横尾くんは語る、時々そのことを忘れそうになると


 

 この時期になると、私の住む県では花火大会が頻繁に行われる。まあどこの県もそうかもしれないけれど。

 昨日も、最寄り駅から数駅離れた場所でどっかんどっかんやっていたみたいだ。

 でも去年行けなかったように、今年も花火大会には行けなさそうだ。

 あれ、でも一昨年はどこかの花火を観に行った気がする。

 


「そういえば一昨年は、君と一緒に花火を見たね。覚えてるかい?」



 すると、私の心の中を見透かしたかのように、横尾くんがふいに話しかけてくる。

 そうだ。一昨年はクラスメイトの皆と一緒に花火を観に行ったんだ。

 たしか美咲に誘われて。そこに横尾くんも一緒にいた気がする。


「ほんの二年前なのに、やけに昔のことに思えるよ」


 あの頃はまだ、私と横尾くん、あんまり仲良くなかったよね。

 少し煤けた記憶を掘り返す。

 私と横尾くんが今みたいに会話をするようになったのは、たしか夏休みが明けて、席替えをした後だったはず。

 そうだ。私と横尾くんは初めから隣り同士だったわけじゃない。


「ふふ、まだ仲良くなかった、か。そうだね。君の言う通りだ」


 懐かしい思い出を振り返る横尾くんは、穏やかな表情で頬杖をついている。

 私の記憶が間違っていなければ、花火を観た時は、直接互いに言葉を交わすようなことはなかったはずだ。

 漆黒に染まる夏の夜空を染める、色鮮やかな炎の輝き。

 私はあの時、誰の隣りで空を見上げていたのだろう。


「正直、あの日、僕は花火を観に行かないつもりだったんだ」


 どうして、と私が尋ねれば、どうしてだろうね、と横尾くんは答える。

 そして反対に訊かれる。じゃあ君はどうして来たのかと。

 小学校からの知り合いである美咲に誘われたから、たぶんそれ以外の理由はなかったと思うけど。

 私が曖昧な返事をすれば、横尾くんはだろうね、と笑う。


「あの日、僕は“初めて”君に会ったんだ」


 私と横尾くんは一年生の頃もクラスメイトだったはずだ。

 それにも関わらず、初めて出会ったというのはどういう意味だろう。

 花火を観る日まで私のことを認識していなかったってこと。

 それはちょっと酷いと思う。


「まさか、そういう意味じゃないさ。もちろんクラスメイトとして君がいることは知っていた。でも、違う。そういうことじゃなくてさ」


 中々喋り出さないが、一度口を開けばペラペラとよく舌の回る横尾くんにしては珍しく言い淀んでいる。

 初めて私と横尾くんが交わした言葉はどんなものだっただろう。

 考えてみても、思い出せない。

 どうしてか、とても大切なことを忘れてしまっているような気分になった。


「あの日花火を観たことは覚えているけれど、どんな花火を観たか全く思い出せないんだ、僕は」


 横尾くんはどこか遠くを見ているような瞳で、私の方に顔を向けている。

 


「僕の隣りに君がいることは当たり前じゃない。時々そのことを忘れそうになる。でもきっと、それは忘れちゃいけないことなんだろうね。だから僕はいつも思い出すようにしているんだ。初めて君が僕の隣りに来た時のことを」


 

 八月を迎える夏は、まだまだ空を高くしたまま。

 それにも関わらず、私の心にヒグラシが鳴き始めている。

 大切なことを思い出せない私を待つことなく、どんどんと夏は過ぎ去っていく。

 どうしてかわからないけれど、やがてくる秋の訪れが、少しだけ怖く感じた。


 


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