横尾くんは語る、胃が痛くなってきたと
「サッカー部、また試合勝ったらしいじゃない。横尾のくせにやるじゃん」
「それは激励のつもりかい? いくらなんでも気持ちを伝えるのが下手糞すぎるだろう。小学生からやり直した方がいいんじゃないか?」
「サイアク。まじでむかつく。なんでこんな腹立つ奴が四中サッカー部のエースなんて呼ばれてるわけ?」
まだまだ日は高く昇っているけれど、時間帯的には夕方ごろ。
今日の夏期講習を終えた私は、ぐぅっと伸びをする。
久し振りに塾も休みなので、あとはもう食べて寝るだけだ。
最高としか言いようがない。
そんな気分の良い私の隣りでは、仲が良いのか悪いのかよくわからない横尾くんと美咲の運動神経二重丸コンビが、独特のコミュニケーションをとっていた。
「僕はこれから部活なんだ。大会前の貴重な練習時間なんだから、その前に僕にストレスをかけるようなことはやめてくれると助かる」
「はあ? せっかくうちが応援してやってるのに、なんなわけその態度。ちょっとメグもなんか言ってやってよ。メグが言えば横尾すぐ落ち込むから」
「て、適当なことを言うな。君はいったい僕をなんだと思っているんだ?」
こればかりは横尾くんに同意。美咲はいったい私のことをなんだと思っているんだろう。
これから部活なんだ。大変だね、と私が常識的な言葉をかけると、横尾くんは嬉しそうに口角をあげる。
「まあ、大変といっても、このチームで部活動ができるのも、あと数週間くらいだからね。苦にはならないさ」
「たしかにそれはあるわよね。うちもあとは個人戦しか残ってないけど、それが終わったらもう引退だし。あー、もう一回一年生からやり直したい」
「小学校一年生からかい? おすすめするよ。君ならすぐ馴染める」
「違うから! 中学校一年生からだから! それに今の年齢のままって意味でもないし!」
運動部の二人はそろそろ引退の時期が近づいて、少しセンチメンタルな気分になっているみたいだ。
私は演劇部なので、引退は秋の文化祭後になる予定だ。
それに文化系の部活なので、そこまで他の部員と深いつながりがあるわけでもない。
正直運動部特有の深い友情、連帯感に憧れがないこともない。
「横尾はさ、高校行ってもサッカー続けんの?」
「どうだろう。今のところ、続けるつもりではあるけどね、学業の方に専念してもいいかなとは思っている」
「ふーん、そうなんだ。意外。横尾くらい部活すごくても、悩むもんなんだ」
教室の窓からは、下級生なのか、すでにグラウンドでサッカーボールを蹴る生徒の姿が沢山みられる。
暮れていく陽の光に中学校生活が重なり、私はもう二度と戻らない時間が今まさに目の前で過ぎ去っていることを実感する。
「じゃあさ、今度、横尾の応援行ってあげるよ」
ぽつり、とふいに美咲が悪戯気な気配を含んだ声をこぼす。
妖しく笑う私の親友は、親し気に私の肩に手を回す。
「……は? なんで?」
「だってもしかしたら、もう二度と横尾がサッカーしてるとこ見れないかもしれないってことでしょ?」
「そ、それはそうだけど、べつに見なくてもよくないか?」
「はい。決定。しょうがないから応援いってあげる。もちろんメグも連れてくから安心して」
「いったい何を安心しろというのか。むしろ普段よりパフォーマンスが落ちそうだ。胃が痛くなってきた」
頭を抱えながら胃の辺りを抑えるという、珍妙な格好をしながら横尾くんは呻いている。
美咲はやたら楽し気に、チームが勝っても母校的に嬉しいし、チームが負けても横尾のへこむ姿が見れて嬉しいし、どう転んでも嬉しいわね、なんてわりと普通に酷いことを言っている。
でも横尾くんが部活の試合に出てるとこか。たしかにちょっと見てみたいかも。
私は真っ直ぐと通り過ぎていく日々を、ちゃんと思い出にして取っておこうと思った。
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