美咲は主張する、今度なんか奢れと



「そういえばご褒美、まだあげてなかったわよね」


 そういえば、というとくに何かの会話をしていたわけでもないのに出てきた謎の前置きから、いきなり美咲がわけのわからないことを言いだす秋暮れの昼中。

 もう十一月も終わろうとしている時期、自席でぼんやりと次の授業の準備を進めていた私の前に、時々突拍子のないことをやり出すことで有名な美咲が現れた。

 しかも今回は一人でではない。

 なぜか首根っこを掴まれた横尾くんを隣りに連れていた。


「ご褒美、まだあげてなかったわよね」


 迫りくる受験の波に心が切迫され、頭が少しおかしくなってしまったのか、美咲は全く同じ台詞をなぜか二度繰り返す。

 隣りにいる横尾くんも私と同様、ろくに説明を受けていないのか、完全に困惑しきった表情をしていた。


「おいおい……とうとう気でも狂ったのかい? さっきからいったい何の話をしているんだ? はやくその知的生命体とは思えない握力で僕の首元を掴んだ手を離して欲しいのだが?」


 横尾くんが逃げるように私に視線を送ってくるけれど、私にも何が何だかわからない。

 むしろ助けて欲しいのは私の方だった。


「体育祭で言ったでしょ? 横尾が頑張ったら、メグがご褒美くれるって」


 いやいやいや、言ってない。絶対に言ってない。

 私の記憶に全く残っていないことを、美咲は平然と口にする。

 しかも体育祭っていつの話だ。もう半年くらい前のことじゃない。


「……なるほど。た、たしかにそんなことを言っていたような言っていなかったような気がしなくもないような気がしてくる」


 しかしなぜか横尾くんも美咲の話に乗っかてくる。

 どう考えても時効としか思えない話題をここでほじくり返す意味がわからない。

 それに私はご褒美をあげるなんて言ってないよ。間違いなく言ってない。確信を持って言える。


「それでうち、気づいたんだ。まだご褒美あげてないなって」

「ま、まあ? 僕はべつにそのご褒美とやらには全く期待はしてないけれどね? そもそも春頃のことなんて、だいぶ前のことだ。気にしてもいないよ。ただ、どうしても何かしたいというのなら、僕に止める権利はないのも間違いないことではあるけれどね」


 ぺらぺらと首元を掴まれたままの横尾くんは語る。

 

 え。なにこれ。

 

 なぜか私が横尾くんにご褒美をあげるという方向で話が進んでいる。

 たしかに体育祭の時は横尾くんに、私の鈍足をカバーしてもらったのは確かだ。

 でもだからといって、どうして私がご褒美をあげなくちゃいけないのか。

 だいたい、体育祭のリレーで私が重要な局面を走らされることになったのは、美咲のせいじゃない。



「なので、特別にメグの連絡先を横尾に教えたいと思います」



 は? 

 唐突な美咲の宣言。

 私と横尾くんの顔が全く同じ表情でかたまる。

 誰か私の親友にプライバシーの概念を教えてあげて欲しい。


「メグもべつにいいでしょ? 横尾、うちに感謝しろよ。今度なんか奢れ」


 口をあわあわさせるだけの横尾くん。

 いつもの無駄によく回る彼の舌は、今回ばかりは完全に機能不全に陥ってしまっているようだ。


 でも、私は心の中で感謝する。


 同時に少し、自分が情けなくなる。

 親友にありがとうすら素直に言えないのに、想ってる相手に自分の気持ちを正直に伝えることなんてできるわけないよねって。

 だから横尾くんの代わりに、私が美咲に今度なにかさりげなく奢ろうと思った。




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