を友人が持っていたとしても、その趣味を理由に友人を嫌いになることは決してない。
自分の趣味を他人に押し付けるようなことは、まあ、正直ないといえば嘘になるけれど、その代わりに他人の趣味も可能な限りは自分で一度は触れてみようと心がけている。
でも、さすがにこればかりは、ちょっと私にはまだ早いんじゃないかと思うんだよね。
「どうだい、土偶。欲しければ君にも一つあげよう」
あ、いや、えーと、ごめん。いらないかな。
握りこぶしくらいの大きさの土偶を手に持った横尾くんは、私の気まずそうな顔を見ると残念そうに、そうかと呟いた。
いったいどうして中学三年生の男子が、いきなり土偶に興味を持ち出したのだろう。
「アイドル、と呼ばれるものがある。僕はこれまで全くアイドルといったものに関心を持てなかったのだけど、最近友人がやたらお気に入りのアイドルがいるからと勧めてくるんだ」
アイドル、と聞いて私が思い浮かべるのは、テレビとか雑誌に出てくる可愛らしい歌って踊れる女の子たちだ。
ほぼ確実に横尾くんの友達が言っているアイドルもその類だと思うんだけど。
「そこで僕は思ったんだ。友人がそこまで勧めてくるくらいだ。何かしら人を惹きつける秘密がそこには隠されているんじゃないかと。だから僕は個人的に、アイドルといったものを調べ始めた」
どうして人を惹きつける秘密を横尾くんが知りたがっているのか、少し私は不思議に思う。
横尾くんも誰かに好かれたいとか思うことってあるのかな。
「アイドルがどういった意味なのか調べると、日本語で偶像と出た。そこで偶像についてさらに調べていくと、偶像崇拝というものがあり、その代表例として縄文時代の土偶が出てきたんだよ」
な、なるほど。
アイドルを調べて土偶に辿り着いた経緯を聞くと、ある程度は納得しないこともない。
「それで土偶を最近は眺めることが多いんだ。言われてみれば、たしかになんとなく視線を惹く何かがある。いったいなんだろうね。この丸みかな。この丸みがいいのかな」
どこで買ってきたのか。
土偶を様々な角度から眺めると、横尾くんは真剣な表情でしきりに唸っている。
「可愛げもあり、どこかミステリアスで、自然と意識を奪われる。これがアイドルという概念か」
好きなアイドルを訊ねられて、土偶を答える中学生三年生はきっと横尾くんくらいだ。
可愛げもあり、どこかミステリアスで、自然と意識を奪われる。
私にとってのアイドルはいったい何だろうと考えると、頭の中にすぐに浮かぶものがある。
「うん? なんだい、じっとこっちを見て? あぁ、そういえば、今気づいたけれど、君はどことなく土偶に似ているね」
……クラスメイトの女子に向かって、君は土偶に似ているねなんていう中学三年生はたぶん横尾くんくらいだ。
私は頭の中に浮かんだ偶像に向かって消しゴムを投げつける。
すると、可愛らしい驚く声がしたので、私は満足気に頬を緩めるのだった。
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