青山くんは喋る、似た者同士なのかもねと
少し甘すぎる紙パックのコーヒー牛乳を啜りながら、私は塾長から返却されたばかりの模試の結果を眺めていた。
私がとりあえず第一志望にしている“カマガク”の合格判定はB。
よくもないけど、悪くもない。
そこまでカマガクに強い思い入れもないし、べつに志望校を変えてもいいんだけど、なんともいえない成績だ。
下方修正するほど届かなそうなわけではないけど、上方修正するほど余裕があるわけでもなかった。
「お疲れ様、本田さん。模試、どうだった?」
ミネラルウォーターを片手に持った青山くんが、いつもの爽やかな笑みを浮かべながら右隣りに座る。
まあまあ、かな。青山くんはどうだった?
彼もちょうどいま模試を返却されたようで、全く同じ体裁の紙きれを几帳面にもクリアファイルに挟んであるのが見えた。
「俺もまあまあって感じ。また来月は模試あるし、ほんとしんどいよね」
まったくしんどくなさそうな柔らかな表情。さすが成績上位者は違う。
私がちらちらと青山くんのクリアファイルに目をやっていると、彼は少し恥ずかしそうにしながらも、俺はこんな感じだったよ、と見せてくれる。
……第一志望は私よりワンランク上の公立校で、判定はAだった。
すごい。めっちゃすごい。もう塾通う必要ないんじゃないかな。
「いやいや、たいしたことないって。模試は模試だし。やっぱり一発勝負は怖いよ。部活の引退で、他の受験生もこれから追い込みで成績上げてくると思うしさ」
さらに青山くんの模試の結果を眺めていると、第二志望が私の第一志望と同じカマガクだということに気づく。
ちなみに第二志望の方の合格判定はS。そりゃ青山くんの第一志望の“スイラン”でAが出るならそうなるよね。
「それにまだ迷ってるんだ。どこ受けるのか」
第一志望にA判定が出ているのに、どこに迷う必要があるのか私にはわからなかったけれど、青山くんぐらい頭が良いと他人より多く選択肢が生まれてしまうということなんだろう。
「本田さんの第一志望はカマガクみたいだけど、それは何か理由があるの? どうやって志望校決めたの?」
改めて訊かれると、私は答えに窮してしまう。
自分の成績と、家から通える範囲で、なんとなく照らし合わせて受かるか怪しいところを適当に第一志望にしただけだ。
正直、このまま第一志望の高校を受けて落ちたところでそこまで大きなショックは受けないはずだ。
私は元々、勉強が好きなわけじゃないし、特筆して得意な教科があるわけでもない。
よっぽど荒れてる高校でなければ、どこだってよかったのだから。
「へえ、意外に本田さんも俺側の人間だったんだね。てっきり横尾みたいに、夢とかそういうの、はっきりしてる人だと思ってたよ」
時々、青山くんは横尾くんのことを話題にする。
その時だけ、普段の明るくて優しい彼の顔に、普段は見せない特別な感情がよぎるように思える。
「俺もさ、そこまで第一志望に思い入れがないんだよね。現実的に狙える範囲で、一番偏差値の高いところにしただけで」
似た者同士なのかもね、俺たち。
そう口にする青山くんは嬉しいような、寂しいような、不思議な表情をしていた。
「……むしろ個人的には第二志望の方が、はっきりと選んだ理由があるくらいだよ、俺は」
そこで教室に、スーツ姿の塾講師がやってくる。
青山くんが第二志望の高校を選んだ理由は聞けずじまい。
冷房の効いた真っ白な塾の教室の窓からは、夏の夜が橙を塗り潰してく光景がよく見えていた。
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