横尾くんは語る、舌を何度も出し入れしているととても喉が渇くと
私は運が良いことに、まだ変質者というものを直接みたことがない。
年頃の女子ということもあり、その存在には心のどこかで警戒をしていたのだけれど、まさかこんなところで生まれて初めての変質者との遭遇を迎えることになるとは思わなかった。
私が人生で初めて出会った変質者は学校の教室にいて、名前を横尾俊平といった。
「し、失礼な! クラスメイトのことを変質者呼ばわりなんていくらなんでも酷いんじゃないか!?」
私の左隣りで、額に仄かに汗を滲ませながら高速で舌を出し入れしていた横尾くんは、ストップウォッチを止めた後に批難の声をあげた。
時々彼の行動は私の理解の範疇を飛び越えてしまう。
いったいどんな考えを持てば、クラスメイトの隣りでストップウォッチ片手に舌をレロレロと高速運動させるような行動にでるのか、私にはまったくわからない。
「僕は今、アリクイに挑戦していたんだ。知っているかい? アリクイは一分間の間に舌を160回ほど出し入れできるらしい」
ちょっと何を言っているのかわからない。
アリクイに挑戦していたってなんだろう。どうしてアリクイに挑戦しなくてはいけないのかな。
「この前、白米を食べている時にふと思ったんだ。そういえばアリクイは、
ご飯を食べている時にどうしてアリクイのことを考える人なんて、この世に横尾くん以外にいるのだろうか。
というかこの人白米と蟻を重ねてるのか。少し横尾くんのことが心配になってきた。本当に変質者の才能があるのかもしれない。
「だから僕を変質者扱いするのはやめてくれ。それでアリクイの話に戻るけれど、アリクイとご飯を食べている自分が似ているなと思った僕は、そこでさらに思考を深めて、食生活が似ているなら、僕もアリクイと似たような能力を持っているんじゃないかと思いついたんだよ」
言うほどアリクイと食生活似てるかな。
白米を食べるの蟻を食べるのは個人的には全く似てないと思うけれど、私がおかしいのかな。
それにアリクイと同じような能力ってなんなの。要らないでしょそんなの。
「僕の調べたところによると、アリクイは人間の数十倍の嗅覚を持っていて、その匂いで蟻塚を見つけ出すらしい。これに関しては、僕もそこまで負けていないよ。僕もご飯の匂いはそれなりに遠く離れていてもわかるよ」
いったいどこで張り合っているんだ。
自慢気に鼻を膨らませる横尾くんに、私は曖昧な苦笑いを返すことしかできない。
「ただの食べる量に関しては負けを認めるよ。アリクイは一日30000から35000匹くらいのシロアリを食べるみたいだ。白米で換算すれば一日10杯から15杯分のご飯を食べるようなものだ。さすがにこれを真似するのは難しい」
シロアリを白米換算している人を私は初めて見た。
たぶん蟻一匹を米一粒として計算してるんだろうけど、カロリーで計算した方がいいんじゃないかな。なんて考えてしまう私もまた変かもしれない。
「食べる量で負けた僕は、舌の出し入れ回数でアリクイに挑戦していたわけだよ。舌を何度も出し入れしていると、とても喉が渇くんだね。いい勉強になった」
舌の長さ的に条件が平等ではない気がするけれど、他にもっと気にするべきことがある気がした。
それで、アリクイには勝てたの?
少しだけ、ほんの少しだけ興味が湧いた私は、横尾くんにアリクイへの挑戦の顛末を訊ねてみる。
「今の記録は120回だった。認めるよ、僕はアリクイに勝てない。僕の完敗だ。だけど、いつか必ずリベンジをしてみせるよ」
一分間の間に120回舌を出し入れするのって、凄いのかな、凄くないのかな。
アリクイと横尾くん以外に一分間の間に舌を何回も出し入れする人を知らなかった私には、横尾くんの記録がどれほどのものなのかわからなかった。
でもまあ、わからなくていいか。
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